第34話 致死量の不老不死

「う~……結局、蘇生薬はひとつだけですか」


「まあまあ、ひとつ手に入れることができただけでもすごいじゃないですか」


 いや、ほんとに。

 これまでのことを考えると、散々別のものばかり出ていたからな。

 プリミラのときが運が良かっただけで、蘇生薬というものは本当に入手が困難だ。


「そうですね! 褒めてもいいですよ!」


「はい。フィオナ様は本当にすごいです」


 俺の言葉に気を良くしたフィオナ様は、上機嫌なまま蘇生薬を取り出した。

 どうやら、この場で蘇生を始めるようだ。


「もう蘇生する相手は決まっているんですか?」


「ええ、前回は目が必要だったのでピルカヤを蘇生しました。今回は従業員が必要なので、そこを補える者を蘇生します」


 現在のダンジョンに最適な魔族を選んでくれたわけか。

 さすがはフィオナ様だ。魔王として、ちゃんとダンジョンのことを考えてくれている。

 ピルカヤ以来となる四天王の復活。今度はどんなすごい魔族が復活するんだろう。


「デーモンにエレメンタル。次はどんな種族かな」


「う~ん……たぶんリグマのおっさんだろうから、ハイドラ……」


「さあ蘇りなさい。リグマ」


 俺のつぶやきが聞こえていたらしく、ピルカヤが答えてくれた。

 ハイドラ……。あの頭がいっぱいあるでかいヘビか。

 それはまた、ずいぶんと強そうな魔族で頼もしいな。


 フィオナ様の呼びかけに応じるように、体が構築されていく。

 最初は形を成していない大きな塊だけど、ここから徐々に人の形に……。

 あれ? な、なんかぐしゃって潰れたぞ!? もしかして、失敗した?


 結局、その後も人をかたどることもなく、銀色の液体のようなものが、その場で崩れ落ちてしまった……。

 どう見てもハイドラなんかではない。

 だというのに、フィオナ様は特段焦った様子もなく、その液体の塊に話しかけた。


「目は覚めましたか? リグマ」


「……いやあ、もう少し寝かせてほしかったんですけどねえ。どうも、お久しぶりです。魔王様」


 しゃべった……。

 俺以外はそれを当然のように受け入れていることから、蘇生が失敗したというわけでもないらしい。


「それで、俺を蘇生させてくれたのはありがたいんですけど。どういった用件です? 不甲斐ない四天王としてお説教ですかねえ?」


「いいえ。あなたの力がまた必要となったので、リピアネムには悪いのですが、あなたを優先させてもらいました」


「へえ……ああ、なんだプリミラとピルカヤはもう蘇っているんですね。ならよかった。俺一人で魔王様をお守りするのは荷が重いんですよね」


 なんだかあまりやる気がなさそうというか、気だるげに話す魔族だな。

 というか、一向に姿が変わらないけど、それでいいのだろうか。


「なあピルカヤ」


「ん? どしたの」


「さっき、ハイドラがどうとか言ってなかったっけ?」


「ああ、聞こえてた? ハイドラグラムスライム。リグマさんって、特別な種族らしいよ」


 なるほど、ハイドラグラム。どうやら俺の早とちりだったようだ。

 しかし、スライムか……。


「だから、溶けたような姿でもみんな驚かなかったんだな」


「ほう……誰だか知らないけど、俺の種族を聞いて見下すより先にそんな意見とは、これまた変わったやつが増えたもんだなあ」


 こちらの会話が聞こえていたらしく、そんなことを言われた。

 耳も目も口もないから、急に話しかけられると少しびっくりしてしまう。

 というか、四天王だし見下せるわけないだろ。


 リグマ 魔力:95 筋力:83 技術:99 頑強:99 敏捷:99


 こんなステータスを見ているのだから、なおさらだ。


「彼はレイです。私のです。そして、あなたを蘇生させるアイテムを作ってくれた優秀な魔族です」


「それはそれは、いやあ助けてもらったみたいで悪いなあ。俺はハイドラグラムスライムのリグマ。よろしくな」


「魔族のレイです。よろしくお願いします」


「あんた魔王様のお気に入りだろ。魔王様以外に敬語なんて使いなさんな」


「はあ……それじゃあよろしく。リグマ」


 俺の返事に満足いったのか、リグマはわずかに体を揺らした。

 う~ん……わかりにくい。


「さて、リグマ。あなたに仕事を与えます」


「うえぇ……もうっすか? 病み上がりどころか、死から復帰したばかりのおじさんには休養が必要なんですけど……」


「大丈夫です。私の部下は皆優秀なので」


「はあ……本心からそう言われると、さすがに従うしかないみたいですねえ」


 リグマのやる気を出させるためとかではなく、フィオナ様は他意なく本気で言っている。

 そうなるとリグマは、さすがにやる気を出さざるをえなくなってしまったようだ。


「それで、どんな仕事なんですかねえ。できれば簡単なものがいいんですけど」


「宿屋の従業員です」


「……どこかの国のスパイになることでも期待されてます? 俺」


「いいえ、ダンジョンの中にある宿屋の従業員です」


「意味がわかりかねますねえ……」


 え……スライムだぞ。

 従業員なんてさせるのであれば、まだ人型であるプリミラやピルカヤのほうが適任なのでは?


「あなたには、そうですねえ……人間の姿になってもらいます。いつものあのやる気のなさそうな姿に」


「魔王様には言われたくないんですけど……やる気のなさでは、俺といい勝負じゃないですか」


「というか、私が勝ってますけどね! 配下もダンジョンもボロボロで、もうまったくやる気がありません……みんなで引きこもりません?」


 久しぶりにフィオナ様のやる気が消滅した。

 これにはリグマも慌てたようで、なだめるように相手している。


「レイがいれば、引きこもれなくもないんだよねえ……」


「それ、フィオナ様には言わないようにな。地底魔界というか、地底シェルターになりかねない」


 幸いなことにピルカヤの軽口は、フィオナ様に届いていなかったようだ。


「それじゃあ、人間に化けますよっと……」


 気だるげにリグマが言葉を発すると、液体のような銀色の体が人間の形に変化した。

 いつもの蘇生薬の工程を見ているように、徐々に質感までもが変化していく。

 そうして現れたのは、先ほど本人も言っていたように中年の男。それも、魔族ではない人間の姿だ。


「え、すご……」


「どうもー。おじさん、これくらいしか能がないのよ」


 今度は語りかけられても驚かない。目はこちらを見ているし、口を開いて言葉を発している。

 姿だけではなく、完全に各器官が人間と同じように働いているようだ。


「リグマは、スライムの中でも特別な力を持っていて、こうして様々な姿に化けることができるのです」


「一応、ベースはこの姿なんですけどねえ。他にもなれるっちゃなれるけど、これが一番気楽なのさ」


「リグマ様は、水銀でできた体を自在に変化させられるため、以前もピルカヤ様とともに他国の諜報活動を務めていただいておりました」


 なるほど、だからフィオナ様がリグマを選んだわけか。

 この姿であれば、魔族には見えない。

 視覚以外の情報でバレる可能性があるかはわからないが、少なくとも俺には人間と判別できない。

 ならば、彼が宿屋で働いていても、魔族だからと敵対される可能性は低そうだ。


 しかし、四天王に店番を頼むのか……。

 なんだか、贅沢な人材の使いかただよなあ。


    ◆


『なんでこの道通っちまうかなあ』


『水たまり……いや、スライム!』


『それも見たことがない体だ……銀?』


 視界の端に広がっていた銀色の液体。それが魔族であることに勇者一行は遅れて気がつく。

 すぐに臨戦態勢をとる勇者たちと違い、そのスライムはやる気がなさそうにゆっくりと動き出した。


『四天王のリグマ。まあ、よろしく。おじさんもさあ、四天王として勇者なんか素通りさせらんないのよ。だから、できるだけすぐに死んでくれると助かるなあ』


『ふざけたことを!』


 本人にそのつもりはないが、挑発するような言葉に剣士の少年は果敢に斬りかかる。

 しかし、言葉とは裏腹にスライムは一瞬で体の一部を素早く変化させ、少年を貫く槍となり襲いかかった。


『くそっ!』


『ああ、ほら。これだから嫌なんだよなあ。強いやつ同士、若者同士、プリミラやピルカヤあたりとやり合ってくれればいいものを』


 体を変幻自在に武器として操り、リグマは勇者たちを硬く鋭い水銀の肉体で攻撃し続ける。

 しかし、これまでの戦いで勇者たちも成長していた。そのような単調な攻撃には簡単に当たらない。


『参ったねえ……このままじゃおじさん負けちゃうよ』


 得意の攻撃も対処され、勇者たちのようしゃのない攻撃の前にリグマが押される。

 肉体の硬さも彼の強みの一つなので、早々簡単にやられることはない。

 しかし、勇者たちもそれで怯むようなこともなかった。


『かってえ! だけどな、プリミラで慣れてんだよ!』


『おっと……なるほどねえ。プリミラをぶっ殺して自信がついたってわけだ。なら、おじさんも仲間として、あの子に雪辱を果たさせてあげないと』


 そう言いながら、スライムの姿が見覚えのある小柄な魔族へと変化する。

 かつてたしかに倒したはずの相手。四天王のプリミラの姿へと……。


『プリミラ!?』


『残念……中身はおじさんのままなんだよねえ。だけど、あの子の次に頑丈だから、あのときの戦いの再現もできると思うよ』


 プリミラが見せないような気だるげな表情で、リグマは勇者たちへと駆け寄り攻撃する。

 リグマの言うとおり、たしかに硬い。だけど、プリミラのほうが硬かった。

 ならば、一度倒した相手の下位互換でしかない。

 勇者たちは、慢心はせずとも勝利を確信していた。


『これなら、プリミラやピルカヤのほうがよっぽど強かった!』


『だよねえ。だからさあ、おじさんも数で補うことにするよ』


『二体目!? いや、三体!?』


 聖女の言葉どおり、プリミラが三体に分裂する。

 そのどれもが、それぞれ別の動きで勇者たちへと襲いかかる。

 初めに聖女がやられた。回復手段が失われる。

 次に精霊使いがやられた。広範囲の魔法で一掃することもできなくなった。

 そうして一人ずつ確実に殺されていき、勇者たちの旅はここで終わりを告げることとなった。


『まあ、こんなもんでしょ。悪く思わないでくれよ。こっちも仲間殺されてるんだからさあ』


    ◆


「スライム? よし、雑魚だ! このまま四天王撃破して、大量の経験値でレベルを上げる!」


「いや、最近のスライムって強いことも多いぞ……」


「硬いんだけど!? 四天王こんなのばっかかよ!」


「ボスが怯みまくってたらはめられそうだしな」


「多いって! プリミラちゃんかわいいけど、中身おっさんならいらねえよ!」


「一応、耐久力とかは本物より低いっぽいな。でも、これ下手したらこのあとピルカヤになるんじゃね?」


「ありそう……もしかして、こいつ最初に倒さないとやばいボスだったか?」


 そう思うも、すでに四天王を二人も倒している。

 さすがに今からやり直しはしたくないのか、男たちはまずは慣れるために幾度もリグマに敗北し続けるのだった。

 なお、最初に戦ったところで、ようしゃなく他の四天王に変化していたことを彼らは知らない。

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