第18話 まき餌に食いつけ人間たち

「……こんなところに洞窟なんてあったっけ?」


「中は広そうだな。ちょっと調べてみるか」


 村人たちが森に入ると、見慣れない洞窟を発見した。

 それ自体は珍しいことではない。魔王軍がいる限り、地形の変動や新たなダンジョンの出現は身近な出来事だった。

 辺境の地に住む彼らは、その魔王軍が壊滅寸前に追い込まれていることを知らない。

 だから、今回も魔王の力で新たなダンジョンもどきができたのだろうと考えていた。

 どうせこのような辺鄙へんぴな場所に、本格的なダンジョンができるはずもなく、魔王の力の余波で形だけの空洞ができたのだろう。

 そう考えていた彼らは、ろくな準備もなく洞窟の中へと入っていく。


「……どう思う?」


「少なくとも、今までのダンジョンもどきじゃないな」


 一歩足を踏み入れて、彼らはそれが見知ったダンジョンもどきではないことに気がつく。

 今までであれば、ただの空洞ができているだけであり、生き物はせいぜい虫や小型の爬虫類がいるだけ。

 宝箱もなければ罠もなく、特に足を踏み入れるメリットもない、最終的には野生の動物の住処になるのが関の山。

 そんなダンジョンもどきと、今回のダンジョンは一味違う。


 なにも、彼らが特別索敵能力が高いというわけではない。

 モンスターの群れの気配を感じたり、罠を事前に見破ったため、これまでとの違いに気がついたわけではない。


「……この先危険。引き返せ」


「誰がこんな看板立てたんだ? もしかして、村に住む誰かが先に見つけて立てたとか」


「いや、それならさすがに俺たちも話くらい耳にするだろ。あんな小さな村なんだから」


 ということは、この看板は少なくとも彼らの知らない誰かが立てたものになる。

 この時点で明らかにおかしい。そもそもこんな人工物があること自体が異常だ。

 彼らは気持ちを切り替えて、くれぐれも慎重に前に進むことにした。


「道がある……」


「洞窟を照らすような松明まであるな。もう決まりだろ。これって、やっぱりダンジョンだよ」


「さすがに、ここまでちゃんとした内装で、今までみたいに生き物もアイテムもありませんでしたってことはなさそうだな」


 なにも無謀な行動ではない。

 村の近くにダンジョンらしきものができた以上、誰かがそれを調査しなければならない。

 ダンジョンらしきものができました。それだけでは、冒険者も国も動いてくれない。

 ならば、はぐれたモンスターが村に近づく前に倒す役割を持っていた彼らは、調査を行う適任といえるだろう。


「扉まであるってことは、この先には部屋があるってことだよな」


「モンスターがいるかもしれないし、まずは中の様子をうかがおう」


 そう言って男たちは慎重に扉をわずかに開ける。

 隙間から中を覗き見ると、そこにはやはりモンスターたちが存在していた。

 こちらに気づいた様子もないので、開けたときと同じくゆっくりと音に気をつけて扉を閉める。


「どうする?」


「ゴブリンが三匹か……まあ、今まで村の外で倒してきたやつらと変わらないな」


「念のため、すぐに逃げられるようにしながら戦ってみるか」


 ちょうど自分たちと同じ数だ。

 であれば、一対一で戦ってしまえば勝てる相手といえる。

 昔村に向かったゴブリンの群れと戦ったこともあるが、そのときのほうが敵の数も多い。

 いける。そう判断して、男たちは今度は勢いよく扉を開けて部屋の中へと踏み入った。


 ゴブリンたちは急な侵入者に驚き戸惑い、その大きな隙は侵入者相手に致命的なものとなる。

 それぞれの武器でゴブリンに渾身の一撃を見舞うと、ゴブリンたちはその場に倒れた。


「よし、普通のゴブリンと同じだ」


「増援も、変な仕掛けもないみたいだな」


「もう少し先に進んでみるか」


 部屋を出ると、今度は左右に分かれる道が見える。

 道そのものには違いがないため、ひとまず左側へと進んでいくと先ほどと同じ扉が現れた。


「またか。ここにもゴブリンがいるだけならいいんだけどな」


「今度も同じようにいこう。逃げられる準備をしながら、まずは覗いてみるぞ」


 退路を確認してから、彼らは再び部屋の中を覗き見る。

 中もやはり先ほどとほとんど同じだ。内装は変わらず、中にいるのはゴブリンたち。

 違いがあるとすれば、先ほどよりもモンスターが一匹増えている点だけだった。


「ゴブリンソルジャーか……」


「どうする? 二人以上でかかればいけるが、そうすると他のゴブリンたちが厄介だ」


「引き返すべきだろうな……」


「でも、奥のほうにあるあれ。見てみろよ」


 男が指さした場所を見ると、そこには木製の箱が置いてある。

 宝箱だ。モンスターだけでなく宝箱まで存在する。

 ミミックの可能性も当然あるが、ミミックは宝箱が現れない場所には出現しない。

 であれば、もう間違いない。ここは正式なダンジョンなのだろう。


「あの宝箱になにが入っているかだけでも見ないか?」


「馬鹿言うな。せいぜい回復アイテムか、最悪の場合ミミックの可能性すらあるんだぞ」


「そうか……残念だけど、ここまでみたいだな」


「この規模だと王国は動かないだろうし、近場の冒険者ギルドに報告だけしておくか」


「ああ、深追いしてゴブリンどもに殺されるなんてごめんだ」


 男たちは自分の力量を理解している。

 だから無理はしない。無謀な行動にでるほどの半端な力がないことは、彼らにとって幸運だったのかもしれない。

 まだ二部屋目。徐々にゴブリンの数も質も上がっていく。ここで無理をしても、さらなる強敵と戦うだけになるだろう。


 そして、奥に進めば進むほどに、ここまできたのだから次の部屋くらいという気持ちへと変化してしまう。

 道中に宝箱なんてあればなおのことだ。

 序盤で撤退を判断できた彼らこそが、真に冒険者向きの性格だったのかもしれない。


    ◇


「帰っちゃったけど、いいのか?」


「うん。上出来じゃない?」


 ピルカヤが視界を共有してくれたおかげで、俺たちは出来立ての簡易ダンジョンの様子を見張っていた。

 すると、近くの村人らしい男性三名が侵入したのだが、二部屋目を見て帰ってしまった。

 こちらも向こうもこれといった成果がない。

 なんとも中途半端な結果になってしまったものだと考えていたが、ピルカヤは上出来だと言う。


「彼らはここが本物のダンジョンか確認しにきたのだと思います。そして、自分たちの手には負えないと判断したということは、冒険者ギルドに報告を行うはずです」


「そう、その通り。つまり、ここからが本番ってわけ」


「なるほど……それじゃあ、ゴブリンたちを簡単に倒せそうな冒険者が派遣されるってわけだ」


「う~ん……どうだろう。何度も言うけど辺境の村だからねえ。まともな人材が派遣されるかは怪しいと思うよ」


 だめじゃないか。

 それにしても、人手が足りないのはどこも同じか。

 まともじゃない冒険者が派遣されてしまうと……なんか、調子に乗ってダンジョンの奥まで行って、そのままモンスターか罠で倒れそうだな。


「気づいたかい? しばらくは獲物だけが訪れるボーナスタイムになりそうだね」


「ええ、なのでここからは被害者の数を上手に調整して、冒険者ギルドに睨まれないようにしましょう」


「そういうことかあ……難しいな。ダンジョンの運営って」


 やっぱり二人は魔王軍の四天王なんだな。

 悪だくみをしているはずなのに、なんだか楽しそうだ。

 そして、俺もそれを嫌悪するどころか、同じように楽しんでいる時点でもう完全に魔族なんだろう。

 かまうものか。どちらかが滅ぶまで戦うしかないのなら、俺は仲間である魔族を生かすために尽力してやる。


 ……さて、うまいこと被害者の数を調整するようにしないとな。

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