第56話 フットワークが軽すぎるインバウンド需要への対応

「思っていた結果と違うけど、こっちのほうがありがたいかもしれないな」


 トラップダンジョンを観察しながら、そんな言葉が口をつく。

 二度目のドワーフたちの侵入からしばらくの時間が空いたが、ドワーフたちは再びダンジョンへ戻ってきてくれた。

 罠の効果が高すぎて、下手したらもう戻ってこないかもしれないと諦めかけていただけにほっとしたものだ。


「意外と考えるタイプなんだねえ」


「そうですね。もっと鍛冶とお酒のことしか考えていない種族かと思っていました」


「だからこそ、じゃないですかねえ。鍛冶に使う石と酒さえ手に入るなら、なにも自分たちだけでダンジョンに挑む必要がないと考えるのも自然っちゃあ自然ですよ」


 意外そうにするピルカヤとフィオナ様に、リグマが考えを述べた。

 たしかに、獣人たちとの違いはそこだな。


 ドワーフたちの目的はあくまでも石の回収だ。

 危険であろうと、それに抗うことはできなかったようだが、それならば他種族への協力を仰ぐこともいとわない。

 そのおかげで他種族たちもダンジョンに侵入するようになり、当初想像していた以上に経験値も魔力も得ることができている。

 なるほど……しっかりとした報酬を準備すれば、こうやってこちらの利益にもつながってくれるわけだ。


「あのちっちゃい人間たち、子供ってわけじゃなさそうだな」


「ハーフリングですね。斥候や地図の作成、それに罠の解除を得意とする器用な種族です」


「今回のダンジョンにはうってつけの種族ってわけか」


 最初はエルフの子供かと思ったけれど、様子を見るにどうにもあれで大人かと思っていたが、やはりそういう種族なのか。

 プリミラみたいに、小さいけど年齢は俺よりはるかに上という前例もあるからな。見た目だけで判断するのは危険なようだ。


「なにか?」


「いや、プリミラっていろいろできてすごいなって」


「そんなことはありません。私よりもレイ様のほうができることは多く優秀ですので」


「買いかぶりな気がするなあ……」


 俺にできるのはダンジョン作成だけだし、知識もこれといってあるわけではないからな。

 まあ、そう自覚している以上は、そのできることをがんばっていくしかないわけだが。


「レイもプリミラも優秀なので、私は楽できて助かります」


「働いてください」


「え~……」


 一応そう言うが、プリミラも本心から働けと言っているわけではないんだろうな。

 魔王であるフィオナ様が動くときなんて、相当切羽詰まったときだけのほうがいい。

 あまりフィオナ様任せにすると、かねてから危惧している勇者たちに適応される恐れがある。

 それを知ってか知らずか、俺が転生する前も極力フィオナ様以外で解決するように動いていたようだ。

 その結果が、フィオナ様以外の全滅につながったと考えると、どうにも報われない気持ちになるが……。


「それにしても、罠の解除が得意といっても、さすがに全部を解除できるわけじゃないか」


「そこは個人差だろうなあ。なにごとも優秀なやつがいるってことだ」


 ちょうど今見えているのは、落石の罠にいち早く気づいたハーフリングだ。

 大きめの石を投げて罠を先に起動させようとしているが、俺の罠は起動のためのセンサーも優秀らしい。その程度では誤って起動することはなかった。

 ハーフリングが仕方なさそうに取り出したのは、そこそこの大きさのトカゲのような生き物。

 それを投げると罠は起動してしまい、ハーフリングはドワーフたちを引き連れて先へと進んでいった。


「生き物全般に反応してしまうのか。起動条件とか変えられるなら変えるべきか……?」


「最近はそんなことないけれど、地底魔界に野良モンスターが入った時にも起動してたみたいだね。そういうやつらも倒してくれるから、今のままでも便利といえば便利かな?」


 そんなことまでしてくれていたのか。

 罠の効果をどうも甘く見ていた気がしなくもない。


「こっちのハーフリングは……あ、気づかずに進みそうだ」


「まあ、あの高さと暗さだしな。あんな場所にある罠を発見しろって、おじさんけっこう無茶だと思うわけよ」


「たまたま天井が高かったからな。罠の設置場所は俺が選んでいるわけじゃないし、地形がよかった」


 大量の檻が天井に吊られている地帯。

 ハーフリングもドワーフも、それに気づくことはなく先へと進んでいく。

 そんなことをすると当然……。


「お~お~、入れ食いだなあ」


「ハーフリングも捕まりましたね。魔王様、ドワーフ以外はどうするのですか?」


「ハーフリング……宝箱……なんか裏技とか知っていませんかね?」


「無茶な要求をされるハーフリングに同情しそうです」


 フィオナ様が変なことを言っている間に、檻に入ったドワーフとハーフリングが口論している。

 責任の押し付け合いというか、ハーフリングへの無茶な要求による糾弾ってところか。

 協力こそしているものの、種族同士そこまで仲がいいってわけでもないのか?

 口論の内容を聞いていると、あくまでも雇い雇われの関係だけのようだな。


「こっちは……休憩中みたいだな」


「まだまだ先は長いけど、ずいぶんと疲れているようで大変だねえ」


「これまでの罠を全部解除してみせたからな。あのハーフリング優秀なようだ。あれは、私には真似できない」


「リピアネムさん。罠とかあっても全部壊して進みそうだからねえ」


「ああ、それは得意だ」


 たぶんピルカヤのそれは皮肉というか、からかっていたんだろうけど全然効いていない。

 素直というか、直情的な彼女らしい反応だな。


「でも、ここまでで消耗しすぎているし、これ以上進むのは無理なんじゃないかなあ」


「正しく現状を判断できるのであればそうなるだろう。無理して進むかどうかは彼ら次第だが……どうやら、そこも含めて優秀なようだ」


 休憩中にハーフリングとドワーフたちは話し合いをしていた。

 今回はここまでが限界だと提案するハーフリングと、それを受け入れるドワーフたち。

 こちらは雇用関係が良好なようだし、種族というよりは個人差によって彼らの関係もわりと変わっているのかもしれないな。


「まあ、引き返してくれるなら、それはそれでいいのかもしれないな」


「特に窮地に陥ることはなかったが、消耗だけして成果もほとんどなし。ああいう連中はいいリピーターになってくれそうだからなあ」


 リグマが悪そうな顔で笑っている。

 もしかして、俺もそんな感じの顔になっているのだろうか。


 さて、一通りの集団が撃退できた。

 撤退するか、捕獲されるか、罠の前に散る。

 結果は上々といったところか。


「この様子なら、こっちも商店や宿があったら繁盛するかな?」


「まあ……あったら便利だろうけど。え、なんで俺を見てるの?」


「わかってるくせに~。リグマさん優秀でうらやましいなあ。ボクももっと活躍して手柄が欲しいんだけどなあ」


「リグマもですが、ピルカヤも優秀ですよ。こうしてダンジョンの様子が簡単に把握できる。それはあなた以外にはできない能力ですので」


 リグマをからかうピルカヤの軽口に、フィオナ様がそんな言葉で応えた。

 ピルカヤは予想外だったのかきょとんとしていたが、すぐにいつもの様子で笑い出す。


「ですよねえ。ボク優秀なんで、魔王軍には必要な人材なんですよね~」


 照れ隠しなのか本音なのかはわからないが、機嫌がよさそうなのでいいことだろう。


「それじゃあ、ボクの優秀さを示すためにも、監視先は増えたほうがいいよね? 商店や宿屋のことよろしくね~。リグマさん」


「げ……結局そこに戻るのかよ」


「ですが、さすがに今作るのは早すぎではないでしょうか? ダンジョンは発見されたばかり、そんなに手際よく準備してしまうと、どこから話を聞きつけたのかと不審がられそうです」


「ですよねえ! さすがはプリミラ、おじさん信じていたよ」


「……つまり、もう少し先ではリグマを馬車馬のごとく働かせるということか?」


 プリミラの言葉に助かったような表情を浮かべていたリグマが、リピアネムの言葉を聞いてげんなりしている。

 まあ、そういうことだよな。プリミラはあくまでも現状はやめておくように言っただけで、今後は問題ないと判断しているみたいだし。

 さて、俺のほうも宿と商店を作る準備をしておかないとな。

 従業員は……せっかく捕まえたことだし、ハーフリングとか使ってみるか?

 そういえば、今のところドワーフもハーフリングも転生者は見ていないが、やっぱりいるんだろうなあ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る