21.追跡

 リナを追いかけるにしても、相手が三日先行しているとなれば追いつくのは容易ではない。相応の期間を想定した旅準備が必要なため、すぐさま出発とはいかない。

 ローズ達はもどかしい思いをしつつ、その日一杯を準備にあてる。

 馬、現金、携行食糧、野営のための道具類。明日以降の天気は分からないが雨具も必要だろう。

 曲がりなりにも冒険者であるので道具類の準備は早いが、問題は先行する相手に追いつくために、必然的に強行軍とならざるを得ないことだ。

 対応としては身軽さを重視して食料や馬の飼料など消耗物資の大半を、途中の町や村で買い求めることにする。基本的には主要街道を進むため、大きな問題にはならないはずだ。

 さらに問題になるのは、精霊教会一行が進むその経路である。

 ゼフィリカへ向かう経路には大きく分けて二つの街道があり、加えてそれらの枝分かれや合流により複数のパターンが考えられる。

 旅程の時間効率だけを考えれば、その経路の絞り込みは容易なのだが、今回それはあてにならない。なぜならば各地に支部を持つ教会組織の道行きとなれば、効率だけで経路が決まるはずがないからだ。立ち寄る必要がある町や宿泊施設の都合等、これらは部外者には事前把握が困難である。街道の分岐毎に行き先の確認が必要になる。


「要所毎にあちらの進路の情報を集めながらになるか。時間のロスが痛いな」

「そればっかりはどうしようもないよ」


 ちなみに一行の騎乗馬はウルスラがワルターに掛け合って(脅して?)、代官所の軍馬を確保していた。

 そのウルスラも騎乗の予定である。


「馬車じゃなくて良かったんですか?」

「私も足手まといになる気はありません」


 馬車は当然ながらそれを引く馬に負担がかかる。通常のペースならともかく、今回強行軍になるであろうことを考えると、馬を替えることが必須となりこれも難しい。

 出来るだけ軽装にして、全員で騎乗というのが結論だった。


「それに私とて、昔は馬を駆って世界を旅したのですよ?」

「ほう」


 その態度や口調から、むしろ今回の旅は望むところのようだ。ひょっとしたら宮廷に閉じこもるのは、彼女の本意ではないのかもしれない。


(それにしても……)


 天龍と言っても空を飛べるわけではないのかと、ローズは少し不思議に思ったが口にはしない。そもそも人族の姿をしている時点で今更だからだ。




 準備がひと段落したところで、一息つくようにお茶が振舞われる。今回一行には参加できないノイアの心遣いである。

 すでに時刻は夕刻。雨のせいもあって窓の外はすっかり暗くなっていた。


「追いついたとして、戦闘となる覚悟はされますよう」

「まさか」


 宗教組織である精霊教会が、いささか後ろめたいことがあるとはいえ、面会を求めただけで強硬手段に出るとはローズには思えない。


「精霊教会は弾圧の歴史もあり、意外と武闘派なのですよ。小競り合い程度ならば十分にあり得ます」

「武闘派って……」


 ドナートやサロモンの荒事には無縁そうな容姿、衣装を思い浮かべ、ローズは武闘派という言葉に違和感を禁じ得ない。


「司教区単位で少数ながら自衛戦力を保持しており、その他の聖職者もいざとなれば武器を扱えるようです。ゼフィリカへの長旅となれば当然武装している事でしょう。加えて今回はあなた方を警戒しているはず、冒険者を雇うくらいはしていそうですが」

「それは……当然雇っているだろうな」


 お茶を注いで回っていたノイアの動きが一瞬止まる。

 治安の比較的良い主要街道沿いでも、今回の精霊教会のような目立つ一行に護衛戦力なしはあり得ない。自前で兵を用意できる貴族でもなければ、普通は冒険者を護衛として雇うものだ。ゆえに冒険者ギルドに護衛の依頼があっても誰も疑問に思わないだろう。

 ローズの頭に一瞬ノイアの父親――冒険者ギルドマスターのシルト――について思いが至るが、首を振ってすぐさま打ち消す。

 流石にそのコネクションを使って情報収集するわけにはいかない。依頼者の情報の横流しなど、ギルドの信用にかかわる。ノイアが一瞬止まったのも、ローズと同じことを思い、同じ結論に至ったためだろう。


「ちょっと厄介だな」


 精霊教会側が穏便に対応してくれるか、強硬に反応するかにもよるが、どちらにせよ同じ冒険者として横紙破りと非難されかねない。【水晶宮殿】の評判に係ることもありえるため、護衛の冒険者への対応は慎重さが求められるだろう。



―――――



 翌朝、晴れ間が覗きながらも風の強いオーディルの街を、【水晶宮殿】の三名とウルスラの計四名が代官邸へと向かう。軍馬を借り受ける為だ。


「晴れてくれて助かったよ」

「まだ雲は多いし、風も強い。また降るかもな」

「勘弁してほしいなぁ」


 日が昇る前から働いていると思しき人々が、道のところどころに出来た水溜りを避けながらまばらに行き交う。流石にこの時刻の人通りは少ない。

 それゆえ、一行の進路上に見知った顔が待ち受けているのにもすぐに気がついた。


「あれは」

「ドナート司祭?」


 馬を牽いた旅装のドナート司祭だった。

 まさかと思いつつも、無視するわけにもいかず、近づいたところで声を掛ける。


「ドナート司祭、ひょっとして」

「はい、拙僧も同行させて頂きたく」

「いやしかし、あなたの教会でのお立場が……」

「今更ですよ。リナ様のことをそちらに伝えたこと、いずれサロモン司教にも伝わりましょう」


 ドナートは昨日の暗い表情が嘘であったかのように晴れやかだった。


「お恥ずかしながら、昨夜までさんざん迷っておりましてな。夜半にようやく決心がつきました。やはり騙すような形でリナ様を連れ去るは不義。リナ様に対しても不実。

 もしあなた方に伝えたことで、結果として不幸な事態に陥っては悔やんでも悔やみきれません。必ずや今一度リナ様とあなた方とお話し合いの場を設けさせていただく」

「それはありがたい事ですが」

「ただ、リナ様の御意思が優先であることを、あらかじめお断りさせて頂きたい」


 ドナート自身はリナが精霊の子であるという事には疑問を持っているようだが、教会が認めた以上はその意志を最上位に置くというということのようだった。


「手間が省けるのは良いとして、あなた馬の扱いは? 足手まといにならない?」


 不審げなエリザベートが、ドナートの騎乗技術に疑問を呈する。


「御心配には及びません。拙僧も若い時分には国中を旅したものです。この馬も司教区管理の駿馬を掠め取……もとい借り受けたものです。多少の無茶は利きますぞ」

「掠め……」


 意外に豪胆なドナート司祭に昨日のウルスラの話を思い出す。彼も武闘派の一人なのかもしれないと。



―――――



 代官所から借り受けた馬に乗って、オーディルの街を発つ。

 精霊教会一行の移動経路はドナートから伝えられたものを信用することになる。

 市門をくぐって以降はドナートの先導で街道を進む。もっとも当面街道は一本道であるため、今その必要はない。にもかかわらず、わざわざ間を空けて先導しているのは意図的なものだろう。

 その意図を汲んでエリザベートが馬を寄せてローズ達に話しかける。つまりドナートには聞かせにくい話だ。


「一応聞くけど、あの男の事、信用する気?」

「こちらを嵌めて、別のルートを案内するとか考えてるのか?」


 エリザベートは無言で肯定する。


「そんなことするくらいなら、そもそもリナのことを伝えに来ないだろう」

「追いかけてくるリスクを考えて、先手を打って誘導とか?」


 クロエが言いながら肩を竦める。


「自分で言ってて、流石に穿ち過ぎかなとは思うけど、可能性としてはなくはないんじゃないかな?」


 それらの意見を聞きつつも、ローズとしてはさほど心配していなかった。


「私個人としてはドナート司祭の人柄は信用できると思っている。それほど話す機会が多かったわけではないが」

「根拠はなし?」

「直感、かな」


 呆れたようにため息をつくエリザベート。


「貴方が最後まで責任を持つならそれで良いわ。もっともその判断に何が賭かっているのか……後悔しないようにね」


 そう言ってローズに判断を委ねる。


「ただ、相手が天龍となれば、最悪その剣を使う場合があるということを覚悟しておきなさい」

「……」


 ローズはエリザベートから譲り受けた剣の柄を無意識に触りながら、昨日のウルスラの言葉を反芻する。


「あなたがその剣に選ばれさえすれば、天龍だろうと精霊だろうと斬れるでしょう」


 そう言われても覚悟は定まらない。リナを斬るなど想像もしたくないのだ。

 それゆえにか、無意識に逸らした話題を口にする。


「覚悟、はともかくとして、選ばれる、とは?」


 逸らした話題ながら当然の疑問ではある。

 文字通りの意味なのか、それとも剣に相応しい使い手の技量の水準の事を言っているのか。由来が由来だけにどちらもありそうだった。


「そんなこと、選ばれなかった私に分かるわけがないでしょう。エーリカにでも聞きなさい」

「そんな無茶な……」


 ニュアンス的には文字通りの意味であるようだが、それはそれでますます意味が分からない。剣に意思があるということなのか。

 ある種の魔剣には意思があると言う噂を聞いたことはある。創世記から伝わるというこの剣ならそういう事もあるのかもしれない。

 しかし、大英雄の一人であるはずのエリザベートでも選ばれなかったというならば、自身が選ばれる可能性があるのだろうか? ローズには自信がなかった。


「私が正式な使い手と成れれば良かったんだけどね」

「クロエは直接手を下すのではなく、その手段を問わず使う立場よ。守護者の一族と言えど、時代には抗えない。

 仮にあなたが使い手になっても、すぐに代行者を選ぶ必要があるのだから、ならば途中の過程は飛ばすべきでしょう」

「……そうなんだろうけどね」


 困った顔で答えるクロエ。

 二人の会話に口を挟み損ねたローズだったが、エリザベートの決めつけるような言葉には疑問を持つ。そういった決めつけが最近知ることになったクロエの後ろ向きな考え、その原因の一つになっているのではないかと。

 だが『守護者』とやらのことをほとんど知らないローズは、今のところ口を挟む材料を見つけられないでいた。


「まぁ……、そのあたりは追々か」

「?」


 仮にもクロエの婚約者である者として、彼女の心のケアの必要性を認めつつ、今はリナの事で手一杯で後回しにせざるを得ない。そんな自分に不甲斐なさを覚える。

 クロエの疑問顔に内心で謝りながら頷きだけを返し、ローズは道を急ぐべく馬を促すのだった。

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