第52話 シロップまみれのキャンディ作り

「やっとガーゴイル虐殺事件が終結したことだし、また魔力に余裕ができそうだ」


「作成するたびにあの獣人に壊されてたからねえ」


 リピアネムに倒してもらった獣人のやつ、毎回毎回ガーゴイルを一匹残らず破壊し尽くすからな。

 プリミラが処方してくれた魔力回復薬のおかげでなんとかガーゴイルたちを揃えることはできていたけれど、おかげでダンジョンの現状維持以外が何も手につかなかった。


「わかりますよ、レイ。魔力を使ってもそれが徒労に終わる。だけど魔力は使い続けなければならない苦しみは、私もよくわかります」


「さすがは魔王様です」


 騙されるなリピアネム。その魔族今ガシャのこと言ってる。

 他の三人はそれを察しているため、決して感銘したりはしない。

 というかこれ以上言うとプリミラに怒られるぞ。


「ともかく、これで獣人たちのほうはまた安定しそうだし、今のうちに色々と試しておきたいかな」


「あんまり急に改築しすぎると、獣人たちだって攻略を放棄しちゃうんじゃない?」


「そうなるとおじさんのところの客も減っちまうなあ」


 それは色々とまずい。

 となると、獣人たちのダンジョンは下手にいじらず現状維持が正解か。


「魔力に余裕があるのでしたら、新たなダンジョンを作られてはいかがでしょう?」


「あ~、それもありかもな」


「なんと! レイ殿は、気軽にダンジョンを作ることができるのか!」


 気軽とまではいかないが、少なくとも他の魔族たちがやるよりは労力は少なくてすむ。

 魔力が自由に使えるうちに準備するってのはありだ。

 もしもなにかあったとしても、どうせ入口は最後につくるから、作成途中でやめることもできるしな。


「……」


 なんだろう。フィオナ様がなにか考えているようだ。

 どうせ宝箱ガシャについてだろうし、気にしないでいいか。


「ダンジョンはどのように作るのですか?」


「え、もちろんダンジョンマスターのスキルで」


 なにを今さら。今までずっとそうやってきたじゃないか。

 もしかして、蘇生したばかりのリピアネムへの説明を兼ねて確認したのか?


「どこでスキルを使うのですか?」


「ピルカヤが視界を共有してくれていますし、今回は細かい調整はいらないので、ここから遠隔でと考えていますけど」


 遠くからメニューを使用すると、どうにもスキル発動にラグがあって時間がまちまちだ。

 しかも指定した範囲からわずかにずれたりすることもある。

 そのため、細かな調整が必要だったり、それこそピンポイントで侵入者を捕獲するときは直接出向く必要がある。


 だけど、今回はそんな状況ではないのでここからで十分だろう。

 新しい施設とかだったら、実際に見てみたいから現場で作業したかもしれないけどな。


「ならいいです。それじゃあ、私の宝箱のためにがんばってダンジョンを作ってくださいね」


「はいはい……」


 かわいい顔して、言ってることはギャンブル中毒なんだよなあ……。

 この残念さこそがフィオナ様なのだろう。


「順当に行けばエルフたちの近くか?」


「エルフねえ……。作るのはいいけど、あいつらそんな得体のしれないものに入るか?」


「獣人たちみたいに入れ食い状態っていうのは難しそうだよね」


「宿も商店も怪しんで利用しない可能性が高いと思います」


 うん。エルフだめだ。

 侵入しない。戦わない。店も使わない。

 ダンジョンを作る旨味がまったく感じられない種族だ。


「人間たちの近くにもう一個作っちゃえばいいんじゃないですか?」


「怪しまれませんか?」


「魔王様が動いたって警戒しそうだねえ」


「獣人と違ってそれなりに警戒心はあるからなあ」


「私は……戦うこと以外よくわからないので、なにも言えません」


 フィオナ様の意見が次々と否定されていく。

 ああ、またいじけてしまっているじゃないか。


「で、でも、一番欲深いのも人間だろうから。見合う報酬さえあれば侵入者はくると思う」


 元人間なのでそこは自信を持って言える。

 あとは怪しまれないように……。例えば前からそこにあったのをたまたま見つけたとか、あるいはすでに放棄されていてダンジョンだけが残っているとでも思わせるか?


「見なさい! レイは私を味方しています!」


「甘やかすだけじゃだめだぞ」


「魔王様、前もそれで人間たちに踏み込まれてたよねえ」


「魔王様。レイ様の負担になることはやめてください」


 リピアネムだけはなにも言わないが、他の三人からは散々な言われようだ。


「レイ! こうなったら一万年ほど二人だけで引きこもりますよ!」


「落ち着いてください」


 フィオナ様に手を取られ、連れて行かれそうになった。

 一人で家出するのが心細いのでペットを連れて行こうとするような心境だろうか。

 相変わらず、慕われているのにぞんざいな扱いの魔王様だ。


「まず、入口はわかりにくくする。それを人間たちに偶然発見させようと思う」


「ふむ……ゴブリンたちのほうとは違って大っぴらに出現させないわけか」


「今できたばかりではなく、昔から残っていたダンジョンと思ってもらえたら多少は怪しまれにくいんじゃないか?」


「しかし、モンスターたちが復活し続けると、やはり魔王様の力だとすぐに感づかれます」


「だからいっそのことモンスターは諦める」


 そうすることでゴブリンダンジョンでさえなしえていない、本当に何もしないダンジョンを作る。

 モンスターの補充も、罠の補充もするつもりはない。

 一度設置しただけで永劫動き続ける罠のみで、ダンジョンを構築するつもりだ。


「罠だけが今も動き続けているダンジョン。そう思ってもらえたら、フィオナ様が放棄したダンジョンだと考えてくれるかもしれない」


「たしかに、魔王様はほったらかしのダンジョンをいくつも作っていたな……」


「リピアネムまで!?」


「あ、いえ。見切りをつけるのも、上に立つ方に必要と存じます。魔王様が不要と判断したのであれば、私はそれに従うまでです」


「……そ、そうですよぉ?」


 声が上ずってる。たぶん途中で面倒になって放棄したんだろうな。

 だけど、かつてフィオナ様がそのようなことをしたのであれば、なおさら俺の考えはうまくいきそうだ。


「わりと面白いアプローチかもね。だけど、そんな危険なだけのダンジョンだとすぐに諦められそうだ」


「ああ、だからプリミラに見繕ってもらって、渡しても問題ないけれど価値の高いアイテム。主に石関係を配置しておこうと思う」


 宝箱に入れておくこともできるけれど、長らく放置してしまうと別のアイテムまで生成されてしまうからな。

 定期的に回収しようにも、今回のコンセプトの無人ダンジョンからかけ離れるし、いっそのこと採掘場みたいなダンジョンにしてしまおうという考えだ。


「はい! 私も価値を判断できます!」


「え、でもフィオナ様に手伝ってもらうほどでは」


「私も役立つところを見せたいです! そして私を褒めてください!」


「えぇ……まあ俺は全然かまいませんけど」


 俺なんかに褒められてやる気が出るんだろうか?

 まあいいや。フィオナ様が働く気になるのはいいことだし、水を差す必要もあるまい。


「それじゃあピルカヤ。悪いけどまた入口にふさわしい場所を探ってくれるか?」


「それはいいんだけどさあ。今のレイの考えなら、人間よりももっとふさわしい種族がいるじゃない」


 ピルカヤが人差し指を左右に振りながら、そう言った。

 だめかな? 人間なら宝石とかにつられて引き寄せられると思ったんだけど、どうやら彼にはそれ以上に適任が思いついているようだ。


「石といえば、やっぱりドワーフたちでしょ」


「ああ……なるほどな」


 採掘場みたいなダンジョンと考えたが、たしかにそれならドワーフこそがイメージにピッタリとあう。

 まだこの世界でドワーフに会ったことはないが、鍛冶が得意で頑丈で採掘も行っていそうだ。


「獣人たちほどじゃないけど、頑固だったり頭に血が上ったりと、わりといい獲物かもだと思うんだ」


「いいな。それじゃあ、ドワーフたちを狙うことにするか」


「りょ~か~い。ちょっと探してくるから、本体はリグマさんの宿屋にでも置いといてねえ」


 そう言ってピルカヤは、糸が切れた人形のようにコトンと倒れた。

 なにも知らなかったら、わりと怖い光景だな。


「あ、おい! まったく……せめておじさんの返事聞いてからにしてくれないかねえ」


 そう言いつつもしっかりとピルカヤを肩に抱えるリグマ。

 そういうところが、ピルカヤに信頼されているのだろう。


「さて……俺もどんなダンジョンにするか構想を練ろうかな」


「僭越ながら私も協力させていただきます」


 プリミラの申し出は助かる。

 俺だけでは考えが偏るし、他者の意見は大切だ。


「私も手伝います!」


「私も力を貸そう」


 フィオナ様とリピアネムもそう言ってくれたのだが、ピルカヤを運ぼうとしていたリグマが振り向き口を開いた。


「いや、魔王様はそんな高度なダンジョン作ったことないし、リピアネムは罠なんて考えたこともないだろ」


「えっと……宝箱の下に落とし穴とか」


「古典的ですねえ……」


「私を転送する罠とかどうだろうか」


「レイの話聞いてた? 無人どころか四天王が転送されるとか、どう考えても重要拠点扱いされるでしょうが」


 ……悪いが二人の意見はそこそこに聞いておき、プリミラに助言をうことにしよう。

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