超難関ゲーム世界に転生したら、ポンコツ最強魔王様のたったひとりの部下としてダンジョンをつくることになった
パンダプリン
第1話 PRESS START
「ルナティック・アビスをご存じですか?」
突然のことだった。
闇に沈んでいたはずの意識が覚醒したかと思ったら、見知らぬ場所で美しい女性に尋ねられる。
落ち着いて言葉の意味を考えると、どうやら女性が言っているのはとあるゲームのタイトルだろうと行きついた。
「それって、ゲームですよね? ラスボスの魔王が強すぎるとかで有名な」
「ご存じでしたか。それは結構なことです」
どうやら正解だったらしい。
しかし困った。そのゲーム、俺はたいして遊んだことがないんだよな……。
ラスボスだけがやたらと強いことと、それ以上に強い隠しボスがいるということは友人から聞いたが、その程度の知識しかない。
「……なるほど。知ってはいるけどクリアまではしていないと……ハズレですね」
「ハズレ……?」
先ほどまで微笑んでいた女性は、急に冷たい表情へと変わった。
いや、まて。俺は質問に答えただけで、それ以外はなにも口にしていない。
それなのに、俺がゲームをクリアしていないとなぜわかる。
……もしかして、心を読んだとか?
「ええ、読みました。面倒なので一気に説明しますが、私は女神です。あなたにはルナティック・アビスの世界へと転生してもらいます。体は魂に合わせて現地の種族のものを用意します。ゲームとは無関係のキャラクターと思ってください」
「ま、待ってください。そんなに一気に言われても」
「あなたの魂にふさわしい体は……ああ、本当にハズレですね。あなた」
自称女神は、俺の言葉に耳を貸すこともなく淡々と話を進めてしまう。
転生? ゲームの世界へ? 例のとんでもない強さの魔王がいるという世界にか?
なんのために。
「せめて、目的を教えてください!」
「はあ……転生者にはゲームをクリアしてもらいます。そのためにスキルも与えます。あなたの場合は……ダンジョンマスターですね。本当に、とことんハズレ」
ゲームをクリア。
なるほど、女神が落胆した理由がわかった気がする。
これからゲームの世界へ転生して、クリアしなければならない。
それなら、俺みたいなゲームのタイトルだけを知っているような人間には、期待できないということか。
「わかりましたか? ハズレのあなたに期待できることはありません。それでは、別世界でせいぜいがんばってくださいね」
そう言われるとともに、周囲の景色は暗転したかのように変化する。
なんでゲームの世界なんかに、クリアって魔王を倒せとでもいうのか、そもそも俺にふさわしい転生先の体の説明は?
色々と聞きたいことがあったのだが、それも叶わず俺は女神がいた場所から追い出された。
「さてと……次は魔王を倒せる魂だといいんですけどね」
◇
「めちゃくちゃだ……」
そんな感想しか出てこない。
いきなり女神のいる空間へ呼び出され、ハズレ扱いされ、ろくな説明もないままゲームの世界へ放り出される。
なるほど、たしかにあれは神なのかもしれない。
人間の都合など知ったことかと一方的に話を進めるあたり、話が通じない別の次元の存在だと実感する。
「魔王を倒せって……」
あるいは悪い夢なんじゃないかと思いたいが、だとしたら悪い夢はまだ続いているに違いない。
周囲には、触れただけで手を切りそうな鋭利な岩が、小さな山のように並んでいる。
空を飛んでいるのは鳥ではなく爬虫類。それも、かなりの大きさだ。
「ゲームの世界……なんだろうなあ」
まるで、物語終盤の物騒な土地にでも飛ばされたかのようだ。
とにかくこんな物騒な場所にいるわけにはいかない。
幸いなことにここは山の入口だったので、迷わず山から離れるように歩き出す。
景色が深い森のような場所へと変化した。
舗装された道ではないが、少なくともあの険しい山よりはまともな場所だ。
獣や、あるいはモンスターでもいたら困るので、慎重に進んでいくと運がいいことに人影が見えた。
「よ、よかった……すみませ~ん!」
大声で呼びかけると向こうもこちらに気がついたようで……。
俺の頬を矢がかすめた。
「な、なんで!?」
「魔族がこんなところまで……」
「幸い弱そうだ。俺たちだけでも殺せるだろ」
殺す……? 魔族って、俺のことか?
殺気立ってこちらへ向かってくる男たちから無我夢中で逃げ出した。
木や茂みに入って、できる限り姿を隠しながらわけもわからず来た道へと走る。
「逃げるな! 魔族め!」
「ちっ……ここじゃ弓矢が使いにくい」
「追いかけて斬り殺すぞ」
「弱そうだから固まる必要はない。俺はこのまま追いかけるから、左右へ分かれて逃がさないようにしろ」
背後からの物騒な声に必死で逃げるが、それも限界が近い。
森が終わってしまうからだ。ここから先はあの険しい山に戻る。
隠れる場所がなくなってしまう……。
後には追手がいるし、話し声からすると横に逃げても回り込まれている。
なら、あとはこの山に向かって進むしかないのか……。
「迷ってる暇はない!」
少なくとも、森の中に留まるよりは生き延びる可能性が高いはずだ。
そう判断して、山の中へと走っていくと、またも背後から声が聞こえた。
「やっぱり、魔王軍か!」
「どうする? 深追いして魔王軍と戦うことになったらまずいぞ」
「今は勇者様が魔王を倒すために進んでいるはずだ。あんな弱そうなやつ、すぐに勇者様が殺してくれるだろ」
諦めた? 魔王だの勇者だの聞こえてきたことで、やはりここがゲームの世界なんだと実感する。
山の中を進んでいくと、背後からの殺気立った気配はもう感じることはなかった。
「とにかく、安全な場所へ……」
まずはそれが最優先だ。
これからのことを考えるよりも、この見るからに危険そうな場所から離れる。
そうでもしないと、おちおち考えにふけることすらできやしない。
「シューッ!」
「嘘だろ!?」
たったいま、安全な場所へ移動しようと決めたのに、ばったりと大きなトカゲに遭遇してしまった。
こうなったら、目立たないように隠れながらとか言っていられない。
ただひたすらに走って逃げる。それしか俺にできることはなかった。
「いや、待てよ。もう一つできることはあるかもしれない!」
さっきは、いきなり殺されそうになったのでそんなことを考えている余裕もなかった。
だけど、思い返すと「スキルも与える」女神はたしかにそう言っていた。
そのスキルとやらを見て、改めてハズレ扱いされたことは不安ではあるが、もしかしたら、この窮地を乗り切る可能性となるかもしれない。
「ダンジョンマスター!」
……何も起きない。
ハズレだから? 発動するための条件が満たされていない? 使い方が違う?
原因はいくつか考えられるが、そんなことを悠長に考えているだけの贅沢は、俺には許されていないようだ。
「くっそ~~!!」
結局のところ、四本足で追いかけてくる大きなトカゲから逃げる。
それが、俺がすべき唯一の行動だったらしい。
ただひたすらに走る。
幸いなのはトカゲの速度が自分と同程度であることか。
おかげで、追い付かれて襲われる心配はないが、引き離すこともできていない。
どこか隠れる場所。こいつを
そう考えながら必死に走っていると、岩をくり抜いたような大きな穴を見つけた。
……というか、その穴以外は完全に岩で囲まれていて、そこ以外に逃げ場がない。
「なら、もう入るしかないよな!」
穴の中も行き止まりかもしれない。だけど、あの鋭い岩山を登るより、まだこっちのほうが生き残れる可能性は高い。
意を決して入った穴は、山の中にできた洞窟のようであり、奥が見えない程度にはそこそこ広いようだ。
「っ! やっぱり、追いかけてくるよなあ!」
威嚇なのか鳴き声なのか、後ろから口をすぼめて息を吐くような独特な音が聞こえる。
当然、俺を追いかけ続けている大トカゲのものだろう。
また追いかけっこか、そう思いながら走ろうとすると、ふと視界の端にぼんやりと文字が見えた。
まるで空中に浮かぶタッチディスプレイだ。どことなく近未来感を感じるのだが、例のゲームにはそぐわないような……。
「いや、そんなこと考えている場合じゃない!」
ぼやぼやしていたせいで、トカゲとの距離は縮まってしまっている。
すぐに逃げるべきだ。逃げるべきなのだが……空中に浮かぶ文字の中でひときわ目立つ光る文字。その内容がどうしても気になった。
壁作成:消費魔力 1
逃げることは忘れずに、その文字を夢中で指で触った。
なんとなく、スマホやタブレットのメニューのようだし、タップすれば使えるのではというあさはかな考えだ。
しかし、今回はそのあさはかな考えが正解だったらしい。
「うわっ!」
後ろから地響きが聞こえたかと思うと、俺とトカゲをさえぎるように頑丈そうな壁が現れる。
壁の向こう側から叩きつけるような音が聞こえるが、何度か繰り返してから音はぴたりとやんでしまった。
どうやら、トカゲが壁に攻撃するもビクともしないので諦めたのだろう。
「た、助かった……」
ドッと疲れが押し寄せてくる。
とりあえずに窮地を脱したからか、俺は思わずその場に座り込むのだった。
◇
圧倒的な魔力の差を感じる。
目の前の存在から発せられる重圧なのか、はたまた魔力そのものの密度が高すぎるのか、とにもかくにも常人であれば立っていることさえ困難だろう。
なるほど、魔の王と称されるだけのことはある。
「だけど、僕たちはお前に屈することはない!」
ならばこちらは勇敢なる者だ。
相手がどれほど強く恐ろしくても、そんなものは屈する理由にはならない。
勇者の声に、魔王を前にわずかにでも萎縮していた仲間たちが目に力を取り戻す。
「お前を倒し、世界に平和を取り戻してやる! 魔王!」
勇者一人ではない。王国軍を束ねる戦士長。魔法の頂きへと挑み続ける大魔導師。神の加護を授かった聖女。
人類の中でも特に優れた力を持つ者たちが、一丸となって魔王を打倒せんと、戦いの火蓋が切られた。
「はあ……好き放題やってくれましたね。拠点は奪われ、部下もやられてしまい、もう私しか残っていません」
そんな勇者たちの決死の思いも、魔王に届くことはない。
「そして今は敵さえもいなくなり、この場に残ったのは私だけ、ですか……」
人類の希望。魔族の天敵。
勇者が率いる最高のパーティは、魔王に手も足も出ずに消滅した。
「あ~もう、嫌です。いい加減うんざりです。さすがにこうも滅茶苦茶にされて、やる気なんて残ってるはずないじゃないですか」
自身を除き誰もいなくなったその場所で、唯一人残った魔王はそんな言葉をこぼすのだった。
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