第4話 たったふたりの魔王軍
「あの~……ダンジョンを直すって、どこか壊れているんですか?」
「……全部です」
俺の質問に魔王様はものすごく嫌そうな顔で答えた。
最初は、俺が変な質問をしたことに気を悪くしたのかと思ったのだが、どうも違う。
「全部壊されました。……ああ、嫌だ。後片づけを思うと、もうこのまま一万年くらい、このダンジョンにこもったほうが……」
なんか、やることが多すぎて何から手をつければいいかわからず、途方に暮れているように見える。
例えるなら、計画的に夏休みの宿題をしてこなかった最終日といったところか。
「なので、入口を塞いでもらえばそれでいいです。あとは、一万年くらいかけてゆっくりと……気が向いたときに取りかかりますから」
それ、絶対に取りかからないやつだ。
そもそも、一万年もこの中にいるのはさすがに困る。
まずは、魔王様に提案したとおり、この入口に壁を作ってしまうか。
それで、ほんのわずかでも俺を便利と思ってくれたらもうけものだ。
「それじゃあ、壁で塞ぎますね」
壁作成を選択し、入口がきれいに塞がる位置に壁を出現させる。
よし、これで……新たな侵入者が入ってくることは……ない……だろう……。
「あら? 思ってたより、すごいですね。たしかにこれなら……え、し、死んだんですか!? なにも命を賭してやれとは言ってないんですけど!」
やばい。残りの魔力のこと考えていなかった……。
急に俺が死んだと勘違いした魔王様がおろおろと慌てふためく。
なんか……あれだけ強い人でも、こんなふうに慌てるんだな。珍しいものを見た気分……だ……。
◇
「な、なんですか。この人……」
たしかに、自信ありそうに言うだけのことはありました。
しっかりと強固なダンジョンの壁を一瞬で生成し、簡単には侵入ができなくなった。
まあ、先ほどのような人間の勇者や、獣人最強の戦士の場合は壊して入ってきますけど。
それでも、この壁があるかないかでは大違いです。
「……死んではいないようですね」
生命反応も魔力もありますし、呼吸もしています。
どうやら気を失ったのでしょう。
もしかして、魔力が枯渇でもしたのでしょうか?
「それにしても……私が世界の敵であると知りながら、それでも配下になりたい……ですか」
あのときの彼の目には強い決意を感じました。
魔族だから? いいえ、私が魔王として世界の敵になってから、配下ではない魔族はみな各種族に投降しました。
中には私から離反してまで、他の種族に助けを求める者までいたことはよく覚えています。
「初めてですね……。私が魔王と呼ばれるようになってから、私の仲間になってくれた人は」
残念ながら、仲間は一人も残っていません。
各地の拠点はおそらく破壊されているか、再利用されていることでしょう。
残ったこの地底魔界も、勇者たちの手で破壊しつくされました。
「私には、あなたしかいません。だから、早く目を覚ましてくださいね」
……違います。
彼がダンジョンの修繕に便利そうと思っただけです。
一瞬で壁を作れるのなら、壊された各部屋も直せそうですし、色々と役立ってくれそうですからね。
だから特別な意味とかありません。なんの言い訳でしょうか。これは……。
「もう……ひどい人ですね。あなたは」
そういえば、名前すら聞いていませんでしたね。
早く目を覚ましてもらい、色々なことを聞きたいです。
……部下のことを知るためにですけどね。
◇
「うぁ……ここは」
武骨な岩肌が目に映る。ああ、そうか……。ここはダンジョンだった。
魔力がないのに壁を作ったから、また意識を失ったのか。
「起きましたか」
っとそうだ! 魔王様に役立つところを見せようとして倒れたってことだ。
「は、はい!」
「体に異変は? 気分が悪いようでしたら、無理はしないようにしてくださいね」
「い、いえ。平気です! 魔力が足りなくなっただけだと思いますので!」
まずい。体調管理ができない部下なんていらないと言われたら困る。
幸いなことに魔力は多少回復したし、万全とまではいかないだろうけど、体に疲れは残っていない。
「自己紹介がまだでしたね。私の名前はフィオナ・シルバーナ。魔王です」
ステータスにも書かれていたけれど、魔王って、ちゃんと名前あったんだな。
いや、当たり前なんだけど、ゲームの世界だし友人も魔王としか呼んでいなかったから、知らなかった。
しかし、まあずいぶんと……。
「かわいい名前ですね」
「なっ!?」
や、やばい! 不敬にもほどがあるうかつな発言だった!
「いい意味でです!!」
誤解を褒め言葉に変える万能の言葉よ。どうか俺を助けてくれ!
「……そ、そうですか。まあいいでしょう」
助かった……。
というか、魔王様にだけ名を名乗らせて、俺が名乗らないのはこれまた不敬だ。
そう考えた俺は、慌てて自己紹介をした。
「
「なんで自信がないんですか……。イズミレイ……。やっぱり転生者のような名前ですね」
「え~と。名前は玲なので、呼びにくいようなら好きなように呼んでいただければ……」
「はい。ではこれからよろしくお願いします。レイ」
転生者のような名前ということは、この世界に転生させられる者は日本人ばかりということだろうか。
あの女神。いったい日本になんの恨みがあるんだよ……。
もしかして、ゲームを制作した国だからか?
「レイ。あなたが転生者の力でダンジョンを補修できることはわかりました。壁を作る以外はなにができるんですか?」
「え~と、床を作れます」
「……他には?」
「天井も作れます」
「なるほど……壊された部屋を直すまでは、できそうですね」
よかった。できることが少なすぎると捨てられるのかと思った。
部屋を作るとしたら、壁が四枚に天井と床。最低でも消費魔力は6となる。そこに扉をつけるならその分魔力も必要だ。
つまり、一部屋作るだけの魔力が俺にはない。
「あの、魔王様」
「フィオナです」
「……フィオナ様」
「まあいいでしょう。なんですか?」
名前で呼ぶように訂正されてしまったのは、さきほどの《いい意味で》が効いているんだろうか。
さすがに呼び捨ては怖いので様をつけたら、なんとか及第点をもらえたようだ。
「俺の魔力は低いので、できることに限りがあります」
「なるほど……となると、魔力を増やすか、外部から供給する必要がありそうですね」
増やすというと、一番わかりやすいのはレベルアップだな。
ステータスにレベルは記載されていないけれど、元のゲームを考えるとモンスターを倒してレベルが上がるシステム自体はこの世界でも適用されそうだ。
そして、外部からの供給か……。ダンジョンマスターというくらいだし、ダンジョンの魔力でなんとかならないかな。
画面を切り替えているといくつか気がついたことがある。
まず、ダンジョンの奥にあった灰色のアイコンが消えている。というか色が青色のアイコンに切り替わっている。
つまり、逃げ続けることであのとき見たダンジョンの奥に到達しており、あの灰色のアイコンはフィオナ様だったということだろう。
色が変わったのは……仲間になったから?
もしかしたら、あの獣人たちも敵対した時点でアイコンの色が変わっていたかもしれないが、必死に逃げていたせいでいまいち覚えていない。
そういえば、獣人たちのアイコンは消えているな。
マップの中には俺とフィオナ様を示すアイコンしか存在していない。
獣人たちは死んだから消えたのか?
それと、マップの右上に表示されていた0という数字も変化している。
50という数値に変わったのは、なにが原因なんだろう。
「どうかしましたか?」
「あ、えっと……なんかさっき見たときと、このダンジョンのマップの数値が変わっているみたいで」
「……マップ? どうやら、私には見えないみたいですね。つまり、それがレイの転生者としての力ということですか」
「あれ、この画面見えないんですか」
どうやら、マップも、ステータスも、メニューも、俺にしか見えないらしい。
フィオナ様で無理なら、きっと他の者にも無理だろう。
「ですが、ダンジョンのマップと数値ですか……どのように変化したんですか?」
「はい。最初は0だったんですけど、今は50になっています」
「0だった……もしかして、ダンジョン自身の魔力でしょうか?」
「え、ダンジョンって魔力があるんですか?」
「ええ。何度か言っていますが、勇者にめちゃくちゃにされて、ダンジョンも一度死にました……」
ああ、フィオナ様がまたふてくされたような表情に。
機嫌を損ねてしまうと、俺にとばっちりがくるかもしれないので、なんとか機嫌を治してもらわねば。
「なら、俺がフィオナ様のためにダンジョンを直します!」
「そ、そうですか……私のためですか」
よし、ダンジョンが直ると聞いて機嫌を治してくれた。
「こほん、ええと、おそらくダンジョンが死んだことで魔力が0になりました。そして、私が倒した勇者たちの死体の魔力を吸収し、なんとか再活性したのでしょう」
なるほど、ダンジョンの中で死んだ勇者たちの死体の魔力で生き返ったわけだ。
「そして、先ほど倒した獣人の最強の戦士たちの死体からも魔力を吸収しました。そのぶんがダンジョンの魔力となったのではないでしょうか?」
要するに、このダンジョンで死んだ者がいたら、ダンジョンはその死体を有効活用して栄養にするといったところか。
それならば、このダンジョンで生き物を倒し続ければ、ダンジョンはどんどん成長するんじゃないだろうか?
実はメニュー画面にも変化があった。
分かれ道作成:消費魔力 5
壁作成とは別に色ではあるが、このメニューも光る文字へと変化している。
俺の魔力が回復したからかと思っていたが、これまでの回復速度から考えると速すぎる。
もしかすると、ダンジョン自体の魔力を消費することでも、これらのメニューを選択できるのかもしれないな……。
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