第50話 人勇者と人転生者の昼下がり
「そうですか。獣人の勇者が……」
「我らの勇者様たちも蘇生したばかり、獣人たちも時期はそう変わらないでしょう。それなのにダンジョンに挑んで再び命を落としたようです」
何をやっているんだという気持ちと、イドだしなあという気持ちが並ぶ。
人間の勇者たちは堅実だが、獣人の勇者は制御困難なやつなのでしかたがない。
「力を取り戻す。といった考えはないんでしょうね」
「あるいはダンジョンを攻略しながらそうする予定だったのかもしれません」
イドだしなあ……。
魔王をなんとかするために足並み揃えろとまでは言わないけど、せめて無駄な特攻はやめてほしい。
いくら何度蘇生するといっても、蘇生までに時間はかかるし死ぬたびにある程度までは弱くなるのだから、いざというときに弱りきっていましたでは話にならない。
「やっぱり獣人たちとなんとかして話をしないとまずいかも……」
いや、話したところでイドだしなあ……。
今の僕のステータス程度じゃ、鼻で笑われるか相手にされないか、最悪攻撃されて終わりだ。
獣人の転生者はなにをしているんだ。……イド相手だしどうにかしろってほうが酷か。
そもそも獣人として転生した人がいるかどうかもわからない。
慎重な者なら自分が転生者ということを隠す可能性すらある。
どうしたものかと頭を悩ませていると、僕と同じくらいの年齢の男女がやってきた。
「すみません。話が聞こえてしまいました」
「勇者……」
「これはこれは勇者様! 蘇生して間もないというのにお疲れ様です!」
「蘇生したばかりだからこそ、モンスターと戦って調子を取り戻さないといけませんからね」
兵士長が勇者たちに頭を下げる。
どうやら彼らは力を取り戻すために、モンスターを倒してきた帰りらしい。
「はじめまして、クニマツさんのことは城の人たちから聞いています。僕の名前はリック。一応勇者をやらせてもらっています」
「俺はオルド。リックと一緒に前衛で戦うのが仕事だ」
「スティアです。聖女としてパーティのみなさんを護り癒すのが役目です」
「私はミスティ。精霊使いとして色々やっているわ」
知っている。よく知っている。
だって彼らこそ、このゲームの主人公パーティなのだから。
彼らを操作して鍛え上げ、あのとんでもない魔王さえも倒してみせた。
そんな彼らがこうして僕と話しているというのは、今さながらおかしな体験だ。
「
「ははは、拾ってもらっただなんて謙遜を。クニマツさんの活躍は聞きましたよ。この国の人々のためにありがとうございました」
謙遜って……一応勇者なんて名乗っておきながらどの口が。
自分に厳しく他人に甘い主人公だ。
「それで、あのイドが死んだと聞いたのですが」
「ええ、獣人たちの勇者が蘇生後に死んだというのはたしかなようです」
「そうですか……。彼のことなので、力を取り戻すどころか仲間の蘇生も待たずに無茶しそうですね」
それはそのとおりだと思う。
じっとしているイドとかあまり想像できないし、むしろそっちのほうが怖いとさえ思える。
「イドが死んだというダンジョンを、僕たちがどうにかするのは難しいですよね?」
「そうですね……。獣人も人間も、下手に互いの領分に踏み入れると面倒ないざこざが起きかねません」
特に獣王国のほうは、自国の勇者が死んでいる。
そんなダンジョンを他国の勇者が攻略したなど、彼らからしたらプライドがズタズタだろう。
「そこでクニマツさん」
「え、はい?」
急に話をふられたので焦って変な声が出た。
物腰丁寧だし傲慢でもない。なのに緊張してしまうのは、彼が自分よりも圧倒的な格上だと知っているからかもしれない。
「獣人たちと話をつけたいと言っていましたよね?」
「ええ、まあ……といっても、当てがあるわけじゃ……」
いや、待てよ。僕や兵士たちだけでは無理だった。
だけど、もしも勇者たちが協力してくれるのであれば話は別だ。
一人だけ……あてといえなくもない存在がいる。
「やはり、なにか当てがあるのですね? 僕たちにも協力させてください」
「いいんですか? 勇者として、他にもやるべきことがあるのでは……」
「今は力を取り戻すことがなによりも優先と言われています。なので、近場で戦おうと、獣王国付近で戦おうと、文句は言われないでしょう」
ちゃっかりしてる。
彼らは人間の勇者として、他よりも癖がなく協調性がある。
だから、イドと直接話して、無茶な行動をさせないように話をつけるつもりだろう。
そしてそれはきっとうまくいく。ゲーム中でもそんなやりとりがあったからな。
ならば、僕としても勇者たちの提案はありがたい。
怖いのは、ろくに話してもいないのにこの顛末にもっていった勇者の勘だ。
彼らが行動すれば、物事はたいていいい方向へと転がっていく。
ゲーム中ではご都合主義気味だったけれど、ゲームではなく現実世界となった今となってはありがたい。
「すみませんが、一緒に獣王国まで行ってもらえますか?」
「ク、クニマツ殿と勇者様方が国を離れるということでしょうか!?」
兵士長が驚き声を上げた。
ああ、やっぱりだめかな? 勢いで行けると思ったけれど、勇者どころか僕でさえ国から離れすぎた場所に行くことは止められてしまう。
それだけこちらに価値を見出してくれているということだけど、自由に動けないということでもある。
どうしたものかと頭を悩ませていると、勇者が口を開いた。
「大丈夫です。王様も僕たちの行動を咎めたりはしません。今は魔王を打ち倒すため、他種族であろうと手を貸すときなんです」
「勇者様……」
カリスマ性というか、もはや洗脳のような光景だ。
きっと兵士長は、人間以外にも慈悲深い勇者様に感銘を受けているのだろう。
「わかりました。勇者様とクニマツ殿が、人類のために動いてくれているのに弱音は吐けませんね。留守は私たちにお任せください」
「はい。どうかこの国のことをお願いします」
結局勇者が説得ともいえない言葉を発しただけで、問題が解決してしまった。
……勇者の得体の知れなさが怖くもあるが、ともかくこれで他の転生者たちと話ができるかもしれない。
獣人の転生者と会えなかったとしても、少なくとも獣人の有能なユニットは引き込みたい。
剣豪ルフ。ライオンの獣人で、剣の腕は一流。
強者との戦いを求めるという点は他の獣人たちと同じだが、彼の場合は人だろうが獣だろうがモンスターだろうが無関係というわけではない。
人型のユニットで武器が剣か刀。そんなキャラクターが彼を倒すことで、種族の垣根なくこちらの仲間になってくれる。
種族間のいざこざがない貴重なユニットだ。ぜひとも仲間にしたいし、彼を伝手に獣王国でも動けるようにできたら最高だ。
「それじゃあ、一緒に獣王国目指しましょう。クニマツさん」
「ええ、よろしくお願いします」
こうして僕と勇者たちの一時のパーティは獣王国へ向かうこととなった。
◆
「力の差は歴然。それでもまだ戦うつもりか」
「ええ、当然です。それが勇者というものなのですから!」
仲間たちは倒れ、もはや魔王の前に立っているのは勇者ただ一人。
それでも、勇者の目には諦めなど微塵も浮かんでいない。
必ず目の前の魔王を倒す。その強い意志だけが見えていた。
「いいだろう。全力でかかってくるがいい。私を倒せるなどと考えているのなら、相手をしてやろう」
こうして、勇者はたった一人で魔王へと戦いを挑み、その戦いは数日間かけてようやく決着がついた。
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