第75話 世界の中心の女
「いない。いない。いないいないいない! もう、なんなんだよ!」
「ピ、ピルカヤさん……また在庫が消えています」
「ずっと見てた。でも消える瞬間がわからない。気づいたときには数が減ってる……。ふざけやがって」
ピルカヤの監視でも発見できないか。
当初の想定よりもずっと厄介な相手ということになるな。
「でも、これでただの紛失や、たまたま監視の隙をぬっての犯行ではないってわかったな」
「悔しいけど、ボクじゃ見つけられないってことになるね」
今後もそいつは、堂々とピルカヤの監視のもとで商品をくすねるのだろう。
それを使用しているのか、横流ししているのか、こうなっては外に持ち出してからの行動も監視が必要か?
「それだけ見つかりにくいってことは、女神の力を使っている転生者かな」
「う~ん……厄介だねえ。ほんと」
ピルカヤが恨めしそうに俺たちを見る。
俺はいいのだが、
「わ、私たちは裏切ってませんよ!?」
「ああ、悪いが八つ当たりみたいなもんだろうから、気にしないでくれ」
「ちぇ~」
感情が高ぶると炎の揺らめきも激しくなるんだな。
落ち着いた今は、いつものピルカヤに戻っていた。なんともわかりやすいものだ。
「ちなみに、まさか新しい従業員たちが盗んでたりしないよな」
「だ、大丈夫だとは思いますけど……ずっと見ているわけではないので、加護で隠れているのなら自信はあまり……」
まあそうだよな。
これで問題ありませんとは言えないか。
ピルカヤが見落としている時点で、俺たちの誰もが見落としている可能性がある。
「あの……念のため、これからは複数人で行動するようにしますか?」
「一応頼める? 犯人が内部か外部か、どちらにいえるのかもわからないけど、内部のほうがやりやすいのはたしかだし」
だけど、さすがに従業員となるやつらのステータスはすべて確認している。
その中に転生者らしき名前はなかったし、そうなるとやっぱり外のやつってことになるか。
「外も見張るよ。むかつくし」
「まあ、無理しすぎないようにな」
こけにされたと感じているのか、ピルカヤの怒りはそう簡単には収まらなさそうだな。
◇
「といった感じです」
「そうですか。どうせハズレ景品なので、ピルカヤには気負わず、無茶はしないでほしいのですが」
「ぜんっぜん無茶してませんけどねえ! ボクすごいんで!」
分体が返事をするが、空元気って感じだなあ。
フィオナ様もそれはわかっているだろうが、やる気をそぐようなことは言わないようにするみたいだ。
「ピルカヤよお。まずは獣人たちの様子見たほうがいいんじゃねえか?」
「全員見張れってこと? まあできるけどね! ボクくらいになると!」
「そう熱くなりなさんな。商品をがめているってことは、それはどこかに渡っている可能性が高いだろ。最近安価でアイテムを手に入れたやつや、そこそこの質のアイテムを手に入れたやつがいないか。そこから探してみろよ」
「……なるほどね。魔王様。ちょっと行ってきます! ここの監視はしますけど、会話までする余裕はたぶんないので!」
「あ、もう。私は気にしていないのですが」
フィオナ様の返事を待たずに、ピルカヤの意識が遠ざかった。
きっと、今ごろ大半の分体で獣人たちを監視することにしたのだろう。
「気にしないわけにもいきません。魔王様の所有物をくすねとるような者は、すぐに始末すべきでしょう」
「ああ。こそこそと実に気に食わん」
血気盛んだな。
でも、相手は大々的にフィオナ様に喧嘩を売っているわけだし、プリミラやリピアネムの判断は正しい。
というか、ここで舐められたら、ゆくゆくは本当にこの力で俺たちを暗殺するかもしれないしな。
早めに処分しておいたほうが憂いはない。
◇
「毎度」
「相変わらずそっけないな。まあいい。もらえるもんもらえるなら文句はねえ」
当然。文句なんか言われる筋合いない。
魔王が経営している店の品を横流しし、ダンジョンの情報まで渡してやっているんだから。
むしろもっと感謝すべきよね。
隠蔽のスキルを解除したから、あの獣人たちはピルカヤに見つかるでしょうけど関係ない。
盗むとき、取引するとき、そのときだけ隠蔽すれば、あんな精霊崩れごときの監視なんてことはないわ。
ほんと、あんなのに従ってる時任と奥居が馬鹿みたい。
「脳筋の馬鹿ばっかりで嫌になるわね」
隠蔽の力がどれほどのものか、馬鹿な獣人たちは気づいていない。
私がどれほどすごくて重要な存在か、あんな獣混じりどもの小さな脳みそじゃ一生気づけないんでしょうね。
「もっと私を尊ぶべきなのに、ほんと世の中馬鹿なやつばかり」
戦う力? そんなもの必要ない。気に入らないというのなら、この力でいつでも襲撃してやる。
だけど、そのためにはまずは装備。そして安全なレベル上げ。
さすがに魔王相手じゃ、暗殺しようにも攻撃が通用しない。
四天王も無理。殺しきれない気持ち悪い群体に、硬すぎるクソガキに、強すぎる脳筋。
いずれにしても装備とレベル上げで、ステータスを底上げする必要がありそう。
あの側近みたいな魔族の男ならいけるだろうけど……あいつだけ殺しても警戒させるだけだしね。
やるなら警戒されていないうちに魔王からでしょ。
だから、私のレベリングや私のために装備を献上すべきなのに。
そんな簡単なこともわからないクズばかり。
だから一人でやってやる。金を稼いで装備を整えてレベルを上げる。
それで一人で魔王を倒したら女神に言ってやるわ。
私以外が無能だから、私一人で全部終わらせた。報酬は私だけに与えてくれってね。
「さてと、そろそろ戻らないと怪しまれそうね。めんどくさい」
隠蔽は発動してある。この独り言がピルカヤに拾われることもない。
また従業員として、従順な演技を続けないといけないのは面倒だけど、売り物のためには仕方ないわね。
せいぜい利用させてもらうわよ。時任。奥居。
◇
「ガーゴイルがな」
「毒の迷路がやっぱり」
「油のほう行ってるやつなんていねえよ」
違う。
「イドさんにもがっかりだな」
「あのダンジョンそんなに」
「なら俺たちが先に」
違う。
「困るんだよなあ。どこにも売ってねえし」
「商店は安いけど混雑してるのがなあ」
「そういや、お前は最近商店行ってないよな」
「ああ、別の伝手ができたんだ。商店よりはちょっとだけ高いけど、ダンジョンの情報まで売ってる」
これだ。
似たような情報を集めていくと、少なからず商店以外でアイテムを買ってるやつらが見つかった。
なるほどねえ……。トキトウの商店に勝てないからと、獣人の町で取り扱う数を減らし品薄になったアイテム。
それらを売りさばいてるのか。
しかもダンジョンの情報もということは、レイが心配していたように内部の犯行ってわけになる。
「どんなやつなんだ?」
「さあな。全身ローブで隠してるし、どんな種族かもわかんねえよ」
「怪しいやつ相手によくやるな」
「悪い取引じゃないからな。買った物もちゃんと使える」
姿を隠すことは徹底しているみたいだね。
いいさ。取引の現場を見つけたら燃やせばいい。
次にその取引をしたときが、お前らの最期だ。
と思っていたんだけどなあ……。
「取引現場丸ごと見えなくなるのは、さすがにボクも想定外だなあ……。あはは、ほんっと! イライラさせてくれるねえ!」
だめだ。
非常に不本意ではあるけれど、ボクだけじゃ手に負えないと認めるしかない。
とりあえず、今の情報だけでも魔王様やレイに共有しておこうかな……。
「絶対に、焼き殺す」
◇
偶然見つけた炎は、まるでイライラしているかのように激しく揺らめいていた。
案の定ピルカヤのやつだ。なんだか情けない捨て台詞が聞こえたので、思わず笑ってしまいそうになった。
いやあ、これであぶり出すとかいう作戦だったら危なかったわ~。
だけどそんな知恵は当然ないらしく、ただの捨て台詞にすぎないみたい。
「ば~か。あんたなんかに見つけられるはずないでしょ。人間でもないくせに調子に乗んなっての」
だから、私は思う存分馬鹿にしてやった。
私になすすべがない四天王も、そんな四天王以上の私を敬わない周りのやつらも。
あ~あ、世の中ってなんでこんな馬鹿なやつらばかりなんだろう……。
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