第48話 知られざる剣豪の墓

「……ところで他の者はわかるのですが、彼は一体?」


「レイはダンジョンの復興を任せている魔族です。あなたを蘇らせるための蘇生薬も彼が準備しました」


 いや、もはやあれはフィオナ様の意地が勝ったといえよう。

 宝箱を準備して、たまに開けるだけの俺と、毎日熱心に魔力を注いでいたフィオナ様。

 どちらのおかげかは明白だろう。


「それは迷惑をかけてしまった。感謝するレイ殿」


「あ、いえ。俺ではなく魔王様が」


「ボクらみんな魔王様とレイのおかげで生き返ったみたいだよ~」


「ダンジョンの侵入者も始末している頼れる方です」


「宿や商店も作ってるし、そのうちここもまた快適になるだろうなあ」


 四天王からの評価がやけに高いのがむずがゆい。

 フィオナ様だけでなく、君らまでそんなふうに俺を甘やかしたら堕落するぞ。


「なるほど……よろしく頼む、レイ殿。私はリピアネム。戦うことだけが取り柄の女だ」


「よろしくお願いします、リピアネムさん。俺は戦えないので頼りにしています」


「レイ弱いからね」


「四天王が強すぎるんだよ」


 いや、俺が弱すぎるのもあるけれど、四天王が強すぎるのも事実だ。

 ピルカヤの軽口にいつもどおりに返すと、リピアネムさんはわずかに考えてから口を開いた。


「ピルカヤには敬語を使っていないようだが」


「あ、やっぱり下っ端が馴れ馴れしいですよね」


「いや、ピルカヤや他の者にも敬語を使っていないのであれば、私にも不要だ」


「ああ、そっちか……」


 今はまだフィオナ様と四天王しかいないからいいけれど、いずれ他の魔王軍が復活したらどうなるんだろう。

 新入りで下っ端のくせにと悪感情を抱かれそうだよな……。

 とりあえず、今は言われたとおりにするとしよう。


「それじゃあ改めてよろしく、リピアネム」


 俺の言葉に満足いったらしく、リピアネムはわずかにほほ笑んだ。

 プリミラと違って表情が無に近いわけではなさそうだな。

 落ち着いた大人の女性のような魔族というわけだ。

 ……そういえば、ステータスはどうなんだろう。


 リピアネム 魔力:88 筋力:120 技術:99 頑強:81 敏捷:120


「……レイ殿。私になにかしたか?」


「え……どういうこと? 見てのとおりおかしなことはしていないつもりだけど」


「……そのようだな。失礼した。うまく言葉にできないが、探られているようなおかしな感覚があったもので」


 ……すみません。めちゃくちゃ身に覚えがあります。


「ごめん。勝手にステータスを見ました」


「なんと、レイ殿はそのような力まで持っているのか。であれば問題はない。部下の能力を知ることは必要なことだからな」


「部下のつもりはないんだけど」


 あなたフィオナ様の部下でしょ。

 対等でもおこがましいのに、四天王を部下にするつもりはないぞ。


「いや、先も言ったとおり私は戦うしか能がない。これからは魔王様やレイ殿の指示のもとこの剣をふるうこととなるだろう」


「言いたいことはわからないでもないけど……」


「二人が仲良くなれたのはいいんだけどな。そろそろリピアネムを蘇生した本題に入らないか?」


 危ない。忘れるところだった。

 部下云々は一旦置いておくとして、フィオナ様がリピアネムを蘇生させたのはあの獣人の問題を解決するためだった。

 ルフという名の獅子の獣人。いい加減彼の快進撃を止めないといけない。

 というわけで、リピアネムには彼を倒してもらうということになる。


「フィオナ様。リピアネムにあの獅子の獣人と戦ってもらうということでいいですか?」


「ええ、リピアネムであれば必ず勝ってくれるでしょう」


「お任せください。獅子の獣人、相手にとって不足はありません」


「そんじゃあ、場所を共有するね~」


 ピルカヤがリピアネムだけでなく俺たちにも視界を共有する。

 ルフは今もダンジョンにいて、ガーゴイルたち相手に戦っているところのようだ。

 もはや危なげない立ち回りからは、今回も彼がダンジョンを攻略するであろうことを予感させた。


「ほう……私の同類か」


「みたいだね~。なら、一対一の立ち合いであと腐れなくバサッとやっちゃいなよ」


「……言い方が気になるが、それが魔王様のためというのであれば拒否する理由はない」


「それじゃあ、獣人のところに行くからついてきてくれ」


 間に合うか? まだガーゴイルたちもだいぶ残っていたし、今から向かえばちょうど戦闘後に出くわすといったところかな。

 俺はリピアネムとともに地底魔界と獣人のダンジョンの最短の場所に移動し、それらをつなぐ道を作成した。


「レイ殿の力、とてつもないな」


「まあ、これだけが取り柄なんで。それと悪いけど俺はここまでしか行けないんだ。前回ヘマをしたから、万が一獣人に攻撃されたら大変だからとくぎを刺されていてね」


「ああ、かまわない。ここからは私の役目だからな。すぐに戻る」


 なんとも頼もしい言葉と共に、リピアネムは獣人のダンジョンを進んでいった。

 視界は共有してもらったままなので、一度道をリセットして彼女が戻ってきたら再度構築するとしよう。

 今はフィオナ様たちが信じる彼女の力を見せてもらうとするか。


    ◇


 初めに聞いたときは興味を引かれた。

 他の獣人たちもこぞって通うダンジョン。噂が本当なら実力を試す場としてちょうどいい。


 実際に訪ねてみて落胆した。

 たしかにモンスターも出現する。

 しかし、攻略を困難にしているのは迷路に毒。自分が求める要素からは程遠い。


 それでも奥に進めば求めるものがあるかと思い、他の獣人たちと協力して迷路や毒を突破した。

 その先に待ち受けていたのは大量のガーゴイル。

 なるほど、ここにきてようやく強者との戦いを楽しめるというわけか。

 迷路や毒でふるいをかけて、それを突破できたもののみがこの褒美を享受できる。

 ならば、これは自分への正当な報酬だと楽しませてもらおう。


 ガーゴイルを倒して奥に進む。

 相変わらずわずらわしい罠もあるが、その先にまた強敵が待ち受けていると思うと楽しめるようになった。

 そうして罠を抜け、褒美であるモンスターたちと戦い、それを繰り返す。

 そうして最初とは比べ物にならない数のガーゴイルの群れを相手に立ち回り、ついに終わりが来てしまった……。


「毒のアミュレットか……つまり、二度目の挑戦ではもっとも厄介な罠を省略してくれということだな」


 ダンジョンの主である魔王が再挑戦する者のことを考えてくれたのだろう。

 ならばそれに応えさせてもらおう。ガーゴイルの群れとの戦いは命を落とすことを覚悟した。

 あのときの高揚を再び味わわせてもらいたい。


 ……だが、それにも慣れてしまった。

 もはやガーゴイルの群れでは相手にならない。


「潮時か……」


 何度ダンジョンを攻略しようと、自身が望む戦いには出会えなかった。

 だが、俺にはここ以外に欲を満たす場所を知らない。

 こうして今日もすでに慣れきってしまったダンジョンへと通ってしまう。


 いつもどおりに最奥の部屋に行くと、そこには見慣れたガーゴイルはいなかった。

 代わりに堂々と中央に立っているのは一人の女。

 ……竜人? もしかして先をこされたか。


「貴様がこのダンジョンを踏破し続ける者か」


「ああ。だが今回は出遅れたようだがな」


「私の名はリピアネム。魔王様の命により、貴様の命もらい受ける」


 ……嬉しいじゃないか。

 目の前の女は強者だ。それが今から殺し合ってくれるというのだ。

 魔王が命を奪うに値すると俺を評価してくれたのだ。

 ならば、全身全霊で応えさせてもらおう。


 一足でリピアネムの元へと飛び込む。

 間髪入れずに刀を横薙ぎに振るい、ガーゴイルの石の体さえ両断する一撃を見舞う。

 それを、たやすく防がれた。


「はは……ガーゴイルとは比べ物にもならないか」


 返事はない。それに不快感などない。

 それだけ真剣に立ち会ってくれているということだ。むしろ余計な口を開いた俺が失礼だった。

 だから……これはそんな愚かな俺にふさわしい末路なんだろう。


 見えなかった。反応できなかった。斬られたことにも気づけなかった。

 ああ……こうまで実力に差があったか。

 実に、すばらしい体験だった……。

 あなたに感謝を……リピアネム……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る