第76話 アイスブレイクを溶かす炎
「違う。これも違う」
「レイどうしたんですか? 虚空を見つめるよりは、私を見つめたほうが楽しいと思いますよ」
「フィオナ様見た目だけはいいので、長時間見つめていると俺も恥ずかしいです」
「えへへ。そうですか~。私の見た目はいいですか。……ん、見た目だけ?」
まあ、その見た目もそんなぐーたらした姿勢のせいで、魅力半減というか90%割引くらいの大特価だけど。
さて、メニューを見返していたのだけど、やっぱりそれらしい名前はなかったな。
「最近雇った従業員たちのステータスを見返していました。特に転生者らしい名前はないかと思って」
「なるほど。ですが、その様子だと残念な結果だったみたいですね」
そうなんだよな。やっぱりステータスも突出していないし、名前もふつうの獣人たちのものだ。
これが、
内部の犯行ではないのか。あるいは、その犯行を隠していたように、ステータスさえも騙すことができるのか。
「すみませ~ん。いちゃついてるところ邪魔して悪いんですけどね~」
「あ、お帰りピルカヤ。いちゃついてないぞ」
「お帰りなさいピルカヤ。邪魔ではないですよ」
「仲が良くてなによりですね~」
思ったよりも冷静になってピルカヤが戻ってきた。
あの様子だと、下手したらもっと長期間獣人たちの様子を探って、
「やっぱり商品を横流ししてるやつがいるっぽいですね」
「取引現場でも見つけたのか?」
「誰かと取引したっていう獣人は見つけたけど、残念ながらその現場はぜんっぜんだね」
それでも有益な情報を得て戻ってきたのは、さすがピルカヤといったところだが……。
本人は全然納得いっていない様子だ。
「その獣人たちを見張ってもだめか」
「うん。肝心の取引現場だけ、なにも見えないというか認識さえできなかった」
「それは、明らかにおかしいな」
「獣人たちを焼いて聞いてみたけど、あいつらもなんにも知らないってさ。姿も隠しているし誰なのかもわからないみたい」
よくもまあ、そんな怪しいやつと取引するな。
もしかして、獣人たちの街ってそんなにアイテムが不足しているのか?
だとしたら、時任の商店をうまいこと宣伝すれば、客が増えるんじゃないだろうか。
「いやあ……どうやら特別な力で肝心のところは隠してるみたいだよ。ほぼ確実に転生者だろうね」
「転生者かあ……。ピルカヤが発見できないってことは、認識阻害とか、透明化とか、隠蔽みたいな力かな」
四天王の監視をくぐりぬけるとは、さすがは女神のやつの力だ。
消えた商品がどうなっているかはわかったというのに、それ以上はどうしようもないらしい。
「透明になるだけなら、少なくとも購入者までは隠せないだろうし、隠すことに特化してるんじゃないのかなあ」
「そうか……。そうなると、内部に入り込んでいても気づけないかもしれないな」
存在を認識できていないか、あるいは認識できていても無害な従業員に見えているかもしれない。
ステータスで名前や能力を確認したけれど、それもどこまで正しいものだったか怪しいところだ。
「それと、ダンジョンの情報を渡しているとも言っていました。それも、侵入で簡単に調べられないような情報を……そいつ明確な敵ですよ。魔王様」
「ダンジョンの情報ですか……そうなると、ますます内部の者の可能性が高そうですね」
もちろん侵入者として、ダンジョンを調査してそれを共有することもできるが、ピルカヤが言うにはそれ以上の内部事情。
いよいよもって、内部からの犯行ということになりそうだ。
「直接話してみるか」
「危険な真似は」
「リピアネムも連れていきます」
「う~ん……不死鳥の羽は持っていくように」
なんとかフィオナ様の許可も出たことだし、従業員たちの面談でもしてみよう。
会話することでなにかぼろを出すかもしれないからな。
「当然、ボクもいくよ」
「ああ、俺だけじゃ気づけないかもしれないから頼む」
そもそも対面したところで、完全に隠し通せる力かもしれない。
ピルカヤの観察力とリピアネムの直観で、うまいことあぶり出せればいいのだが……。
◇
「あ、あの! 私たちが進めるんですか!?」
「俺たちよりも従業員と会話しているだろうからな。まあ、適当に商品が消えてる件についてなにか知らないか聞くだけでいいよ」
結局、時任と奥居主体で従業員たちの面談を行うことにした。
この二人は犯人ではないし、いまや商店の責任者なのだから妥当な判断だと思う。
「一人目がきたみたいだよ~」
「失礼しま……あ、あの……これはいったいどういう状況でしょうか……」
馬の獣人男性が部屋に入るなり、顔がどんどんひきつっていった。
無理もない。時任と奥居だけでなく、四天王二人とついでに俺。まるで圧迫面接でもしているみたいだからな。
「大事な話を共有しておきたいので、すみませんが従業員全員を呼び出しています」
「は、はい。俺なにか問題でも起こしていましたか……?」
「近頃、店の在庫が度々消えているようでして、なにか見たりしていませんか?」
「在庫……あの、何度か店内の品を補充するために行ったことはありますけど、その、詳しい数まで把握していなくて……」
持ち出した数くらいは把握しているけど、倉庫代わりの部屋にどれだけあるかまでは把握していないか。
そういうのは、管理者である時任と奥居が管理していたってことだろう。
もっと一目でわかるようなシステムがあればよかったけど、変なところで原始的な店になってしまっているな。
その後も奥居が男性にそつなく質問をしていくが、たぶんこの獣人は犯人ではない。
きょろきょろと目が泳いでおり、主に俺たち魔族の顔を見ている。俺も何度か目が合っては逸らされているので、いかにも怪しい。
だけど、単にこの圧迫面接で緊張しているだけという様子だ。
演技の可能性もあるけれど、少なくとも俺には見抜けない。
まあ、こうやって地道に確認していくしかないか。
なにも進展はないかもしれないけれど、やれることはやってみよう。
◇
「というわけで、私も何度か倉庫部屋には行ったことはありますけど、残念ながら在庫数まではよく見ていなくて……」
「そっか~。モリーちゃんも見たことないか~」
「ええ、お役に立てなくてすみません」
リスの獣人女性が時任に頭を下げる。
あまり緊張もしていないようで、堂々と受け答えしていたし、こちらを見ても一瞬顔が引きつっただけだった。
案外肝が据わってるのかもしれないな。リスのような小動物なのに。
「大変ですねえ。魔族の方たちまで出てくる騒ぎとは」
「……」
ステータスに記載されている名前もモリーだ。
数値も別におかしなところはない。あえて言うならば他の獣人より低めだけど、小動物の獣人だから戦うのが苦手なのかもしれない。
まあ、それはいい。それよりも、ちょっと気になることがあるので解消しておこう。
俺は隣にいる奥居に耳打ちすると、奥居は一瞬体をこわばらせながらも頷いた。
「モリーさん」
「なんですか? 奥居さん」
「ここにいる魔族の方々の名前って言えます?」
奥居の言葉にきょとんとするも、モリーはすぐに言われたとおりに名前を言っていく。
「ピルカヤ」
「ん~? どうしたの?」
「こいつだ」
俺の言葉を聞いた瞬間に、室内は猛り狂うような炎が出現した。
……びっくりした~。さすがに俺たちに気遣ってくれているようで、まったく熱くはないけど、巻き添えで黒焦げになるかと思ったぞ。
いち早くリピアネムが俺の前に立ってくれたが、彼女はきっとピルカヤがこちらを害することはないとわかっている。
わかったうえで、俺を安心させるために身を
行動がイケメンなのに、普段は残念美女。フィオナ様といいリピアネムといい、この世界の強者ってみんなそうなのか?
さて、現実から逃避するのもそろそろ終わろう。
目の前ではわけがわからない様子のモリーと、その炎で怒りを体現するピルカヤ。
とりあえず時任と奥居を避難させることにするが、これはもうピルカヤに沙汰を任せたほうがよさそうかな……。
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