第13話 飛んで地に入る熱の種子

「これなら大暴れしても少しは長持ちしそうです!」


「あはは、少しですか……」


 玉座の間からまるで隠し通路のように続く先に広間を作った。

 消費魔力は今の俺にとってまだまだ少なくないのだが、フィオナ様が喜んでいるようだしよしとしよう。

 それにしても、これだけ広くて頑丈そうなのに、全力で戦う場所としては不足してるのか……。

 乾いた笑いが思わず出てしまった。


「しかし、これなら本当に地底魔界の拡張ができそうですね……。それこそ、入口や小さなダンジョンを作ることも……」


「小さなダンジョンですか?」


「ええ、別の入口を作り、その先に道や部屋を作る。最奥までたどり着いても、私たちがいる場所へはたどり着かないように、道は閉ざしておく。それで、完全に独立した別のダンジョンの出来上がりです」


「なるほど……入口を別にしておいて、ボスや宝箱みたいなのを配置しておけば、こことは無関係のダンジョンと思われる……」


 いいんじゃないか?

 入口を多数作ることは、この場所を攻め込まれるリスクが高くなるので躊躇ちゅうちょしていたが、フィオナ様の案であればその危険もなくなる。

 そうして、ダンジョンの侵入者を増やすことで、ダンジョンの魔力を安全に確保できるのなら、良いことづくめじゃないか。


「フィオナ様。それすごくいいと思います」


「そ、そうですか? ふふん、魔王ですからね。ダンジョンを複数経営していた実績もあります。……全部壊されましたけど」


「じゃあ、俺がそのとき以上のダンジョンを作ってみせます」


 ついに勝手に落ち込むようになったので、なんとか気を紛らわせてもらう。


「そういえば、ダンジョンの壁って掘ったりできるんですよね? ということは、ダンジョンとダンジョンを繋ぐように掘り進められたりはしないんですか?」


「無理だと思いますよ? 私の魔力を使っても、それなりに疲れますし、掘った後にすぐ壁やら部屋を作らないと、ダンジョンが勝手に元の姿に修復しようとしますから」


 なるほど……それなら、相当の魔力やら人員をかけないと無理そうだな。

 特に魔王様でも疲れるほどの魔力となると、簡単に用意することはできないだろう。

 それをわずかな魔力でこなしているダンジョンマスターのスキルってすごいな。


「そうなると、問題はどこに入口を作るかってことですね」


「ええ、こればかりは直接外界の様子を確認しなければ危険ですからね」


 となると、外に出ないといけないのか……。

 やだなあ。だって、魔族ってだけで殺そうとする物騒な相手しかいないみたいだし。

 でも、やらないといけないのなら、なんとか隠れながらやるしかないか。


「と言いたいところですが、ひとついい考えがあります」


 フィオナ様にはなにか案があるようで、胸をはって自信満々でなにかを見せてきた。

 これは……相変わらず虹色で色ばかり派手な液体の入った瓶。蘇生薬じゃないか。


「蘇生薬。また作れたんですね」


「ええ! ついに大当たりです! やはり、玉座の間の魔力を使った甲斐があったんじゃないでしょうか?」


「魔王様」


「いえ。次からはそんなことしませんけどね? でも、これはプリミラに進言される前のものですから」


 無表情なはずのプリミラがジト目で魔王様と言っただけで、すごい言い訳し始めた。

 進言というか、もはやお説教だった気がするが、そこは魔王の矜持きょうじだろうし指摘しないでおこう。


「それじゃあ、また四天王を復活させるんですか?」


「ええ。前回は護衛として、そして魔王軍の方針への意見をする者として、優秀なプリミラを蘇生させました」


「恐縮です」


 実際プリミラがいなかったら、大事な蓄えである魔力がすっからかんになっていたっぽいしな。

 フィオナ様の判断は間違っていなかったと思う。


「そして、今度は世界中の目となるピルカヤを復活させます」


「ピルカヤ様ですか。適切な判断かと存じます」


 ピルカヤさんか。名前だけではどんな人か想像もできないな。

 俺がゲームをしていたら、名前だけでわかったんだろうけど、残念ながらフィオナ様の容姿すら知らなかったくらいだからなあ。

 どんな人かと期待と不安が入り混じりながら見ていると、蘇生薬は小さな人型を蘇生し始めた。

 ……プリミラもそうだったけど、なんか四天王ちっちゃい子多いな。


「あれ……ボクは……」


 人型だ。だけど、彼が人でないことは見ただけでわかる。

 人間の形こそしているものの、髪が、体が、すべてが燃えている。

 まるで生きている炎だ。目も俺たちとは異なり、白目の部分が黒く、黒目の部分は金色に光っている。


「久しぶりです。ピルカヤ。生き返った気分はどうですか?」


「そうか……ボク、勇者たちに負けて死んだんですね。ここが地底魔界ということは、勇者たちは魔王様が?」


「ええ、人間の勇者も獣人の勇者も、私が返り討ちにしました」


「いやあ、さすがは魔王様。あの勇者たちも、そんな簡単に倒しちゃったんですか」


 人間の顔ではないけれど、限りなく人間に近い顔のピルカヤさんは、なんだか表情が豊かに見える。

 少なくとも、ほぼ無表情であるプリミラよりは、感情を表に出しているな。


「なにか?」


「なんでもありません……」


 プリミラにそう尋ねられたので、即座に会話を終わらせる。

 ……なんで、わかるんだよ。


「ところで……さっきから気になっていたんだけど、彼は誰ですか? プリミラさんはわかるけど、ボクの記憶にない魔族だと思うんですけど」


「ええ、彼は私以外が全滅した後で加入した最後の魔王軍のレイです。あなたを復活させるための蘇生薬も彼が作成しました」


「へえ! なるほどなるほど……つまり、ボクは君に借りがあるってわけだ」


 興味深そうに炎の少年が俺に近づき顔をまじまじと観察する。

 だけど借りって言われてもなあ……。俺にとっては大きな魔力の消費だけど、フィオナ様はおろかプリミラやピルカヤさんにとっては、はした魔力にすぎない。


 ピルカヤ 魔力:120 筋力:99 技術:80 頑強:99 敏捷:85


 というか、ピルカヤさんの魔力がかなり高い。

 プリミラの頑強に匹敵する、頭一つ抜けている能力値だ。


「いえ、俺じゃなくてフィオナ様の魔力のおかげですから」


「……備蓄を切り崩してまでの魔力のおかげですね」


「……ピルカヤが復活したので差し引きプラスです」


「魔王様……?」


「ごめんなさい」


 またフィオナ様が怒られてる……。

 そんな様子をピルカヤさんは興味深そうに見ていたかと思うと、なんだか怪しい笑みを浮かべた。


「オーケー。オーケー。わかったよ。君、ずいぶんと取り入るのがうまいんだね。ボクも見習いたいなあ」


「い、いえ、そんな……」


 もしかして……新人がでしゃばってるから不興を買ったか?


「いやいや、そんなことあるよ。それだけ君の能力が高いってことだろ。ボクもねえ、色々と貢献して出世して、ついに四天王に抜擢ばってきされた」


 四天王ってことは、要するにフィオナ様の次に偉いわけだろうし、いわば超エリートだ。

 やっぱり、俺がそんな人たちと肩を並べるのは調子に乗るなと思われそうだよなあ……。


「だけどさあ。勇者なんかにころっとられちゃったわけじゃん? ここらで名誉挽回しておかなきゃね」


 そうか。ピルカヤさんもプリミラも、一度勇者に敗北しているんだよな。

 こんなステータスの魔族を倒せるなんて……いや、そういえばあの恐ろしい獣人の中でも特にステータスが高かったやつ。

 あいつ、今考えると四天王より強かったんじゃないか?

 つくづく最初に遭遇したのはついていない。フィオナ様がいなかったら一瞬で殺されていただろうという事実に寒気すら感じる。


「ん? どうしたの? ボクなんか変なこと言った?」


「い、いえ、ちょっと嫌なことを思い出してしまって」


「それだよ」


「え、どれですか?」


「だからそれ。魔王様はともかく、ボクらもう数少ない仲間じゃん? 敬語なんて窮屈きゅうくつだからやめない?」


 四天王がすごい人だから、俺なんかが調子に乗って接したらいけないと自戒したばかりなのに……。


「え、え~と、わかりました……わかった」


「うん。名前も呼び捨てでいいよね。よろしくレイ」


「よ、よろしく。ピルカヤ」


 まあ、ポジティブに考えよう。

 この人はたぶんフィオナ様やプリミラと同じで、俺みたいな下級の魔族にすら仲間として接してくれる人だと。


「さあ、これで仲間だ。ということでさあ……」


 ピルカヤが顔を俺の耳元に近づける。

 どうやら、プリミラにもフィオナ様にさえ聞かせたくないことを伝えたいようだ。


    ◆


『魔王軍四天王。ソウルエレメンタルのピルカヤ。君たちがプリミラさんが言っていた勇者くんたちか~』


 燃え盛る街の中に現れた少年は、場違いに明るい声で勇者たちへと話しかけた。


『ソウルエレメンタル……まさか、精霊まで味方にしているとはな』


『そう、精霊。それも上位種なんだよねえ、ボク。いやあ楽そうな仕事でよかったよ。最低限の労力で魔王様に働きをアピールできる』


『舐めないでもらいたいですね。堕ちた精霊、あなたはここで消滅してもらいます!』


『あはははははっ! 舐める? 堕ちた精霊? それに、消滅……ねえ。舐めてんのはどっちだって話だよ!』


 体を構成する炎は、彼の感情が反映されたかのようにひと際大きく燃え上がった。

 常人であれば、その炎から発せられる熱にさえ耐えられない。

 それだけで、勇者たちは少年のような精霊の実力を理解し、激戦を予感した。


『水の精霊、力を貸して!』


 炎であれば水で攻撃する。定石どおりの戦いであり、彼女の行動に間違いはなかった。

 だけどそれは、あくまでも教科書通りの行動にすぎず、例外である彼には通用しない。


『う、嘘……炎の精霊が、水の精霊を一方的に』


『ごめ~ん。ボク、水は弱点じゃなくて得意な相手なんだよね。さあ、全員燃やしてあげるよ!』


 精霊使いの少女に炎が襲いかかる。

 しかし、それをはばむように魔力でできた壁が炎を防ぎきった。

 あと一歩遅ければ、彼女は炭へと変わっていただろう。


『はああ!? なんだよそれ! いいところだったのに、邪魔すんなよ!』


『残念だったな。これならプリミラとかいう悪魔のほうがよっぽど強かった!』


『がぁっ……! こ、こんなこと』


 結界を張った少女の役割は三つ。

 精霊使いの少女を守ったときのように、結界で仲間への攻撃を防ぐこと。

 傷ついた仲間の傷を癒すこと。

 そして、聖属性を付与することで、仲間の攻撃を支援すること。


 ただの剣と油断していたピルカヤは、聖属性をまとった勇者の剣により一刀で両断されるのだった……。


『油断が多い相手で助かった。あの炎でなりふり構わずに攻撃されたら、負けていたのは俺たちかもしれない』


『ええ、そうなっては私の結界でも守りきれたかどうか……』


『ふ~ん。じゃあさあ、次は君が言っていたとおりのことをしてやるよ!』


 倒したはずの少年の声が聞こえ、聖女は反射的に結界を張った。

 しかし、周囲一帯がすべてを燃やし尽くすような炎に囲まれ、徐々に彼女の結界では対応できなくなっていく。


『な、なんで! たしかに倒したはずなのに!』


『うん、倒されたよ。でもさあ、ボクって炎なんだよねえ。この街はそこらじゅうが燃えている。だから、この街中の炎すべてがボクなんだよ。さっきのはそのうちのほんの一部ってわけ』


『そ、そんなでたらめな……』


『じゃあね~! あははははは! もう四天王に登り詰めたけど、まだまだ役立っちゃうなあ、ボク』


 街の中から現れた大量の炎はすべてがピルカヤへと変化し、一斉に勇者たちへと襲いかかった。

 聖女の結界で防ぐこともできず、勇者たちに打開するすべもなく、戦いの跡には誰のものともわからない炭化した亡骸だけがあった。


    ◆


「うぜえ! なんだこのクソゲー!」


「だからレベル上げろっての。絶対推奨レベルに届いてないだろ」


「炎全部消火してから倒すギミックボスじゃね?」


 何度目かもわからないゲームオーバー。

 それが一段落となり、コントローラーを置いて休憩がてらゲームオーバーの原因について語る。

 レベルによるステータス差は絶対であり、第一段階のピルカヤを倒せただけでもすごいことではあるが、それらが増えるとなるとさすがにどうすることもできない。

 クソゲーと言っていた彼らは、倒し方が複数あるぶん四天王としてはピルカヤはマシな部類であることをまだ知らない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る