第72話 転職先の船出

「おい、国松くにまつ!」


 珍しい。彼らはたしか風間かざま派の転生者だ。

 最近風間が不在のため、彼らは彼らでモンスターを倒してレベル上げの日々を送っていたはず。

 わざわざ嫌っているであろう僕に話しかけるなんて、なんの用件だろう。


「なに? なんかあった?」


「なにかじゃねえよ! お前の勝手な行動のせいで、風間さんたちがいなくなったんだろうが!」


 またよくわからない言いがかりだということはわかる。

 否定するだけ無駄なので無視してこの場を立ち去りたいところだけど、一つ気になることがあった。


「風間たちが……? 最近見ないけど、なにがあったの?」


「あんたのせいで、私たちが役立たずの転生者扱いされているから、風間さんたちは自分たちもダンジョンをクリアしようと出ていったんじゃない!」


 知らなかった……。

 風間って、そんな無茶なことはしないと思っていたのだけど、なにか心象が変化するようなできごとでもあったんだろうか。

 だけど、それはむしろいいことだと思うんだけどね……。


「やる気があるのはいいことじゃない。風間たちだって女神から力を与えられているんだし、もっとレベルを上げれば強くなれるはずだよ」


「そんなことされたら、俺たちが余計にレベル上げしろって言われるだろ!」


 ああ、そういうこと。結局それが嫌なだけってことか。

 誰も彼もが風間を心配しているように見えて、その実一番心配しているのは自分たちのことだけだ。

 風間までちょっと無茶なレベル上げをしてしまうと、いよいよ自分たちもこれまで以上に努力しなければならなくなる。

 彼ら彼女らは、そんな変化が嫌なんだろう。


「変にはりきっちゃって馬鹿みたい。私たちは女神様に選ばれたのよ。その力でたまに役立つだけでもこの国には十分貢献できるわ」


「そうだ! それなのに、必要以上に張り切るやつらのせいで、余計な努力が必要になってるじゃないか!」


 風間に少し同情する。

 彼とは意見が合わなかったのはたしかだ。

 だけど、彼は彼なりにこの世界の転生者のためを思って行動していた。


 もちろん、レベル上げが全然足りていないし、モンスターを倒したりダンジョンに挑んだりを率先して行ってはいない。

 だけど、この場にいる転生者たちの待遇のために、危険なことはなるべく行わないように徹底していただけだ。

 それがいいかどうかは別として、一応は他者を思っての行動だった。


「どうせ風間さんたちだって、今ごろダンジョンのモンスターにやられてるわよ」


 どうせという言葉で、彼女が風間をどう思っていたかわかる。

 風間に任せていれば、自分たちは変に努力する必要はなく生活も保障される。

 だから、表向きでは風間を持ち上げていたといったところだろう。


「国松、お前風間さんたちがどうなったか見てこいよ。無茶をした転生者がどうなるか、この国のやつらに教えてやればいいんだ。そうすれば、変なことを期待してくるのもやめるだろ」


「それこそ、自分たちで行ってきなよ。そもそも僕は風間がどこのダンジョンに向かったかも知らないし」


 それに、もしも本当に風間がダンジョンで死んでいたとして、この国は転生者への待遇を変えることはしないと思う。

 なにも慈善事業ってわけじゃないんだ。転生者に衣食住を与えているのは、国としても見返りがあるからであり、それが期待できないのであれば冷遇されても仕方ない。

 ある程度のモンスターを倒す。ダンジョンを鎮める。アイテムや資源を回収する。

 そういった国へのメリットを期待しているからこそ、国は転生者をかこっているのだと、彼らは気づいていない。


「とにかく、このままなにもしないといつかは国に捨てられるよ」


「――っ! お前らのせいで!」


 お前らか……。

 たぶん、僕だけじゃなくて風間も含まれているんだろうな。

 苦手というか嫌いというか、意見が合わない相手ではあったけど、こうなるとさすがに同情する。

 風間、死んだのか……。せめて、辛い思いをすることのない最期であったことを願おう。


    ◇


「辛い!!」


「気持ちはわかるが、泣き言はあとにしろ武巳たけみ!」


「なんで今日はこんなに客が多いんすか!? カールさん!」


「祭の日だ! しかも、酒に関するものだから本気のやつだ! ドワーフがなんかすまん!」


「酒飲んでるくせに、ダンジョン入るのやめたほうがいいと思うんですけどね!」


 商店で働くことになってから、僕たちは意外なほど平穏な暮らしを送っていた。

 元の世界のコンビニでバイトをしていたこともあり、接客はわりと嫌いじゃない。

 まさか、女神の力とかではなく、バイト経験が役立つなんて僕も想定外だ。


 なので、あらた と友香ともかと、特に問題もなく商店での仕事をこなす日々だった。

 カールさんだって悪い人じゃないし、なんだか城にいたころよりも居心地がいい気がする。

 そう思っていたけれど……さすがにこの忙しさは辛すぎる。


「おい、兄ちゃん。これくれ」


「はい、ただいま!」


「店員さんよ~。酒はねえのかよ」


「え、えっと……」


「その子にからまないでください! お酒は売ってません!」


「おい、あんた。一緒に酒飲まねえか」


「未成年なんで無理です!」


 ……訂正しよう。ここで必要なのは、コンビニバイトの経験じゃない。

 居酒屋とかそういう場所で、酔っ払いどもを対処する経験こそが必要だったようだ。


「てめえら、うちの若いもんにからむんじゃねえ!」


「おいおいカール。こんな場所で商売始めたかと思ったら、人間の面倒を見るとか、変なやつだなお前は」


 最終的にはカールさんが酔っ払いどもを追い払ってくれたのでなんとかなったが、彼は裏で石の加工をするのが本来の仕事だ。

 そんな彼の手をわずらわせているというのが、なんとも歯がゆい。


 ようやく店の混雑も落ち着いた。

 考えてみれば、忙しさの原因のほとんどは酔っ払い連中のせいだったな。


「まったく……酔っ払い立ち入り禁止とか、張り紙でもはるか」


 カールさんもさすがに疲れたのか、そんなことをぼやいていた。


「大変そうですね」


 すると、そこに小学生くらいの女の子がやってきた。

 僕たちは、反射的にだらけきっていた姿勢をすぐに正した。


「楽にしていていいですよ。疲れているでしょうし」


 少女の名前はたしかプリミラといったはずだ。

 僕たちが最初に囚われたときに、魔王……様の近くにいた魔族のうちの一人だ。

 つまり僕たちはおろか、カールさんよりもはるかに偉い人物ということになる。

 いわば上司だ。それもかなり上にいる。


「四天王様がいったいなんの用で……」


 カールさんは先ほどの発言を聞かれていたと思ったのか、少々気まずそうに尋ねた。

 まあそうだよな。張り紙をはって勝手に客を選別しようって言っていたわけだし、叱られるのかもしれない。

 はあ……酔っ払いの相手をするのは僕たちだからね。

 上からしたら、どんな客だろうがかまわないって考えでもしかたないか。


「想定以上の客入りに、魔王様は大変満足されています。ですが、想定以上だったがために、あなたたちの負担が大きいようなので、その原因を取り除きにきました」


 魔王……様。僕たちの働きをチェックしているのか。

 だけど、忙しさの原因をどうにかできるというのなら助かる。


「どうぞ」


「これは……?」


 プリミラ……さんが、カールさんに渡したのは容器に入った大量の液体だった。

 なんだあれ。まさか酒? あの酔っ払いたちの要望をさっさとかなえて店から追い出し、回転率を上げろってことか?

 たしかにいつまでも居座られるよりはましか。


「酔い覚ましの薬です。祭で浮かれてここにきた酔っ払いたちに浴びせなさい」


「あ、ありがとうございます……え、浴びせる?」


「ええ、頭からぶっかけてやりなさい」


「……客ですけど」


「迷惑な客のせいで、あなたたちの負担が増えるのはよろしくありません」


 プリミラさん……!

 魔王様とプリミラさんのはからいにより、その日の仕事は先よりも比較的楽になった。

 迷惑な客よりも店員をとるとは、魔王軍って意外と良い職場なのかもしれないな……。

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