第2話 今そこにある危機と、奥に潜む未知
「ひとまずは助かったんだろうけど……」
後方にそびえ立つ壁を見て、俺は途方に暮れていた。
背後から追いかけてくる存在を遮断できたのはいいが、これでは自ら出口を塞いだともいえる。
洞窟は思っていた以上に深いようで、奥へ進もうと思えば進むことはできる。
「……いやあ。なんかいそうだしなあ」
ならば壁をなんとか壊してここから出るかというと、それも正直なところ勘弁してほしい。
困ったことに八方ふさがりということだ。
「そもそも、さっきのってなんだったんだろう」
視界の端に見えていた空中映像のようなものは、今は消えている。
だけど、俺はなかば確信していた。
あれが、女神が言っていたであろうスキルだと。
「念じたら出ないかな……ああ、ふつうに出てくれるんだ」
いとも簡単に先の空中に浮かぶ文字列が現れた。
この強固な壁を作ったであろう、「壁作成:消費魔力 1」という文字もやはり確認できる。
「逃げているときには、ちっとも出てこなかったよな……それで、この洞窟に入ったら急に使えるようになった」
ということは、使い方が間違っているというわけではない。
きっと発動するための条件が起因しているということになる。
「……要するに、ここがダンジョンだから急に使えるようになったってことだよな……」
単純に考えればそれだろう。
ダンジョン以外で、ダンジョンマスターなんてスキル使っても効果がない。
だから、この場所に入った途端にスキルが使えるようになったということであれば、ここはダンジョンなのだろう。
「うげぇ……ますます、この場に長居したくなくなってきた」
さっきのトカゲ、あれって今考えればゲームの世界のモンスターっぽかった。
ダンジョンでない場所であんなのと遭遇したんだ。ダンジョンなんて場所にいたら、あれ以上のに高頻度で遭遇してもおかしくない。
「でもなあ……」
ならばさっさと引き返せばいい。あのトカゲもさすがにこれだけ時間が経てばいなくなっている可能性の方が大きい。
だけど引き返せない。外より危険かもしれないダンジョンの中。その場所こそが、俺の唯一の命綱ともいえるスキルを使用できる場所なのだから。
「まずは……スキルでなにができるか確かめるべきだな」
ざっと文字列を見ていくと、どうやらこれは俺ができることの一覧のようだ。
落ち着いて見ると、まるでゲームのメニュー画面を
「なんか……光ってるメニュー少ないな」
メニューの項目はずいぶんと多い。
だけど、そのうち光っているのは数えられる程度しかなかった。
きっと光っていない項目は選択できないだろうな、ということはなんとなく理解している。
「分かれ道作成……やっぱりだめか」
分かれ道作成:消費魔力 5
選択してみたはいいものの、予想どおりそれはなにも起こらずに不発で終わった。
「じゃあ、とりあえずこれで向こうも塞ぐか」
壁作成:消費魔力 1
出入口を塞いでいた壁とは反対に、洞窟の奥を隠すように新たな壁を作る。
これで、外からだろうと中からだろうと、モンスターに襲われない安全な場所の出来上がりだ。
「……閉じ込められたともいえるけど、まあ大丈夫だろう」
リセット:消費魔力 0
こんなメニューがあるってことは、俺がスキルで作ったものは消す分にはたやすいってことだと思う。
「壁作成とリセット……」
一応試してみたが、新たに壁を作ってその壁を意識しながらリセットを選択すると、狙いどおり壁が一枚だけ消えてくれた。
よしよし、これで少しは安心してスキルを使える。
「……なんか……どんどん疲れてくるな」
急に見知らぬ土地に転生させられ、その後はモンスターらしき存在との追いかけっこだ。無理もないか。
だけど、せめてこのスキルについてだけでも、もう少し試しておかないと……。
「次は床を……」
床作成:消費魔力 1
指で触ると、地面がごつごつした土や石から、舗装された石畳へと変わる。
……なんかもう、ここで寝ようかな。前後は壁に囲まれていて安全だし、綺麗に整地された床が今は立派な寝床に見える程度には疲れている。
「だめだ……寝よう。ああ、そうかこれって……」
気になっていたのは消費魔力という文言。
つまり、壁や床を作るたびに、俺は魔力というものを消費していたんだろう。
ダンジョン自体の魔力という可能性もあったけど、何かするたびに溜まる疲労を考えるに、きっと俺自身の魔力を……。
俺が思考できるのは、そこまでだった。
◇
「……さっきより、いくぶんか楽になったな」
硬くてひんやりとした石畳の上だというのに、ずいぶんと眠ってしまったらしい。
それほどまでに、先ほどの俺は疲れ切っていた。
やはり、これは単純な疲労だけではないと思う。
「魔力を消費しすぎたのが原因なんだろうなあ」
そして、眠ることで魔力も回復したといったところだろう。
だとしたら、次に気にすべきは俺の魔力についてだ。
「消費魔力が1×4回」
前後の壁に、リセットした壁、そして床。
もしかしたら、リセットすることで消費した魔力も戻るかもしれないけれど、ひとまずは魔力を4消費したと考えよう。
「となると……俺の魔力は4くらいってことか」
これが低いのか、平均なのかはわからない。
いや、きっと低いんだろうな。壁を4回作って疲れ切るようなダンジョンマスター。きっと、そんなの俺くらいだろう。
「せめて数値化してくれると助かるんだけど……」
なにかそういうメニューとかないかなと思い、宙に浮かぶメニュー画面を適当にいじる。
すると、指を横にスライドすることで、画面が切り替わることに気がついた。
「なるほど……さっきのは、ダンジョンを改築する画面で、これは俺のステータスみたいなものか」
……なんとも反応に困る数字が並んでいる。
これが最高が5、せめて10とかなら、わりと見れた数字だ。
だけど、きっと最高は100とかなんだろうなあ……。
だとしたら、俺の強さなんて吹けば飛ぶような脆弱なものということだ。
「魔力は5。消費したのが4だとすると、まだ1余っていたのにあんなに疲れたのか。……0にすると失神とかしそうで怖いな」
そういう危険性が認識できただけよしとするか。
そして、分かれ道を作れなかったのは、あのときの俺の魔力が5に満たなかったからだろうな。
つまり、光っていないけど文字が読める項目は、その時点では使用できないけど、魔力が回復すれば使用できる項目ってことだろう。
読めない項目は……消費魔力が5よりも上のものか。
「それにしても、最大値だけで今の魔力がわからないのは不便だな」
文句ばかり言ってもしかたないか……。
幸い文字が光っているかどうかで、ある程度の目安がわかるだけよしとしよう。
「あれ……これってもしかしてマップも兼ねている?」
よく見るとステータスは、白く光る丸のアイコンのようなものから、吹き出しのように表示されている。
そのアイコンはきっと俺なのだろう。重要なのは、そのアイコンが道のようなものの上に記されていることだ。
「これが入口ってことは……うわあ、相当広いなこのダンジョン」
それともう二つ気になる点がある。
マップの右上に書いてある0という数字。これなんだろう……?
それに、この白いアイコンが俺だとすると、わりと近くにあるこの灰色のアイコンは別の生き物か?
こっちのステータスも見えないかと思い、指で選択しようとすると、ふいに灰色のアイコンが増えた。
「なんだこの壁は!」
「分断しようってことでしょ! 魔族って、ずる賢いやつばっかりね!」
「壊すぞ。元より人間どもと仲良く肩を並べて戦うつもりなどない」
「なんなら、魔族と一緒に倒してもいいくらいだ」
後ろから声が聞こえた。
少なくともさっきのモンスターではなく、話は通じる相手のようだが……。
またも魔族への嫌悪のような言葉が聞こえた。最初にあった男たちと同じだ。
あの男たちもこの声も、魔族を倒すとか殺すって言っていたよな……。
あの女神、俺のことをハズレと言って転生させていたけど、つまりはそういうことなのだろう。
俺は魔族に転生させられてしまい、それはどうやらこの世界では殺すべき対象なのだ。
壁の向こうから大きな音が聞こえる。
何かをぶつけるような音は、明らかにこの壁を破壊するためのもの。
「よっし! めんどくせえ真似しやがって!」
「お、魔族いるじゃん。どうせこいつだろ。この壁で邪魔してたの」
「また同じことされても面倒だし、ここで倒しときましょうか」
……よし、逃げよう。絶対話し合いとか無理だ!
最初にあった男たちと違い、彼らは人間ではないようだけど、俺というか魔族への心象は共通らしい。
背を向けて一目散に奥へと走る。当然、邪魔になる壁はリセットで消した。
「壁が消えたな。ということは、こいつのしわざで確定か」
やばい。やばい。やばい!
さっきのトカゲやあの男たちより絶対にやばい!
人間みたいな姿をしていたけれど、特徴的な耳が生えていて、腕や足は毛深かった。
兎や猫のような耳が頭から生えていた。きっと獣人ってやつだろう。
その手の生き物は、身体能力が高いのが通例だ。
「なんだこいつ。足遅いな。まあ、追いついて殺す分には楽だから助かるけど」
背後に迫る声はもうすぐそこだ。
……絶対に逃げきれない!
ならどうする? 命乞いをしたら許してもらえるか?
無理だ。俺を殺す気しかない言動からわかる。
話すことができる相手だなんてとんでもない。
「じゃあな雑魚」
この声はたぶん剣を持っていた獣人だ。
俺を斬ろうとしているんだと思う。恐ろしくて振り返ることすらできない。
なにか……生き延びる手段は。
「いってえぇ!! あぁ!? またかよ!!」
とっさの判断だった。
メニューを触って再び壁を作成。それも俺の背中のすぐ後ろに。
それが功を奏したらしく、俺と獣人たちは見事に分断されたらしい。
男の苛立たしい声からすると、きっと突然現れた壁に激突したのだろう。
力任せに壁に攻撃を加える音から、男の怒りは相当なもののようだ。
それはともかく……。
「絶対に逃げてやる!!」
俺はこの隙に、洞窟の奥へ走り続けることだけを考えることにした。
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