第73話 魔王からは逃げられない
「ところで、カールさんがやっている石の加工って、なにをしているんですか?」
「なんだ
意外そうな顔をされるが、あるかないかでいえばある。
ただ、あくまでも興味だけであり、彼の仕事からなにかを学びたいとかではない。
「なにをしているか程度の興味ですけどね」
「まあお前たちに教えておいてもいいか。ここで採掘された石の加工だ。宝石類の加工もあるが、主に魔石の方だな」
なんかもっとこう、力仕事でもしている印象だったが、どうやら細かい作業をしているらしい。
宝石はなんとなくわかるけれど、魔石か……。
当然元いた世界には存在しないけれど、加工しないといけない代物だったのか。
「魔石を加工したらどうなるんですか?」
「魔力の通りがよくなる。魔力を込めるにせよ、抽出するにせよ、加工次第で無駄な消耗を減らせるってわけだ」
なるほど……だとしたら、カールさんの仕事はわりと重要そうだ。
魔力はこの世界で重要な資源やエネルギー源だろうし、それを貯めたり取り出せる魔石もきっと重要だろう。
そこに直接関係がある仕事か……。
「なんだ、興味出たのか? 暇なときに教えてやってもいいぞ」
「いえ、そんな……といいますか、僕に教えていい技術でもないでしょう」
「かまわねえさ。このまま、ここでいつまで働かされるかもわからないからな。そもそも、他のドワーフたちはこの手の作業に興味がない」
「それはやっぱり、装備を作る方が人気ということでしょうか」
「まあな。俺の作業を軽んじているわけではないが、やりたいことかと言われると話は別らしい」
ドワーフなら誰でもできる仕事というわけではないということか。
「その魔石、加工が終わったらどうするんですか?」
「魔王様に献上されるそうだ。……こうして魔族に手を貸してしまった以上、俺はもう神の国にはいけないってことだ」
「神の国……?」
聞き覚えのない言葉に聞き返すと、カールさんは納得したような顔をする。
「あ~……。そういや転生者だったなお前ら」
「ええ、一応女神にも会いましたが、それと関係がありますか?」
「そうか、女神様にも……。ならこの世界の魔族の扱いは知っているだろ」
魔族の扱いというと……。
たしか、レベル上げのための種族だったか。
モンスターと魔族を倒せばレベルが上がる。
魔族のほうが知能が高いので得られる経験値も多い。
なので、容赦なく倒してしまえという話を女神から聞いた。
モンスターだけを倒していても、いつまでたっても魔王を倒せないと言われて送り出されたっけ。
……だけどなあ。
そのモンスターさえも油断していたら危険な相手だ。
それ以上に倒しにくいであろう魔族は、僕たちが手を出していい存在ではない。
女神の力があるからとさっそうと魔族を倒しにいった者たちもいるが、僕たちにはそんな行動力はなかった。
それは正解だと思う。
魔王……様と、その側近たちに会ってわかったが、あんなのと戦えと言われてもどうしようもない。
「なんかやけに考え込んでるな。難しいこと言っちまったか?」
「いえ、現状を改めて確認していました」
そこで思い返すのは
あいつ、無茶していい格好しようとしていると思ったけど、まさか本気で魔王……様を倒そうとしているんだろうか?
それなら、多少の無茶なんて当たり前だ。そうまでしても倒せるとは思えないほど相手は強大なのだから。
それでも、あそこまで独自に動いていたのは、あいつはあいつなりに本気で魔王様に挑もうとしていたのかもしれない。
「悪いことしたか……」
「大丈夫か?」
「ええ、ちょっと自責の念にかられ……大丈夫です」
僕の様子を怪訝そうに見ていたカールさんは、話を戻した。
「魔族は忌むべき汚れた種族だ。友好的であってはいけないし、倒さないといけない。もしもそれを破ったら、死後の魂は神の国に招かれることはなく、魔族へと変えられる」
「それを女神が伝えたと?」
「古い伝承とかじゃねえぞ。数十年に一度直接お伝えされる。つまり、紛れもない事実ってことだ」
宗教的な価値観なのかと思ったが、もっと確証がある内容ということらしい。
そうか……。直接女神本人が言うのなら、きっと間違いないんだろう。
そして、間違いないってことは……。
「僕たち、魔族を手伝ってるから、友好的判定受けますよね……」
「だから、俺はもう諦めた。人によっては、あの場で死を選ぶこともあっただろうけどな。残念ながらそんな度胸はなかった」
しょうがないだろう。
死後のことを考えて、あの場で殺せと言える者がどれだけいることか。
だけど、もしもカールさんの言葉通りなら、僕も
「さあ、せいぜい魔王様に貢献して、生きている間の境遇を改善しようじゃねえか」
「ええ……僕も手伝わせてください」
そうして僕たちは、魔王様が欲しているらしい魔石を献上し続けることにした。
◇
「なるほどな。聞いてみないとわからないものだ」
魔族というのは、思っていた以上にこの世界に祝福されていない存在らしい。
「嫌になるよねえ。ボクたちは女神に見捨てられた種族ってことさ」
「あれ、もしかしてピルカヤも知っていたのか?」
「魔族だもん。ボク」
……もっと早くに聞いておけばよかったな。
俺自身、魔族はゲームの敵キャラだから嫌われているんだろうと、勝手に結論を出してしまっていたのかもしれない。
「でも、他のみんなはともかくピルカヤって精霊だろ。元々は魔族ではなかったんじゃないのか?」
「魔族に友好的だったからね。どうせ女神が見捨てたなら、ちょっと早いけど魔族になるのも面白いじゃない」
そういう設定のキャラクターだったのか。
つまり、元々は人類側だったけど、女神に嫌気がさしてフィオナ様の側についたってことだ。
もしかしたら、ピルカヤが敵側にいたという未来もあったのかもしれないな。
「これまで魔族の味方になって働くのを、やけに嫌がるやつがいたと思ったけど、それだけ信仰心が強かったってことか」
「かもねえ。今よりも死後を心配するなんて、馬鹿な連中でしょ?」
「というか、ピルカヤ一回死んでるしな」
死んでも復活できるということなら、死後の心配なんているんだろうか?
それとも、ピルカヤたちが特別であって、他の種族は蘇生薬以外では死んだら死後の世界行きなのか。
「一回というか、二回だけどね」
「二回?」
「勇者って強いよねえ。ボクたちじゃ勝ち目は限りなく低いよ。だけど、状況は変わったんだ」
ピルカヤは、すでに二回殺されているらしい。
そしてこの言葉から察するに、二回とも勇者に殺されているってことだろう。
……だとすれば、勇者たちはピルカヤとの戦闘にも慣れている可能性が高い。
「転生者が味方だというのなら、ボクたちもただやられるだけじゃない」
「げっ……俺にそんな期待を寄せられても困るぞ」
「あはは、期待してるよ~。せっかく、やられ役を卒業できるんだからね」
荷が重いなあ……。
フィオナ様に全部押しつけてやろうか。
「そういえば、そろそろ魔石がフィオナ様に献上されるころか。これで、宝箱ガシャの回転数が上がるのかな」
「上がるとしてもそこまで期待しちゃいけないよ。それに、上がったところでねえ……」
「フィオナ様だしな」
そんな話をしていると、うきうきとしながら本人がやってきた。
先ほどの会話が聞かれなかったか、若干焦るピルカヤだったが、フィオナ様の様子からすると聞こえていなかったようだ。
「どうです。レイ! ピルカヤ! こんなに魔石が届きました!」
「おめでとうございま~す」
「よかったですね」
「そして、この魔石から魔力を補給できれば、私もいよいよ久方ぶりの蘇生薬を引き当てることでしょう」
そう言いながら宝箱に魔力を注ぐ。
魔力が足りなくなってきたのか、手に持っていた魔石に力を込めて、自身の魔力の足しにしているようだ。
「……」
魔力の足しにしているようだ。
「……」
……本当に足しになっているのか? あれ。
「まあそうでしょうね。魔石で回復といっても、ボクくらいの魔力までですよ」
「え~……」
「え~。と言われましても、フィオナ様の馬鹿みたいな魔力を補うのは無理ですって」
「今馬鹿って言いませんでした?」
「じゃあ、プリミラ製の魔力回復薬と、あまり効果は変わらないってことだな」
それじゃあ、フィオナ様の魔力を回復しきるのは無理だろう。
ピルカヤはそれを知っていたから、最初から期待なんてしていなかったのか。
「普通に回します。レイ、開けてください」
「回すって……まあいいですけど」
それでも、単発ガシャをするくらいの魔力はあったらしく、フィオナ様に袖を引かれて宝箱を開ける。
「お、装備品。珍しいですね」
そこから出てきたのは、黒く輝く小さな指輪だった。
「へえ、暗影の指輪じゃないですか」
「……ええ、そうですね」
二人とも、この指輪のことは知っているらしい。
ということはわりと有名な装備品だったりするのだろうか。
「どんな効果なんです?」
「えっと……そうですね。ええ。身につけている者の姿が、敵に発見されにくくなります」
「なるほど……それなら、火にまぎれてるピルカヤが万が一にもばれないように、ピルカヤが装備すればいいんじゃないですか?」
「ボクいらな~い」
断られた。
そうは言うが、国松みたいな鑑定持ち相手のとき便利そうじゃないか。
「分体に装備できないからね。できなくないけど、結局本体のボク含めて誰か一人しか装備できない」
「ああ、そういう……」
それなら、分身して働くピルカヤとはあまり相性がよくないか。
いや、見つからない分体が一人だけ混ざっているというのも面白そうな気が……。
「そ、それなら。レイがつければいいじゃないですか!」
「なんで、そんな剣幕で……まあ、たしかに俺みたいな脆弱な魔族には、そういう装備はありがたいですけど」
「なら決まりですね! あとピルカヤごめんなさい!」
「いいですよ。ボク強いですし、一応さっき言ったこと本当ですし」
なんだか二人で話を決めてしまった。
フィオナ様が俺の指に指輪をはめたので、たぶんこれはもう俺のものってことだ。
……しかし、左の薬指かあ。まあ偶然だろ。魔王様だし、こっちの文化なんて知らないだろうからな。
◆
暗影の指輪
敵意に反応して、身につけている者の存在を隠す。
神の光のように輝く指輪は縁起が悪い。
私たち魔族には、魔王様の闇のごとき指輪こそがふさわしい。
漆黒の指輪は魔の者を象徴し、古くから魔の貴族や王族の婚姻の儀に用いられたとされる。
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