第51話 その影響はバフかデバフか

「人間がなんの用だ」


 やはり歓迎はされていない。

 本来ならもう少し友好的なんだろうけど、ダンジョンを横取りにきたのではないかと疑われているのだろう。


「ルフという人を探しているのですが、ご存知ありませんか?」


 なので、それとは無関係の話題を切り出すと、多少なりとも警戒心は緩和されたように見える。


「ルフ……? ああ、そういえばあいつ最近見ないな」


「死んだんじゃねえか?」


「だとしたら、痕跡の一つも残るだろ。変わり者のあいつのことだ、別の国にでも行ったんじゃねえか?」


 変わり者と言いつつも、軽んじている様子はない。

 やはり、こちらでも彼の実力は認められているということだ。

 それだけに、ここで会えなかったのは惜しい。

 僕では無理だけど、勇者たちなら彼に実力を示すことができ、仲間になってもらえた可能性は高かったというのに。


「案外ダンジョンでヘマしたりしてな。何度も攻略して気が緩んだとか」


「おい」


「あ、悪い……」


 ダンジョンの話題が出た途端に、またこちらを警戒するような空気になってしまった。

 勘弁してほしいなあ……。こちらが話題を変えたわけじゃないんだから。


    ◇


「すみません。空振りになってしまったようで……」


「いえ、僕たちだけでは当てもなかったので、クニマツさんの責任ではありませんよ」


「それにダンジョンも、そこまで危険じゃなさそうだってわかったしな」


 剣士のオルドが考察するが、彼の言うとおりだと思う。

 獣人たちが何度も挑んでは敗走したダンジョンであり、難攻不落なのかと思っていたが、どうやらすでにルフが何度も攻略済みだった。


 となると、僕たちのゴブリンダンジョンみたいなものか。

 危険はないが、定期的にモンスターを間引いたり、宝箱を回収しつつ鍛えるのに利用できる。

 そんな場所を他種族に利用させたくないからこそ、獣人たちはダンジョンの話題を避けたかったというだけらしい。


 一応最低限の情報は得られたし、今回はこれで引き返すしかないか。

 そう思っていると、勇者が誰かを見つけたらしく、その獣人に近づいていった。


 黒が混ざった金髪の男性は、鋭い目つきでこちらを睨むように視線を向けた。

 今にも襲いかかってきそうな気性の荒さが一目でわかる。

 できれば関わりたくない人種と言えるのだが……その虎獣人には、僕も見覚えがあった。


「やあ、久しぶりだね。イド」


「てめえか……。なんの用だ」


 獣人の勇者イドは、面識があるためか人間の勇者リックと言葉をかわした。

 態度こそ悪いものの、まともに会話してくれているだけましだろう。

 これが僕のような見ず知らずの人間だったなら、口を開くことさえしなかったかもしれない。


「ダンジョンについて話を聞きたくて」


「帰れ。話すことなんかねえ」


 しかし、面識があるリックでさえ邪険にされてしまった。

 彼もまた、ダンジョンという言葉を聞いた途端に、こちらを拒絶するように突き放す。

 他の獣人と同じ理由なのかなと思ったけれど、どうにも怒りをこらえているかのようだ。


「教えてほしいんだ。君ほどの男がやられたとなると、魔王かそれに近しい者が現れたとしか思えない」


 言葉を言い終えるあたりでイドが動いた。

 鋭利な爪がリックの顔めがけて振り下ろされる。

 しかし、リックはそれを軽々と剣で受け止めた。


「聞こえなかったか? 話すことなんかねえ。あいつは俺が殺す」


「そうか……ところで、君の仲間たちは?」


「ああ? あいつらなら、装備を見繕ってるところだ」


「蘇生はしたってことだね。それはよかった」


「けっ……」


 つい数秒前に、下手したら死んでいるような攻撃をし、それを受け止めていたとは思えない。

 そんな毒気のないリックを相手にしても仕方ないと思ったのか、単純に面倒になったのか、イドはそのまま立ち去った。


「一人で突っ走らずに、仲間たちのことを待てるのなら大丈夫そうだね」


「ええ、イドは獣人の中でも特に考えなく動きますから……仲間たちと一緒なら、そこまで無茶なこともしないでしょう」


「どこも勇者ってのはそうなのかねえ」


 聖女スティアの言葉に同調し、オルドが困ったように口にするもリックは素知らぬ顔だった。

 たぶん、リックのことを言っているんだと思うけど、本人は自覚していないらしい。

 僕にはわからないけれど、きっとリックはこれまでわりと無茶なことをして、仲間たちを困らせたんだろうなあ。

 ゲームでもわりとそういうイベントが多かったし。


「それにしても装備ねえ……やっぱり、あいつらもダンジョンに吸収されちゃったのかしら」


 精霊使いのミスティが言うように、今の勇者パーティの装備は魔王と戦うには能力不足だ。

 前回の魔王との戦いで敗北し、死亡したことで装備だけはダンジョンに残った。

 それらがダンジョンに吸収されたという経緯だろうか。


 ゲームオーバーで装備まで失うことになるとは、このあたりはゲームよりも厳しいな。

 死にゲーなのに死ぬたびに装備から集めなおしなんて言われたら、さすがにプレイヤーから苦情が出そうだし、ゲームのほうはそんなシステムを採用しなかったのは英断だろう。


 そしてダンジョンに吸収される……か。

 その結果がどうなるのかはわからないが、少なくともろくでもない結果につながることだけはたしかだろう。

 装備を吸収することで、モンスターたちが強化されるのか、あるいはダンジョンそのものが変化するのか、さすがになにが起こるのかはわからない。


 ……案外、あのゴブリンダンジョンで王国の兵士たちを敗走させた岩の罠も、そういう理由で追加で設置されたのかもしれないな。

 だから、二度目に訪れたときは、吸収した力が足らずに起動しなかったのかもしれない。


「力を取り戻すのもだけど、まずは俺たちも装備を新調しないとなあ」


「そうだね。万全の状態でも魔王には勝てなかった。だから、これからはあのとき以上に備えて戦うべきだ」


 そう。この勇者たちや、あのイドも、魔王相手に敗北している。

 その事実が、やはり女神の言葉の達成がいかに困難かわかるというものだ。


『魔王を倒しなさい。そうして物語を完結へと導いたあかつきには、転生前の世界へ帰しましょう』


 ……やっぱり、女神の言うとおりに動くのは危険だな。

 僕は僕で、この世界での協力者を増やしながら、可能な限り生きる道を探すことにしよう。


「クニマツさん。ありがとうございました。魔王に挑むには、前回以上に準備がいります。そのときがきたら、どうかクニマツさんにも協力いただけると助かります」


「ああ、はい。こちらこそ今後ともよろしく」


 丁寧に頭を下げるリック相手に、そんな当たり障りのない言葉を返して別れる。

 そのときがきたら……か。

 そのときに、僕たち転生者が魔王を倒すのは、本当に正解なのかな?


 勇者たちは知らない。

 魔王を倒した後に、今度は神と戦わなくてはならないことを。

 もちろん、ルートによってはという可能性の一つでしかない。

 だけど、一度勇者たちが全滅したこの世界は、そのルートに限りなく近づいているように思えるんだ。

 まだ見ぬ魔王の恐ろしさに、僕はますます気が重くなってその場でため息をつくのだった。


    ◇


「はぁ……はあ~~あ~あ……」


「どうしました? フィオナ様」


 魔王様がたいそうため息をついていらっしゃる。

 きっと、ろくでもないことが理由だろう。


「手に入らないからこそ、それのありがたみがわかるというもの。つまり、私は誰よりもそれを求めているのです」


「爆死したんですね?」


「……しかし、費やした魔力は無駄ではありません。形を変えて、私たちの糧となることでしょう」


時任ときとうが、在庫がこのままじゃ過剰だと報告しています」


「……もう! なんですか! 私は今回もハズレを引いておちこんでいるんですよ! もっと私に優しくして、甘やかして、慰めるのがレイの役目でしょう!」


「すみません。素直なもので」


 だけどこれ以上へそを曲げられたら困る。

 俺はフィオナ様をなだめたり甘やかしたりと、なんとかご機嫌をとることに尽力するのだった。


「レイ図太くなったねえ」


「それだけあいつも慣れたってことだろうな」


「魔王様……おいたわしい」


「リピアネム様。魔王様を甘やかしてはいけませんよ?」


 後ろで四天王たちが口々になにか言っている。

 今日も魔王様の威厳は平常運転のようだ。


    ◆


「仲間になったけど男か~」


「俺はけっこう好きだけどな武人キャラ」


「ステータスどんなもんなんだ?」


「魔力0ってお前! え~……めちゃくちゃ脳筋じゃん」


 三者三様の意見はあるものの、ルフの正式加入により彼らは戦闘の際に大いに助けられることとなった。


「使いやす!」


「火力高いし、わりと耐久あるし、速いからかなり便利だな」


「もうルフさんいないと探索さえできない」


「タゲ取りしてくれるのまじで優秀だよ。しかも一人でわりとどうにかしてくれるし」


 大量の雑魚敵に囲まれるも、ルフがそれらの大部分を引きつける。

 態勢を立て直し、ルフの援護をしようと駆け付けるも、すでに雑魚敵はルフが殲滅していた。


「よし、リピアネム倒そう」


「ルフいればいけるかもしれないな……」


 操作キャラとルフのレベルを十分に上げ、彼らは攻略を中断していた最後の四天王との再戦に臨む。

 すると、彼らの期待通りにルフは見事な活躍を見せてくれた。


「いける! もうちょいで勝てるぞ!」


 竜人形態のリピアネムをルフと別NPCの三人で追いつめていくと、ふいにゲーム画面が中断されてムービーが流れ出した。


「あれ、第二形態ってHP0になってからじゃなかったっけ?」


「まだ半分くらい残ってたよな」


 不思議そうに画面を見ていると、彼らが知るものとは別のシーンが流れ出す。


『獅子の剣士。名乗れ』


『ルフ。特別な称号などなにもない、ただのルフだ』


『そうか、覚えておく。ルフよ、貴様は強かった』


『ああ、満足いく戦いだった。あなたに感謝しよう。リピアネム』


 操作することはできない。

 彼らは頼りにしていた仲間が斬られる姿を、ただ見ていることしかできなかった。


「ルフー!!」


「おい、ふざけんなよ! こっちが勝ってただろうが!」


「俺たちのルフさんが……」


 そうして仲間を一人失った彼らは、ルフの仇を取るためにリピアネムに挑んだ。


「だから、これどうやって避けんだよ! このブス!」


「かわいいけどなあ」


「まあわかる。熱くなって口悪くなるのは、よくあるからな」


 それでもさすがに第一形態は慣れてきていたのか、彼は回復アイテムを消耗することにより、満身創痍でリピアネムのHPを削っていく。


「アイテム使いすぎたなあ……第二形態無理だろこれ」


「せめて第一形態だけでも倒さないと、ルフさんに顔向けできないだろうが!」


「男いらねえとか言ってたんだよなあ……」


 彼は宣言通りに見事リピアネムを撃破した。

 気持ちが操作に乗るタイプだったのか、あるいは偶然敵の行動パターンがよかったのか、実はそのどちらでもない。

 ルフが敗北したことで、画面の外にいる彼らだけでなく、彼らが操作するキャラたちもまた強化されていた。

 特別な組み合わせによるイベントにより、味方キャラのすべてが強化されたことにより、彼らはドラゴンに変化したリピアネムを初めて追い詰めることに成功する。


「いける! なんかしらんがいける!」


「馬鹿! 欲張んな!」


「あ……」


 広範囲の風のブレスの前に、操作キャラたちは完全に沈黙した。

 そしてやや遅れて画面に表示されるゲームオーバーの文字。


「……なんか、ルフ死んでからこっちの耐久とか火力上がってなかったか?」


「え、まじ? もう一回やってみるか」


 ようやく見いだせた光明。

 レベルを上げれば倒せるだろうが、彼らはそれをせずに、なんとか今の状態でリピアネムを倒せないかと再び戦いに挑むのだった。

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