第55話 目が覚めるほど酔いしれる味

「わざわざ俺たちにまで知らせるとはな。お前らがそんなに仲間想いだったなんて知らなかったぞ」


 冗談めかして、新たに鉱床を調査するために誘ったドワーフたちが笑った。

 仲間想いというよりは、自分たちの身の安全のためだ。

 多少の取り分が減ろうと安全に採掘できるに越したことはない。


「ここだ。さすがに崩落して埋まっていないようだが、十分気をつけてくれ」


「そこまで脆そうには見えないんだがな。しかし、よくこんな場所見つけたものだ」


 起伏の激しい岩の隙間に存在するその穴は、場所を知っている俺たちでなければ見落としかねないほどわかりにくい。

 偶然見つけたというか、俺が落下しかけたせいだなんて言いたくないので、適当にごまかしながら中へと進む。


「入ってさっそく魔石か……」


 話半分程度についてきていたためか、ここに来る間は酒を飲んでいるときのような軽々しい雰囲気だったこいつらも、真剣な表情で洞窟内を見回している。

 無理もない。入ってすぐに大量の魔石が発掘できる岩壁が目につくのだから。


「前回は脱出を優先して、そこの魔石も採っていなかったからな」


「正真正銘、手つかずの状態ってわけか……それにしても、たいしたもんだ」


 そこの魔石を持ち帰れば、手ぶらで帰るということもなかったのだが、さすがにあの状況ではそんな余裕もなかったからな。

 ここで採掘して帰る分には危険はなさそうだが、大量とはいったものの、数回の採掘で採りつくせる程度の量でもある。

 それだけ魔石の鉱床というものは希少だ。

 だからこそ、この洞窟にもっと眠っているであろう魔石をすべて確保したい。


「進むぞ。気をつけろよ」


「ああ。しかしな……。そう簡単に崩れるような場所は見当たらないんだが、本当に老朽化で崩落したのか?」


 たしかに、それは俺も気になっていた。

 あの日ここから無事に帰還してからいくどか考えたのだが、いくらこの場所を見つけたからといって、俺たちもそこまで浮足立っていたわけではない。

 いや、浮ついた気持ちはたしかにあったが、安全確保をおろそかにするほどではなかったはずだ。

 特に見知らぬ鉱床らしき場所なんかに入ったのであれば、崩落しないかどうかは全員で注視している。


「だが、崩れたのは事実だ。でかい岩が何個も落ちてきて、こいつが無事でなかったら今ごろ生き埋めだったかもしれん」


「奥のほうは崩れやすくなっているのかもしれないな」


 そう結論を出して、俺たちは前回崩落した場所に向かって進んでいく。

 奥に進むにつれて、より慎重に注意深く周囲を見渡しながらだ。

 歩みは当然遅くなるものの、幸いなことにあの場所はそこまで離れているわけではない。

 しっかりと安全を確保しながら、あの落石現場へとたどり着いた。


「これか……ずいぶんと大きな岩だな。こんなものが、六個も落ちてきてよく無事だったもんだ」


「運よく直撃は免れたからな。しかしやはりみょうだな……」


「ああ、しっかりとしたもんだぞ。ここら一体が崩れるとは思えない」


「だが、この岩がここにある以上崩れたってのも間違いないんだろう。元々どこにあったのかもわからない……」


「どうした? なにかあったか?」


 仲間の一人がそう言いながら周囲を見渡していると、言葉が途中で止まった。

 不審に思い声をかけるも、そいつは目を細めてじっと遠くを見ている。


「暗くてわかりにくいが、あれはなんだ……? なにか人工物のように見えるが」


「たしかに……鉄でできた仕掛けのようなものが見える」


「元々鉱床だった可能性は高いし、そのときの機材の一部じゃないのか?」


「いや……あれはまるで、なにかを吊るすためのものだ」


 なにかを吊るす……。

 落下する前の岩があった場所は、周囲には見当たらない。

 もしかして……。


「この岩。罠だったのか……?」


「罠って、なんのためのだよ」


「そりゃあ、魔石を守るため?」


「誰もいないのにか?」


 いや、そうじゃない。

 誰もいないのに罠があるのではなく、元々ここに誰かいたときに使っていた罠なんじゃないか?


「昔使われていた侵入者撃退用のものだろうな……」


「つまり、その罠が今も生きていて運悪くかかったってわけか」


「もしもまだ誰かがいるというのなら、落石で閉じ込められていた俺たちは格好の獲物だったはず。脱出するまでに誰もこなかったということは、やっぱり放棄されている可能性は高そうだ」


 そう、俺がもたもたと岩を動かしている間にここにくることはできただろう。

 そして、侵入者である俺たちを捕らえるにせよ、始末するにせよ、簡単にできたはずだ。

 なんせあのときは、俺一人しかまともに動けなかったのだから。


「しかしよくもまあ、こんな殺意の高い罠をしかける」


「魔石に殺意だらけの仕掛け……案外魔王が放棄した鉱床だったりしてな?」


「そもそも他種族のやつらが、俺たちの国に勝手に鉱床を作るのがおかしな話だ。地底に住む魔族以外はな」


 全員が気を引き締めたのがわかった。

 魔族とわかったことで、ここの資源をすべていただくことに躊躇ちゅうちょせずにすむようになったのはいい。

 しかし、相手の数次第ではこの人数でも不安がある。

 俺たちだって弱いわけではない。魔族の何人かを殺せるだろうが、相手の数がわからないというのは不気味だ。

 もしも放棄していたというのであれば、そんな不安は取り越し苦労なのだが、これまで以上に慎重に進まないとな。


    ◇


「魔鉱石……なあ、これ採って帰らないか?」


「気持ちはわかるが、この場所の全容を把握するのが優先だ」


 何度か先に進むと、魔石に鉱石、魔鉱石まで取れそうなポイントが見つかる。

 それらを手書きの地図へと追記していき、俺たちは奥へ奥へと進んでいく。


「しかし、どこまでいっても頑丈そうな作りのままだな。あの落石は本当に罠だったのかもしれないぞ」


 前を行くやつが天井や壁を見ながらそう言った。

 崩れ落ちないか、岩が降ってこないか、どうやら俺たちはそのことばかりに気を取られすぎたようだ。


 そいつの足元で金属が衝突するような大きな衝撃音が聞こえた。

 ついで遅れたように悲鳴が上がる。


「くそっ!! やられた!!」


 「なんだこれ!? 大型の獣やモンスターの足を狙う罠か!?」


 ギザギザと鋭利にかみ合った金属同士は、本来ならば互いがぴたりとくっつくように作られている。

 しかし、今はそれらを隔てるように、仲間の足が挟まれてしまっていた。


「外すぞ! 我慢しろ!」


「ぐあああっ!!」


 傷ついた足から金属が引き抜かれた痛みか、屈強な体の仲間が悲鳴を上げる。

 なんだあれは。ただのトラバサミなのか? この鉱床に迷い込んだモンスターを狙ったもの?

 あるいは……この鉱床に侵入した魔族以外を傷つけるためか?


「回復薬を持ってきていてよかった」


「すまねえ……くそっ! なんだってこんなものが!」


 罠にかかった仲間は怖気づくことなく、むしろ怒りに染まったような様子で前を進んでいく。

 さすがにあれでは危険だ。そう思い他のやつらが先頭を入れ替わった。

 落石を警戒するだけではなく、床にしかけられた罠も警戒が必要か……。

 これまで以上に遅い歩みで、俺たちはそれでも奥へと進んでいった。


「罠はまだあるが、さすがに誰かいるってことはないな」


「ああ、ここまできて他の生き物なんて見かけてもいないからな」


 進む。とにかく先へと進んでいく。

 初めに見つけたときに想像していた広さとはかけ離れている鉱床を、全容を把握すべく進んでいく。


 ふと足元にある影が気になった。

 暗くて舗装もされていない床だ。岩の影かあるいは色の変化によるものだろうと考えていた。

 現に先を行く仲間もそう思って見過ごしていたのだろう。……このみぞのことを。


「なにかある! 離れろ!」


 ああ……とっさの注意喚起だからか、まったく言葉が足りていない。

 誰に言ったのか、どこから離れるのか、これではまったく伝わらない。

 だから、こいつらは一瞬の間を開けてとにかくその場から退避しようと動いた。

 だが、その一瞬の停止時間のうちに、仲間が立っていた溝から円盤状のノコギリがせり上がっていくのが見えてしまった。


「ぎゃああっっ!!!」


「おい、しっかりしろ!!」


 ありったけの回復薬をそいつに使用する。

 注意に意味があったのかはわからないが、幸いなことにそいつの体ごと真っ二つとはいかなかった。

 だけど、片足が完全に切断されてしまい、床には仲間の足が落ちているのが見えた。


「この品質じゃ欠損を治すことはできないぞ!」


「死ななきゃそれでいい! まずは傷を塞ぐ!」


 さすがに、最高位の回復薬など持ってきてはいない。

 失った足が生えてくることはないが、それでも傷を治すことだけはできるはずだ。


「はあ……はあ……」


 痛みからか、傷が治ってもそいつは荒い呼吸でその場に崩れ落ちていた。

 無理もない。さすがに四肢を失う経験なんて俺たちにはない。


「……限界だな。これ以上はもう俺たちの手には負えない」


「諦めるしかないっていうのかよ……」


 どちらの意見もわかる。

 俺たちの手に余る。もう疑う余地はないが、こんな悪辣あくらつな罠が仕掛けられているということは、ここは元々は魔王の拠点の一つだったのだろう。

 たしかに魔王どころか魔族はいないのかもしれない。

 そんな放棄されたであろう場所だというのに、今も動いている罠があまりにも厄介だ。


 その一方で、ここまでくる間に何度も見つけた採掘場所が魅力的だったのも事実。

 今見つけた場所だけ石を回収するか? 最悪その判断でもいいのかもしれない。

 だけど、奥に進むほどに石の数も質もよくなっている。

 魔王も魔族も殺さなければならない。そのためには、どうしてもそれらの魔鉱石が必要となるんだ。


 だが、危険なダンジョンなのは間違いない。

 諦めるべきか。そう思いながら引き返していると、行きでは見落としていた宝箱を見つけた。


「宝箱か……こんなものまであるなら、ますます諦めたくないな」


 開いてみると、容器で密閉された液体が出てきた。

 回復薬かなにかか? 見たことのない液体なので、とりあえず匂いを嗅いでみる。


「……酒の匂いだな」


「酒か。飲んでみるか?」


 周りの連中も当然のようにそう提案する。

 放棄された場所にあった宝箱の中の酒。

 そんないつのものかもわからない酒だが、危険視する者などいない。


「宝箱から出てきた食べ物や飲み物は腐っていないはずだからな」


 それが常識なのだから、これは飲んでも問題がない酒であることに違いはない。

 問題は、ここで酔ってしまって無事に帰れるかどうかなのだが……。


「だめだな。ここで我慢できるほど安っぽい酒じゃないぞ、これは」


 その発言を皮切りに、俺たちは手に入れた酒をすべて飲み干すこととなった。


「しゃくだが、他種族の協力を仰ぐとするか……」


 鉱石だけならば、他にあてがあるしかまわない。

 魔石もエルフから仕入れられなくもない。

 ならば魔鉱石も、まったくのあてがないわけではない。


 だが、この酒は別だ。

 どこの国に行けば、こんな魔力を直接飲むような高純度な酒を買えるというのだ。

 この酒が手に入るというのであれば、種族間のくだらない駆け引きなどどうでもいい。

 今後は、このダンジョンを全力で調査するとしようじゃないか。


    ◇


「檻にはかからなかったなあ」


「そのほうが連中にとっては不運だったように見えるがねえ。なんだよあの罠。トラバサミ一つがあんなに厄介とか、おじさんの知ってる罠じゃねえよ」


「でも、トラバサミってあれが役割じゃないか?」


「屈強なドワーフがあんな悲鳴をあげるって、絶対普通じゃないと思うぞ」


 そういうもんか?

 ……もしかして、知能が高いモンスターや、やけに豊作な畑と同じく、罠もじつはなにかパワーアップしてるのかもしれないな。

 ダンジョンマスタースキル。実はできることすべてが、従来より安価なだけでなく、効果も高いのか?

 だとしたら、本当に燃費がいいスキルだなあ……。そんな燃費がいいはずのスキルを使いこなすためにも、やっぱり魔力は増やしていこう。

 ドワーフたちが他種族に助けを求めるようだし、できることならあのダンジョンも繁盛してくれればいいのだけど……。


「ところで、あのお酒ってプリミラが作ったんだよな?」


「はい。酒精の実と魔力の実が原料です。私、水が得意なので」


「すごいな……ドワーフたち、奪い合うように飲んでたぞ」


「得意ですので」


 やけに誇らしげなプリミラだが、実際に誇るだけのことはある。

 彼女なら、今後も酒や薬を高品質かつ安定して供給してくれることだろう。

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