第54話 忘れ去られた作りたてのダンジョン

「やはりどこも魔力が減ってきているな」


「しかたがない。魔王との戦いのせいで、アイテムだ装備品だと、魔力を惜しみなく使ってしまったからな」


「それで魔王のやつを殺してくれたらよかったものを、人間も獣人もてんでだめとくるんだから情けねえ」


 まったくだ。魔王が死んでいれば、こうして魔力を多分に含んだ鉱石探しも必要なかった。

 そりゃあモンスターとの戦いが終わるわけじゃあないが、少なくとも魔族の残党狩り程度に大仰な装備なんざいらんだろう。

 なんなら、魔王を倒したやつらだけでも、魔族の大半をそのまま殺せるはずだ。


「はあ……なくしたから装備を作れと気軽に言ってくれる」


 紛失したっていうのが気に食わねえ。

 いや、言いたいことはわかる。魔王と戦い死んだことで失った。ならそう言え。

 気軽になくしたなんて言いやがって。俺たちが作った武器や防具をなんだと思ってやがる。


「獣人なんぞ素手で戦ってればいいんだ」


「だが、あんなやつらでも魔王を倒すためには必要なんだろ。俺たちは言われたとおりに武器を作るしかねえさ」


「はあ……ドワーフに勇者がいないもんだからって、でかい顔しやがって」


 だけど結局は、俺たちは俺たちにできることをするしかない。

 魔王を倒すための武器を防具を作る。それが少しでもあの連中の助けになるのなら、こうして苦労する意味もあるってもんだ。


 しかし……全然見つからねえな。魔力を含んだ鉱石どころか、魔石もなんなら普通の装備を作るための鉱石さえ……。

 いや、さすがにそんな鉱石なら探す必要もなく、採掘場に行けばいいだけだ。

 どうにも、思考もおかしくなってしまっているようだ。


「エルフどもから魔石を調達するか?」


「それだけじゃ魔鉱石にはならねえぞ。こっちから鉱石を提供しても技術料とかでふんだくられる」


無料ただどころか、赤字こさえてまで勇者どもの装備を作りたくはねえな……」


 だからこうして魔鉱石を探しているわけだが、徒労に終わりそうで頭が痛くなる。

 この時間を無駄にしただけで、結局赤字覚悟で装備を作らないといけない。

 そんな未来が現実味を帯びてきて、焦りが生じてきた。

 だからだろうか。なんでもない岩場だというのに、足を踏み外してしまったのは。


「危ねぇっ!」


「おいおい、なにしてんだよ」


「休むか? さすがに歩き詰めだ」


 岩と岩の隙間に足をとられたが、なんとか無事だ。

 足元で脆くなった岩肌が崩れていくのがわかったが、どうやら下には空洞が続いているらしい。

 危なかった……。もしも、足元だけでなく俺ごと落ちるほどの穴が開いたら、さすがに大怪我していたかもしれない。


「ほら、手をつかめ」


「ああ……すまない」


「なんだこれ? ずいぶんと広い空洞だな」


 仲間の手を取り、その場から退避する。

 俺が先ほどまでいた場所を仲間の一人が覗き込むと、やはりそこには広い空洞が存在していたようだ。


「明かりはないか? 見たところ相当な大きさだぞ」


 そう言われてランタンを渡すと、大穴の中身が照らし出される。

 穴の中からはひんやりとした空気が流れてくる。鼻に香るのは湿った土や苔の匂い。

 長年誰も踏み入っていないような、そんな古臭さを感じさせる空気だった。


「……あれは、魔石か?」


「なに!? 見せてみろ」


 魔石という声に、仲間たちは体を乗り出すようにして穴の中を覗く。

 暗くてわかりにくいが、たしかにそこには魔力を含んだ石が見える。

 俺たちが数日かけて探していたものが、こんな場所に……。


「崩して入ってみるぞ!」


 俺たちが小柄な種族といえ、こんな小さな穴ではさすがに中に入ることはできない。

 幸いそこまで苦労せずに岩壁を崩すことができたため、俺たちは次々と空洞の中へを降りて行った。


    ◇


「これは……」


「おいおい、冗談だろ」


 洞窟の中を進んでいくと、すぐにごつごつとした岩肌が目についた。

 ただの岩なら気にせずに進む。だが、中にあるのは間違いなく魔石だ。


 魔石が手に入る。そして鉱石はあてがいくらでもある。

 ならば、技術料とやらをエルフにとられようが負担を大幅に減らせることができるだろう。

 いや、これだけ簡単に魔石が採掘できるのなら、勇者たちの装備に使う分以上に調達できる。

 エルフたちに売ることで、赤字どころか大幅な儲けを得ることだってできそうだ。


「他に誰も知らねえよな?」


「当然だろ。さっき俺が足場を崩して見つけたんだから」


 仲間たちも同じような考えに至ったのか、どこか浮足立って話している。

 単純な儲けの話だけじゃない。大量の魔石や魔鉱石が手に入るのなら、勇者たちの装備ももっと強力なものにできるかもしれない。

 この洞窟のおかげで、魔王を倒す可能性がぐんと上がりそうだ。


「それにしても、想像以上の広さだな。もしかして古い坑道かなにかなのか?」


 てっきり大きな穴程度に思っていたが、先へと続く道が延々と続いている。

 それも枝分かれするように何本もだ。どう見ても自然にできた場所ではない。

 どちらかというと、俺たちがよく見る採掘場に近いが、それにしても人がいた痕跡はまったくないな。


「案外出入口が埋まったとかで、放棄したのかもしれないな」


「だが、こんな場所に鉱床があったなんて聞いたこともないぞ」


「他の種族が使っていたりしてな」


「他って……ここら一帯は俺たちドワーフの土地だぞ。ここまで大きな鉱床を他種族が作れるか」


「案外魔族が放棄した鉱床なのかもしれんぞ」


 もしもそれが本当なら、気をつけるべきはモンスターや他の魔族だが、生き物の気配は感じられない。

 まあいい。他の種族だろうと、魔族だろうと、こちらとしてはありがたい限りだ。

 この鉱床の価値もわからないほど愚かな連中よりも、俺たちのように価値がわかるものが使うのが有意義だろう。


「おい! 魔鉱石まであるぞ!」


「なに!? おお……本当だ。これだけの数が手つかずで……」


 素晴らしい場所を見つけた。

 他種族どころか、他のドワーフたちにさえ口外したくない。

 俺たちだけでこの場所を独占してしまおうと、誰もがそう考えていたに違いない。

 そんな欲をかいた罰がくだったのかもしれない。


「そこから離れろ!!」


 大量の魔鉱石の前に、思わず足を止めていた俺だからこそそれが見えてしまった。

 すぐに大声で仲間に呼びかけるも、当然ながらとっさに反応できるものは誰もいない。

 かくして、俺と仲間たちをへだてるように、無情にも大岩は降り注ぐのだった。


「おい! 無事か!!」


 返事はない。

 わかっている。落石の轟音に混じるように、仲間たちの悲鳴が聞こえてきた。

 そして、岩が降り終わってからは嘘のようにしんとして静まり返っている。

 動けない。声も出せない。最悪の場合はその命さえも……。


 恐る恐る、しかし可能な限り迅速に岩を動かす。

 これでもドワーフだ。力にはそれなりに自信がある。

 仲間たちを助けられるのは俺しかいない。

 誰かを呼びに行く暇があったら、こうして岩をどかすべきだろう。


「…………はあ。勘弁してくれよ」


 汗だくになり、なんとかすべての岩を運び終え、そうして俺が見たのは気を失った仲間たちだった。

 怪我はしている。だが命に別状はない。それどころか、目も当てられないような大怪我をしている者もいない。

 なんだか急に疲れが出てきてしまい、俺も仲間たちと同じようにその場にへたり込んで休むのだった。


「……独占なんて言ってられないか。老朽化していて危険なようであれば、他のやつらにも知らせて調査すべきだな」


    ◇


「皆殺しにしたのかと思ったよ」


「いやいやいや、それじゃあ他のドワーフたちに知らせてもらえないだろ。ちゃんと死なないように罠を起動させたよ」


 ピルカヤの失礼な発言に、俺は全力で否定した。

 侵入者を始末するだけなら、罠だって自動で起動させている。

 今回はあくまでも殺さずに引き返してもらうために、六つの岩を起動したんだ。


「運がよかっただけに見えるがねえ……」


「え、たしかにたまたま直撃しなかったけど、あれくらいなら全部当たらない限り平気だろ。ドワーフだし」


「ドワーフをなんだと思っているのか気になるけど、まあ結果がよかったから気にしないってことで」


 ドワーフ。思っていたより頑丈じゃないのか……?

 釈然しゃくぜんとしないが、結局はピルカヤの言うとおりだな。

 古い鉱床に模したダンジョンは、ドワーフたちにはずいぶんと魅力ある場所だったようだ。

 そんな彼らが、さらなる調査のために一度引き返してくれた。

 どうやら、今回のダンジョンも順調に侵入者を迎え入れることができそうだ。

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