第74話 手癖の悪い命知らず

「この指輪って敵から姿を消すんですよね?」


「ええ、なので常に身につけておくように」


 心配性のフィオナ様だが、俺は弱っちいので反論する理由もない。

 それよりも、せっかくなので効果のほどが気になるところだな。


「フィオナ様に見えているのは、敵じゃないからってことですか?」


「当然です。たぶん、四天王たちも同じでしょうね」


 となると検証はわりと難しそうだな。

 出たとこ勝負で試すしかないか?


「そもそも、姿を消すってどのくらいですか? 完全に見えなくなるとかですか?」


「う~ん……そこまで万能ではありません。私はレイが姿を隠そうが必ず見つけ出します」


「敵対する気ないんで勘弁してください」


 魔王であるフィオナ様くらいだと、この装備の恩恵は通用しないか。

 勇者たちはどうなんだろうな。いっそイドに会いに行ってやろうか。

 どうせ匂いとかでバレて、八つ裂きにされるだろうからやめておこう。


「まあ、保険程度に思ってください。無茶するために渡したわけではありません。無茶するならお仕置きします」


「お仕置きって……」


「しばらく私と二人で引きこもり生活です」


 ……まあ、今もそんな生活と言えなくはない。

 別に不自由していないし、嫌いじゃないけどな。


「それじゃあ、せいぜいお仕置きされないように働きますね」


「どこに行くんですか?」


「獣人ダンジョンに人員の補充と様子見です」


 あそこも客足が増え続けているからな。

 時任ときとう奥居おくいのコンビはよくやってくれているが、新たな従業員たちも入ったばかりだし、罠やモンスターのメンテついでに見ておくのもいいだろう。


「む~……まあいいでしょう。今は危険な侵入者もいないですからね。ですが強い相手がきたらすぐに逃げるんですよ」


「はい」


 さすがにルフやイドのような侵入者はいない。

 それどころか、今の時間帯はすでに探索も終えて商店で買い物するか宿で休んでいる者だけだ。

 なので危険な相手と鉢合わせる心配もないと判断したのか、フィオナ様は許可を出してくれた。


「リピアネム」


「はっ!」


「レイを護りなさい」


「承知しました!」


 暇そうにしていたリピアネムが、フィオナ様の命令を嬉しそうに承諾した。

 リピアネムが護衛なら万が一があっても安心できる。

 あの時と違い、まず危険なことはないであろう時間帯。そして最強クラスの護衛。

 そこまでして、ようやくフィオナ様は安心して俺を送り出してくれた。


    ◇


「やっぱり、過保護だよなあ」


「無理もない。レイ殿はそれだけ大切だからな」


 それもあるかもしれないけれど、一撃で怪我する雑魚という前科があるのも大きそうだ。

 レベルが上がっても魔力以外の伸びは悪いし、俺には真っ向からの戦闘など無理なのだろう。


「フィオナ様を支える者として、何かあっては困るからな。私がしっかりと護衛させてもらおう」


「それは心強いよ」


 支える者というのなら、四天王のみんなも同じだけど、みんなはちゃんと強いからな。


「そうか! 私は役に立っているんだな!」


「そりゃあもう。これ以上なく心強い」


 それだけでリピアネムは上機嫌になってしまった。

 よっぽど仕事がないことを気にしていたんだな。

 言っちゃ悪いが、リピアネムの仕事がないということは平和ということだし、今後も仕事がないほうがありがたいんだけどな。


「さて、今なら客も少ないか」


「ちょうど従業員たちしかいないよ~」


「ああ、ありがとう」


 ピルカヤの声だけがそれを教えてくれる。

 それなら今のうちにフィオナ様のハズレ景品を渡しつつ、様子を見ておくか。


「あ、レイさん。お疲れ様です」


「お疲れ、はいこれ。補充しておいて」


 時任にアイテム類を渡すと、彼女はさっそく部下の獣人たちに指示を出していた。

 わりとうまくやっているみたいだな。


「あの……レイさん」


「どうした? 奥居」


 そんな中、奥居が遠慮がちに話しかけてくる。

 リピアネムを連れてきたせいで、また無駄に威圧することになったか?


「商品の在庫の数が合わないんです……」


「え……数え間違いとかじゃなくて?」


 しかし、どうやら真面目な相談だったらしい。

 在庫があわない。つまり、人知れずに消えているということだ。

 ……俺の罠の誤作動。いや、今のところそんな罠設置していない。


「そう思って今日二人で確認したところ、間違いないのですぐに報告をと思いまして」


「え~、ボク聞いてないんだけど~。早めに伝えてよ~」


 話を聞いていたらしいピルカヤが、不満そうな声を上げると奥居は慌てて補足した。


「す、すみません! もしかしたら、レイさんの経験値になったかもしれないから、まずはレイさんに確認しようと……」


 あ~……前科があるからな、俺。

 ならば時任が今回も俺のスキルで、品物を経験値にしたと思い至ってもしかたないか。

 だけど、今回は俺は関係ない。念のためメニューを確認するが、やはりそれらしいものはない。


 というか、そんなスキルあったら欲しいぞ。フィオナ様のハズレが俺の経験値になるのなら、俺のレベル上げが飛躍的にはかどるはずだ。

 どうせフィオナ様のことだから、ハズレをガンガン量産してくれるしな。


「俺ではないな」


「そうでしたか……」


「ピルカヤも見てないってことだよな」


「ボクもさっき聞いたからね~」


 ピルカヤも、別に四六時中ここを監視しているわけじゃない。

 なので見落とすこともあるだろうが、それでもピルカヤの監視をかいくぐって商品をどこかにやったやつがいるってことだ。

 できれば犯人などいなかったという結末がいいのだけど、今のところ偶然商品が消える事象に心当たりはない。

 探すべきなんだろうなあ。犯人。


「でも、舐められたもんだね。ボクが見張ってるって、すべての従業員には伝えたよ」


「え、ええ……すみません」


「君は別にいいや。問題は商品を消したやつだよ」


 珍しくピルカヤが怒っている。

 無理もない。自分が見張っていることを知ったうえで、誰かが商品を奪っているのであれば、それはピルカヤへの挑戦でもあるのだから。


「ここの商品はすべて魔王様のものだ。売るのはいいけど奪うのは許さない。それに、ボクの監視なんて気にも留めないってわけだ。舐められてるねえ、ボク!」


「ピルカヤの監視すらかいくぐるってなると、その自信に見合うだけの実力もありそうだな」


「決めた。しばらくここを重点的に見張るよ。その後、犯人は焼くことにするね」


「一応フィオナ様に伝えておくけれど、どう対処するかはピルカヤに任せられるんじゃないか?」


 ガシャに関係なかったら、基本的に俺たちに丸投げするからな。

 よくもまあ、魔王として勇者たちを全滅させるほど働いてたな。


「うげ~……失態じゃんかあ。こつこつ重ねてきたボクの信頼が」


「そのくらいじゃ揺るがないだろ。でも、まあ……もしもピルカヤの監視が通用しないっていうのなら、早めに対処しないと危険だな」


 今は商品を破棄するか奪われるか程度ですんでいる。

 だけど、もしかしたらフィオナ様や四天王に気づかれずに奇襲されるかもしれない。

 目下もっか、俺がやばい。俺のような雑魚は、奇襲されたらわりとどんなやつが相手でも死ぬからな。


    ◇


「なるほど……ピルカヤ、気を落とさないでください。あなたはよくやってくれています」


「どうも~。でも、売られた喧嘩は買いますけどねえ」


 フィオナ様に伝えると、やはりピルカヤを叱咤するようなことはなく許された。

 だけど肝心のピルカヤ自身が納得いっていないらしく、今もきっと時任たちの商店を見張っているのだろう。


「それにしても、奇襲ですか……たしかに危険ですね。レイが」


「レイだもんなあ」


「残念ながら、奇襲となるとレイ様では」


「気にするな。向き不向きというものがある。私が言うのだから間違いない」


 四天王の反応はだいたい似たようなものだ。

 うん、俺弱いからね。あとリピアネムは無駄に説得力あるな。


「しばらく一緒に寝ますか?」


「いや、さすがにそれは……勘弁してください」


 フィオナ様の提案はすぐに断った。

 相変わらずこの魔族、俺のことはお気に入りのペットくらいの感覚なんだろうなあ……。

 俺もフィオナ様の中身がポンコツで残念美人なことは知っているが、悔しいことに美人なことには間違いない。

 なので、一緒になんて寝られるはずがない。不眠症になると魔力も回復できなくなるじゃないか。

 ……いや、全部使えば自動的に眠れるけど、とにかく俺の気が休まらないのでやはりだめだ。


「え~……襲いませんよ?」


「そんなことされたら、俺なんて一瞬で死にますけど?」


 相変わらずそんなわけのわからないやりとりをしているが、ピルカヤだけはいつもと違い反応することはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る