15.見送り

「改めて、ここに居る五名が事情を知っても良い者達となります。ご承知おきください。若干名、事情そのものも交じっていますが」

「えーと、改めて関係を確認しても?」


 ワルターからすると、クロエ、エリザベート、そして新たに知った天龍フラムはともかくとして、ローズとノイアが何者なのか不明である。


「ふむ。では説明の簡単な者から。エリザベートは説明するまでもありませんね。硝子瓶の聖女サーリェです。そちらのエクロリージェの叔母でもあります」

「……」


 エリザベートは興味なさげに無言のままだ。


「そちらがフラム。現在の所、要注意天龍その一です。そしてここの居候」

「ぐっ」


 両手の親指をぐっと上げてアピールするフラム。その仕草に特に意味はない。


「エクロリージェ。愛称のクロエの方が通りが良いでしょう。クラン【水晶宮殿】のクランマスターにして、次期エルフ女王」

「なるつもりはないけどね」


 その言葉に驚くワルターだったが、周囲の反応を見るにどうも複雑な事情がありそうだと沈黙を守る。あまり深入りはしたくない所だった。


「そちらの黒髪の方がローズ殿。冒険者でエクロリージェの婚約者だそうです」

「どうも」


 次期女王が同性婚? と一瞬声を出しそうになったが寸での所で堪える。ここも深入りすべきではないだろう。


「で、そちらがノイア殿。オーディル冒険者ギルド長シルト殿の娘。ローズ殿の婚約者だそうです」

「よろしくお願いします」


 また同性婚? と思ったところで、流石に疑問を口に出さざるを得なくなる。


「あの? ローズ殿はエクロリージェ様の婚約者なのでは?」

「そう。そしてノイア殿の婚約者でもある。重婚だそうです」

「え……」


 ワルターの自己評価として、自分の頭はそれほど固くないつもりではあった。これまでは。

 だが今この瞬間、それは間違いであったことに気が付く。なぜなら、今聞いた話をあり得ないと思ってしまったからだ。


「言いたいことは分からなくもないですが、エルフは自由恋愛を貴び、この国は個人の選択を尊重します。法的にも重婚は認められています」

「その通りですね……」

「この要注意の五人に注意して、代官職を全うしてください」


 ワルターが見渡すと、危険人物扱いに微妙な顔になる若干名と、興味なさげな顔の聖女、そして何も考えてなさそうな天龍少女の表情が目に入る。

 そしてもう一人。

 あなたはどうなんだと言いたげなワルターの視線を無視して、ウルスラはこの場の解散を宣言する。



―――――



 余計な一幕はあったものの、その後の数日でリナの養子縁組の話はとんとん拍子に進んだ。

 養父母宅でリナを三日間預かって相性を確認してから本決まりとなるが、今日はその初日だ。

 朝から準備万端(主にクランメンバーによって)のリナに、クランハウスの前まで馬車が迎えが来る。

 そんな切羽詰まったタイミングで、ローズは肝心なことを本人に確認していなかったことに気づく。ここ数日手続きや準備に忙しく動き回っていたにせよ、夕食は同席していたし、夕方以降はできるだけ一緒にいたにもかかわらずだ。


(こういうところが私はダメだなぁ)


 反省しつつも、あるいは自分が知らないだけで、既に誰かが確認しているのかもしれない。だがそれでも自分が確認しない理由にはならないだろうと、改めてリナに向き合う。


「ところで、今更だがリナ本人はこの話をどう思っているんだ?」

「……」


 よく手入れされたサラサラな黒髪に、綺麗な黒目。そしていつも通りの少しぼんやりした表情。だが、その眼には意外としっかりした芯があるのをローズは知っている。


「いつまでもここにはいられないから」

「そう……だな」


 妙な縁で出会って十日ほどの疑似家族生活。ローズはできる限りリナを寂しがらせないよう、家族として振舞っていたつもりではあった。

 だが、なにしろローズ自身が実の家族にあまり良い記憶を持っていない。うまく振舞えた自信は全くない。無関係だったクランメンバー達の方が、うまく世話を焼いていたように思えるくらいだった。


「だが、これも何かの縁だ。もし困ったらいつでも話を聞くよ。もし戻りたいと思ったなら戻ってきたって良い」

「迷惑はかけられないから」

「いや、家族ってのは迷惑をかけあうもの、らしいぞ? その迷惑を自然に受け入れてくれるのが家族だとさ」

「……家族?」


 疑問の視線にちょっとショックを受けるローズ。


「うーん、リナがどう思っていたか分からないけど、私は家族のつもりだったんだ。最初に言っただろう? 姉と思ってくれって」

「……」

「いや、不甲斐ない姉で済まん……」

「家族……」

「そうですよ。もうこっちは家族のつもりですから、向こうが気に入らなかったら遠慮なく戻ってきてください」


 ノイアがローズの背後からひょいと顔を出す。


「あ、おい」


 そのままローズの両肩に手を置いてくっつくと、にっこりとリナに笑いかける。


「私たちも子供一人育てるくらいの甲斐性はありますから。あ、向こうが良い人でそのまま向こうの子供になりたいなら、それでも良いですけどね」

「いや、養子先を探しておきながら、今更それは……ぐっ」


 ノイアに首を絞められてその先を続けることが出来ないローズ。無論ノイアも本気で締めてはいないが。


「私は結構本気ですよ」


 耳元で囁かれる様にそう言われて、至近距離からの吐息と良い匂い、ついでに背中にかすかに触れる柔らかさにどぎまぎしつつも、一応抗議する。


「あー、……情が移るのが早すぎないか?」

「性分です。それにあんまり人の事は言えないと思いますよ」

「そうだったな……」


 軽く首を傾げたリナが、それでもぎこちなく笑みを浮かべる。


「……笑った?」


 リナはそのままローズに背を向けると、クランハウスを出て迎えの馬車に乗り込む。


「少しは心を開いてくれましたかね?」

「ずっと表情が硬かったからな」


 感情が薄い性分なのかと思っていたが、単純にこの見知らぬ環境に緊張していたのかもしれない。そもそも母親を亡くしたばかりでもある。

 今更ながら気づくことが多いのに、ローズは自省のため息をつく。


「自分の不甲斐なさを感じるな」

「ローズさん一人の責任じゃないですよ」

「そうかもしれないが……」


 リナの笑顔を見ることが出来て、ここのところ感じていた漠然とした不安感が、少し和らいだ気がしたローズだった。


――この後、リナの身に何が起ころうとしているのかも知らずに。

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