第3話 オー・マイ・インターン

「壁作成!」


 あまりに焦って、言葉によるスキル使用を試みてしまう。

 幸いなことに、明確な意思とスキル名ならそれも可能なようで、無駄撃ちにならないのは助かった。

 魔力を消費したことで、体にはまたも疲労が蓄積されたように感じるが、気にしている余裕がない。


 回復した魔力はどれくらいだ?

 分かれ道は消費魔力が5だったけど、いまだに文字色は暗かった。

 ならば、最大でも4までしか回復していないということになる。

 追われている状況で魔力切れによる失神なんかしたら、そのまま二度と目は覚めない。


「ああ、くそっ! 見なきゃよかった!!」


 とりあえず、ひたすらダンジョンの奥を目指して駆けていく。

 逃げるための力だけは残し、それ以外のすべてを駆使して獣人たちの道を塞ぐ。

 出し惜しみをしてはいけない。絶対にあのトカゲなんかとは比べ物にならない。


 別に当てずっぽうにそう考えているわけではない。

 見てしまったのだ。あの獣人たちと思わしきアイコンに触れたときに、彼らのステータスらしきものを。


 イド 魔力:90 筋力:120 技術:85 頑強:120 敏捷:99

 ミリアム 魔力:99 筋力:42 技術:83 頑強:55 敏捷:90

 ラヴィス 魔力:67 筋力:85 技術:63 頑強:65 敏捷:99

 グラント 魔力:52 筋力:99 技術:31 頑強:99 敏捷:67


 どいつもこいつも99という数値があり、これが最大値かと思った。

 しかし、イドという名前の獣人に至っては、120なんて数値が二つもある。


 戦って勝てる相手じゃない。

 俺なんか、その気になれば数秒で殺されるだろう。


「くそっ! また壁か! あの魔族絶対ぶっ殺す!」


 ということは、すでに一枚目の壁は破られたってことだ。

 とにかく壁を作りながら奥へ逃げるしかない。

 ただし、すでに二枚作っている以上は、ここから先は意識を失う危険性を伴う。


「とにかく、逃げるしかない!」


    ◇


 がむしゃらに走った。

 途中で魔力が回復してくれたのか、壁をやぶられた後も追加で二枚の壁を作って道を塞いだ。

 だけど、さすがにここまで……。


 少なくとも魔力は4消費している。最初に気絶したときと同じ量を消耗した。

 かろうじて意識があるのは、時間が経ったことで魔力が回復したためか。

 あるいは……目の前に迫る死の恐怖のせいか……。


「雑魚のくせに、よくもここまで手こずらせてくれたな」


 俺ごときを思いどおりにできなかったためか、虎のような獣人が苛立ちを隠さずに、手にしていた剣をこちらに向ける。

 嫌だなあ……切れ味よさそうだし、あんなので斬られたら絶対に痛いんだろうなあ……。

 全力で走った。魔力もやりくりして時間を稼いだ。だけど、それももう終わりだ。

 ここにきて、わずかな希望さえも完全に途絶えた。もはや、なにもかも諦める以外許されていない。


「なにをしているんですか?」


 だからだろうか。

 その声に、恐怖よりも先に美しさを感じたのは。


「……お前こそ、こんなところでなにをしているんだ」


 獣人たちは、もはや俺など眼中にもない。

 わずかに青が混ざったような美しい銀色の長い髪の女性を、油断なくにらみつけている。


「魔王って、玉座で待つものじゃないのかしら?」


 兎の獣人女性は、軽口を叩くも声が震えている。

 魔王……魔王!? それって要するに、女神が倒せと言っていた存在で、例のゲームが高難易度扱いされている原因。


「どこで戦おうとかまわねえ! ここでこいつを殺せば、魔王討伐の栄誉は俺たちのものだ!」


 しり込みする獣人たちと違い、ただ一人虎の獣人だけは違った。

 彼の声に鼓舞されたのか、仲間たちも恐怖を飲み込み魔王相手に覚悟を決めていく。

 ……まるで、勇者のようだ。


 だとしたら、あの虎の獣人こそが、ステータスが120もあったイドという者なんだろう。


「人間の勇者の次は、獣人の勇者ですか……話を聞く気は、なさそうですね」


「命乞いなら聞く気はないからな! それと、勇者じゃない。人間どもと違って、獣人の国ではもっとわかりやすく、最強の戦士と呼ぶんだ!」


 最強の戦士イドが魔王に斬りかかる。

 狼の獣人ラヴィスは、その速さで魔王を翻弄し、兎の獣人ミリアムは魔法で遠距離から攻撃する。

 熊の獣人グラントは、イドとともに魔王を仕留めようとその剛腕を振るう。


 たぶん、ステータスと名前を見る限りでは、それぞれの獣人の名前は正しいはずだ。

 彼らは俺のことを殺そうとしていた。だけど、俺だけでも彼らの名前を覚えておこう。

 ……彼らの最期を知るものとして。


 一瞬だった。

 魔王が四人を相手に手のひらを向けると、四人は一瞬で炭へと変わった。

 その結果に驚くべきことはない。むしろ当然といえるだろう。


 フィオナ・シルバーナ 魔力:9999 筋力:9999 技術:9999 頑強:9999 敏捷:9999


 ダンジョンの奥にあったあのアイコンは、どうやら魔王の位置を表していたようだ。

 そのアイコンに触れると、こんなステータスが見えたのだから、獣人たちが勝てる見込みなんて万に一つもなかった。


「……面倒ですね。いっそ入口塞ぎますか」


 一瞬で終わったとはいえ、獣人最強の戦士との戦いはさすがに疲れたのか、魔王の声はやけに気だるいものだった。

 俺はというと、どうすればいいかもわからずに、この場から一歩も動くこともできない。

 そんなことだから、俺と魔王は目が合ってしまった。


「それよりも、まずはあなたですか。魔族……のわりには、初めて見る顔ですね」


 まずい……。魔族ということで仲間だと思ってほしかったが、これは疑われている?


「そもそも、魔族は私以外全滅しました。見落としていた魔族がいるということもありません。……ということは、転生者?」


 しかも転生者って言葉が思いつく程度には、この世界へ転生した人も多いらしい。

 あの女神め! 俺以外にもこんなことしているのか! しかも何度も!


「……あなた。私を倒したいんですか?」


 やばい。このままでは魔王の敵になる。

 そうしたら、あの獣人たちの二の舞だ。

 なんとか、口を開け……!


「い」


「?」


「入口を塞ぐって言ってましたよね! 俺なら一瞬でできます!」


 まずは自分にできることをアピールしていけ。

 魔王ならもっと軽々とできるかもしれないけれど、今の俺にできるのはこれくらいだ。

 なんとか有用だと思ってもらい、魔王に便利だから生かしてやるくらいの考えをもってもらえば……。


「あなた……力なさそうですけど?」


「力はありませんけど、スキルってやつでそれくらいなら一瞬です!」


「……なるほど、転生者が持っているという力ですか」


 そんなことまで知られているあたり、あの女神本当に何人もゲーム世界送りを行っているらしい。


「じゃあ、試しにやってみてください」


「は、はいぃぃっっ!!!」


 返事の途中で浮遊感が生じたと思ったら、ジェットコースターのように猛スピードでダンジョンを逆走することになった。

 どうやら、魔王が俺を抱えてものすごい速度で移動しているらしい。

 そのおかげで一瞬でダンジョンの入口まで到着したはいいが、気持ちが悪い……。

 いや、こんなところで吐いたら殺されそうだ。我慢するしかない。


「……」


 気持ち悪さをこらえ、俺はメニューに指で触れた。

 壁作成はしっかりと機能してくれて、入口を塞ぐような壁が現れる。

 魔王はそれを見て、少しだけ驚いているようだった。


「……便利ですね」


「で、でしたら……魔王様に仕えさせてもらえたりは……できませんか?」


「……本気ですか?」


「ほ、本気です!」


 たぶんそうしないと死ぬ。

 魔王に殺されるとかではなく、この世界におそらく俺の居場所はない。


 獣人たちも魔王も俺を魔族と認識していた。

 そして、獣人は俺を殺そうとしていたし、獣人の前に人間が魔王を倒しにきたらしい。

 つまり、魔族はどの種族からも敵視されている可能性が高い。

 だとしたら、俺一人だと外をうろついているだけで死ぬことになる。


 女神め。魔族なんかに転生させて、そりゃあハズレって言うはずだよ!

 だったら、俺は生き延びられる確率が高い選択をとるしかない。

 このたった一人で難易度を上げているラスボスに仕えることでな!


「私魔王なんですけど」


「俺は魔族です!」


「部下は全滅したので、世界中の者から敵視されていますけど」


「俺はしていません!」


「…………え~。苦労しますよ?」


 なんか……一気に威厳みたいなのが消えた?

 面倒くさそうというか、やる気がなさそうな声が返ってきた。


「だ、大丈夫です……」


「……わかりました。じゃあ、まずはダンジョンを直してもらいましょうか。勇者たちにボロボロにされて、途方に暮れていたんです」


 どうやら……中途採用の試用期間くらいにはこぎつけたようだ。

 せいぜい、物理的に首を斬られないようにがんばろう……。

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