第62話 くるくる回る回し車

「カーマルさん。獣人とドワーフが喧嘩しています」


「他の宿泊客に迷惑かけないでほしいんだけどなあ。わかった。ちょっと話をしてくる」


「カーマルさん。俺たちの担当している採掘場所の魔石は採りつくしたようだ」


「それじゃあ休憩しておいて、新しい場所を確認してくるから」


「ダートルさん! 回復薬まだありましたっけ!?」


「さっき補充分を売り切ったなあ。しかたない、ちょっくら取ってくるか」


    ◇


「ようレイくん! 元気そうで何よりだ!」


「え、まあふつうだけど……」


 フィオナ様のハズレガシャを見届けた帰り、やけに感情が高ぶったようなリグマに声をかけられた。

 ……なんだろう。なんか、徹夜明けのような疲れ果てたような、そんな雰囲気がこちらにも伝わってくる。


「おじさんはねえ。なるべく分体って出したくないわけよ。だって体が分かれるから本体が弱くなるし、なにより統合するときに疲労も全部押し寄せてきちまう」


 そうだったのか。弱くなるのはピルカヤも同じだけど、疲れが一気に押し寄せるのは嫌だなあ。

 それでも平気で分体を出して働くピルカヤは、フィオナ様のために働くことが疲れを上回っているのかもしれない。


「というか、別人格だからこそ文句がすごいんだよ。カーマルのやつ」


「ピルカヤくらいずけずけとものを言うからな」


 見た目が幼いからこそ、中身も相応に幼くなっているのか、カーマルはわりと明け透けにものを言う。

 フィオナ様のガシャ結果を見て思わず笑うなんて、ピルカヤでさえ我慢しているのにな。


「というわけで、そろそろおじさんの負担が限界です」


「実質二人分働かせてるわけだしなあ……」


「まあ、そのくらいなら魔王軍がまだにぎやかだった時もそうだったし、仕事量はまだ我慢できるんだよ」


 意外にも仕事を減らせという直訴じきそではないらしい。

 じゃあただの愚痴か? それくらいならいくらでも付き合うが……。


「魔族は、働いて食って寝るだけじゃ健全と言えないんだよ。わかる?」


「まあそうだろうな。ならなにか休憩中に趣味のようなものを……」


「ここ、なにもないだろ」


 言っている途中に気づいたが、たしかになにもないな。

 モンスターがいて、罠があって、宿屋もあって食い物もある。

 あとはプリミラの畑があるけどそれだけだ。

 なるほど、たしかにリグマの言うとおり、働いて食べて寝てという生活しかできない。


「そこでレイくん! 君ならなんか快適な施設とか作れるだろ!」


「無茶言うなよ……」


 ダンジョンマスタースキルさんだって、さすがにそんなことまでは対応できないぞ。


「実際どうなんだ? 強くなって、魔力も増えて、あれから色々と練度も上がってるんだろ? なんか面白い施設ねえの?」


 実はある。なんかまた変なものが解禁されている。


 熱量変換室作成:消費魔力 60


 消費魔力が60。これまでで最もコストが大きい施設だ。

 そのうえ名前からは効果がわからない。

 熱量ってカロリー? それを変換するってことはまた経験値にできるのか?

 それだけだと、なんだか入っている魔族がやせる代わりに俺が強くなりそうだ。

 エステ系の施設だろうか? リグマには興味ないだろうけど、一応そんなものもあると話してみる。


「おじさん別にやせようとしてないなあ……」


「だよな。そもそもリグマなら体型なんて自由自在だろうし、一番縁がなさそうだ」


「それにしても魔力が60だっけ? たしか、ピルカヤのやつが120だったよな。ピルカヤの半分ってえらい魔力を使うんだな」


「だから、残念ながら今の俺には作れないよ。ダンジョンの魔力を使えば別だけど」


 和泉いずみれい 魔力:55 筋力:21 技術:28 頑強:29 敏捷:21

 ダンジョン魔力:265


「あと5で届くんだけどなあ」


「ダンジョン魔力の何割くらい消費するんだ?」


「二割とちょっとくらい」


「よし、試しに作ってみよう」


 ひまつぶしがてらの思い付きで言ってないだろうな……。


「無責任に言ってくれる……」


「おじさんこう見えて責任感わりと強い方だぜ」


「知ってるよ」


 だからこそ、今こうして疲れているわけだしな。

 まあ、それで少しでも気が晴れるなら試しに作ってみるとしよう。

 実は俺も気にはなっていたが、ダンジョン魔力を消費していいものか迷っていたところだ。

 背中を押してもらえて、むしろ助かったかもしれない。


「場所は……どうしようかな」


「俺たちは使わないだろうし、どこかの入口に作って侵入者たちに利用させればいいんじゃないか?」


「それがいいか」


 商店や宿の近くにエステ施設なんてあったら、いよいよ意味不明なダンジョンだと思う。

 ダンジョンの奥まで行かずに、入口付近の施設目当ての者がくるかもしれないが、それはそれで他の商売が繁盛するからいいか。

 ……リグマ、もしそうなったらお前自分の首を絞めているんだぞ。


「とりあえず、トラップダンジョンのほうに作るか。あそこのほうが色々な種族がくるし、なにかしら意味があるだろう」


 というわけで、トラップダンジョンのほうに移動を……。


「どこに行くんですか?」


 しようとしたところ、フィオナ様に出くわした。

 ことの経緯を説明すると、フィオナ様は興味深そうに表情をころころと変化させる。


「なので、トラップダンジョンまで行こうとしていたんです」


「だめです」


 ん……? いま、断られたよな?

 フィオナ様についてきてほしいとか、なにかしてほしいとは言っていない。

 それに、ダンジョンに関しては俺に全権を任せてくれている。

 そんなフィオナ様が強めに否定するなんて、珍しいこともあるものだ。


「遠隔からもできますよね?」


「できなくはないですけど、位置や作成するタイミングの精度は落ちますよ?」


「そこまで正確な位置や時間は必要としていないはずです」


 それはまあそうだけど……。

 どうせなら、その場で作ったほうが都合がいいんだよな。


「どんな施設か確かめるので、その場にいたほうが効率がいいと思うんですけど」


「だめです。お外は危険です。レイは私と一緒に、ここにいましょう」


 ……取りつく島もない。

 これはやはりあれだろうか。イドのときの無茶が過保護なほどに心配させてしまっているんだろうか。

 あの時と違って危険な侵入者がいるわけではないが、急に勇者がくるかもしれないと言われたらそれまでだ。


「俺が様子見てくるわ。途中でピルカヤに頼んで視界も共有しておくから、それで我慢しとけ」


「悪いな。結局仕事増やして」


「仕事じゃねえから平気。……というか、そうなった魔王様はレイ以外にはどうしようもできないからな。頼んだぞ」


 後半の言葉は俺にだけ聞こえるように言いながら、リグマはドワーフたちのダンジョンへ向かってくれた。


「だめですよ? あなたは私のものなんですから」


「はい。心得ています」


    ◇


 フィオナ様が落ち着いて、いつものポンコツに戻ってから数分。

 視界がトラップダンジョンの入口を映した。ピルカヤとリグマが準備してくれたんだな。


「それじゃあ、熱量変換室作成っと」


 ダンジョンが保有していた魔力が205まで減少し、施設ができ……ないな?


「あれ~? なにも変わらないね?」


「そうだなあ。直接見ても別になにも起こっていない」


 二人ともやはり変化は感じられないようで不思議そうに首をひねっている。

 まさかの失敗か? 俺の最大魔力をこえるせいでうまくいかなかった?

 いや、前にそれでもうまくいくことは立証済みだ。


 考えていてもこれ以上はどうしようもない。

 まあ、試せたのはいいことだ。今後はこの施設を作って、無駄に魔力を浪費せずにすんだと思っておこう。


「客が来はじめたし、俺は戻るぞ~」


「ああ、悪かったな」


 手をひらひらとふってリグマは去っていった。

 トラップダンジョンは今日も盛況のようだからな。

 きっと、自分も獣人のダンジョンのほうを見に行ったのだろう。


「とりあえず、人手の確保の優先度を上げるとするか」


 ダンジョン魔力:206


 ダンジョン魔力:207


 ダンジョン魔力:208

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