18.齟齬

 リナとの別れから三日後。

 見送ることすら断られたクランメンバーを宥めるため、内向きのお別れ会が開かれた。三日後になったのは、甘味の注文の都合である。酒を欲しがる者もいたのだが、リナのお別れ会でそれもないだろう、ということでのお茶会形式である。

 クランハウスのラウンジで開かれた会は、主役不在のため今一盛り上がりに欠けたものになった。

 ちなみにリトルマリーとフラムは、不法侵入の罰として甘味を目の前にして、お預けの給仕役である。


「に、じゃなくてローズ……姉さん」

「ん?」


 ローズが物思いにふけっていると、ユキが神妙な顔で声をかけてきた。


「改めて謝罪を。ユリウスのバカの話、鵜吞みにしちゃって……」

「いや、気にしてないからそっちも気にしないでくれ」

「……」


 ローズはユキの謝罪に対して苦笑を返すが、どうもまだ何か言いたそうにしているのに気づく。


「どうした?」

「ちょっとこっちへ」


 ラウンジの隅まで引っ張られた後、他には聞こえないように顔を寄せて小声で話し始める。

 実妹とは言えユキも成人女性である。それも容姿は人並み以上に整っている。これまで関わりがなかったせいで、妹という認識が薄い女性の顔が近づいてきて、微妙に緊張してしまうローズ。


「な、なに?」

「重婚……にはちょっと思うところがありますが、それは今は置いておきます。色々意見もあるでしょうし」

「う……」


 微妙に非難めいたものがこもったユキの視線に、ローズは腰が引けそうになるが、どうにもユキの様子がおかしい。本当に言いたいことは別にあるように思われた。


「……どうやったんですか?」

「どうって、なにを?」

「じょ……」

「じょ?」

「じょ、女性同士で……どうやって、思いを伝えたのかな、って……」


 目を逸らしながらごにょごにょと、ローズに聞こえるか聞こえないかぎりぎりの声で呟くように、ここ数日来どうやって聞き出すか悩んでいたことを、ようやく口にする。


「あー」


 ユキは思い人であるマリアに、未だ自身の思いを伝えられていない。

 そもそもマリアが異性愛者なのか同性愛者なのかも不明なのだ。失敗した時のことを考えると、率直に思いを伝えるのはあまりにも怖いという事情もあった。

 成立したダブル同性カップルという先達を目の前にして、打開のためのヒントを欲するのは、ユキからすると至極当然のことだった。

 それに気づいたローズではあったが、どうにも困ってしまう。なぜならアドバイスできるようなことがないからだ。


「私の場合は、元が男だったからなぁ」

「ですよね……」

「それにまさか二人から、いきなり求婚されるとは思ってもみなかったしなぁ」

「……は?」


 突然、ユキの声に剣呑なものが混じり、思わずビクリとするローズ。


「自分から告白せずに? むしろクロエさんやノイアさんから告白された?」

「あ、ああ」


 その返事に「はぁぁぁぁぁ」と深いため息をついたユキが、冷たい目でローズを睨む。


「参考になるかも、と思った私が馬鹿でした」

「えぇ……」


 そう言うとぷりぷりと怒りながら、歩み去ってしまう。ローズが止める暇もない。

 立ち去り際に「男らしくない」とかぶつぶつ言っていたのが聞こえたが、ローズとしては「もう女なんだけど」と反論したくなるところだ。もっともユキも分かっていて、つい口にしてしまっただけだろうが。


「まぁ、遠慮のなさは兄弟姉妹っぽい……かも?」


 実兄に対する実体験がろくでもないので、自分でもあまり信じていない言葉で自分を慰める。

 と、そこに執事姿のベルが声をかけてくる。


「ローズ、お客さんだよ。例のユリウスって人」

「ん? ああ、今行く。ってか、お前メイド服じゃなくていいのか?」

「……激しい交渉の末、月の日数の半分までは執事服で良い、ってところまで権利を勝ち取った」


 メイド服と聞いて、死んだ目になるベル。

 どうやらここ数日裏庭で模擬戦の頻度が高かったのは、そういう事だったらしい。


「そ、そうか。頑張ったな……」


 若干ベルに同志意識を抱くローズ。

 しかし自分は思いの外すぐに慣れてしまったのだが、ベルとの違いは何だろう? いや、そもそもベルは最初から女で、前提条件が違うんだった……

 どうでも良い事を考えつつ、ロビーで待つユリウスの元に向かう。




「私を名指ししてきたってことは、公務以外のことか?」


 いささか草臥れ気味のユリウスが、苦笑して頷く。


「全く青天の霹靂ですよ。団長がこの街の都市代官になって、無関係になるから逃げれるかなと思ったら、ひと段落するまで手伝え。ですから」

「そもそも元から公務中だったんじゃないのか?」

「巡察なんて、期限一杯使って視察レポート上げれば良いんですよ。引退騎士の代官任地を回って本気で不正調査なんて、無用に藪をつつくようなもんです」

「そういうものか」

「その辺りのバランス感覚を養うのが目的らしいですよ」

「お前には必要ないか」

「まぁそのあたりはそこそこ自信がある分野ですね」


 新任騎士らしからぬ余裕で、初任務のさぼりを堂々公言するのは、頼もしいというべきか、いつかやらかしそうと警戒すべきなのか。


「まぁそれはともかく、リナのことです。何でも商家への養子入りの話を纏めてくださったとか」

「まぁな。タイミングが良かった。運の良い子だよリナは」

「で、顔合わせはいつになるんですか?」

「ん? 知らせてなかったか? もう先方に従ってゼフィリカに発ったぞ?」

「は?」


 なぜか、なにを言っているんだという疑問顔で、ローズをまじまじと見返すユリウス。


「今朝も様子見てきましたけど、孤児院にまだ居ましたよ? リナ」

「は?」


 今度はローズが同じ顔でユリウスを見返す。


「孤児院って、一体誰のことを言ってるんだ?」

「え、リナですよ? というかそちらこそ一体誰のことを?」

「……リナだ」

「何を言って……、いや……、そういえばそちらが孤児院のリナを訪ねてる様子、ありませんでしたね」

「そりゃ、うちで預かっていたんだから、訪ねるわけがないだろう。孤児院って何のことなんだ」

「預かってたって、ちょっと待ってくださいよ。前も言いましたけど、完全に信用できていない叔父、じゃなくて叔母さんに、リナ本人を預けるわけないじゃないですか」

「あ……」


 そう言われてローズは、ユリウスがリナを連れてきた最初の日に言っていた言葉を思い出す。


『子供や女性の安全が掛かっていますからね。念を入れざるを得ません』


 確かにユリウスは『子供の安全』も気にしていたのだ。

 目の前にリナ本人が居たため深く考えなかったが、あの時はローズ自身も疑問に思ったことを思い出す。


「なら、あの日連れてきた黒髪の子は一体誰だったというんだ!?」

「黒髪の子……?」

「おまえ自身が連れてきたんだぞ!?」


 その言葉を聞いたユリウスが一瞬ぼんやりした表情を浮かべ、すぐにハッとする。


「誰って、もちろん……、リナ…………」


 ユリウスが頭痛を耐えるように眉間を抑える。


「くっ……、あの子は、あの子は……、リナで……、でも……」


 最近同じ様な症状を見たことを思い出すローズ。

 あれはノイアが、フラムの異常性に気づいた時のことだ。

 そこまで思い出して、このままではまずいと気づいたローズは、ユリウスをロビーの隅の椅子へ誘導する。

 そこに倒れ込むように座り、荒い息をついたユリウスが、何かを振り払うように頭を振る。


「思い出しました……」


 愕然とした表情でつぶやく。


「あの子は……、あの子もリナ。ペトラと名乗った、黒髪の眼鏡を掛けたメイド姿の女が連れてきて、叔父さんの、ロイズの子供だと。……なんで僕はあれを素直に信じた? なんで孤児院のリナと混同した? ……なんで忘れてしまった?」

「ペトラ……」


 聞き覚えのある響きの名前。

 先の騒動で交戦した吸血鬼の真祖ペルペトゥア、あるいはペチュアとも。

 偶然とは思えない。

 だがユリウスが思い出すことまで計算しているとしたら、あまりにもあからさまな偽名。

 当然わざとなのだろう。

 ローズは「逃がしたが脅威は去った」と聞いていたのだが……


「話が違うじゃないか」


 思わず三階にいるはずのエリザベートの方を恨めし気に睨む。

 しかし――


「……なんでメイド?」


 ペルペトゥアはレオンの王族だったはず。なぜ使用人の格好を?

 どうでも良い所が引っ掛かってしまうローズだった。



――――――――――


明日9/11 18:00 閑話投稿します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る