第71話 「贔屓ではなく寵愛です」

 幼女に連れられてやってきたのは、僕たちがダンジョンに挑む際に利用していた商店だった。

 職人気質かたぎというか、口の悪い小柄なわりに屈強な男が店員を務める店だ。

 あらた友香ともかも知っている店ということもあってか、わずかに安堵あんどしているように見える。


「何度かうちを利用していた小僧どもか。今はお前らは客じゃねえ。あの時と違って愛想のいいドワーフなんて期待すんなよ」


「愛想のいいって……客だったときから、そんな感じだったじゃないか」


 思わずドワーフの言葉を指摘すると、頭を叩かれた。

 痛みはない。叱っているというパフォーマンスだからか、あるいは僕の勇者としての力なのか。

 ……きっと前者だろうな。


「生意気言ってんじゃねえ。それと敬語くらい使え」


 まあ、ドワーフの言うことももっともだ。

 僕たちは今日からここで働くわけだし、そこの店長にため口なんてきくのは非常識か。


「……わかりました」


「まさかとは思うが、お前ら魔王……様相手にもそんな話し方じゃないだろうな」


 ……そんな話し方だったな。

 魔王にも側近らしき魔族の男にも、特に指摘されなかったのでこのままの口調だ。

 そういえば、人間の王に同じように話したら、周囲のやつらにすぐに指摘された。

 咎められなかったのは、人間と魔族の違いだろうか。

 それとも魔王たちのほうが案外寛大だったということか?


 ……可能性は高そうだ。

 なんせ、王国の連中どころか僕自身把握しきれていなかった勇者の力を見出した方だ。

 あの方ならば、信じて仕えるに値するのかもしれない。


「はあ……怖いもの知らずなのはかまわねえが、今後は気をつけろ。俺にまで迷惑かけんなよ」


「ええ、わかりました」


 この屈強なドワーフさえも従わせるのか。

 見た目だけなら、あの場にいた者なんて簡単に倒してしまいそうだけどな。

 ゲームの世界ということだし、見た目だけでは強さは測れないってわけだ。

 ……次に会うことがあれば、無礼な態度だったことを詫びるべきだろうか。


「まあいい。人手が足りなくなっていたのはたしかだ。すぐに人員をよこしてくれたのはありがてえ」


「あの……私たちはなにをすればいいんですか?」


 おずおずと、新が尋ねると、ドワーフは見た目と裏腹に案外丁寧に仕事を説明してくれた。

 なるほど……商品の管理に販売か。バイトみたいなものだろう?

 なんというか拍子抜けというか、これまでの生活との違いに安心さえしている。

 見知らぬ世界でいきなり魔王を倒せと言われ、手探りでモンスターと戦っていたときよりずっとましな生活じゃないか。


「初日は俺もついていてやるが、できればお前らだけで回せるようになれ」


「最終的には私たちだけで店を切り盛りしろってことですか?」


「ああ、そうだ」


 友香の質問に即答した。

 そうなった場合、このドワーフはどうするつもりなんだ?

 別の場所で働かされることとなり、ここは僕たちの店になるんだろうか。


「俺は本来なら石の加工を期待されている。今は店で手がいっぱいだからな。お前らが戦力になれば、ようやくドワーフとしての本領を発揮できるってわけだ」


 そういうことか。

 たしかに、それは僕らにはどうすることもできない領分の仕事だ。

 ならば、店を手伝うことで、この男の負担を減らしたほうが効率がいいのだろう。


 まあせいぜい働くとしよう。

 上の連中が、今度こそ僕たちの働きを正しく評価してくれる者たちだといいのだが……。


    ◇


「案外真面目にやってるな」


「これならカールも本職に専念できそうだねえ」


「なんなら風間かざまたちのほうが愛想いいし、店員に向いてるかもしれないな。バイトでもしてたのか?」


「バイト?」


「ああ、こっちの話」


 意外なことに、風間たちは初日でカールに問題なしと判断された。

 それ以降はカールは店の隣に作った部屋にこもり切りで、今まで作業できなかった分を取り戻すかのように鉱石の加工をしている。

 装備品を作るのではなく、石の切り出しと加工が本職のドワーフだったようだが、ちょうど必要な人材だったので捕獲できたのはありがたい。


「ドワーフたちのダンジョンも順調だな」


「ああ、商店は風間たちがそつなく回せているし、宿はカーマルとハーフリングたちでしっかり経営してくれている」


「侵入者には通れない場所の採掘場では、ドワーフたちがしっかりと魔石を入手しています。いずれは、レイ様のダンジョン作りの助けとなるでしょう」


「鉱石や宝石類はカールが加工してくれるようになったし、これでようやく順調にすべての施設が稼働したわけだ」


 入口付近の賑わいも、いまだ衰える気配はない。

 俺が採掘場を、プリミラが酒を、それぞれ定期的に作ってダンジョンに配置する。

 そうすることで、今後もドワーフたちは他種族にダンジョンを開放し、このいい流れを断ち切ることなく継続できるだろう。

 新たな町ができたようなものだし、ドワーフたちにとっても今さら人の出入りを制限する理由はないはずだ。


「獣人たちのダンジョンもこれまでどおりだぞ。うちの宿もトキトウの店も、それなりの客入りがある」


「やっぱり、倒したり捕獲したりする数を減らしていいっていうのがよかったな」


 当初と違い、侵入者を倒す以外でも経験値や魔力を稼げるようになったからな。

 ならば重要なのは侵入者を倒すことではなく、リピーターを増やすことだ。

 獣人たちのダンジョンも、人間たちのダンジョンも、いまでは危険度をかなり下げている。

 それでいてそれなりの飴を与えているので、作成してからわりと経った今もなお、侵入者は一定数訪れている。


 その成果がこれだ。


 和泉いずみれい 魔力:60 筋力:22 技術:30 頑強:30 敏捷:21

 

 レベルの上昇はさすがに少なくなってきている。

 だけど、ここに至って俺は自身の魔力さえも、気にせずにすむようになった。


 ダンジョン魔力:5926


 ダンジョン魔力に手はつけていない。

 熱量変換室が作れるようになってから、三つのダンジョンに設置して今日に至るまでに溜まった魔力がこれだ。


 人間たちが侵入するゴブリンダンジョンが、だいたい二十人。

 獣人たちが挑戦するダンジョンが、だいたい五十人。

 そして、ドワーフたちが大量の人を呼び込んでくれているトラップダンジョンが、実に五百人。


 一日におおよそそれだけの数が魔力を提供してくれる。

 日に一万はさすがに無理だが、日に五百と少しの魔力が溜まっていく。

 二十日ほどで、俺もようやく宝箱ガシャを一度引くことができるようになったわけだ。


「フィオナ様。俺も蘇生薬の作成協力しますね」


「! そうですか。レイと私の共同作業ですね。魔王軍のみんなを私たち二人で復活させましょう!」


 なんか今、物欲センサーに狙われたような気がする。

 いや、気のせいだろう。フィオナ様じゃあるまいし……。


「それにしても、なんでそんなに俺と蘇生薬を狙いたいんですか……」


「ふっふっふ……私の完璧な計画のためです」


 もしかして、俺の運を当てにしているのなら、その計画は早まっていますよ……。


「私たち二人で魔王軍を蘇生させることで、魔王軍は私だけでなくレイのものにもなるのです」


「荷が重いです……」


「ええ!? 一緒に背負ってくださいよ! ずっと一緒だって言ったじゃないですか!」


「支えるって意味なんですけどねえ……」


 まさか、魔王に次ぐ権力者のようなポストを用意しないだろうな。

 俺はあくまでもダンジョンの管理者にすぎないぞ。


「というか、俺じゃなくて四天王を優先してくださいよ。俺より先にフィオナ様に仕えていて、魔王様の次に偉い立場なんですから」


 と言った瞬間に、リグマからこっちを巻き込むなとジェスチャーされた。


「いいんです! みんないい子だからわかってくれますし、私はレイを特別扱いするんです!」


 それでいいのか魔王軍……。

 そのうちぽっと出の新入りに、すべてを掌握されるんじゃないかと心配になってきた。


    ◆


 蘇生薬


 使用することで死者を蘇らせる秘薬。


 死者として蘇るのではなく、死を完全に白紙に戻すそれは神の所業。

 女神が勇者たちに与えた加護に限りなく近く、下界の者に赦された力の範疇を超えた存在。


 その奇跡のような薬は、時の権力者が厳重に保管し、有事の際に使用されたという。

 下々の者たちは生涯で目にすることさえかなわず、それが存在するかどうかさえも彼らにはわからない。


 その姿を見て神は嗤うだろう。

 その権力者たちさえも、自身にとっては下々の者であることを神は知っているのだから。

 その愚かさこそ下界の者だと喜ぶのだ。

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