第7話 黄泉帰る上級悪魔

「どうぞ。あなたの物です」


「い、いえいえ! 魔王様が」


「フィオナ」


「フィオナ様が持っていてくださいよ! 俺には荷が重すぎます!」


 先ほどの回復薬と同じように渡してくるものだから、思わず両手を上げて拒否してしまった。

 俺は魔力を5しか消費していないし、このアイテムはほぼフィオナ様が作った物だ。

 それをおいそれともらえるほど、俺の面の皮は厚くない。

 ……いや、この場合は断ったら、それはそれで不敬なのか? 偉すぎる人との会話の正解わからん……。


「あなたが生成したのですから、そんなに重く考える必要はないのですが……」


 よかった。しぶしぶといった様子ではあるが、フィオナ様は蘇生薬を渡すことを諦めてくれたようだ。

 念のために効果を聞いてみるか。こんな気軽に下っ端魔族に渡そうということは、もしかしたら想像しているような効力じゃないのかもしれない。


「ちなみに、その蘇生薬ってどういう効果があるんですか?」


「種族問わず死者を完全に復活させます」


 想像どおりだった……。

 なんで、俺に渡そうとしたんだよ、この人……。

 だいたい、これがあれば死んだ仲間も……そうだよ。やられてしまった部下をよみがえらせることができるじゃないか。


「フィオナ様以外は、勇者にやられてしまったんですよね? それで復活できるんじゃないですか?」


「たしかに、蘇生薬を使わせてもらえるなら仲間、部下を生き返らせることができます。ですが、本当にいいのですか? あなたの物なのですが」


「いえ、それはフィオナ様の物ですから」


「感謝します。それでは、使わせていただきますね」


 なんか、結局俺の所有している蘇生薬を使うみたいな流れになっている。

 そういえば、回復薬は飲むことで効力を発揮したけれど、蘇生薬ってどうするんだろう。

 死体にかけるとかか?


 そんな疑問が浮かんだが、フィオナ様は蘇生薬を握りつぶしてしまった。

 ……えぇ? なんか機嫌を損ねることをしたか?


 だが、どうやらそういうわけではないらしい。

 フィオナ様がそのまま手をかざすと、その前に不気味な肉の塊が現れた。

 その肉は粘土のように形を変え、ひとりでに人間のような姿へと変化していく。


「え、蘇生したい人と無関係な場所でも、蘇生薬って有効なんですか?」


「いえ、その者の魂の近くでないと失敗します。ですが、勇者に敗北した部下の魂は、すべて私の中へ退避させていますから」


 なるほど、それじゃあフィオナ様が蘇生薬を使えば、死んでしまった部下は誰でも復活可能ってわけだ。

 そんな話をしているうちに、肉の塊は完全に一つの生命へと変化した。

 背は低い……。というか幼い。そのくせやけに肌面積が多い服装をしている、悪魔のような角と蝙蝠のような翼を生やした女の子。

 もしかして、吸血鬼か?


「ここは……魔王様。申し訳ございません。勇者一行をたったひとりさえ倒すことができず、期待を裏切りました」


「かまいません。勇者たちはすでに全滅させました」


 蘇生したばかりだというのに、少女はすぐに自身の状況を理解したらしく、フィオナ様に深々と頭を下げて謝罪した。

 もっとも、フィオナ様は特に気にしていないようだ。


「レイ。彼女は四天王のプリミラ。種族はアビスデーモンです」


 吸血鬼じゃなかったんだな。

 デーモン。悪魔とは違うようだし、なんか仰々しい種族名だから、きっと強いんだろうな。

 ためしにアイコンを触ってステータスを確認してみよう。


 プリミラ 魔力:99 筋力:84 技術:99 頑強:120 敏捷:87


 ……あの獣人最強の戦士に匹敵する能力か。

 見た目は少女だけど、それで判断していたらひどい目にあいそうだ。


「プリミラ。彼はこのダンジョンの管理を任せることにしたレイです。彼のおかげで、あなたを蘇生することができました」


「レイ様……ありがとうございます」


 プリミラさんは、表情を変えることなく俺に頭を下げた。

 先ほどのフィオナ様にも同じ感じだったので、別に俺が嫌われているというよりは、感情表現が不得手なのかもしれない。

 しかし、なんか俺のおかげになっているし、ダンジョンの管理をいつのまにか任せられている……。


「レイ。プリミラは優秀な部下です。しばらくはあなたの秘書として働かせますので、きっと役立つでしょう」


「かしこまりました。レイ様、これからよろしくお願いいたします」


「え、あ、はい。よ、よろしくお願いします……」


 たしかに、こんなに強い人が近くにいるのなら、俺としては安心だけどプリミラさんはそれでいいんだろうか。

 フィオナ様の命令だから、反論することなくあっさりと承諾したのだろうが、俺みたいな新参の下っ端って……。

 どう考えても、四天王としては不服な役割だよな。

 こんなステータスも低い魔族の秘書なんて……。


「あれ?」


「どうかしましたか?」


「えっと、なんだかステータスが少しだけ上がったみたいです」


「それはなによりです。……だからといって、くれぐれも無理はしないように、いいですね?」


「は、はい……」


 先に釘を刺されてしまった……。

 改めて俺のステータスを確認すると、たしかにその値が変化している。


 和泉いずみれい 魔力:7 筋力:4 技術:5 頑強:6 敏捷:5


 微々たるものではあるが、魔力の最大値が5から7へ変化したのは助かる。

 これで、消費魔力が5のメニューを選択しても、なんとか気絶せずにすみそうだ。


「フィオナ様。魔力さえ回復すれば、次からは意識を失わずに宝箱作れそうです」


「フィオナ……様……? いえ、意識を失う? レイ様。私の蘇生のために、そこまでの苦労を……」


「ええ、レイはすぐに無理をして気絶するので、あなたもしっかり見張ってください」


「はい。不肖プリミラ。レイ様の変化を見過ごしません」


 なんか勘違いされたうえ、俺が無理しないように見張る人が増えた。

 早く魔力回復しないかな……。


    ◇


「気絶しそうになったら怒ります」


「はい……」


 魔王の怒りとか想像するだけで恐ろしい。絶対に無理はしないようにしよう。

 先ほどまで淡く青白く光っていた宝箱作成のメニューが、今は白い強い光へと変化している。

 つまり、俺の魔力だけでこのメニューが使用可能になったという証だ。

 その回復速度から、おおよそのあたりをつけて最大値まで魔力を回復させてから、改めて宝箱を作ることにした。

 蘇生薬を大量に作ってしまえば、魔王軍も復興することが可能だからな。


「それでは、いきます」


 宝箱作成:消費魔力 5


 がくんと体内からなにかが消失する感覚。しかし、強制的な睡眠にいざなわれるほどではない。

 どうやら、今回は眠ることなく宝箱を作成できたみたいだ。


「本当に宝箱が……お見事です。レイ様」


「い、いえ、そんな」


 ただメニューを選択しているだけなので、そこまで褒められると気後きおくれしそうだ。


「では、また魔力を注入します。ですが、まだ私の魔力は回復できていないので、回復するたびに注入しますね」


「フィ、フィオナ様にそこまでしてもらうのは、悪いですよ」


「いいえ。入口はレイが塞いでくれましたし、万一のことがあってもプリミラが護衛してくれます。なので、私は魔力を注ぐことに注力しましょう」


 ああ、プリミラさんを蘇生させたのには、そういう意図もあったのか。

 フィオナ様ほどの魔力を注入して、ようやく蘇生薬ができることを考えると、この役目はフィオナ様以外には難しいか……。


「すみませんが、よろしくお願いします」


「ええ、任せてください。魔王ですからね。ちょっとがんばっちゃいます」


 そう言ってフィオナ様は、宝箱に手をかざし続け、片時も忘れずに魔力を注ぐようになった。


    ◆


『私は魔王軍四天王にして、アビスデーモンのプリミラ。魔王様にあだなす者ども。ここで消えてもらいます』


『ア、アビスデーモン!? 伝承でしかない幻の魔族だったはずじゃないですか!』


『異なことを、私はこうして生きています。いきますよ勇者一行』


 見た目は幼い少女にすぎない。

 それなのにその小さな体であらゆる攻撃を受け止める姿は、彼女が自身の種族をかたっていたわけでないと知る。

 見た目に騙されてはいけない。相手は上級魔族なのだから。


『強い……こんな部下までいるのか!』


『傷はついている! 攻撃は効いているはずだ!』


 勇者の全力の剣を受け止め、体から血を流しながらも反撃する姿はあまりにも不気味だった。

 攻撃はたしかに効いている。だけどこうも平然と動かれては本当に効いているかすら疑いたくなる。

 それでも、勇者たちは幾度もプリミラへ剣で、弓で、魔法で攻撃することで、ついにプリミラにも限界が訪れる。


『はあ……はあ……なんてやつだ。全力でやらなきゃ間違いなく全滅していた』


『もう、攻撃どころか回復用の魔力も残ってないわね……』


『しばらくは動きたくねえ。小さいくせになんて頑丈な体だ』


『そうですか。では、私も本気で戦わせていただきます』


 耳を疑う。その前に勇者たちの目に映ったのは大量の水をまとい操るプリミラの姿だった。

 全力で戦った。もはや余力はない。それは事実だったようで、勇者たちはなすすべなくプリミラが操る水の中で命を落とした。


    ◆


「くっそ~! やっぱ第二形態あるよな! なんなんだよこのロリ!」


「常時スーパーアーマーはやばいな。一応HP減ってたから、回避主体でちまちま削ってくのが正解なんじゃね?」


「見た目かわいいのにえげつない。レベル足りてないんじゃね?」


 ゲームオーバーという画面を前に、青年たちはコントローラーを置いて口々に感想を述べた。

 四天王プリミラ。四天王一の頑強さをもつ彼女は、怯むことなく淡々と、そして執拗に主人公を狙い、何人もの操作キャラを葬ってきた。

 その段階をクリアしても、水をまとった第二形態の攻撃はさらに苛烈なものとなり、レベルとプレイヤーの操作スキルが足りない場合は、容赦なくゲームオーバーの画面を量産する。

 そんな彼女は、そのかわいらしい外見から一部のプレイヤーに人気のキャラであるが、実際に戦う場合はそんな印象は跡形もなく消えることだろう。

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