第57話 解離していく人格さえも優秀な粘体

「おつかれ~」


「ああ……おつかれ?」


 知らない子供にやけにフランクな挨拶をされたので、思わず返してしまった。


「……誰あれ?」


「ああ……そういや、レイは見たことないんだっけ」


 そのまますれ違って行ってしまったため、その子供のことが誰なのか聞きそびれた。

 なので、隣にいたピルカヤに聞いてみると、彼はあの子のことを知っているらしい。


「宿で働くことになったハーフリングか?」


「違う違う。リグマさんだよ、あれ」


「は……?」


 リグマが姿を変えることは知っていた。

 だけど、なんというかさっきの子は中身も別人っぽくなかったか?


「演技してたってこと?」


「いや、あれはリグマさんがよく使ってる分体。ボクと違って、リグマさんは分体のそれぞれを一人で操るっていうよりは、分体ごとに自我をもたせてるんだよ」


 同じ分身でもピルカヤとリグマでは仕組みが違うのか。


「つまり、リグマって人格が分裂してるってこと?」


「普段の姿と本当の姿、それに最初の宿屋の姿や新しく作った姿はだいたいレイが知っているリグマさんだよ」


 ということは、今まで会っていたリグマはすべて同じ性格というわけだが、それ以外の古くから使っている姿は別人のような性格ということか。


「さっきの子供はカーマルっていって、子供とかハーフリングを演じて諜報してたときのだね」


「そのときの性格があの姿に固定されちゃったのか」


「よお、こんな通路で何話してんだお前ら」


「リグマ……」


 ちょうど会話の内容の張本人が現れた。

 この様子だと、さっきのカーマルとかいう子供の分体が俺たちと会ったことは知らないみたいだ。


「ついさっきカーマルと会ったよ。レイは初対面だったから説明してたんだよ」


「あ~……あのガキンチョか。ドワーフたちのほうの宿屋を任せるなら、ハーフリングと同じようなチビのほうがいいと思ってな」


「ピルカヤの分体と違って、意識の共有とかはしてないのか」


「分かれてるうちはな。独立して動くから便利なんだよ。統合したら向こうの情報は入ってくるし、しばらくはこのままのつもり」


 そう考えると、リグマのほうはそれはそれでピルカヤにはない利点もあるってわけか。

 外界の監視にピルカヤを、従業員の管理にリグマを、フィオナ様の采配はちゃんと四天王の特性にあっていたようだ。


「まあ、適当に仲良くしてやってくれ。ガキの相手はピルカヤで慣れてるだろ?」


「ボク、リグマさんより歳上なんですけど~」


「え、そうなの?」


 ピルカヤの口から意外な抗議の言葉が出てきた。

 てっきりリグマが最年長で、ピルカヤかプリミラあたりが最年少だとと思っていたけれど、まさかピルカヤがリグマより歳上とは……。


「精霊としてはガキだろ。その点おじさんは、もうスライムとしてはおじさんだからなあ。隠居して余生を送ってもいいと思うんだよ」


「それ、フィオナ様の前では言わないでくれよ。同調して引きこもりかねない」


「お前さんががんばってるかぎりは、さすがに魔王様も役目を放棄しないだろうさ」


 それはつまり、俺がやる気をなくしたら、嬉々として魔王軍全員で引きこもるってことなのでは……。

 いや、一応選択肢の一つとしてそれもありか?

 このままだと俺のスキルは、ダンジョンを過ごしやすい環境に整えてくれそうだし、自給自足の地底楽園計画も夢ではないかもしれない。


「まあ、最終手段だな……」


「早めに頼むぜ~」


 いや、そうなった場合、たぶん今以上に苦労するのはお前だぞ。

 店なり畑なり、人手が必要になったらまっさきに候補に上がるだろうからな。


    ◇


「なあ、カーマルさんよ」


「なに?」


 俺より昔に別の場所で捕らえられていたらしい人間。

 人間にしては俺たちのような容姿なので、子供かと思っていたそいつはれっきとした大人であり、名前をカーマルというらしい。


「俺たちが自由になるために魔族のもとで働くのはわかった」


「それはよかった。逆らってもいいことないからねえ」


 ここのリーダーとして、宿屋の従業員としての作業内容を一通り教えてもらったのはいいが、どうにも落ち着かない。


「だがな。あれはなんだ? 見張りか?」


「あ~……」


 おそらくはドラゴンの血を引いている魔族だろう。

 つまり、その力は試すまでもなく強力ということだ。

 そんな女が、俺たちのことをじろじろと見ているのはどんな意図があってのことか。


「リピアネム様。新人が怖がるので、もう少し離れたり力を抑えていただけますか?」


 こいつすごいな……。

 あの魔族に意見する姿を見て、俺はこのリーダーにも逆らうべきではないと判断した。

 今後なにかあったとしても、俺では恐ろしくて魔族に意見なんてできない。

 だから、堂々とそれができるリーダーというのはそれだけで貴重な存在だろう。


「む……そうか。ならば離れて聞いておこう」


 さすがにどこか行ってはくれないか……。

 やはり、こちらの仕事を監視しているということだろうか。

 あんなのが見ているようでは下手は打てない。

 俺は真剣に慣れない宿屋の仕事を務めることにした。


    ◇


「むう……」


 なんだか釈然しゃくぜんとしない様子のリピアネムがいた。


「どうしたんだ? 今日はトラップダンジョンのほうに行くって言ってなかったっけ?」


「レイ殿か。それならすでに行ってきた。そして、カーマルが新人教育をしていたので、一緒に聞いていたのだが……」


 そこで一度言葉につまった。

 なんだろう? なにか問題でもあったのか?


「そつなくこなしていた」


「いいことじゃないのか?」


「うむ。だが、同じ内容を何度も聞いている私は、何度も力加減を誤って破壊の限りを尽くすのはなぜだろうと思ってな」


 尽くすな。

 ちょっとしたミスで何かを壊したとかでなく、部屋一つ丸々壊したということだろう。

 俺にも覚えがあるぞ。部屋が五つほど破壊されたところでリグマに頼まれてれて作り直したからな。

 あれはお前の仕業か。


「……とりあえず、力を抑える訓練からしたらどうだ?」


「ああ、それならやっているぞ。ほら」


 そう言いながらリピアネムが見せたのは、鉄製の小さな球体?


「鉄の塊を壊さずに握って球体にした。どうだ、なかなかうまくできているだろう」


「それ力加減の訓練というか、握力鍛えてない?」


「なに!?」


 どうやらリピアネムの力の制御は、まだまだ前途多難なようだ。

 この力を持て余した悲しい怪物が、いつかまともな生き物になれる日はくるんだろうか。


    ◇


「リピアネム様、人手は足りております」


「案ずるな。力加減も以前より成長した」


「ですが、今握りつぶしているのは畑を耕す道具です」


「む……。ならば、やはりこの剣で」


「畑が壊滅するのでおやめください」


 後日、自信だけはついたリピアネムがプリミラに止められていた。

 最初に戦うしか能がないと言っていたが、謙遜とかではなくわりと本気で言っていたんだな。

 なんだか不憫になってきた。四天王最強は最強ゆえに苦労しているってことか……。


「そういえば、フィオナ様はリピアネムより強いのに力加減上手ですよね」


「ええ、私はこう見えても器用なんです。レイで実証してあげましょう」


 頭を撫でられる……。

 なるほど、たしかにリピアネムをはるかに上回る力とは思えない。

 やばい、ちょっと気持ちいいと思いそうになった。フィオナ様のくせに。


「なんかちょっと痛くなってきたんですけど」


「レイが失礼なことを考えていそうだからです」


「すみません……」


「正直なのはいいことです」


 よかった……。首に負担がかかるような撫で方はやめてくれた。

 おい待て、リピアネムこっちを見るな。俺に近づくな。


「それくらいなら私もできると思うぞ」


「首がもげるから本当にやめて」


 そう言うと悲しい怪物リピアネムは、やはり悲しそうに去っていくのだった。


    ◆


「リピアネム。リグマ。ピルカヤ。プリミラ。あなたたちが私に従うと?」


「ええ、私たちは魔王様の配下です。なんなりとご命令を」


「あなたたちの強さは理解しています。そんなあなたたちが私に従うのですか?」


「不服ですかねえ? 魔王様。これでも俺たちそれなりにやれますよ」


「知っています。ですが、本当に私が魔王でいいのですか?」


「無論です。なんの問題がありましょう」


「そう、ですか……これからよろしくお願いします」

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