第98話 評判のいい料理店
「大変そうだねえ」
「わかってるなら後にしてくれないかなあ」
「いやいや、おじさんもお客さんだからね」
リグマとカーマルが言い争っている。
というか、単にリグマが邪険にされているだけか。
「マギレマを見習いなさいよ。あいつとんでもない客を相手に働いてるだろうが」
「……マギレマはなんかこう、ピルカヤと同じだと思う」
「単に働くのが好きというよりは、料理も好きだからなあ。下手したら、ピルカヤより働き詰めになる素質があるぞ」
「止めようにも仕事が速いからねえ。マギレマの限界ってどこにあるんだろうね」
たしかに、俺もマギレマさんのことを侮っていた。
魔王軍全員分の食事を用意して、弁当まで作って、その時点でもう仕事量は限界だと思ってしまっていた。
だけど彼女の限界は、カーマルの言う通り底が見えない。
「無理してないから注意もできないんだよなあ……」
「お、レイ。お前さんも飯か」
「注文決まったら呼んでね~」
「おい、俺との対応の差よ……」
リグマを無視してカーマルは仕事に戻ってしまった。
それでいいのか主人格の扱い。
「なんか大変なんだな」
「まあ、カーマルはあれでまともなほうだからな」
「他にも人格がいるんだっけ?」
「チンピラとビビリと無気力がいる」
ろくなやついないな……。
「なんで、そんな人格を分裂させたんだよ……」
「好きでやってるんじゃなくてな。自我が強すぎんのよあいつら」
「勝手に分裂したと……」
「あいつらはあいつらで使いどころはあるんだけどなあ」
うまくやっているのなら、こちらが口を出すことでもないか。
……うまくやっているのか? ましと言っていたカーマルでもあれなんだけど。
「それで、どうなんだ? 魔力の収支のほうは」
結局ちゃんと注文を運んできたカーマルから皿を受け取り、リグマと食事をとりながらそんな話をする。
「ドワーフのときよりもいいな。みんなが選んでくれた立地がよかったのかもしれない」
「水の国アルマセグシア。商売上、他種族は元からいくらでも集まる場所だからな。人魚たちも、どの種族にも分け隔てない……魔族以外には」
そこはもう仕方ないというか、期待をしていない……。
他種族が集まって、こうして店が繁盛すればそれでいいさ。
「それにしても、マギレマさんたちのおかげとはいい、ただの食堂を作っただけでドワーフダンジョンの収益を超えるとはなあ……」
「いいことじゃねえの?」
「そうなんだけど……ドワーフダンジョンは、けっこうがんばって色々な罠とか設置したのに、こんな単純な施設を作っただけのほうが魔力が溜まるというのが……」
「……その罠が原因で侵入者が減っていたんだと思うんだけどなあ」
「え!? あんなにがんばったのに!?」
「レイの場合、がんばりが殺意に変換されるんだよ……」
まじか……。
死なない程度の威力にしていたのに、罠同士の組み合わせで絶大な威力とかにならないように、プリミラに監修してもらったのに。
「殺意の抑え方がわからない……」
「リピアネムに似てきたぞ。お前」
そんなレベルか。俺はあんな悲しい怪物と同レベルだというのか。
「まあ、しばらくはこうやって人類に無害に魔力だけ稼がせてもらおうや」
「そうだな……。飴と鞭の飴をもう少し多くするよう考えてみる」
「鞭の威力も抑えるようにな……」
…………グリフィンならいいかな?
ちょっと加減して、1部屋に1グリフィンくらいを基準にするか。
「気楽にいこうぜ。なにも人類を絶滅させようってわけじゃねえんだから」
「そうかもな……」
俺とフィオナ様しかいなかったときは、侵入者を全滅させようと必死だった。
だけど今は四天王が全員復活したし、そこまで躍起になって危険なダンジョンを作る必要はないのかもしれない。
……というか、フィオナ様がいる時点で戦力としては十分なわけだし、俺はもう少しひっそりとダンジョンを作るべきなのかもしれないな。
「わかった」
「おお、それはよかった」
「ドワーフダンジョンがヒントになったよ」
「ん? まあ、そうか?」
「要するに今もフィオナ様の管理下にあるダンジョンだと思われると、人類を刺激するわけだ」
「……まあ、そうだけど」
「だから、次からも廃棄ダンジョンのふりをして罠やモンスターを仕掛けることにするよ」
それなら、本当にダンジョンという危険な場所に挑む者だけが訪れるはずだ。
危険だと知りつつも宝やモンスター退治をしたいという者だけがくるのであれば、そのダンジョンが多少危険だったとしても人類の脅威だなんて大事にはならないはず。
それが廃棄ダンジョンだとすればなおさらだ。
「……なんか、変な方向に飛躍してる気がするけど……まあいいか」
「よし、モンスターたちを選別しよう。忙しくなってきた」
「無理しないようにな~」
◇
「ジノ。また出かけるんでしょ?」
相変わらず監視されてるかのような……いや、実際監視されているんだろうな。
とにかく、タイミングよくこちらに話しかけてくるものだ。
エルフ特有の長い耳は、ずいぶんとよく聞こえるみたいでなによりだ。
「ええ、力を鍛えようかと思いまして」
いつもなら、それで納得してもらえる。
当然だろう。おかしなことをすれば首輪に魔力を流されて死ぬのだから、彼女たちも俺が裏切る心配なんてしていない。
「遠出はするのかしら?」
だけど、今回はやけにこちらの行動を根掘り葉掘り聞こうとしてくる。
……なにか、失敗したか?
「許しをいただけるのであれば……」
「そう。ところで、水の国を知っているかしら?」
「水の国……」
というと、アルマセグシアか。
主な国民は人魚たちだが、巨大な港をかまえた大都市もあり、様々な種族が貿易やらで訪れる国だ。
人魚たちも水産業を営んでおり、他種族たちはそれらを仕入れるために訪れることもある。
あとは、単純に観光地としても人気だったはずだ。
「ええ、船の停泊や補給、それに商売のために他種族が集まる国ですね」
「よく勉強しているわね」
というよりは、ゲーム知識だ。
アルマセグシアを拠点として活動することも少なくなかったからな。
様々な場所への中継点となるうえ、とにかく人が集まるので情報も自然と集まる。
……あのゲームフラグ管理が複雑すぎるせいで、攻略サイトとか作りようがないからな。
攻略サイトを見るよりも、アルマセグシアで情報を集めたほうが速いということも珍しくはないくらいだ。
「そのアルマセグシアがどうかしましたか?」
「レストラン」
「……はい?」
「最近ね。やたらと評判のいいレストランができたみたいなの」
……俺の耳には入ってきていない情報だ。
まあ、今はエルフの国と
アルマセグシアのほうの情報など入ってこなくて当然か。
「持ち帰りもできるみたいなのよ」
「そ、そうですか……」
まさか、そんなに興味があるのか?
珍しいこともあるものだ。エルフである彼女たちは、長寿のせいか、種族のせいか、他種族が作る食事なんて興味がなかったというのに。
「どうせ長期間遠出する予定なんでしょ? なら、お土産に買ってきてくれる?」
「……アルマセグシアに行ってもいいのですか?」
「裏切ったらその首は斬り落とすし、あなたもそろそろ死ぬほど危険な目に遭う前に退くことくらいは覚えたでしょうからね」
「ええ……俺は死にたくありませんので」
「じゃあ平気よ。期待しているわ。私たちのかわいいジノ」
用件はそれで終わったらしく、期待とかかわいいとか言いながらも彼女はもはや俺に興味すらなさそうだった。
便利な道具として期待していて、望み通りに動く間だけかわいいのだろうな……。
まあいい。せっかく許しを得たのだ。まずは国松と合流し、アルマセグシアへと向かうとするか。
ゲームでも最も情報の集まる場所だ。他の転生者、あるいはこの世界の状況、これまで得られなかった情報に期待しようじゃないか。
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