第47話 竜の剣聖

「そんなわけで大商店を作ったんだけど」


「おう」


「宿のほうもなんかランクアップできそうなんだけど、どうする?」


「えぇ……どこを目指すつもりなんだよ」


 ほんとにそう。

 でも、大商店を作ったらメニューが解禁されてしまったのだからしかたがない。


 宿館しゅくかん作成:消費魔力 30


 名前と消費魔力から考えるに、たぶんでかくて立派な宿屋ってことなんだろう。


「トキトウとオクイのほうと違って、宿は最悪利用できなくても問題ねえさ」


「だよなあ」


「あとこれ以上客が増えてもめんどくせえ」


「だよなあ……」


 リグマにとっては客がくることのほうが迷惑なのかもしれない。

 それでも結局はきちんと働いてくれているので、こいつが真面目なのか不真面目なのか判断に困る。


「商店みたいに適当な従業員つかまえてくれよ~」


「従業員なら適度にゴブリンダンジョンで回収したろ」


「俺がいなくても経営できるようにしてほしいんだが」


「教育がんばれ」


「なかなかすべてを任せられる人材っていないんだよなあ」


 やっぱりこういう生真面目なところがリグマの本質なのかもな。

 とりあえず、当面はリグマに任せておけば問題はないだろう。


「レイ~。獣人たち、そろそろダンジョンを攻略しそうだよ~」


「お、ついにか」


「へえ、無駄に死んでいったと思ってたけど、案外がんばったじゃねえか」


 ピルカヤが見ていた景色はたしかにダンジョンの最奥だ。

 本来ならガーゴイルだらけのその部屋には、傷ついた獣人たちとその足元に散らばる石片が転がっていた。

 そんな彼らが最後の力を振り絞ってガーゴイルを叩き割ると、ついにモンスターは全滅した。


「今回は転生者がクリアとはいかなかったな」


「事前にレイ様が転生者をこちらに引き込みましたからね。厄介な相手をとらえて味方に引き入れる手腕お見事です」


 なんか勝手に罠にかかって味方になっただけのような気がするけどな。

 でもそのおかげかはわからないが、今回のダンジョンでは十分稼がせてもらった。


 ダンジョン魔力:245


 ダンジョンの魔力もだいぶ増えているし、万が一俺の魔力で使用できないメニューが解禁されても、肩代わりしてもらって選択可能だ。

 そして、俺のステータスもけっこう上がってくれた。


 和泉いずみれい 魔力:52 筋力:20 技術:27 頑強:29 敏捷:21


 もはや魔力以外は諦めているけれど、魔力が順調に上がっているのは助かる。

 本当に獣人たち様様さまさまだ。それと今もがんばってくれているゴブリンダンジョンもか。

 ……こうなると、欲が出てくるな。ダンジョンを二つ稼働させることで順調に強化できている。

 なら、もう一つ増やしたら……。いや、さすがにエルフたちは慎重派みたいだし、こんなにうまくはいかないか。


「あ、宝箱開けるみたいですよ。何が出るんでしょうね」


 フィオナ様。獣人たちが開ける宝箱さえも楽しそうに見ているな。

 もしも有用なアイテムが出たら、自分たちが危険になるってわかっているんだろうか。

 まあ、さすがにあの外装の宝箱ならば問題ないとわかっているからこその余裕かな。


「ん? 抗毒のアミュレットですか」


「……今から罠を起動したらまずいかな?」


「レイ様。気持ちはわかりますが落ち着いてください」


 やっぱりだめか……。

 ボスを倒して攻略した後に全滅したなんて噂が流れたら、ゴブリンダンジョンの時以上に危険なダンジョンと認識されてしまう。

 ここは諦めて毒以外の罠に苦戦してもらうよう期待するしかないか。


「う~ん……あの獣人が唯一苦戦していたのは毒の迷路フロアだったからなあ。これ、けっこうまずいかもしれないよ」


 ピルカヤが不吉な発言残すが、後日それが真実になるとは思わなかった……。


    ◇


「またこいつかよ……」


 ガーゴイルたちが全滅した。

 彼らの体が石でできているとは思えないほど、獅子の獣人が振るう刀はあっさりとガーゴイルたちを切り裂いてしまう。


「イドくらい強いんじゃないか……?」


 ルフ 魔力:0 筋力:52 技術:69 頑強:44 敏捷:66


 さすがにそこまでではなかった。だけどこれまで見てきた中でも、上位の実力者といえるだけのステータスだ。

 ガーゴイルも負けてはいないのだけど、モンスターと獣人という知能の差か、戦うたびに向こうが慣れている気がする。

 うちの子たちもけっこう賢いんだけどなあ……。学習能力の高さは相手のほうが一枚も二枚も上手ということか。


「このまま何度もダンジョンを制覇されて、客足が途絶えるのは困る」


「客って言っちゃったよ」


「獲物なんだよなあ……」


 だいたい伝わるだろ。ならそれでいいんだ。


「ふっふっふ……」


 なんかフィオナ様が不敵に笑いだしたぞ。

 似合わないな……。魔王なのに。


「フィオナ様どうしました? お腹すきました?」


「私を何だと思っているんですか! レイのために、とっておきの考えがあるんですよ!」


「それはありがとうございます」


「ええ。もっと感謝してくれていいですし、褒めてくれてもいいです」


「フィオナ様はいつも俺のことを助けてくれます」


「そうなんです! では、そんな素直なレイにとっておきを授けましょう」


 よかった。どうやらこの対応で正解だったようだ。

 こら、ピルカヤにリグマ。ちょろいって言うな。ばれたらお前らも怒られるんだぞ。

 二人の言動がばれないか内心ハラハラしていると、フィオナ様は小瓶を取り出した。あれは……。


「ついに四天王を集結させるときがきました」


「蘇生薬……。フィオナ様がんばったんですねえ……」


 しみじみとそう言葉にしてしまう。

 ほんと、何度はずれてもめげずにがんばっていたもんなあ……。

 目から光が消えたときに、俺はこの世界が滅びるかもしれないとさえ思ったほどだ。


「なんか温かい視線を向けられているような……まあいいです! さあ、蘇りなさいリピアネム!」


 フィオナ様がなけなしの魔王らしさで高らかに宣言すると、人型の魔族の蘇生が始まった。

 リグマの時と違って、今回は俺たちと同じような姿の魔族らしいな。


 やがて蘇生も完了し、彼女の姿がここからでも確認できるようになる。

 緑色の髪に金色の瞳はどこか爬虫類のような印象を抱かせた。

 鋭い光を宿した切れ長の目は、プリミラと同じく感情を大きく変化させることがない雰囲気を漂わせている。

 なんというか、武人っぽい感じがする女性だな。


「……魔王様。役目を果たせず申し訳ございませんでした」


「許します。また私のために力を貸してください。リピアネム」


「無論です。次こそは必ず勇者たちを一人残らず斬り捨ててみせます」


 復活直後だというのに、彼女はすぐに状況を把握してフィオナ様に頭を下げた。

 フィオナ様も魔王らしくふるまっていて、まるで魔王様のようだ。

 これで四天王は全員復活した。勇者たちが力を取り戻す前に最低限の備えはできたと思っていいだろう。


    ◆


『四天王が一人リピアネム。魔王様の敵は斬り捨てる』


『……気をつけろ。とんでもない強さだぞ、こいつ』


 その女は堂々と正面から勇者たちに戦いを挑んだ。

 仲間たちはすでに死んでいる。背後には魔王の玉座を残すのみ。

 ならば自分が命を懸けてでも、御身を守る剣となろう。


 魔族らしからぬ堂々たる姿に、勇者一行も気圧されかけたがすぐに立て直す。

 魔王の前の最後の壁。それを打ち倒すべく力を合わせる。


『我が剣技、受けるがいい』


『速っ!!』


『なんてでたらめな!!』


 魔王と戦うために実力をつけてきたはず。

 だというのに、その剣はかろうじて回避するのが精いっぱいだった。


 プリミラのようにひるまないわけではない。

 ピルカヤのように何体もを倒さなければいけないわけではない。

 リグマのように姿を自由自在に変えてくるわけではない。


 ただ単純に速く、そして強い。

 その剣速と範囲だけで、勇者一行は圧倒され続ける。


『こんなところで苦戦しているようじゃ、魔王なんか倒せるかよ!』


 しかし、彼らもこの旅で成長した。

 いかに速く動かれようと、聖女の結界はその攻撃を受け止める。

 守りを仲間に任せたことで、残りの者は攻撃だけに集中することができる。

 そのわずかな優位が、リピアネムを確実に追い詰めていた。


『……このような力は不本意だが、それでも貴様たちを魔王様のもとにたどり着かせるわけにはいかない』


 リピアネムが剣を捨てた。

 それは剣士である自分との決別のようで、事実彼女は人の姿さえも捨て去ろうとしていた。

 人間のような姿は巨大な爬虫類の姿へと変貌へんぼうしていくと、彼女は威嚇するかのように大声で咆哮をあげる。


『エンシェントドラゴン……』


 誰かがそう呟いたが、その声はリピアネムの咆哮にかき消されてしまう。

 それが合図のように、リピアネムは再び勇者たちへと襲いかかる。

 しかし、鋭い刃そのもののような攻撃ではなく、今度は野蛮な力任せの攻撃だ。

 暴力そのもののような力は勇者たちを蹂躙しつくし、彼女はたしかに魔王を守り切ったのだった。


    ◆


「お、かわいい」


「綺麗系だな。プリミラちゃんと違ってお姉さんだ」


「魔王直前だし、まあ問題ないだろ」


 そんな気軽な気持ちで戦ったことなど、彼はもはや記憶にない。


「いやいやいや! おかしいだろ! どうやって避けんだよこれ!」


「追尾能力と範囲えぐっ……」


「剣士名乗るな。魔法よりきつい範囲攻撃ってなんだよ」


 リピアネムの剣技の前にいくども屍を重ねていく。

 そうしてようやく対応できたのか、あるいは運がよかったのか、彼らはリピアネムを追い詰めることに成功した。


「ドラゴンじゃん!!」


「後半で戦い方変わりすぎだろ~……」


「こいつラスボスより強いんじゃね?」


「負けイベントか!?」


「何回死んだと思っているんだよ……」


 ラスボスまであと一歩。

 その一歩を踏み出すまでに、彼らは想像以上の時間を要することとなる。

 四天王最強。魔族の勇者とも呼べるリピアネムは、幾度となく勇者を惨殺するのだった。

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