13.ユリウスの調査結果

「いやぁ、申し訳ありませんでした」


 ユリウスが開口一番、謝罪を口にする。

 リナの件を独自に調査していたユリウスがクランハウスに戻り、応接室にローズ、クロエ、ノイア、ユキを呼び集めたのが今の状況である。

 どんな報告が飛び出してくるかと固唾を飲んで身構えていた四人が、その言葉に絶句していると、ユリウスはそのまま続ける。


「リナの母親、ああ、アデリーというのですが、彼女とリナが過去住んでいた住所、その周辺の住民から聞き込みを行った結果です。例の父親、彼はアデリーとは婚姻せず独り身のままソロの冒険者として生活していたようです。生きていれば四十手前頃とのことですので、かつてのロイズ叔父さんと、かなり条件が似ていますね」

「生きていれば?」

「はい」


 ローズが疑問点を口にすると、ユリウスがうなずき返す。


「名前はロイド。数年前に行方不明とのことです。行方不明となった前後の状況がはっきりとしませんが、冒険者ギルドには引退届が出ていませんでしたので、死亡している可能性が高いですね。もっとも、届けを出さずに引退という例も多いそうですが」


 顔面蒼白になっていたユキがぎこちなく手を上げる。


「あ、あの……つまり?」


 結論は分かり切っているのだが、これまでの自分のローズへの態度を思い出して、無意識にその結論を口に出すのを避けているのだ。


「ロイズ叔父さん、じゃなくてローズ叔母さんはシロってことですね。はっはっは!」

「なななななにを今更! 笑ってるんじゃないわよ!」


 立ち上がって文句を言うが、ちらりとローズを見てしゅんとして引き下がる。流石に自分の振る舞いを、ユリウスへ責任転嫁するほど恥さらしにはなりたくなかったらしい。


「あー、そんなに気にしなくてもいいぞ。いやいや、ユリウスじゃなくてユキな。というかお前は気にしろよユリウス。お前、何か確信があるようなこと言ってたじゃないか」

「そんなこと言ってましたっけ?」


 開けてみれば似たような名前の別人との人違いである。流石のローズも少し不満が顔に出る。対するユリウスは、ローズの視線を真っ向から受け止めて、いけしゃあしゃあと笑顔で首を傾げて見せる。


(ん?)


 いや、ローズはその笑顔に違和感を感じる。なんだか、本当に困惑しているような?


「ユリウス、お前……」

「あなたね! いつからそんなちゃらんぽらんに……!」


 割って入ったユキの勢いに、ローズの怒りも長続きはせず、違和感と共に霧散してしまう。

 はぁ、とため息をつくローズ。


「まぁそれはもういい。それで、リナをどうするのか考えはあるのか?」

「それなんですよねぇ」


 人違いで預かった子をどうするか、ユリウスの責任が最も重いと言えるが、現在のユリウスはそれほど自由な身分ではない。(自称)任務中に少々強引に時間を作ってリナをここまで連れてきただけでも、かなり危うい綱渡りなことをしているのだ。これ以上この件に係わるのは難しいだろう。


「本当に申し訳ないんですが、できれば皆さんにお任せしたく……」

「ユ・リ・ウ・ス・お・ま・え・は!」


 怒りが再点火したユキの声に慌てて弁明する。


「お怒りはごもっともですが、無い袖は振れないというか、僕ではそんなにコネクションもないんですよ。まぁ全く無いというわけでもないですが、それって要するに実家に頼むことなんですよね」

「う、それは……」

「む……」


 ローズ、ユキともに実家には良い記憶がない。そこにリナを送るなど抵抗感が強い。

 彼女らにとっての実家とは、何の実績もないくせにプライドだけは人一倍の田舎豪族だ。そんなところに孤児の世話など頼めば、良くて貧乏小作人の養子。もしくは小間使いの下人扱いというイメージしか沸かない。

 実のところ、二人とも少々考えすぎであり、ユリウスとしてはそこまで悪い扱いにはならないとは考えていたのだが、二人がそう考えるであろうことも想定できていた。


「やっぱりそういう反応になりますよね」

「まぁなぁ。こちらで行き先を世話するのが無難か」

「もしくは……」


 ここで育てる。という自らの希望を口に出せず苦い顔になるユキ。

 このクランは孤児院ではない。一時逗留ならともかく、子供を成人まで面倒を見るなど、とても現実的とは言えない。ただの一メンバーでしかないユキがそんな無責任なことを提案できるわけもないのだ。

 無論独身の冒険者であるユキが一人で育てるのも無理がある。


「そういえばお前、上官が今この街に居るの知ってるのか?」

「ああー、団長が何やら事件の後始末をしているとか。知らないふりして通り過ぎたいんですけど無理ですかね?」

「いや、無理だろう。その事件にこのクランも深くかかわっているからな。そもそも既にアベル殿が知り合いの騎士と連絡を取り合っていたぞ?」

「あちゃー……。仕方ない、挨拶に行くかぁ」

「お前そもそも公務中だったんだろう? こんなこと……とは言えないが、私用で動いていて良かったのか?」

「一応ある程度自由の利く任務ではあるんですが、身内の恥を放っても置けず」

「勘違いだったがな」

「うーん、そうなんですよねぇ。おかしいなぁ……? あ、それでは小官はこれで失礼いたします」


 ユリウスはそう言うと、そそくさと逃げるように応接室から去っていった。

 次いでユキがローズに平謝りするのを押し留めて退出させると、残された三人の間で沈黙が落ちる。


「それで、しばらくリナを滞在させるのは問題ないだろうか?」

「ん? ああ、それは問題ないよ」


 考え事をしていたクロエが、上の空のままリナの滞在を許可する。


「リナの行先だが、一応信頼できそうな伝手があるので当ってみるつもりだ。あまり期待はできないが」

「自分とは無関係だってはっきりしたのに、面倒見の良いことだね」

「まぁ、縁があったという事さ」


 リナはローズに縁があったどころか、むしろ冤罪の種ですらあった存在だ。同じような目にあえば、人によっては逆に恨みにすら思って、すぐにでも縁を切りたいと言う者もいることだろう。

 だが、ローズは自然にリナを自分が面倒を見る対象として見続けている。その有様はクロエやノイアにとってとても好ましく映った。


「……なんだ?」

「いや、何も?」


 クロエとノイアが顔を見合わせて意味深に笑うのをみて、ローズは訝し気にする。

 ノイアにしろクロエにしろ、既にローズの過去など気にする必要はないのだという意識合わせはできていた。そのため、ユリウスの今回の報告にも動揺はないのだが、それにしても巻き込まれたリナを放っておくわけにもいかない。


「まぁ、私たちのことは一時置いて、リナの事を先になんとかしますか」

「『子供は成長を待ってくれない』か……」

「ん? 誰かそんなことを?」

「ああ、さっき言った、ちょっと当てにしてる人が言ってたんだ」

「ふーん、信頼できそうかな? まぁ、そこだけを頼りにするわけにもいかないし、他にも色々当たってみようか」


 当面優先すべきものを見つけ、クロエの問題は一時棚上げする。だが、三人にネガティブな雰囲気はなかった。なんとかなるという楽天的な雰囲気が三人の間を支配する。

 それはローズの疑惑が晴れたことと、無条件に子供を優先するローズの振る舞いに対する好意から来たものだ。

 確かにそのまま何事も無ければ、あるべきところに収まったのかもしれない。


 だが、今は別のものと思われたこの二つの問題が、一点に収束していくものであったことに、この時の三人は気付いてもいなかった。

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