第8話 まだ引き返せるガシャ沼

「やっぱり増えてないか」


「どうしました?」


 俺の独り言が聞こえたらしく、フィオナ様が宝箱を片手で持ち上げながら首を傾げた。

 ……力持ちですね。さすが桁違いな筋力ステータス。


「俺たちみたいに、ダンジョンの魔力も時間経過で増えていかないかなと思っていたんですけど、さすがに無理みたいでした」


「俺たち……」


 変な部分に食いつかれてしまった。

 俺とフィオナ様の魔力は時間経過で回復するからそう言ったのだが、俺なんかと一緒にされるのは気分が良くないか……?

 プリミラさんもなんだか驚いているような雰囲気だ。

 迂闊うかつな発言だったかもしれない。次から気をつけないと。


「こほん……ええと、ダンジョンの魔力ということでしたら、自然に回復するのはダンジョンを維持できる分だけですね。なので、回復するたびに消耗されているはずです」


「となると、やっぱりダンジョン自体の魔力を溜めるのは、侵入者がいないと難しそうですね……」


「私が入口に立って、侵入者を片っ端から倒しましょうか」


「だめです」


 フィオナ様のとんでもない提案を、思わず食い気味で否定してしまった。

 怒られなかったのはいいのだけど、なんか心なしかしょんぼりしていて、これはこれで心苦しい。


「えっと……人間と獣人以外の勇者たちが現れるかもしれませんし、蘇生薬なんてある以上はすでに倒した勇者も復活するかもしれないので、危険です」


「私のことを思っての進言でしたか……」


「ええ、フィオナ様を失うわけにはいかないので」


「そ、そうですか! では、仕方ありませんね!」


 たしかに、ステータス差は文字通り桁違いだった。

 だけど、ここはゲームの世界であり、フィオナ様はラスボスだ。

 難易度が高すぎるとはいうが、クリア不可能なゲームということはないだろう。

 であれば、こんなとんでもない強さのフィオナ様でも倒す方法があるということだ。


 負ける可能性がある以上は、フィオナ様の情報を知られないに越したことはない。

 何度も戦いを挑んだ結果、弱点みたいなものを見抜かれないとは言い切れないしな。


「一つ訂正します」


 会話の邪魔にならないようタイミングを見計らっていたのだろう。

 俺とフィオナ様の会話を黙って聞いていたプリミラさんが発言した。


「蘇生薬がなくとも、人間の勇者や、獣人の最強の戦士は復活します」


「え、そうなんですか?」


「各種族の最強の存在が、神の加護を得たものが勇者です。加護の一つには死後の蘇生も含まれていますので」


 なるほど……。つまり、ゲームオーバー後のコンティニューってことだ。

 だとしたら、あの獣人たちが何度もここに挑んできそうだな……。


「もっとも、死後は力が弱まるため、早々に地底魔界まで攻めてくることはないでしょうが」


 死後にレベルが下がるようなイメージだろうか。それなら少しは安心かな?

 少なくとも、あの獣人たちが再び力を取り戻すまでには、鍛錬やらレベル上げみたいなものが必要なはずだ。


 レベルかあ……。俺も上げられないかな。

 そういえば、なんでさっきステータスが上がっていたんだろう。

 もしかして、ダンジョンマスターとしてスキルを多用していたことで、レベルアップでもしたのかな。


「魔王様は玉座に控えていただき、私が入口で侵入者を倒しましょうか?」


「あ、ずるいです……」


「いえ、プリミラさんも簡単に失うわけにはいかないので、入口はできれば別の……」


 そういえば、宝箱ばかりを試していたが、他にも二つメニューが解禁されていたな。


「どうしました? レイ」


「ちょっと試してみたいことがありまして」


 魔力は……大丈夫そうだ。5は溜まっているな。

 なら、さっそく選択してみよう。


 モンスター作成:消費魔力 5


 メニューを選ぶと、蘇生薬を使ったときのように目の前に肉の塊が現れ、なにか生き物のような姿へと変化していった。

 人型ではないな。でも体はやけに大きく、この場にいる誰よりも巨体だ。

 形が定まると、それは命が吹き込まれたかのように、鳴き声のようなものをあげた。


「ダンジョンクロウラーですね。まさかモンスターまで作り出せるとは……」


 疑問に思うよりも先に、フィオナ様が名前を教えてくれた。

 青い巨大な芋虫のようなモンスターは、俺たちへ危害を加える様子はなく、少なくとも味方であることは間違いないらしい。


「えっと、ダンジョンクロウラー?」


 ギチギチと音を返してくれる。これは、返事をしたってことか?


「ダンジョンの入口の部屋で待機して、侵入者を撃退することってできる?」


 大きな体で首を縦に振り、ダンジョンクロウラーはもぞもぞと這っていった。

 ……どうしよう。なんかかわいく見えてきた。

 おっと、アイコンも増えていたな。ステータスが確認できそうだし、見ておくか。


 ダンジョンクロウラー 魔力:10 筋力:23 技術:7 頑強:30 敏捷:19


 ……俺よりすべてが高水準だ。

 俺って芋虫よりも技術力がないのか……。


「あいつを増やせば、侵入者を撃退することってできそうですか?」


「そうですねえ……。各国の勇者はすでに撃退しました。力を取り戻すまでは、偵察か、冒険者か、野生のモンスターくらいしか、侵入しないはずですし、問題ないと思います」


 今は互いに準備期間って感じか。

 なら、このままここにこもったままよりも、多少のリスクを覚悟でダンジョンの魔力を増やしたい。

 やっぱり、何匹かモンスターを作成したら、試しにダンジョンを塞いでいた壁をリセットするか。

 もしもとんでもない侵入者が現れるようなら、すぐに壁を作成して入口を塞ごう。

 そして申し訳ないが、フィオナ様かプリミラさんに倒してもらうしかないな。


「あ、メニューにダンジョンクロウラーが追加されている」


 ダンジョンクロウラー作成:消費魔力 5


 これは、一度作成したモンスターであれば、ここから作成できるということか。

 でもアイテムのほうはそんな機能なかったな……。

 あれはあくまでも宝箱を作成しているだけだから、中身は魔力次第ってことかな。


 待てよ。宝箱と違ってモンスターは作成したらそれっきりだ。

 途中で魔力を注入することなんてできないし、強いモンスターを作成することができないんじゃないか?

 そのあたりを試してみたいが、ダンジョンの魔力は無駄遣いしたくない。

 なんとももどかしいものだ。俺の魔力もっと上がらないかなあ。


    ◇


「どうやら、モンスター作成ではランダムでモンスターが作られるみたいです」


「一度作成したモンスターは選択できるのですよね? であれば、やはり破格の力ですね」


「はい。まるで魔王様です」


 あれから、何度かモンスター作成を試した。

 その結果、コボルトロードが2体。トキシックスライムが1体。ダンジョンクロウラーがもう1体。

 名前が長いし、なんとなく通常よりも強そうではあるが、あたりかハズレかは試してみないことにはわからないな。

 というか、ダンジョンクロウラーかぶったし、まるでモンスターガシャを引いている気分だった。


「とりあえず、試しに入口の壁を取り除いてみてもいいですか?」


「ええ、このダンジョンのことはあなたに任せます。レイの思うままにやってください」


 それはそれで不安だ……。

 でも、フィオナ様もプリミラさんも反対ではないようだし、今回は試してみても大丈夫だろう。

 ……俺をおいかけていた大トカゲとか倒せるといいんだけど、どうなるかなあ。


    ◇


「お、おい。入口が開いているぞ」


「どうする? 入ってみるか?」


「誰か先に入って探索してるのかもしれない。急がないと、宝があったら全部回収されるかもな」


 冒険者。それは国に所属することなく、己が実力のみで様々な未開の地を探索してきた者たち。

 ゲームに登場するNPCとしても、少なくとも雑魚とは言い難い実力者ばかりなのは、後ろ盾もなく自身の力のみで生き抜いた証なのかもしれない。


「ト、トキシックスライム!? 逃げ……」


 そんな彼らがダンジョンに一歩足を踏み入れると、猛毒の洗礼を受け頭も体も機能が奪われた。

 そのまま倒れ伏した人間たちの運命は二種類のみ。

 コボルトロードに切り刻まれるか、ダンジョンクロウラーにすりつぶされるか、それだけだった……。

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