第6話 イノセント トレジャーボックス

「禁止です」


「は、はい?」


 どうやら魔力はちゃんと5溜まっていたようで、俺の魔力を消費して宝箱を作成できた。

 それと引き換えに、眠ることになったわけだが、目を覚ますと不満そうなフィオナ様の顔がすぐ近くにあった。


「無理するの禁止です。魔王命令です」


「無理というほどでは……」


「わかりましたね?」


「……はい」


 部下の体調を心配してくれていると考えれば、この職場はわりとホワイトなのかもしれない。

 そんなこれからの環境にわずかに安心し、俺は放置してしまっていた宝箱を確認する。


「なんかいかにもって感じの宝箱だ」


「いかにもというのはわかりませんが、ダンジョンで生成される宝箱と同じですね」


「ダンジョンって宝箱が作られるんですか?」


「ええ。ダンジョン内の魔力が豊富なら、それらが集まることで生成されますね」


 溜まりすぎた過剰分の魔力を消費するための仕組みだろうか。

 俺の場合は、その前にスキルで消費してしまう。

 だから、こうして宝箱作成を選択しない限りは、勝手に生成されることもなさそうだな。


「しかも、放置すればするほど魔力が注入されて、最終的に侵入者を助ける武器や防具、アイテムになるのだから厄介なんですよね……」


「侵入者より先に、回収してしまえばいいんじゃないですか?」


「魔族には開けられないようでして……本当に、ダンジョンの嫌がらせとしか思えない仕組みです」


 フィオナ様がまたも遠い目を……。

 もしかして、この魔王様苦労しているんじゃないだろうか。


「だとしたら、これ下手に生成したらまずかったですね。すみません」


「いえ。どのみち勝手に作られてしまいますから、こうして場所がわかるほうが助かります」


 俺がダンジョンの魔力を管理すれば、勝手に作られることもなくなるはず。

 なので、きっとフィオナ様は気遣ってそう言ってくれたのだろう。


「でも、せっかく作ったのに開けられないなんて」


 この見るからに宝箱です、と言わんばかりのフォルム。

 このゲームをやったことがなくとも、ロマンある形状には惹かれるものがある。

 なので、開けて中身を手に入れるってやってみたかったんだけどなあ……。

 未練がましく宝箱のふたを手でつつく。


「あれ……開いた」


 すると、鍵がかかっていなかったためか、宝箱は簡単に開いてしまった。

 中にはガラス瓶に入った緑色の液体が、ぽつんと一つだけ置いてある。


「……宝箱を開けた。魔族なのに? 転生者だからでしょうか。それとも、ダンジョンの支配者としての権限?」


 フィオナ様は驚いていたが、すぐに原因を考え出した。

 だけど、結論には至れなかったらしく、今はひとまず俺ならば宝箱を開けられるということで納得したようだ。


「その特性もすばらしいものです。これなら、宝箱を作ったとしても他種族に悪用されませんからね」


「なにが出るのかはわかりませんが、物資の補充とかもできそうですかね」


 フィオナ様に先ほどのアイテムを手渡すと、幻想的な透き通る瞳でそれを観察した。

 顔立ちが整っているからか、何をしてもいちいち絵になるな。


「回復薬ですね。……残念ながら、効果はもっとも低いものですが」


「となると、宝箱から手に入る物の質は、あまり期待できないみたいですね」


「……いえ、もしかしたら、品質を上げることができるかもしれません」


 さすがはこの世界の住人にして、ダンジョンを拠点としていた王様だ。

 知識のない俺と違い、早くもなんらかの手段を思いついたらしい。


「試しにもう一度宝箱作りましょうか」


「……」


 なんで、そこでジト目になるんだ……。


「無理して倒れたりしませんか?」


「自分の魔力を使ったら、回復のために倒れるかもしれません」


「じゃあ駄目です」


 う~ん。ホワイトな魔王軍……。

 となると、ダンジョンの魔力を使うしかないか。

 そう考えていると、ふとフィオナ様が手にしていた回復薬が目に映る。


「その回復薬って、魔力も回復できます?」


「できますね。ただ、ほんの少しだけですけど」


 俺の魔力もほんの少しだから、そこはたぶん問題ない。

 というか、俺の場合はその回復薬で魔力が全快するんじゃないか?


「それなら、宝箱を作って気絶する前に、その回復薬を使って魔力を回復すれば、気絶しないかもしれません」


「……また、危なそうなことを考えましたね。間に合わなかったら気絶するんですよ?」


「……それは」


「まあいいでしょう。その場合、私が無理にでも飲ませます」


「ありがとうございます……」


 なんとか許可はもらえた。

 なら、ダンジョンの魔力を無駄遣いせずに、今回も俺の魔力で宝箱を作ってしまおう。

 片手でフィオナ様から受け取った回復薬を持ち、空いた手でメニュー画面に触れるよう準備をする。


 宝箱作成:消費魔力 5


 さあ、項目は選択した。

 意識の電源が切られたように、やはり眠気が急激に襲いかかる。

 その前に、なんとか回復薬を飲み干してしまえば……。


「っぷはぁ……」


「……見ていて、だいぶ危なっかしいのですが」


「す、すみません……次はもっと上手くやります……」


「次は無理しないでほしいんですけどね……」


 なんとか、作戦は成功した。

 眠気は一気にふっとんで、頭も体もとくに不調はうったえていない。


「とりあえず、さっきと同じような宝箱ですね」


「ええ、作られたばかりの宝箱はみんなこんな感じですから」


 そう言いながら、フィオナ様は宝箱に向けて手のひらをかざした。

 すると、宝箱はどんどん豪華な見た目へと変化していく。


「え、な、なんですかこれ!?」


「魔力を注入しているのです。やはり予想どおりですね。ダンジョンの過剰魔力を吸い取ることで、宝箱の質は上がっていく。なら、私の魔力を注ぐことで同じ効果を得られるようです」


 木の宝箱だったものは、すでに金属製の豪奢ごうしゃな見た目に変貌へんぼうしていた。

 最初のダンジョンにありそうなものだったのに、今では終盤のダンジョンに出てきそうだ。


「……しかし、なんとなくわかりますね。魔力を注ぐことで、どうやら中身も相応の物へと変化していっているようです」


「え、そうなんですか。ちょっと俺も」


「レイはだめです。また倒れますよ?」


 にっこりとほほ笑みながらも釘を刺されてしまった……。

 俺の魔力が上がったら、いずれ試させてもらおう。


「……これまで、宝箱の限界なんて考えたこともありませんでしたが、ずいぶんと多くの魔力を吸収するものですね」


 フィオナ様が魔力を注入しはじめて、すでに数分が経過している。

 いったい宝箱の中でどんな変化が起こっているのだろう。


「こう見えて、私けっこう魔力が多いのですが、そろそろ九割ほどの魔力が注ぐことになりそうです」


「えっ!?」


 こう見えてというか、どう見てもあなたが世界最強です。

 そんなフィオナ様の魔力の九割というと……9000もの魔力がすでに込められている?


「……っと、このあたりが限界でしたか。やはり九割といったところですね」


「お、お疲れ様です……」


 こうなると気になるのは中身だ。

 魔王の力のほとんどをつぎ込んで強化された宝箱。

 最低ランクの回復薬とは、比べ物にならないものが入っていそうだ。

 震えそうになりながらも、俺は宝箱を開けさせてもらった。


「……また、回復薬?」


 相変わらず、箱の大きさのわりには過剰包装しているかのように、小さなガラス瓶が入っているだけだった。

 なんとなく、瓶の形状も先ほどよりも洗練されている。


 そしてなによりも、中身の液体の色が先ほどと全然別物だ。

 虹色に光り輝き、かわるがわる変化する液体……。正直飲みたくはないなと思える色だが、すさまじい効果を期待させる色だ。


 そんなゲーミング回復薬を取り出すと、フィオナ様はギョッとした顔で驚いた。

 どうやら、このアイテムも知っているようだ。

 どんなものなのか尋ねようとするが、フィオナ様のつぶやきに、俺も驚くことになる。


「蘇生薬……」


 蘇生……。

 それって、死者の蘇生とかそういう効果ってことですか……?

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