第36話 心に土と緑を

「畑……?」


「いやあ、さすがに俺一人で農業までとなると嫌だぞ。宿なら、俺ものんびりさぼれ……休めるから、協力したけどさあ」


 さぼれるって言おうとしたな。

 まあ、さすがにリグマに分身して農作業と宿屋をお願いというのは酷だ。

 しかしなあ。そんなメニューばかり選んでいるからなのか、なんだか侵入者の撃退よりも、居心地の良さを強化するメニューばかり増えてきそうだ。


「人手が足りないし、これはさすがにまたの機会にしよう」


 無意味に作ったら枯れてしまうだけだ。

 魔力の消費に意味があるとはいえ、さすがにそれではもったいない。


「いずれ配下の者たちが復帰してからですかね」


 フィオナ様の言うとおり、そのときになってからまた考えよう。

 今はともかく人手が足りていないからな。

 それとも、モンスターに任せてみるか? 案外、器用さが高ければいけるかもしれない。


「あの、トキトウのように捕獲してみてはどうでしょう」


 プリミラの発言に、フィオナ様は露骨に嫌そうな顔をした。

 魔王様がする表情じゃない。なんかもうかわいいマスコットキャラみたいだ。


「トキトウと違って、ふつうは魔族のために働いたりしませんよ」


「なら、リグマ様の分身が指示すればいいのではないでしょうか?」


「ちょ、ちょっとプリミラさん? よくありません! おじさんがよくありませ~ん!」


 リグマは完璧に人間だと思われている。それは、宿を利用する獣人たちの様子からもわかる。

 なら、そんなリグマがとらえた人たちのリーダーとして指示を出せば、少しは真面目に働くか?


「だいたい、人間のくせに魔族のために働いてるとか、俺が不審者扱いされて終わりでしょうが」


「そこは、希望を捨てずにいつか解放されることを夢見ている人間を演じていただければ」


「ねえ。俺への要求高くないかなあ?」


 要するに強制労働させられていて、リグマはその古参を演じるってことか。

 いつかは解放されるという約束もすれば、多少はやる気も出してくれるかもしれない。


「いいかもな」


「よくないんだけど!?」


 プリミラは無表情ながら、どこか誇らしげな様子だ。

 リグマは嫌がってはいるものの、できないとは言っていないので、たぶん面倒だというだけだろう。


「だけど、それは別の店を作ったときとかにとっておこう」


 畑の場合は、別に他種族を相手にするわけじゃないし、わざわざ人間たちを使うこともない。

 それはそれとして、今後も他種族相手に施設は増えそうな気がするし、プリミラの案は忘れずに覚えておこう。


「なぁんか……危機は去ってないように思えるなあ」


「いつかは、プリミラの案でやってもらうから、がんばってくれ」


「うへええ……」


「……では、畑はやはり保留にしておきますか?」


「いや、器用なモンスターを大量に作成して、作業させてみようと思う」


 プリミラがなんだか残念そうに尋ねてくるので、俺の考えを伝えた。

 問題は、俺自身はそういう知識がまったくないことだな。

 そもそも農作物の種や苗もないし、購入も必要となりそうだ。


「なるほど……モンスターたちですか。面白い考えですね、レイ」


 フィオナ様はわりと乗り気だ。


「地底魔界でも育つものとなると、まずは魔力の実あたりから試してみますか?」


「え、野菜とかじゃなくてですか?」


「陽の光はありませんからね。さすがに普通の野菜を育てるのは難しいかもしれません」


 たしかに、必要な養分とかが不足してしまいそうだな。

 しかし、魔力の実か。なんだかゲームっぽい単語が出てきた。


「食べたら魔力が増えたりします?」


「増えるというよりは回復ですね。もっとも、魔力回復薬には及ばないので、これらを調合して薬にしたほうが効果は高いです」


 調合用の素材アイテムってことか。

 でも、いいかもしれない。魔力回復の手段を得られるのなら、俺もフィオナ様もやりたいことがもっとできる。

 ……いや、フィオナ様には雀の涙かもしれないし、あまりやりすぎるとプリミラに怒られそうだけどな。


「いいですね、それ。種とか苗って手に入りますか?」


「ええ、勇者たちに壊されたとはいえ、そういったものは無傷で残ってもいますから」


「なら、俺がフィオナ様が奪われたもの、ちゃんと元に戻してみせますよ」


「……ええ、ありがとうございます。レイ」


 フィオナ様がネガティブになる前に、事前にそう言って元気づけておく。

 そのおかげもあってか、フィオナ様は嬉しそうに笑っていた。


「では、モンスターたちへの畑の指導は私が」


「プリミラって、そんなことまでできるの?」


「水の扱いは得意ですので」


 どちらかというと土の扱いとかのほうが重要そうだけど、プリミラが大丈夫だというのなら大丈夫なんだろう。

 そういえば、プリミラは水で、ピルカヤは火だ。

 そうなると、残り二人の属性は土と風が定番なのだけど、リグマって一応土属性ってことでいいのか?


「リグマって土属性なの?」


「どうした急に。俺はそうだなあ。水銀系のスライムおじさんだから、広義的に見れば土属性ともいえるか?」


「そもそも、リグマは土属性の魔法得意じゃないですか」


 やっぱりリグマが土属性でいいみたいだ。なら、最後の四天王は風属性なんだろうな。

 というか、土属性ならやはりリグマが畑を担当すべきな気もする。


「なんだよその目は……どうせ、俺が土属性だから畑でも働けとか考えてるんだろ。俺、珍しくけっこうがんばって働いてるよ? これ以上はもう無理だって」


「いやあ、適任なのはリグマかなと思って」


「私は水の扱いが得意なので適任です」


 なんかやけにプリミラがぐいぐいとくる。

 もしかして、土いじりが趣味なのか?


「そういうこと。プリミラは畑でなにか育てるの好きだからな。俺が邪魔しちゃ悪いでしょうが」


「得意ですし、好きです」


 プリミラがない胸を張った。

 ふだんはあまり我を出さないのに珍しい。それほど好きなんだろう、畑やらガーデニングやらが。

 なら、このメニューも選択できるようになってよかったのかもしれないな。

 アイテムの材料も手に入るし、プリミラの娯楽にもなるので一石二鳥だ。


「では、畑を作る場所を決めましょうか」


「え、まだ手伝えそうな器用なモンスターが足りないんだけど」


 今のところ一番技術が高いのはガーゴイルで、その値は47だ。

 だけど、さすがにガーゴイルを畑仕事には回せないので、これから技術が高いモンスターを別途用意しなければならない。

 フィオナ様の隣で、俺もモンスターガシャに挑戦するというわけだ。


「大丈夫です。モンスターが揃うまではリグマ様の分体に手伝ってもらいますので」


「だいじょばないねえ!」


「いやあ、水と土が得意な魔族が手掛けた畑なんて贅沢だねえ。きっといい物が育つんじゃないかな」


「おいてめえピルカヤ! お前だって分身できるだろうが!」


「無理無理。だってボクが手伝っても燃やしちゃうもん」


 絶対嘘だ。ピルカヤがそんなふうに自分の炎を制御できないというのなら、ダンジョンはいまごろ灼熱の洞窟になっている。

 リグマもそれがわかっていて反論しようとするが、やけにやる気のプリミラに腕をつかまかれて諦めた。


「ええと……それじゃあ、場所はプリミラに任せるよ」


「はい。お任せください。きっとすばらしい実を育ててみせます」


「レイ~……。モンスターの作成急いでくれよ~。おじさん過労で倒れちゃうぞ」


「ああ、がんばるよ。だから、リグマもがんばってくれ」


 わりと本気でリグマの負担が大きい。

 なので、一刻も早く負担を軽減するために、モンスターの作成を急ぐとしよう。


「……」


「フィオナ様? どうかしましたか?」


 なんだか、ポカンとした様子のフィオナ様を不思議に思い尋ねてみる。


「い、いえ、なんでもありません」


 しかし、フィオナ様はハッとしたようにそう答えた。

 大丈夫かな? もしかして、宝箱ガシャがまたハズレでもしたんだろうか。

 大方そんなところだろうと考えていると、プリミラが無言で地図を渡すように要求してきた。

 ……そうだね。話の途中でごめんね。慌てて地図を渡してプリミラに畑の場所を決めてもらう。

 その背後で、フィオナ様がなにか呟いていた気がするが、よく聞こえなかったので気にしないことにしよう。


「……そうですか。プリミラは土いじりが趣味だったんですね」

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