第27話 オープンセールに火と毒を

「ダンジョンだな」


「ああ、村のやつに知らせるか?」


「馬鹿言うな。せっかく見つけたのに、他のやつらに邪魔されてたまるか」


「そうだな。馬鹿な魔王が戦う場所を提供してくれたんだ。しばらくは俺たちで独り占めするか」


 牛の獣人とワニの獣人。大きな体は見るからに力も頑強さも高そうであり、彼ら自身もそれを自負している。

 そんな二人はダンジョンを発見しても、それを脅威だと考えることはなかった。

 馬鹿な魔族が自分たちに修練の場を与えた。彼らに限らず、大抵の獣人はそのように考えることだろう。


「分かれ道か。どうする? 別々に行動するか?」


「ああ、二人で同じ道を行ってもしかたないしな」


 共に行動している二人ではあるが、共闘するという考えはないらしい。

 すぐに二人は別行動をとることにし、左右の道を分かれて進む。


「げ……なんだこの道。油ですべって歩きにくいな」


 牛の獣人はすぐに足元の異変に気づき独りごちる。

 いっそ引き返そうかと頭によぎったが、さすがに今から仲間を追うのも無駄骨だと考え直す。

 あいつはきっと、どんどん先へ進んでなんならすでにモンスターたちを倒し続けているかもしれない。

 ならば自分はこの道を進んで、先にいるであろうモンスターを倒すべきだ。

 彼は足場の悪さが自分の不利になるなどどみじんも考えていない。


「この音……コウモリか」


 それを得意としている他の獣人ほどではないが、彼もまた人間よりは耳がいい。

 自身の元へと近づいてくる羽ばたき音。人間が聞き逃すほどの微弱な音を彼は聞き逃さなかった。


「コウモリ程度じゃ相手にならないが、まあいいだろう」


 その言葉どおり、彼は自身に近づくポイズンバットを一蹴した。

 並の人間では振るうことさえ難しい斧槍で、牛獣人の力を存分に活かして薙ぎ払う。

 足場が悪くても、この程度の相手なら彼には関係ないようだ。


「もう少しまともなモンスターが出るといいんだがな」


 そう期待を込めながら先へと進む。

 すると再び彼の耳は音をとらえた。

 何かが向かってきている。生き物ではない。火が燃えるような音……。

 彼は振り向きながら、とっさに後ろから迫る炎の塊を回避した。


「ちっ! 罠なんてつまらないことしてんじゃねえ」


 モンスターであれば雑魚相手でも戦いを楽しめるが、罠はまったく面白くない。

 単純な思考であるがゆえか、彼らはそういった仕掛けのたぐいは好きではないのだ。

 だから、回避した火球がどのような結果をもたらすかまでは、想像していなかった。


「は?」


 自分は罠を回避した。

 魔族らしい卑怯なやり方である背後からの奇襲にもかかわらずだ。

 なのに、これはないだろう。


「ふ、ふざけんな!」


 火球もいつまでも真っすぐ飛んでいくわけではない。

 徐々に重力に引き寄せられ、放物線を描くように落ちていく。

 そして、落ちた先は油まみれの道だ。


 獣人は一瞬なにが起こったかわからなかった。

 目の前で急に炎が燃え広がった。その炎はどんどんこちらへと近づいてきている。

 油に着火したことで燃え広がっているんだと気づいたときには、牛の獣人は背後へと全力疾走していた。


 幸い油が燃え広がる速度は、彼の全力疾走よりも遅い。

 だけど、それはあくまでも彼がまともに走れるときの話であり、油ですべる道を走る場合はその限りではない。


「く、くそっ……!」


 そうして彼は炎に追い付かれて飲み込まれた。

 屈強な肉体はじきに見る影もなくなり、真っ黒に焦げた肉へと変わることだろう。


    ◇


 ぐ~という音が隣から聞こえてきた。

 え、嘘だろ……。


「フィオナ様……お腹すいたんですか?」


「い、いえ! 違うんです! 別に私は食人の習性はありませんし、そういう魔族ではないんです!」


 いや、でも……タイミングがおかしい。

 牛の獣人が焼けこげる姿を見ていたらお腹が鳴るって、もう完全にあれを食べたがってるじゃん……。


「聞いてください。獣人は食べませんが牛は食べます。そしてあれは牛の獣人です」


「つまり?」


「牛肉が食べたくなってしまうのも、しかたがないと思いませんか?」


「……やっぱり、食人に興味がおありで?」


「違うって言ってるじゃないですか! レイが私の味方じゃなくなったら、私はいよいよ引きこもりますからね!」


 それは困るので、この件はこれ以上追求しないようにしよう。

 呆れるプリミラに、笑いをこらえているピルカヤ。

 たしかに俺まで指摘したらフィオナ様のことだから、本当に引きこもりそうだ。


 しかし、思っていたのと違ったな。

 油の道に火の球が落ちて燃え広がったまではいい。

 だけど、もっと一瞬で火の海になるかと思ったけど、走って逃げられそうな速度だった。

 幸い、牛の獣人は油の道でうまく走れないから倒せたけど、足場が悪くても動けたり、飛べる相手には逃げられそうだ。


 もっといい方法を考えないと……あれ? メニューが変化している。

 牛の獣人を倒したことで、ダンジョンの魔力や俺のステータスが上がったのはいつもどおりだ。

 だけど、今回はダンジョンの罠がこのタイミングで追加された。


 炎熱波えんねつは:消費魔力15


 名前からすると、炎の波みたいな罠か?

 タイミングといい、種類といい、火の球の罠で牛の獣人を倒したことが関係していそうだ。

 罠の起動回数、あるいは倒した敵の数、そのあたりで新しい罠が追加されるのかもしれない。


 あとで火の球の代わりに設置してみるとしよう。

 さて、あとはワニの獣人のほうだ。今回は二人だけだし、こっちを倒せば侵入者はいなくなる。


    ◇


 相方がまる焼けになっていることなど想像もせずに、ワニの男は油まみれではないまともな道を進んでいた。

 しかし、行けども行けども次の部屋へはたどり着けない。

 もう何度目になるかわからないまがり角。男はいい加減うんざりしたようにため息をつく。


「くそが……やっぱりすぐに引き返せばよかったか」


 牛の男と分かれてすぐに、ワニの男は部屋を見つけた。

 中にはコボルトが大量にいた。それもボスに率いられたれっきとした群れとして、自身に立ちふさがる。

 群れとして襲いかかってきたため、コボルトにしては存外楽しめる戦いであったが、ワニの獣人は一人で群れを全滅させた。


 そこまではよかった。

 なかなかに楽しめたし、今後はあれ以上のモンスターが現れると考えると、このダンジョンには期待ができる。

 そう思いつつ部屋を抜けると、今度は三本の分かれ道が見えた。


 左右の道は狭く舗装もされていない。真ん中の道は広くきれいに舗装されている。

 どう見ても真ん中の道が正規のルートで、左右はせいぜい行き止まりに続く道だろう。

 そう判断した男は、中央の道を進み次の部屋へと入っていった。


 先ほどと違い、部屋の中は明らかに広い。

 広いのだが、狭い。というのも、部屋の中にはいくつもの壁があり、複雑に入り組んだ道となっている。

 適当に進むか。そう思った男は、いくつもの分かれ道を曲がり、進み、いつしか自身のいる位置がわからなくなってしまった。


「ああ! もうめんどうだ! 壊れろ!!」


 ついには癇癪かんしゃくを起こしたように、壁に武器を叩きつける。

 幸いなことに、自分が持つのは大槌だ。破壊力だけならば、相方の牛の獣人以上だろう。

 すべての壁を壊してこんな部屋さっさと抜けてやる。


 そう思っていたのだが、男が大槌を叩きつけても壁はびくともしない。

 当然だ。獣人の最強の戦士たちでさえ、壁の破壊には時間がかかった。

 そんな彼らに劣るワニの男では、いくら武器を打ちつけようが壁の破壊には至らない。


「はあ……糞魔族。絶対に殺してやる」


 いるかどうかもわからない魔族に恨みを込め、彼は壁を破壊することを諦めた。


「ん? 今なにか動いたな」


 気を取り直して再び進んでいくと、なにか動く影を発見する。

 まがり角の先になにかがいた。逃げられる前に彼は急いでそれを追いかけた。

 すると……待ち伏せしていたように黒いトカゲに息を吹きかけられる。


「な!? このトカゲが!」


 とっさに腕で顔を隠すが、すでに彼はバジリスクの猛毒のブレスが直撃してしまっている。

 その行動は自身の視界をさえぎるだけであり、彼もすぐにそれに気がついて目の前を見た。

 ……てっきり、そのままバジリスクが襲いかかると思っていたが、目の前にいたバジリスクが消えている。


「くそっ、逃げんな!!」


 視界の奥。迷路のまがり角の先を走っていくバジリスクをかろうじて彼の目はとらえた。

 忌々しいトカゲを追いかけるために彼は走る。

 今度はまがり角で不意を突かれないように慎重にだ。


「殺してやる!」


 注意深く角を曲がるが、先ほどのように猛毒のブレスは襲ってこない。

 その代わりに、彼の視界の先には必死に逃げるトカゲが見える。

 ワニの男は無我夢中で逃げるバジリスクを追いかけ続けた。


 いくどもまがり角を曲がり、そのたびに逃げるトカゲの後ろ姿に歯噛みする。

 だんだんと冷静さを欠いていき、何度目かわからないまがり角を進んでいくと、突然背後から猛毒を浴びせられる。


「な……いつのまに後ろに……」


 逃げていたはずのバジリスクが背後から奇襲した。

 彼はそう思ったが、視界の先には走り去るバジリスクが確認できる。

 では自分を襲ったのは? 背後を見て彼はぞっとした。

 いつのまにか、自分の背後には十匹以上のバジリスクがいたらしい。


「囮か……」


 逃げていた一匹はあくまで囮。

 夢中になって囮を追いかけた自分を、何匹ものバジリスクが追いかけていた。

 つまり、追われていたのは自分だったのか……。


「なめんな!!」


 しかし、彼もただではやられない。

 大槌でしっかりとバジリスクを叩き、吹き飛ばし、背後にいたバジリスクたちはワニの獣人に撃退された。


「はあ……はあ……」


 そこまでが限界だった。

 体の末端が動かない。まるで石像のように冷たく硬くなっている。

 バジリスクの毒が彼をむしばんでいるのだ。


 生きたまま石化させ、身動きをとれなくしてから猛毒で殺す。

 彼はそんなバジリスクの戦い方にまんまとはまってしまった。

 完全に石化したワニの男は、まるで苦悶の表情を浮かべた石像のようになって命を落とした。


    ◇


「えげつないね~……」


「バジリスク強いな」


 三つの分かれ道を作った。左右は単純な道だったが、このままではすぐに合流されて分かれ道の意味がない。

 なので、思い切って中央は迷路にしてみた。

 迷路で迷ってしまえば、中央を突破するのに時間がかかるし、左右とは遅れて合流するだろう。

 そんな考えで作ってみた迷路に、ついでにバジリスクを大量に配置してみると、思いのほかえげつない戦い方をしてくれた。


 そっか~……迷路を活かして逃げ回りながら毒で殺すのか。あいつら頭いいな。

 でも、あのワニの獣人に毒が回りきる前に、バジリスクを何匹も失ってしまった。

 補充するのは当然として、これじゃあ複数人相手だと心もとないか?

 こっちも、なにか改良できればいいのだが、今は思い浮かばない。


 毒の霧:消費魔力 10


 あ、はい。罠メニューさんが案を出してくれていた。

 どうやら、バジリスクが敵を倒したことでメニューが増えたってところか。


「なあプリミラ」


「なんでしょう。レイ様」


「バジリスク自身には毒って効くのか?」


「いえ、自分たちの毒はもちろんのこと、他の毒にも耐性を持っているはずです」


「そっか、ありがとう助かった」


 なら、バジリスクごと毒の霧の罠で包んでしまうっていうのもいいかもしれないな。

 さっそく設置しようと思っていたら、フィオナ様が不満そうな顔でこっちを見ていた。


「なんでしょうか?」


「私だって、今の質問くらい答えられます……」


「そうですか……ありがとうございます?」


「次からは、私に聞くように」


「はい……」


 おかしいな。プリミラって、俺に護衛や秘書みたいな役割としてフィオナ様が蘇生してくれたのに。

 わざわざ魔王であるフィオナ様の手をわずらわせることになったら、本末転倒じゃないか?

 まあいいか……フィオナ様けっこう暇そうだし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る