20.開祖 *
ドナートが去った後、残りのメンバーはそのまま対応を協議することになった。
ウルスラの提案でフラムが応接室に呼びつけられる。
「どしたの?」
呼び出されたフラムが部屋に入るなり首を傾げる。そして、ふんわりクリーム色の髪を揺らしながら、ウルスラが指し示した隣の席に座る。
「フラム。あなたも聞きなさい。……結論から言いましょう。リナは天龍です」
「ほえ?」
「……」
口を開いて驚いたフラムはウルスラの顔を見返す。
ここ数日一緒にいたフラムでも、気づいてすらいなかったようだ。
「でも、人族だったよ?」
「その辺りの仕掛けは分かりません。ですが根拠はあります」
ローズはまさかと思っていた想像を、はっきりと明言され眉をしかめる。
「今から千年ほど前のことです。精霊教の開祖、これが変わり種の天龍でして……、自ら物語の主人公たらんとして、精霊の子を自称して人々に奇跡の癒しを与えて回ったのです。
それで……、まぁ色々……、色々ありまして、最終的には時の権力者に危険視されて、火あぶりにされたのですが……。
最後まで悲劇の主人公たらんとするその姿勢は、いっそ清々しいほどではありましたね。巻き込まれた人々の迷惑にさえ目を瞑れば」
昔を思い出してか、遠い目をするウルスラ。当時の苦労を思い出しているようだった。
再び目を瞑って続ける。
「リナの治癒能力はまさに天龍のもつ世界への浸食能力でしかありえません。ただ、いくつか不明点があります。
一つはリナに自覚がなかったらしいこと。
もう一つは、すぐ傍にいたフラムでも気づけなかったこと。
そして私が知る限り最近羽化した天龍はフラム一人で、該当する天龍が存在しない事です。無論、私とて全ての蛹を把握しているわけではありませんが……」
「他に知ってる天龍はいないのか?」
「私が知る限り現在地上で活動している天龍は六名。フラムを除いて全て齢四百歳以上。いずれも該当しません。自らを人と規定した天龍は、羽化直後はフラムのように未成年の姿から成長するものですから。……無論個体差はありますが」
「とすれば、人族の姿のリナは羽化した直後?」
「必然的にそうなります……、ですがヴェスパがそれほど都合よく、羽化直後の天龍を誰にも知られず確保したなど、いささかならず無理があります。ましてやその天龍の記憶を操作し、他の天龍に対面状態ですらそれと悟らせない偽装を施すなど」
「悪龍でも無理なのか」
「それは断言できます」
憂い顔で頷くウルスラ。
「何らかの仕掛けがあり、何かを企んでいることは確かですが、全く想像がつきません。ただ……」
「ただ?」
一瞬考え込んでいたウルスラが続ける。
「精霊教会に目を付けられた経緯を考えると、リナが子供を相手に治癒の力を発揮したのも、精霊教会がリナを精霊の子と誤認したのも、いずれも偶然でしょう。つまり、リナが教会に連れ去られたというのは、ヴェスパにも想定外であった可能性は高いのです」
「……」
「このまま精霊教会にリナの身柄を委ねつづけるのは、極めて危険と言わざるを得ません」
「それはなぜ?」
その奇妙な言い回しにローズは疑問を持つ。
悪龍と言えば災いの象徴である。その仕掛けとなれば、リナを手元におくこと自体がリスクであるように思える。
だがウルスラのその言い方では、リナを手元に置いていれば災いを避けられると言っているように聞こえたからだ。
「ヴェスパという者は、目を付けた相手にちょっかいを仕掛けることがままありますが、それは解決可能なものであることが多く、絶対の破滅を約束するものではありません。むしろ恩恵をもたらすことすらあります」
「恩恵?」
「あくまでそのような場合もある、という程度です」
「なんでそれで【悪龍】なんだ?」
「簡単です。これまで幾多の国の滅亡に係わってきたからです」
「そこは事実なのか」
天災、疫病、政変、戦争。人の世でなにか悪い事があれば、人はひとまず悪龍の仕業では? と噂する。ゆえに本当は悪龍の仕業でない事で、彼の仕業という事になってしまっていることは多い。これは先ほどウルスラが述べたことだ。
だが、こと国の滅亡については、ヴェスパの係わりが明らかであることが多いという。
「少なくとも古代獣王国の滅亡の裏にいたのは確実ですし、最近ではゼフィリカ共和国崩壊にも積極的に係わっています。カーチェルニーによるとされるミストラル三国滅亡でも、何等か係わっていた可能性があります」
「三~四百年前が最近か」
人族の感覚がまだ強いローズとしては、三桁年を最近と表現するウルスラに少し呆れる。
「しかし、大迷惑だな」
「他人事ではありませんよ。今回はリナという天龍を如何にしてか利用しているのです。その狙いはリナという新たな天龍による、ミストラル三国の滅亡、すなわちカーチェルニー暴走の再現、という可能性は大いにあり得ます」
「まさか……!」
「ローズ殿に与えられた役割は、それを止めることか、あるいは逆に引き金を引く事か。いずれにせよ、このまま手を引くことは良くない結果をもたらすでしょう」
まるでリナを兵器であるかのように扱うと聞いて、そしてそれに勝手に自分の役柄が割り当てられている可能性があると聞いて、ローズは平然とはしていられない。その内心に沸き上がるもの。無論それは憤りだ。
ローズの内心を慮ってか、クロエが不機嫌そうに口を出す。
「ところでさ、そもそもなんでローズなのさ」
今回の事件のそもそもの始まり。ローズの隠し子疑惑。
彼女からすればローズとの仲をかき回された意味不明の行為だ。憤らずにはいられないだろう。
そしてヴェスパとローズの係わりなど今までなかったはずなのだ。なぜ唐突に目を付けられたのか。
「さて……? サーリェ絡みなのは確実ですが」
「私!? 勝手に人のせいにしないでよ」
「ですがそれ以外に何があると?」
「む……」
そこを指摘されると、エリザベートとしては弱い。つい最近ヴェスパと関わったのはまさに自分だからだ。
「はぁ、勘弁してよ。あいつの考えてる事なんてほどんど分からないわよ。どうせあいつ好みの『物語』ってことでしょ」
「ふむ」
ローズが目を付けられた理由は現時点では結論が出そうにない。
クロエは仕方がないと頭を切り替える。
「一旦話を戻そうか。とにかく一度リナの身柄を確保して相手の出方を窺う方向で考えるという事でいいかな?」
『物語』云々はともかくとして、ヴェスパの仕込み自体への対応を考えなければならない。
リナを連れ戻して何かが分かるとも限らないのではあるが、ウルスラの話を聞く限りこのまま放置するのは悪手だろう。
「精霊教会側にどう事情を説明するかは悩ましいけど、とりあえず面会を求めて、それからリナの反応をみて考えるしかないか」
「素直に会わせてくれるか?」
「まぁ、揉めるだろうね」
クロエは肩を竦める。
「今から追いかけるとすると少人数の方が良いね。それも荒事に対応できる者だけで」
「となると私とクロエ、エリザベートか?」
ローズの指名にエリザベートが嫌な顔をする。
「はぁ、『ペトラ』って当て付けもあったし、ヴェスパのお目当てが私である可能性もあるのか。仕方ないわね」
思ったよりも簡単に折れてくれてホッとするローズとクロエ。
「しかしこれだと、三人ともエルフになってしまうな。精霊教会側を余計に刺激しないか?」
精霊教会は人族至上主義であり、エルフだけで接触するのは明らかに好ましくない。
「私が同行しましょう」
そう申し出たウルスラに、ローズは意外そうな目を向ける。
ウルスラの外見は人族であり、かつ帝国の公的な身分も持つ。精霊教会に接触するのにうってつけではある。
「それはありがたいが、フラムは?」
「置いていきます。四六時中見張る必要もありませんし。それより養子の件もありますから、身分がある者が居た方が良いでしょう。ワルター殿を同行させることも考えましたが、彼は今この街から動けませんからね。……失敗しましたね」
「ってか、この話の結末を見たいだけなのでは」
「……」
その指摘に意味深な笑みを浮かべるウルスラ。天龍として当然それはあるのだろう。
一方、フラム。
「フラムはパスぅ。リナの事よろしくねぇ」
この一件は彼女の嗜好には合わなかったようだ。
恋愛要素の欠如に気が乗らなかったのか、荒事を嫌ったのかは不明であるが。
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ウルスラの台詞「ヴェスパと言う者は~ 以降を大幅改稿しました。
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