第63話 入場料自動引き落としサービス

「あれ……」


「どうしました? レイ」


 メニューを見ていたら、ちょっとおかしなことが起こっている。

 やたらと物理的に距離間の近いフィオナ様が覗き込むが、メニューは俺にしか見えないのでその行為に意味はありません。


「ダンジョンの魔力が増えてる気がするんです」


 といっても、それだけならば不思議なことではない。

 普段から侵入者を倒してダンジョンの魔力を増やしているからな。

 なので、違和感を覚えたのはその速度にある。


 ダンジョン魔力:211


 ダンジョン魔力:212


 うん。なんかいつも以上の速度で増えていっているような気がするぞ。

 もしかして、どこかのダンジョンで侵入者の大量虐殺でも発生したか?


「ピルカヤ~! どこかで大量の侵入者が死んでないか~?」


「ん? いやあ? 別にそんなことはないけど、なに? ついに皆殺ししたくなったの?」


「違うって……。そうか、いつも通りなんだな?」


「いつも通り順調だねえ。店も宿も、罠もモンスターも、利用者も撃退者も、万事バランスよく進んでるよ~」


 ということは、やはり別の要因で魔力が増えていっているということになる。

 その原因は? 一つしかないな。これまでと違うことなんて、あの魔力を浪費するだけに終わった施設が増えただけだ。


「熱量変換室の効果かな?」


「見た目はなにも変わりませんでしたけど、あのあたりになにかが起こっているんですかね?」


「そうですね。もっとよく観察してみましょうか」


 フィオナ様と二人、獣人ダンジョンの入口を目を皿にしながら観察する。

 今日も商店と宿は盛況だ。一人二人と客足が続いていく。


 ダンジョン魔力:213


 ダンジョン魔力:214


 うん? 特別なことが起こったわけではないのに、また魔力が増えている。

 これはもしかして、誰かがきたことがトリガーとなって魔力が増えているのか?


「熱量……本当に運動エネルギーかなにかを奪っている? だとしたら、宿屋も商店も客が衰弱しそうなもんだが……」


「特段変わった様子もありませんね。トキトウもオクイも普段と変わらずに働いています。働き者ですね。あの二人」


 当初は裏切りも危惧していたというか、そもそも裏切られる前提だった二人だが、思いのほかがんばってくれている。

 そんな二人だが、フィオナ様の言葉どおり、急激に疲れたりなんかしていないようだな。


「団体客です。これはリグマのほうですね」


 先に寝床を確保するために、獣人の集団が真っ先に宿屋へと向かった。

 十人程度の集団だが、いい加減ここを個人で攻略するのは諦めたんだな。


 ダンジョン魔力:225


「増えすぎでは?」


 一気に10ほど増えたダンジョン魔力。

 それは獣人の集団の数と一致していた。


「……熱量を変換というか、部屋の中に侵入者が入ることで魔力が発生する仕組みかなにかか?」


「つまり、入場料ですか」


「イメージとしてはそっちのほうが近そうですね」


 獣人たちが奥へと進んでいくが、そのときは別になにも起きなかった。

 魔力を奪っていると思わしき対象が部屋を去っても、溜まった魔力が減ることはない。


 そんな獣人たちと入れ替わるように、別の獣人たちがダンジョンから戻ってくる。

 だけど、やはりダンジョン魔力に変動はない。


「ピルカヤ~。接客が落ち着いたら、奥居おくいとリグマに一度外に出るように言ってくれ~」


「りょ~か~い。そろそろ客足も途絶えるだろうし、二人で実験してもらおっか」


 たぶん、魔力が2増える。

 そしてそうなった場合、俺はこれまで以上にダンジョンの改築を行えることになりそうだ。


    ◇


「魔王様の考えることは、おじさんわかんねえわ」


「あはは……まあ、よくわからない指示ですけど、すぐに終わるのでさっさとすませちゃいましょう」


 ダートルさんと二人で外に出るように命じられる。

 頭をかきながら不思議そうにするダートルさんだけど、たしかに変な命令だった。

 まあ、嫌な命令ってわけじゃないし、さっさと終わらせちゃおう。


「じゃあ、オクイちゃんから入ってきてね~」


「はい!」


 返事だけは、はきはきとするようになってしまった。

 私って意外とまじめに働く素質あったんだなあ、なんて考えながら入口へと進んでいく。

 特になにもない。なにも起こらない。


 ダートルさんの言うとおり、魔王様ってときどきわけがわからないなあ……。

 なんか鬼気迫る様子で宝箱を触ったりしているし。


「次ダートル」


「俺のとき雑じゃないですかねえ……」


 そんな風にぼやきつつ、ダートルさんがこちらにくる。

 彼もまたなにか変化が起こった様子はないらしく、結局魔王様が何を考えているのかはわからなかった。


「はいおっけ~。次はダンジョンへの侵入者を見つけたら、それとなく一人だけ入るようにして」


「いや、さすがにそれは無理じゃないですかねえ……。今では獣人だって、協力して挑んでるわけだし」


「なにも一人で攻略させろって言ってるわけじゃないよ。十秒ほど先行して入らせるだけでいいから」


「それならまあ……」


 こんな風に外に出て行動させられるなんて、一応信用された証ってことかな?

 ……いや、ピルカヤさんが見ているから、変な気を起こしたらいつでも対処できるからという理由のほうが大きいのかも。

 嫌な考えがよぎったので気を取り直すと、三人組の獣人たちが向かってくるのが見えた。


「よう、あんたらダンジョンに挑むんだろ?」


「ああ、そうだけどなんだおっさん。人間なのにこんなところで」


「おっさん人間の国がしんどくなってなあ……こうして、ダンジョンで宿を経営して暮らしてんのよ」


「あ~、それじゃああんたがダンジョンで宿なんかやってる酔狂な人間か」


「そうそう、そんでせっかくだしあんたらも宿泊していかねえか?」


 自然とダートルさんが獣人たちと話を進めていく。

 この人、こういうのが本当に得意だなあ。

 だから、魔王様からも宿屋の管理者に任せられているのかもしれない。


「ああ、こっちにとってもありがたい」


「いやあ、悪いねえ。入ってすぐの場所にあるから、先に受付してもらってもいいか?」


「そうだな。先に部屋を取ったほうが、安心してダンジョンに挑める」


「……あぁ、悪いがあんただけ先に受付していてくれ」


「なんでだ?」


 ダートルさんの言葉に獣人たちは怪訝な表情をした。

 もしかしたら、なにか騙されているのではと考えたのかもしれない。


「そっちのお二人さん、ちょっと足元汚れてるぜ。履物の泥落とすから、あんただけ先に行った方が効率いいだろ?」


「本当だ……お前ら、いつのまに汚してんだよ」


 たしかに、獣人たち二人の足元は泥と銀色の金属みたいな汚れがついてる。

 金属か~。なんか泥沼の中に水銀が混ざってる、わけのわからないマップがあった気がするなあ。

 素材アイテムが採取できる場所だったけど、今思うとあれって四天王のリグマの拠点だったのかもしれない。

 体が水銀でできてるから、あの場所で休憩してるうちに泥の中に水銀が混ざったんだろうね。


「つーわけで、オクイちゃんも悪いけど手伝ってくれるか?」


「あ、はい!」


 ダートルさんの声に、そんな考えから引き戻された。

 ほんと要領がいい。しかも、私にもちゃんと役目を与えているあたり、周りをよく見ている。

 獣人たちは完全に疑う気が晴れたようで、ダートルさんは見事に一人だけを先行してダンジョンへと送った。


 それにしても、こうまでして一人だけを侵入させたいって、ますます魔王様の考えがわからないなあ……。

 まあ、私たち魔族じゃないからね。魔族の考えることなんて、魔族にしかわからないか……。


    ◇


「おじさんなにさせられたの?」


 あの後、最初に先にダンジョンに入った獣人を一度外に出して、再び入るよう誘導してもらった。

 そんなわけのわからないことばかり頼まれたリグマが、不思議そうに尋ねてきたので、俺が考えた熱量変換室の効果をみんなに話していく。


「たぶん熱量変換室は、リグマや奥居が働いているフロア全体に問題なく設置されているみたいだ」


 この魔力の増加を見る限り、先ほどの実験結果は間違いないだろう。


「さっき奥居とリグマが改めてダンジョンに入ったときに、ダンジョンの魔力に変化はなかった」


「そりゃあまあ……おじさんたち死んでないからなあ」


「だけど、その後に獣人一人だけが入ってきたときは、ダンジョンの魔力が1だけ増えた」


「……へえ?」


 リグマが興味深そうに相槌を打つ。

 獣人の集団たちが入った時のことも考えると、きっとそういうことだろう。


「熱量変換室をしかけたフロアに、敵が侵入したら、その運動エネルギーみたいなものを魔力に変換してくれるんだと思う」


 厳密には運動エネルギーでも熱量でもない気がするけれど、ダンジョンマスタースキルさんの命名だし気にすることもない。

 問題はその効果のほうだ。侵入者が増えるほど、ダンジョンの魔力がどんどん増えていく。

 なんてすばらしい施設なんだ。無駄とかいって本当にごめん。


「なるほど、そういう施設だったのですか……は!? つまり、日に一万回出し入れすることで、無料ガシャが!」


「さすがに、そこまでは難しそうなんですよね」


 無条件だったら、魔力を稼ぎ放題の恐ろしい施設だっただろう。

 それこそ、リグマやピルカヤを分身させて、熱量変換室の間を反復横跳びでもしてもらっていた。

 あるいは、大量のモンスターたちや、捕らえた他の種族に命令して。


 だけど、リグマと奥居ではだめだった。

 魔力が増加するのは、獣人たちが入ってきたときだけ。


 獣人でなければだめなのかというとそうではない。

 奥居も獣人だけどだめだったからな。

 あとは考えられそうなのは、ダンジョンに所属しているかどうかということだ。


 リグマは当然として、奥居も無理やり働かされているとはいえダンジョン側の獣人だ。

 そんな身内のような者たちが入ってきても、熱量変換室は動作しないのだろう。


「たぶん、ダンジョンに挑むものからしか魔力を得られないんだと思います。それも、同じやつからは二回徴収することはできない」


 それが永続的になのか、日が変わったら再び徴収できるのかはわからないが、さすがに日が変わったら再徴収させてほしいなあ……。


「むう……つまり、日に一万人の侵入者が必要ですか。さすがにそこまでの侵入者を呼び込みたくないですね」


「ええ、おそらく。ですので、これもまたバランスを考えてということになりそうです」


 それでも、この施設の魔力増加効率は非常に高い。

 なんなら、全フロアに設置したほうがいいかもしれないな。


 ……だめみたいだ。メニューがまた選択できなくなっている。

 ということは、作成できる数に上限があるタイプの施設ってことか?

 他のダンジョンへの設置は……問題なさそうだ。

 つまり、一つのダンジョンに一つだけという施設なのだろう。


 元々はすべて同じ地底魔界なのだが、壁で区切って独立させていることで判定が甘くなっているのかな?

 なんにせよ、少なくともドワーフたちのダンジョンには設置すべきだろう。

 人間たちのほうは……作っちゃうか。どうせ、六十人程度の侵入者なんてすぐだろうし。


「いよいよ不労所得って感じだ……」


 翌日になり、リグマが宿泊客の一人にわざと忘れ物をさせたことで、同じ客が日をまたいで再びダンジョンに侵入した。結果は魔力が1増加。

 これでわかった。日に一度ずつの魔力の徴収。それが、この施設の効果ということだ。まさに不労所得だ。

 だがそのおかげで、今後のダンジョン作成に利用できるどころか、うまくいけば俺も宝箱ガシャに協力できるかもしれないな。

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