第35話 作ろう地底魔界

「いらっしゃいませ~……」


「おっさん物好きだなあ……こんな場所に宿屋って、儲かるのかよ」


「最近ダンジョンができたって聞いてねえ……獣人のみなさんなら、臆病な人間と違って、果敢に挑戦し続けてくれると思ったのさあ」


「違いねえ! おっさん、人間のわりにはわかってるじゃねえか!」


「というわけで、利用していってくれよ。長期滞在するなら安くしとくよ~」


 あの女といい、人間の男といい、なんとも物好きな商売人もいたものだ。

 だけど、宿屋も商店もあるのはとても助かる。


 このダンジョンも情報が集まり攻略は時間の問題だなんて言われていたが、どうにもその情報が虚偽の可能性がでてきた。

 とある獣人が偉そうに教えていた情報と実際のダンジョンで食い違いが発生し、おそらく先に進んだと見栄をはっていたんだろうと言われている。

 なんとも嘆かわしいことだ。そんな嘘までついて、自分を勇敢に見せたいというのか。


「ここが攻略されるのはまだまだ先になりそうだし、すべてをダンジョンだけですませられるのは助かるな」


「金ならモンスターから入手できる素材を売ればいいし、運が良ければ宝箱から出たアイテムも売れるからな」


 仲間と話すように、今やダンジョンだけでも生活できる程度にはなっている。

 もっとも、最低限の生活ということになるが、寝泊りまでできるのであれば、いよいよ村に滞在している時間のほうが短くなりそうだ。


「だけど、あの女買取はしてくれないのが面倒だよなあ」


「ああ、そういう伝手はないみたいだが、金を得るときだけは町にでも行かないといけないのは面倒だ」


 まあ、それも気分転換とでも考えるしかないか。

 魔族じゃあるまいし、いつまでもダンジョンの中にいたら、気分が滅入ってしまうかもしれない。

 そんなことを話しているうちに、一日の探索の疲れがでてきたのか、男たちは安全な宿の中で眠りに落ちるのだった。


    ◇


「客は全員眠ったみたいだぞ~。こいつら殺すか~?」


「いやいやいや、そんな宿屋誰も使わなくなるから。侵入者のバランスを考えないといけないし、リグマは普通の宿屋として働いてくれ」


「りょ~か~い。しっかし、側近殿も大変だねえ。生かすも殺すもだめって、考えるの面倒だろ」


「側近じゃないんだけどなあ」


「いえ! レイは私のですし、私の傍にいてほしいので、側近です!」


 フィオナ様が公認してしまうと、後々面倒なことになりそうだからやめてください。

 ……とは言えなかった。なんかやけに嬉しそうに言われると、訂正するのもはばかれてしまう。


「仲がよさそうで何よりで~」


 呆れられた。いや、いつもどおりの気だるげなだけの返事だなこれは。

 リグマは、仕事は終わったらしく、そのまま自分も宿の個室で休んでしまったようだ。

 気を抜いてスライムの姿に戻ったりしないだろうな……。まあ、なんだかんだでしっかりしてるし、そんなヘマはしないか。


「宿屋、好評ですね。トキトウの商店といい、レイ様の経験値と、資金繰りは順調に進んでいます」


 資金を管理しているプリミラがそう言うのなら、きっと獣人たちはそれなりの金銭を落としてくれているのだろう。

 なんだか快適な場所を提供して金稼ぎをしたいのか、凶悪なダンジョンで侵入者を倒して経験値稼ぎをしたいのか、よくわからないことになってきたな。

 幸い、今のところは入口は快適で、奥にすすめば凶悪と両立できてなくもないけど。


「そういや、魔王様って魔王軍復活させるおつもりなんですかねえ」


「ええ、見てなさい。私は必ず蘇生薬を大量に引き当ててみせますから!」


「引き当てる……?」


 まだガシャ狂いの現場を見ていないため、リグマは不思議そうにしていた。

 とりあえず、残りの四天王も復活させるのが最優先かな。

 勇者たちが復活して強くなっているというのなら、四天王は最低限揃っていないとフィオナ様が戦うことになる。


「まあいいですけど。そんで、全員がまた地底魔界で暮らすっていうのなら、それこそ俺たち用の宿や商店があったら便利だと思うんですが」


「いいですね。人間や獣人、それにエルフなんかは魔族は地底がお似合いだとか、追いやられているとか馬鹿にしてきますからね! 私たちの地底魔界こそが一番だと悔しがらせてやりましょう!」


 フィオナ様のやけに感情がこもった発言はともかく、リグマの言うとおりそれはありだな。

 まだ五人しかいない魔王軍だけど、全盛期のフィオナ様が率いていたのはきっとかなりの数の魔族たちだ。

 フィオナ様がホワイトな働き方を推奨しているのは知ってのとおりだが、それに福利厚生も追加されることで士気やら忠誠心やらも上がるかもしれない。


「それじゃあ、今から」


「いやいやいや、ボクらだけで宿も商店もないでしょ。今作っても管理の手間が増えるだけだよ」


「お、やる気だなレイ。そんじゃあ、珍しく俺も少しはやる気をだすかあ」


 語尾がすでにやる気なさそうだが、リグマは俺に宿屋を作るよう頼んできた。

 まあ、そろそろ魔力も全快だし、熟練度を上げる意味でもある程度は消費しておきたい。

 ずっと全快のままだと、回復する分だった魔力が無駄になっちゃうからな。


 宿屋作成:消費魔力15


 とりあえず、玉座の間の近くに宿屋を作成した。

 魔王と戦う場所のすぐ近くではあるが、理由はいくつかある。

 フィオナ様はすぐ目の前で、あとは進むだけという思考にありがちだろうし、ここなら壁を作って隠してしまえば気づかれにくい。

 フィオナ様が万が一にでもピンチになったら、援軍としてすぐに駆け付けられる。俺は無力なので、プリミラやピルカヤが……。

 そしてなによりも、玉座で一人でいるフィオナ様がさみしがらないように、近くに魔族たちがいたほうがいいだろう。


「お~……すげえなあ」


「どうすんのさ、リグマさん。今はメイドも執事もいないんだよ」


「そこはまあ、俺が最低限の管理くらいしておくさ」


「え、リグマが働いている場所から一番遠いぞ。言ってくれれば、もっと近くに作ったのに」


 入口と最奥だからな。行き来するだけでもそれなりに面倒じゃないか?

 そんなことを考えていると、リグマはなんか足元がスライムに戻っていた。

 え、なに? 疲れたの?

 変身する気力すらなくなってきたのかと思ったが、どうやら違う。

 足元の液体が隆起すると、リグマと同じ姿をした人間が現れた。


「当面は、俺の分体にまかせるさ」


「あ~、そういう」


 ピルカヤといい、リグマといい、四天王って分身できて当然なのか?

 まさか、プリミラまで分身できたりしないよな?


「なにか?」


 俺が視線を送っていたことに気づいたプリミラは、首をかしげて聞いてきた。


「いや、四天王ってみんな分身できるなあって」


「残念ながら、私はできません。もしもできたら、魔王様を一日中見張ることができたのですが……」


「見張るって、私魔王で偉いんですけど!?」


 悔しがるには悔しがっているんだけど、なんか理由が思ってたのと違う。

 いっそ、分身できる四天王も増えたことだし、俺の護衛でずっと一緒にいなくてもいいのだが……。

 それを言うと、なんかプリミラに怒られそうだし、見張られることとなるフィオナ様にも怒られそうだな。

 あまり変なことは言わないようにしておこう。


 とにかく、これで魔族用の宿ができた。

 そうだよな。どうせなら侵入者ではなく、魔族のために快適な空間を作りたい。

 これから仲間が増えていくのであれば、俺のダンジョンマスタースキルはそういうことにも活用していこう。


 ……だからといって、こんなメニューを出されてもどうしろというんだ。

 ダンジョンマスターは、いつも唐突なので困る。


 畑作成:消費魔力 10


 快適な地底魔界の作成には、今後もいろいろな可能性が出てきそうでなによりだな……。

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