17.別れ
二日後、手紙で呼び出されたローズがコンドラン家を訪問する。
居間に通されたローズは、そこでリナと向かい合わせで座る。同席するのはサロモンと名乗った司教のみだ。
養父母ではなく精霊教の司教が同席することに違和感がないでもないが、よくよく思い出してみれば彼こそが推薦者であり、そこまで不思議とは言えないかもしれない。
「こちらにはもう戻らないと?」
「私は、西へ向かわなくてはならないから」
「西?」
リナの代わりにサロモンがうなずき、そのリナの言葉を補足する。
「リナ殿は養父母のコンドラン夫妻の生家、ゼフィリカへ移住することになりました」
「ゼフィリカ……」
大陸の西の果て、今は亡き大国ゼフィリカ共和国の首都であった都市であり、その周辺地域を指す名称でもある。精霊教の本場としても知られる。
「それはまた遠い」
「お世話になった【水晶宮殿】の方々と顔を合わせれば、別れが辛くなるからと。ですがそれではあまりにも不義理。せめて貴女には直接別れを告げたいと」
「そう……ですか」
ローズはリナを観察する。
サロモンの言葉を否定するでもなく、無理に従わされている様子でもない。
「本当にそれで良いのか?」
こくりと頷くリナ。
躊躇いひとつない純粋な肯定。
だが、ローズにはどうにも引っかかる。
いつもぼんやりしていたリナの目に、今でははっきりとした意思を感じる。
たった二日で何歳も成長したかのように。そう錯覚するほどに。
「旅路の安全も保障しましょう。丁度教会で西へ向かう用向きがあるのですが、その一行がそれなりの人数となります。それに同行してもらう予定ですので魔物も賊も心配はいりません」
「それは確かに安心ですね」
そんな都合の良い話があるものなのかと、安心と共に若干の疑念が浮かぶ。
「なに、今生の別れというわけでもありません。コンドラン殿の長男と商会はこの街に残っておりますから、何かの機会に戻ってくることもありましょう。ああ、手紙を出したいのであれば、ドナートに預けていただければ取り次ぎますので遠慮なく」
「はぁ、分かりました」
どうにも流されてる感覚が拭えないが、リナが決断した以上ローズが否とは言えない。
「着いたら手紙を送ってくれないか? 皆で待ってる。もちろんこっちからも送るよ」
「うん」
リナの顔を見たローズは、ふと不思議な感覚になる。
寂寥感と焦燥感。
二つの感情、二つの表情が、なぜか重なって見えた。
いや、もう一つ。赤い……
リナの表情に見出だした何か。それはローズの中で形をとる前に霧散する。目覚めた後の夢の記憶のように。
「……気のせいか」
―――――
翌日。
微妙にすっきりしない気分のローズであったが、一応リナの件はひと段落したということで、これまで棚上げしていた問題に目を向けることにした。
朝からノイアの自室で相談会である。
「まとめると、クロエは次期女王として期待される責任感と、自分より相応しい者が居るという遠慮あるいは自信のなさ、その二つの板挟みに苦しんでいる」
「それが重婚を機に否定側に振り切れて、継承権放棄と言い出した……」
拗らせてるなと思わなくもないが、本人にとっては重大な事なのだ。だが、その大事なものを自分たちのために投げ出してほしくはない。その点はローズ、ノイアとも意見が一致している。
「大事なのはクロエの本心。真の望みだ」
「クロエさんって意外と真面目ですからね」
「意外かどうかは異論もありそうだが」
「そもそも責任感以外でも、この件については本当は期待に応えたい、って気持ちが滲み出てるんですよ」
「やはり、将来女王となることが本当の望みなのか?」
「勘ですけどね。そもそも、そうじゃなければ悩んでないですよね」
「確かにな」
ノイアらしく、品良く飾り付けられ整理された彼女の自室。
紅茶の香りと甘味で頭の回転を補助しつつ、二人で悩む。
「となると、考えるべきはクロエが自信を持って女王となるために何が必要か、か」
「思いつくのは能力、実績、有力者の支持、身辺整理……とか? 他にもありそうですけど」
「客観的に見て一つ目と二つ目は十分じゃないか? というかこれから王になる者に実績を求めるものなのか? 実績って王になってから積み上げるものなんじゃないのか?」
「……どうなんでしょう?」
当然ながらローズもノイアも王侯貴族の常識などほとんどない。わずかにあるものもそれは人族の常識であり、エルフの常識ではない。エルフに人族の一般的な王侯貴族の常識が通用するとも思えず、当てにならないこと甚だしい。
「三つ目は良く分からんな。人族なら地縁、血縁がモノを言うんだろうが」
「四つ目はもうあきらめてもらうしか」
「うん、手遅れだな……」
正直手詰まり感がある。エリザベートの言っていた解決策はあるが、到底現実的とは言えず、検討に値しない。
煮詰まったローズは気分転換に部屋の中を見回す。品の良い調度品が室内を飾っているのが目に入る。
小さな編み人形を妖精に見立てて閉じ込めた、古びたランプ。
ドライフラワーで飾られた網かご。
両親と幼い頃のノイアが描かれた小さな絵を入れた額。
庶民ゆえに高価なものはあまりない。だが、ノイアの人柄が現れた品々だった。
ノイアらしいなと微笑んだ所で、はたと気づく。女性の私室をあまりじろじろと見るのはどうなのかと。
今や自分自身が女性で、しかも婚約者なのだから気にすることもないのだが、いまだに男としての感覚が抜けないローズはそこまで気が回らず、咄嗟の気付きに冷や汗をかいてしまう。
「? どうかしました?」
「あ、いや、なんでもな……」
動揺を誤魔化すために紅茶に口を付けたところで、ピクリととまる。
そして音もなくカップをソーサーに戻して、おもむろに立ち上がる。
「ローズさん?」
足音が立たぬようノイアの寝室の入り口まで近づき、間を置かずにその扉を開ける。
「あっ!?」
「ぐぇ」
支えを失ったリトルマリーとフラムが床に倒れて這いつくばる。
「何でここにいる」
「はい! 聞き耳を立てようにも、この建物って外からじゃ部屋の中の声は聞こえないんです!」
「つまり止むを得なかった、のだ」
リトルマリーとフラムが開き直って、堂々と弁解する。
「聞いてるのはそこじゃない。分かってて言ってるだろお前ら」
二人の首根っこを持ち上げて、唖然としているノイアの前を通って、部屋の入り口からペイッと放り出す。
「うあー、折角侵入成功したのに、もうちょっと色気のある話をー」
「ちょっと良い雰囲気になりかけてた、のに。無念」
バタンと閉めると、それっきり二人の声は聞こえなくなる。
「すみません」
まさか事前に入り込んでいたとは思いもよらず、部屋の主がセキュリティの不備をローズに謝る。
「いや、流石にやり過ぎだろうあいつら。あとでお仕置きだな」
「ですね」
ふう、と二人同時にため息をついてしまい、思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
「とにかくクロエに自信を付けてもらうのが手っ取り早いと思うんだが」
「その方法ですよねぇ」
結局具体的な方法が思いつかずに、その場は散会となった。
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