第82話 世渡り上手の貧乏くじのラストワン賞
「へい、ジノ。久しぶりじゃないか」
嫌なやつに会った。
自由の少ないエルフではあるが、俺だって何もしていないわけじゃない。
自らのレベル上げも行っているし、協力者を手あたり次第に探している。
先日の
互いに国の事情があるため、拙い魔力通信で最低限のやり取りしかできないが、志が同じ仲間というのはこうも心強いものなのか。
その考えからすると、こいつは下も下だ。頼りにならないどころか、下手したら我が身かわいさに魔王軍に寝返ってもおかしくない。
レベル上げも仲間探しも一向に協力せず、誰よりも早くこの世界に馴染んでしまった存在。
それがこのハーフリングのロペス・トタネスという男なのだ。
「はあ……」
「はっはっは、つれないなあ。久しぶりの再会だというのに」
「お前が健在なことは嫌なニュースだからな。いっそのこと他の転生者のように、倒れてくれたらよかったものを」
「そこまで愚かじゃないさ。俺はね」
たしかに愚かではない。
だが、世界の危機なんて無関係と断言し好き勝手に生きる姿は、俺からすれば愚かな転生者と変わりはしない。
「それで、今日も小銭稼ぎか」
「小銭というには大きすぎる話さ。お前の
「ママね……飼い主の間違いだろ」
軽口兼挑発のような物言いに、予想外の言葉が返ってきたためか、ロペスは一拍の間をおいてから楽しそうに笑った。
「苦労してるみたいじゃねえか」
「どうせ、その苦労を引き受ける気も、分かち合う気もないんだろう」
「当然だ。金さえ払えばと言いたいが、命に値段はつけられない。悪いが他を探しなよジノ」
その他が国松だ。
本当ならお前が最初の協力者になると期待していたんだがな……。
ゲーム世界だからと甘い考えは持っていない。それなりに優秀な鍵師としてすでにこの世界に対応している。
だが、そんなこいつからしても、俺たちがしようとしている魔王退治は無謀な賭けなのだろう。
「せめて、余計なことをして魔王を刺激するなよ」
「オーケー。俺だって自分の命が大事なんだ。むしろお前のほうこそ、下手に魔王退治なんてやめたらどうだい?」
「それができればな……」
「例のlocoかい。先の先まで抱え込んで、とんだ苦労人だねえ」
放っておけ。誰もが破滅を受け入れて好きに生きられるわけじゃない。
せいぜい最後まであがいてやるさ。
「まあ、俺みたいにさっさとこの世界で生きるのが利口だと思うぜ」
「もう帰るのか」
「まあな、こう見えて多忙な身でね。仲間たちから面白い儲け話を聞いたのさ」
きっとこいつは転生前からこうだったんだろうな。
危険すぎない金儲けが好きだが、かといって法を守っていたわけでもない。
自分の身に危険が及ばないギリギリのところで、違法な金儲けをしていたやつなのだろう。
もっとも、この世界にきた以上は法も変わっているというか、なんなら国同士もグレーゾーンすれすれのやり取りをしている。
元の世界でそんな立ち回りをしていたこいつにとっては、さぞかしやりやすい世界なんだろうな。
◇
「よう。遅いぞロペス」
「悪いな。ババアってのは、話が長くて困る」
「ああ、またエルフどものところで金稼ぎか。あの鼻持ちならないやつらによくやるよ。お前」
あの程度の高慢さなんてかわいいもんさ。
ジノの言うとおり、本当にゲームの世界なんだろうな。
嫌味なやつらといっても、不快に感じるほどではないのは、ストーリーによっては味方となりうるからか。
「まあいいや。さっさと行こうぜ。あんなやつらよりも上客が待っている」
「薬師だったか? 危ない薬はごめんだぜ」
「そりゃそうだろう。自爆薬なんて、俺たちみたいな貧弱な種族が飲んだら本当に自爆して死ぬぞ」
「あ~……オーケー」
慣れねえなあ……。
危ない薬で出てくるのが自爆薬って、どんな世界だよ。
健全なんだか、そうでないんだか、判断しかねる。
というか、誰がどういう用途で飲むんだ? それ。
「とにかく、今は獣人たち相手に回復薬が馬鹿みたいに売れるらしい」
「それに目をつけた人間の薬師が、通常よりも高額で回復薬の材料を依頼しているんだ」
「そんで、例の洞窟だよ」
仲いいなお前ら。よくもまあ、スムーズに三人で話をつなげるもんだ。
だが、残念ながら面白い儲け話ってのは俺の勘違いだったみたいだ。
あの洞窟……嫌な予感がする。きっとグリフィンどものせいだろう。
あそこに行ったら、俺たちは無事ではすまない。長年の直観が危険だと警鐘を鳴らしている。
「誰かが薬草を育てている洞窟だったか? だがあそこは……」
「わかってるって、グリフィンみたいなやばいモンスターがいるんだろ?」
「なんだ、わかってるなら他をあたれ。俺は危険な橋は……」
「三匹だけだったって話だろ。大型の鳥のモンスター」
たしかに、最初に洞窟を発見したやつも、その後に洞窟の様子を見に行ったやつもそう言っていた。
グリフィンとヒポグリフとコカトリスだったか?
そいつらが一匹ずついるだけ。いるだけといっても、俺たちには十分な脅威だ。
やっぱり、この話は引き受けるわけにはいかねえな。割に合わない。
「俺たちが、ドワーフからの賃金だけで満足していたと思ったか?」
「それは……」
そう言ってそいつが取り出したのは、青い葉だった。
それも薬草の一部ではあるが、傷を癒すためのものではなく、眠りに誘うためのもの。
「グリフィンが眠る強力な薬を作ること。それが、その薬師に協力する条件だ」
「渋々ではあるが、きちんと協力してくれたぜ」
強力な相手といえど、所詮はモンスター。
こちらが知恵を使えば、簡単にひっかかってくれる。
現に、グリフィンやミノタウロスのようなモンスターを、この手の睡眠薬を使用して倒した実績もある。
「薬の数は?」
「三匹だって話だからな。予備もあわせて倍の六」
倍か……。失敗できるのは一度ずつ。
少し心もとないが、グリフィンが生息する洞窟からの薬草採取が、わりと現実的なものへと変わっていく。
「とかケチなこと言うからな。三倍の九からキリをよくして十用意させた」
「……ははっ。そりゃあぼったな」
「なに言ってんだ。例の洞窟の薬草の噂が本当なら、これだって安いくらいだよ」
「違いない……それじゃあ仕方ない。そこまで準備できているのなら、話に乗った方がうまそうだ」
危険には違いない。だが、当初の無策のときとは話が違う。
こちらに十分な勝ちの目がある戦いだ。ここでしり込みするやつは一生チャンスを逃す。
まだ危険な予感はする。だけど、これは死ぬほどではないということもなんとなくわかる。
ということは、怪我くらいはするだろうが無事やり遂げられるってことだろう。
「行くか。薬草泥棒」
「おいおい、人聞きが悪いぞ。あんな危険な場所で、好き好んで薬草を育てるやつなんているわけないだろ」
「大方、グリフィンたちのせいで追い出されたんだろうよ。俺たちはそれを回収して無駄にしないだけ。泥棒なんて失礼な話だ」
「どっちでもいいさ。こんな世界なんだし、落ちてるアイテムは拾ったもん勝ちだろ?」
ゲーム世界というのであれば、罪悪感もない。
もっとも、俺は元の世界でも似たようなことしていたけどな。
◇
だからだろう。
要するに罰が当たったんだ。
元の世界でも、この世界でも、利口に立ち回って違法と知りつつ金を稼いで。
その一環として、見誤った。失敗した。これはそれだけのことだ。
「ロ、ロペス! グ、グリフィンが! ヒポグリフも、コカトリスもこんなに!!」
「いいから、さっさと逃げるぞ!!」
睡眠薬はひとつたりとも無駄にしていない。
三つの薬で見事に、グリフィンもヒポグリフもコカトリスも眠らせた。
だが、たかだか十程度の睡眠薬じゃ足りなかった。
計算が合わない。いいや、前提が合っていなかったのさ。
「三匹どころじゃねえ! 十!? いや、もっといる!!」
やけに高い天井で、大型の鳥のモンスターたちが空高く飛んでいる。
その数は、数えるのも嫌になる……。
こいつら、ここで巣を作ってたのか……。
ああ、本当に焼きが回った。
はぐれたモンスターだなんて決めつけて。
巣ができている可能性なんて考慮しないなんてな……。
こいつらは、俺が転生者とか関係なく親しくしてくれたやつだ。
馬鹿だけど、気は合うやつらだ。
なら、しかたがない。俺があのくそったれな女神に与えられた力で、なんとかするしかない。
「開錠!」
洞窟の入口まで逃げていたのは幸いだったと、壁に鍵をさす。
すんなりと硬い岩肌を貫くが、実際に穴が開いているわけではない。
ささった鍵をひねる。
「ロペス!」
「お前らはさっさと逃げろ」
岩肌は扉を開くように左右に裂けた。
薬草があった広場と違い、入口付近は狭い通路のようになっている。
そのため、一方の壁が崩れてバランスを崩すことで……洞窟の入口は崩落した。
「……ス!」
仲間の声が聞こえなくなるほどには、周囲は岩やら土砂まみれだ。
これならさすがに鳥たちが外に出て、あいつらを追うことはないだろうさ……。
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