第77話 見えない石ころにつまづいた日
なんだか物々しい雰囲気なうえ、時任と
まあそれでも特に焦ることはないわ。だって、私の隠蔽完璧だし。
むしろ、ピルカヤのやつがいるので、笑いをこらえる方に必死になりそう。
だって、私を見てもなにかを観察するようなそぶりだけで、どう見ても商品を盗んでいたことへの断罪をしたいわけじゃないもの。
つまり、ばれてないってこと。まあ当然よね。こんな魔族ごときに、私の力が見破れるはずないもの。
「えっと、モリーちゃんを呼んだのは、最近商品の在庫が消えていることについてなんだ」
「えっ、在庫が消えた? 紛失したってことですか?」
私を疑っているかどうかは一切言及していない。
それでどんな反応をするか見ているってところかしら。
時任のくせに、そんなことをするなんて生意気ね。大方奥居あたりの入れ知恵かしら。
でも無駄。私はそのことを初めて聞いた風を装って返すだけ。
「う~ん……頻繁になくなってるから、事故とかじゃなさそうなんだよね。ねえ、モリーちゃんはなにか知らない?」
全部知ってるけど、あんたなんかに教えてやらない。
だいたい早々に魔族について人類を裏切ったくせに、裏切った先で私より偉そうにしてるのがむかつく。
どうせなら、責任とってこいつが魔族に殺されたらよかったのに。
「そうですね……。私も何度か倉庫部屋には行きましたけど、在庫切れの商品を運ぶためにすぐに部屋を出ちゃうんですよね」
「そうだよねえ……。他のみんなもそんな感じだったよ」
でしょうね。最初は私も人目につかない時間帯を選んで地道な努力をしていた。
だけど、ある日鉢合わせた他の従業員は、忙しそうに必要なアイテムを持ったらすぐに出ていった。
当然、仕事中は隠蔽を使用しているので、私に気づくこともなかったけれど、あいつら下手したら隠蔽がなくても私に気づかなかったんじゃないかしら?
その日以降、私は時間を選ばずに、好きな時に商品を吟味させてもらうことにした。
ある日までそれがばれた気配さえなかったってことは、時任と奥居以外は在庫数なんてわざわざ覚えていないってこと。
だから、私もそんな従業員の一人のふりをすればいいだけ。
どうせ、時任も奥居もピルカヤも、馬鹿な獣人や魔族程度いくらでも騙しとおせる。
「というわけで、私も何度か倉庫部屋には行ったことはありますけど、残念ながら在庫数まではよく見ていなくて……」
「そっか~。モリーちゃんも見たことないか~」
「ええ、お役に立てなくてすみません」
はい終わり。これからも隠蔽さえあれば、いくらでもアイテムは盗み放題、売り放題。
ダンジョンの内部事情だって、その気になればもっともっと集められる。
今はせいぜいマップやモンスターやトラップの情報だけど、なんなら四天王や魔王の情報も高く売れそうね。
……そっちのほうが儲かりそうだし、私の力を認めそうだし、ちょっと本格的にやってみようかしら。
「大変ですねえ。魔族の方たちまで出てくる騒ぎとは」
さて、そうと決まれば行動しましょう。
適当に皮肉も込めて魔族に言葉を向けると、話が終わりそうな空気になってきた。
こいつらこの後も、無関係の獣人全員と話すと思うと……。
やばい。馬鹿すぎて笑いをこらえる必要が出てきた。
「モリーさん」
今度は時任ではなく、奥居のやつが話しかけてくる。
え~……もう終わりでいいじゃん。めんどくさいわねえ。
「なんですか? 奥居さん」
だけど、さすがに本音を言うわけにもいかず、大人な対応をしてやる。
ありがたく思いなさいよ。
「ここにいる魔族の方々の名前って言えます?」
奥居のやつは、急にそんなことを言ってきた。
……ああ、はいはい。そういうこと。
私が名前を知っているかどうかで、ゲームプレイヤーだと判断しようってこと。
転生者であることを隠しているから、ここでそれを暴かれたらなんで隠していたのかって追求されるでしょうね。
でもね。さすがにここでそれなりに働いていれば、ゲームプレイヤーじゃなくても名前くらい覚えるわよ。
だから、ここは正直に答えてそれでおしまい。
馬鹿のくせに、私を出し抜こうなんて甘すぎるっつーの。
「はい。そちらが、ピルカヤ様」
わざわざ様までつけてやったのに、こいつ言葉すら発しないでやんの。
態度悪いというか、無駄に偉そうでむかつく。
「そして、そちらがリピアネム様ですね」
こいつもだ。脳筋のくせに、生意気。
それとも、馬鹿すぎて私の言葉が理解できていないのかしら?
「……」
そうして奥居の質問に答え終わる。
しばらく沈黙の時間が流れていくけれど、なにこれ?
もしかして、クイズ番組みたいに正解か不正解って言うのをためてるの?
そんなくだらないことはいいから、さっさと解放してくれないかなあ?
「ん~? どうしたの?」
ピルカヤが、虚空に向かって話しかける。
なに? なにしてんの。こいつ。
頭のおかしな魔族の、頭のおかしな行動を不思議に思っていると、そいつは急に盛大に燃え広がっていった……。
◇
「一応聞いてみるけど、俺の名前を言わなかった理由教えてくれる?」
返事はない。当然だ。
だって、こいつには俺の存在が認識できていないのだから。
「あ、あの……レイさん。これは一体」
「俺の声、モリーまで届かないほど小さいか?」
「いえ、そんなことありません」
じゃあ決まりだよ。
時任にも奥居にもピルカヤにもリピアネムにも、俺の声は聞こえているし姿は見えている。
俺のことがわからないのは、モリーだけだ。
眼中にないとかではない。これでも、フィオナ様の近くで働いている魔族と認識されているだろうからな。
なのに、俺を堂々と無視するってことは、モリーには俺の姿が感知できていないんだろう。
暗影の指輪。フィオナ様からもらった、敵意に反応して姿を隠す指輪。
どうやら、それが条件を満たしたことで、モリーには俺の姿は見えずに声も聞こえなくなっているらしい。
問題なのは、俺に敵意があるってところだ。
俺にだけ敵意がある? 俺を恨んでいる? 違う。
こいつは魔族に従順なふりをしているけれど、魔族への敵意が残っているんだ。
だから、暗影の指輪は起動して、俺の姿を認識できなくなっている。
「こいつ、俺を敵だと思っている。たぶん俺だけじゃなくて、ピルカヤもリピアネムも……フィオナ様もだろうな」
「なるほどな。だから、レイ殿の名前だけ言わなかった。それどころか、考えるそぶりさえ見せなかったということか」
「そういうことだろうな。俺だけそもそもいないみたいな扱いだったけど、モリーにとっては本当にあの場に俺はいなかったんだろう」
さて、モリーは敵だとわかった。
だけど、彼女が商店からアイテムを盗んでいた犯人かまではわからない。
わからないけれど、そんなことはどうでもいい。
敵を内部に置いておくつもりはない。
捕らえた種族の何人かは、魔族のためになんて絶対に働かないと強い嫌悪を示していた。
その手の連中は無理強いするだけ無駄だ。
働くだけでも女神への裏切りとなるため、なにもしないので適当に檻の中のままとなっている。
だけど、モリーのケースは極めて珍しい。
まず、敵意はそのままなのに、魔族の仕事そのものは手伝っている。
俺たちを騙すためとはいえ、あの女神の判定ではそれだけでアウトなのにだ。
内部から獣人に協力しているのでおとがめなし? あの女神がそんな寛容なものか。
もう魂は神の国に行けないけれど、せめて魔族である俺たちの邪魔をする?
その可能性はたしかにある。
だけど、俺にはもう一つの可能性に思い至っている。
モリー。ピルカヤさえ出し抜く力。きっと情報の隠蔽だろう。
それは自分のステータスにさえも影響する。
だから、俺がステータスを確認しても出てくるのは獣人モリーの情報だった。
でも、本当は転生者である本名が隠されているんだと思う。
「転生者だから。死後神の国にいけないと言われても、なにも怖くないんだろうな」
俺もぴんとこないし、そこらの価値観の違いはこの世界の出身か、転生者かの大きな違いだ。
さて、転生者モリー。死後のことなど、俺たちには知ったことじゃないかもしれない。
だけど、お前の場合はそろそろその心配が必要になりそうだな。
◇
「舐められたもんだよねえ」
声は淡々と、先ほどまでの子供のような感情のままのものとは大違い。
「ボクを出し抜いたって、さぞ自分が優秀に思えただろ」
現に……私は優秀よ。
私をもっと敬いなさいよ。尊びなさい。崇めなさいよ。
「君のせいで、ボクの評価はがた落ちさ」
声が出ない。
出そうとしても喉が灼けるように熱くて、まるで声自体が焼かれているみたい。
熱い。熱い熱い熱い熱い。誰か、なんで私がこんな目に。
「だから、君を焼いて汚名を晴らすことにするよ」
誰か。誰か助けなさいよ!
優秀な転生者が、こんな雑魚ボスごときにやられていいはずないでしょ!
私は誰よりも重要な転生者なのに、なんでそのことがわからない馬鹿しかいないの!
私は……私はこんな場所で死んでいい人間じゃ…………。
熱い。水。誰か水を。熱い。息さえもできないほど熱い。
水をよこせ! 誰か、今すぐに私に水を!
「終わったよ~」
「おう、お疲れ」
死にたく……ない。水……熱い……。
どこで、どこで……間違え……。
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