14.推薦

 質素ながら静謐な空間となっている精霊教会の礼拝堂。その隅。

 なぜか申し訳なさそうな顔をしているドナート司祭から、ローズは思ってもみない話を聞いていた。


「実は先日のリナ……殿の振る舞いにサロモン司教がいたく感心しておりまして。養子を求めている裕福な商家があるので、そちらに推薦しても良いとまで仰っているのです」

「はぁ」


 昨日のユリウスの報告を受けて、早速とばかりにドナート司祭に相談に出向いた所で、この好条件の紹介である。拍子抜けを通り越して、かえって困惑してしているのが正直なところだ。


「それは……とても良いお話ですが」

「勿論、今すぐに決めてほしいなどとは申しません。じっくり検討いただきたい。ああ、なんでしたら数日ほど養子先で預かり、交流を図るとともに双方の相性を確かめるというのも良いかもしれません」

「ふむ」


 少々話がうますぎる気はしないでもない。だがリナのような孤児を騙す理由がまず思い当たらない。ローズが【水晶宮殿】の関係者と知って、そのうえで何かを企むということも考えられなくはないが、ローズとリナは客観的に見て赤の他人であり関係性が希薄過ぎる。普通ならば脅しにすらならないと考えるはずだ。

 急ぎの話ではないとすれば、じっくり裏取りをすれば良い。提案通り相性を見るのも一手だ。無論これは裏取りをしてからのことだが。


「正直、良いお話過ぎて戸惑いがありますが、前向きに検討したいと思います。一旦持ち帰ってよろしいでしょうか?」

「はい、もちろんです。ぜひご検討ください。リナ……殿の幸福こそが一番でございます」


 ドナートの言葉に少し違和感を感じたものの、その真剣な目を見て疑問を引っ込める。

 とりあえずは一つの候補として考えて良いだろうと。



―――――



 三日後。


「結論から言うと、特に不審な点は見られませんね」


 ドナート紹介の養子先の調査を行っていたラシェルから報告があった。


「引受先のコンドラン夫妻、主人の方はコンドラン商会の商会長を務めています。この商会はこの街を本拠とする中規模の商会です。ただし既に実権は長男に引継ぎ済みですね。

 夫妻は精霊教に帰依しており、余生は孤児を引き取って人を育てたいと周囲に公言していたようです。実際これまで二人引き取って成人まで育て、つい先ごろ自立させていますね。彼らはコンドラン商会には勤めていませんが、これは単に当人達の適正、希望の問題で、実子の長男と確執があるとか、そういうわけではないようです。

 つまり、一言で言って立派な方達です」

「今まで育てていた子が手離れしたので、次の子を育てようと?」

「そういう事のようです」

「ふぅん? でもそういうのって、ちょっとうさんくさくね?」


 カインが混ぜ返すように口を出す。言い方はあれだが、要するに彼女も可愛がっているリナが心配なのだ。


「一応その養子二人の様子も確認しましたが、優秀な職人として将来を嘱望されており、かつ商会とのコネクションとしても重宝がられているようです。片方は近々結婚予定。実子の長男との仲も悪くなく、年の離れた兄として慕っているようです。

 ちなみに商会の方は顧客側の評判も上々です。まぁ瑕疵が無さすぎて逆に怖いってのも分かりますけどね」

「その点はこちらから補足を。コンドラン商会も、昔はむしろ商売敵を蹴落としたり、多少後ろ暗いこともしていたようです。ただ、商会長が大病して生死の境を彷徨ってから人生観が変わったとかで、それ以降は清廉潔白な商売に努めているようです。精霊教会に帰依したのもその頃のようです」


 ユキが冒険者ギルド経由の情報を追加する。


「司教の目に留まったのは転んだ子供を、大人達に気後れすることなく助け起こしたことだっけ? まぁ不自然とは言えないかな。疑っていたらきりがないし。私としてはこれ以上の条件があるとは思えないね。決まりでいいんじゃないか?」


 クロエがローズに視線を振る。


「ああ、私もそう思う。だがやはり人と人のことだから、相性は確かめたい」

「三日ほど預かってもらって、先方とリナ双方に問題が無ければ、か。贅沢な条件だね」

「こちらから言いだせるような条件じゃないが、向こうからの申し出だからな」

「ふむ……。よし、異論のある者は?」


 皆首を振る。


「決まりだね」


 そのクロエの声で場にほっとした空気が流れる。


「うー、リナちゃん居なくなっちゃうのか……我がクランのマスコットが……」

「リトルマリーとフラムがいるじゃない」

「玩具もいるし」

「玩具ってベルの事?」


 メンバーが雑談を始めて、自然解散の雰囲気になる。

 肩の荷が下りた気がしていたローズが席を立とうとしたところ、部屋の隅に居たウルスラが首を傾げるのを見咎める。


「何か気になる事でも?」

「……」


 それには直接答えず、ウルスラは部屋の出口に瞑ったままの目を向ける。

 丁度そこで扉が勢いよく開かれる。


「ウルスラ殿!!」


 そこから現れたのは、ここに居るはずのない人物。ワルターだった。

 ワルターは周囲を見えないかのように無視して、そのままずんずんとウルスラの前まで進んでいき、彼女に書類を突きつける。


「これは一体どういうことですか!?」

「これ……とは?」


 部外者の闖入に呆気に取られていたメンバーがフリーズしている中、クロエがワルターの手元を覗き込む。


『辞令

 ワルター・ヴィンタール殿。

 上の者、第三騎士団長の任を解く。

 同、帝国都市オーディル代官職に任ずる』


 回りくどい言い回しや定型文で埋められた文面であるが、重要なことはそのたった三行である。


「あらら、コーズ伯は罷免か。で、君が新任? うちの事情は引継ぎ済み?」

「あ」


 そこで初めてクロエの存在に気づいたように、ワルターは慌ててクロエに礼をとる。


「大変失礼致しました」


 思わず騎士式の敬礼をとるワルター。その返事と態度に苦笑を浮かべつつ無言を返すクロエ。騎士団長という立場の者が、『ただの冒険者』に対してとる態度ではないからだ。

 現にクランメンバーでワルターの事を知っている者が少し訝し気にしている。

 ただ、クロエは相手の地位が高いほど、むしろ厚顔不遜な態度をとる事は周知の事実であるため、そこまで不思議がられてはいない。


「場所を変えましょう」


 少し渋い顔をしたウルスラが提案する。




 クランマスター執務室に必要な者を集め、扉を閉め切る。

 同席するのはワルターの他、【水晶宮殿】側はクロエ、ローズ、ノイア、エリザベート、フラム、そしてウルスラの六人だ。

 一般メンバーが締め出された形で、彼女らが受ける印象について若干心配になるローズ。

 もっとも当のメンバー達は、面倒臭そうな話に巻き込まれずにホッとしているのだが。


「一言で言って都合が良かったのです」

「都合、とは?」


 開口一番のウルスラの言葉にワルターが即座に疑問を差し挟む。


「第一にエクロリージェ、エリザベート両名の素性を知っている事」

「はい」

「第二に天龍の事情を承知している事」

「はい?」

「以上の理由で私から代官職に推薦しました」

「……えーと? あの、天龍の事情とは?」


 ウルスラが首を傾げる。


「……私が天龍であることは?」

「はぁ、まぁ概ね察してはおりますが。今初めて明言されました」

「……そうでしたね。では、私がこの街に来た理由は……」

「存じません」

「……」


 ウルスラの首の傾きが増す。

 つられて隣に座るフラムの首が傾く。


「ああ、何か違和感があると思っていたのですが、そういうことですか」

「どういうことですか?」

「要するにそこに居るフラムが天龍で、今後【水晶宮殿】に厄介になるので、天龍の実在や取り扱いを承知している人間が、この街の代官であると都合が良いということです」

「承知しておりませんが!?」

「そのようですね。ですが今知りましたね。詳細は後程説明します。順番が多少前後しましたが、問題ありませんね」

「大ありなんですが!?」


 思わず大声を出してしまうワルター。

 他の者も皆あっけに取られていた。一見出来る女という雰囲気を醸し出していたウルスラの、そのあまりの杜撰さ、大雑把さに唖然としたのだ。


「何となくエリザベートに似てる気がするな」

「朱に交われば?」


 ローズとクロエのひそひそ声が聞こえたのかどうか、エリザベートがこめかみに手をやって、顰め顔になりながら口を出す。


「ワルターと言ったわね」

「は」

「そいつらに文句を言ってもしょうがないわよ? 好き勝手掻き回して相手の都合なんて考えないし」

「失礼な。余計な手出しは控えていますよ?」

「フラムもー」

「控えるのはあんたたちにとっての『主要人物』相手の時だけでしょう」

「……」

「そうかもー?」

「現にその明らかに巻き添えの犠牲者の都合、全部無視しているでしょう」

「……」

「ウルスラひどいー」


 ついと目を逸らすウルスラ。無論目は瞑ったままだが。

 なお、フラムの発言は皆スルーしている。

 その仕草に、改めて自分の扱いを自覚して愕然とするワルター。


「いえ、一応面白い人材だとは思っているのですよ?」


 そう言いながらも、全くフォローになっていないのを自覚してか、こほんと咳払いをする。


「わかりました。こちらとしても、特に必然性もなく巻き込んだ自覚はありますので、少し配慮致しましょう。……ワルター殿?」

「は」

「貴方がフラムのことも含め、この街で大過なく代官職を務めあげた暁には、貴方の抱える最大の懸案事項を解決して差し上げましょう」

「懸案?」


 自分の抱える懸案と聞いて、ワルターが思い浮かべるもの。それらはそんな簡単に解決するものではない。だが続くウルスラの言葉に目を剝く事になる。


「領地の統治問題、借財問題、あとサービスで嫁取りも付けましょうか」

「はぁ!?」


 そんなに簡単に解決するなら苦労しない。そう口に出しそうになって危うく留まる。

 何しろ相手は宮廷に隠然たる影響力を持つ帝国の守護龍である。あるいは彼女にとっては、事実簡単な事なのかもしれないのだ。


「あなたも第三騎士団長を務めて二期十年近く経過しているはず。普通なら一期未満で退任となっているはずのところをです。なにしろ各騎士団長の席は拍付の腰掛け用。特例で居座られて迷惑を被っている方たちが目白押しです。そろそろ頃合いでしょう」

「それは……、しかし破綻した伯爵領をそんな簡単に立て直せるものですか?」

「私が何年生きていると思っているのです? いざとなれば私財で伯爵領の一つや二つ、買い上げることも容易い。まぁそれでは面白くないので、別の方法をとるつもりですが」

「お嫁は?」


 どうも嫁取りがフラムの興味を引いたようである。


「どこぞの貴族の娘をあてがうのは簡単ですが……」

「ぶぅ! 面白くない!」

「貴族の婚姻は面白さで選ぶものではないのですが」


 困ったようなワルターの声も意に介さず、フラムは「だめー!」と手を振り回す。

 それには取り合わず、ウルスラが続ける。


「まぁそれも追々考えましょう。ということでワルター殿。事後承諾となりますが、よしなに」

「は」


 どちらにせよ既に下った辞令であり、覆しようがないのだ。

 だが、青天の霹靂にあわてて抗議したら、望外の報酬を約束された形となり、若干呆然ととなるワルターであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る