9.褒賞と課題

 クロエはラウンジで整列したクランメンバーたちを一通り見渡して、おもむろに話し始める。


「先の戦闘では皆の活躍、見事だった。軍隊のような忠誠義務もない冒険者クランでありながら、皆が命を懸けて戦ってくれたこと、感謝に堪えない。

 そもそもの話だが、襲撃を受けた理由は私とベスの昔の因縁が原因だ。それに巻き込んでしまった事については、改めて皆に謝罪を。

 なお、因縁の詳細については少々込み入った話で国も絡むので当面は勘弁してほしい。その代わりと言っては何だが、褒賞は弾むつもりだ」


 クロエから賞賛と謝罪を受けることになったメンバーの表情には、誇らしさや喜びは有っても不満はなかった。その辺りはクロエの人徳だろう。

 褒賞と聞いて期待している顔も多い。冒険者とは即物的なものなのだ。無論ロマンも大好きだが。


「ではカインから。

 正規兵を相手に戦線を支えた戦いぶり、真に見事だった。君には勲功第一等として、この剣を授ける」


 あまり堅苦しい言葉を使わないよう、あえて崩した言葉、口調でその功績を称える。国の組織でもなく、個人の私兵でもないクランとしてのバランスを考えたものだった。

 ただ、それを見守るエリザベートの表情は不満げだった。クランの扱いについて、両者の考えには相違があるということだ。

 その様なことなど知らぬげに、カインは嬉しそうに剣を受けとる。

 おそらくカインがいつも使っている長剣と同じくらいの長さだろうか。そう予想を付けつつも見覚えのない、しかし“功一等”に相応しいらしい剣の素性に興味がわく。


「この剣は?」

「銘はストーンカッター。世にドラゴンスレイヤーとストーンカッターは数多あれど、この国で最も著名なストーンカッターといえば分かるかな?」

「まさかロラン大帝の!?」


 初代皇帝ロランが手にしたという剣は数多いが、中でもストーンカッターは著名であり、彼の伝記には必ず登場する剣の一つで、国宝になっていてもおかしくないものだ。現在は行方不明とされていた。

 もっともその登場エピソードは「墓場で墓石を盾に襲い掛かってきた暗殺者集団を、墓石ごと切り裂いた」というもので、絵になるシチュエーションと大立ち回りで有名ではあるものの、よくよく考えるとそれはどうなんだ? となりかねないものなのだが。


「最近偶々手に入れてね。君ロランのファンだったでしょ。折角だから褒賞としてあげるよ。あ、鑑定書いる?」

「貰います! ……大帝の佩剣と認める。署名は……エリザベート・プランタジネット!? 聖女サーリェの本名じゃないですか! うわー、この鑑定書自体にすごい価値が!」

「ん、まぁ偶々ね」

「すごいな。まるで昨日作ったみたいな保存状態だ。流石聖女の状態保存」

「はは、そうだねー」


 興奮のあまりクロエの乾いた笑いには気づかず、それでも頭に浮かんだ名前が気になったカインは、その浮かんだ名前の本人、エリザベートに視線を向ける。

 その視線を受けて皮肉気な微笑を返すエリザベート。


「……まさかね」


 本人の訳がない。見た目のイメージが違い過ぎるし、偽名も使わずあまりにも堂々としている。これで本人だったらとっくの昔に騒ぎになっていなければおかしい。

 そう結論付けたカインは、思いついた自分の考えを即座に棄却する。


「一応言っておくと、有名ではあるけど大帝がその剣を佩いていた期間は半年ほど。結構短期間らしいよ」

「それでも国宝級ですよ!」

「そうねぇ」


 本人が喜んでるなら良いかと、次の褒賞授与に移る。

 戦闘に参加した者には多めに、参加していない者にも相応に。

 不満や嫉妬が生じないようにクロエが苦心した結果は、メンバー全員を概ね満足させる。

 しかし若干名、褒賞が与えられていない者が居ることにカインは気付く。

 エリザベートは身内枠として除外するとして、残り一名。


「ローズの褒賞は?」

「彼女は身内みたいなものだからなしで。まぁ内々にね」

「はぁ、なるほど?」


 未だメンバーにクロエとローズの婚約は公表されていない。そのため、少し不思議そうにするメンバーもいるが、当のローズが納得している様子に、皆特に異論はないようだった。


(公表するにしても今はタイミングが悪いんだよなぁ。リナの件が片付いたらかな)


 タイミングを考えているクロエにカインが声をかける。


「しかし昔の因縁とか、エルフも長生きしてると大変っすね」

「うん、色々あるんだよ、ほんとに」


 先の事件の当局発表内容もこちらからの注文が必要だろう。クロエやエリザベートの素性を公表されては困るのだ。その内容の擦り合わせの面倒さに、今から頭が痛いクロエだった。



―――――



 エリザベートの工房内、余人を交えずただ二人で対峙するローズとエリザベート。

 普段から他人を寄せ付けない雰囲気を持つエリザベートであったが、今の彼女が纏う雰囲気は殊更に厳しいものを感じる。


(いや、違うか)


 何かを見定めるような視線。それがローズに対しての彼女の現時点のスタンスと言うことなのかもしれない。

 ローズがそう考えていると、エリザベートはふっと息をついてその雰囲気を緩める。

 そして腰に差していた細剣を鞘ごと外して、ローズに差し出す。


「これを」

「私に?」


 戸惑いながらもそれを受け取ったローズが問うような視線を向けると、エリザベートは無言のまま頷く。それを了承と受け取って鞘から剣を抜く。

 純白の刀身。

 光っているわけでもないのに、まるで自ら輝いているかのように感じるその刀身。傷ひとつない、冴え冴えとした冷気を纏うようにも感じられるその剣に、ローズは目を奪われる。

 その美しさもさることながら、より際立つのはその名状し難い圧力。


「これは一体……」

「ドラゴンスレイヤー」

「ドラゴンスレイヤー……? どんなドラゴンを討ったんだ?」

「ドラゴンよ」

「ん?」

「人類四族の歴史上、ドラゴンの固有名を与えられた存在はただ一体。ドラゴン種の名の由来となった一個体。創世記において人類四族が相対した最初の『人の天敵』。人族はその名を忘れ、今ではこう呼ぶそうね。『名も無き大古竜』と」


 エリザベートの口から思ってもみなかった名が飛び出て、驚愕に目を見開くローズ。


「月の欠片を鍛えし剣。天を墜とした一振り。ドラゴンスレイヤー・ヘカテー」


 改めて、その剣に視線を落とすローズ。


「あなたにはクロエの配偶者として、代行者となりその剣を振るってもらいます。少し早いけれど、私では使いこなせない以上、最もふさわしい者に預けるべきでしょう」


 肩の荷が下りたと息を吐くエリザベートに対して、ローズの頭には疑問が乱舞していた。


「ちょっと待て、なにを言ってるのかさっぱり分からないんだが?」


 現実離れした剣の由来もさることながら、それとクロエがどう繋がるのかもわからない。

 その表情に肝心なところを理解していないことを悟り、エリザベートは出来の悪い生徒を見る教師の目になる。


「あなた、私の姉が何者かは知っているでしょう?」

「姉?」


 聖女サーリェの姉と言えば、エルフ女王エーリカ、かつて『白光のエーリカ』と謡われた、剣聖にしてロラン大帝の剣の師。


「そしてクロエは私の姪。私にエーリカ以外の兄弟姉妹はいない」

「……あ」


 クロエがエルフの王族だという話を今更ながらに思い出す。あのときはエルフの王族は多いからと誤魔化していたが。


「姉と兄が一人づついるから絶対ではないけれど、現時点では末子のクロエが王位を継ぐ予定」

「クロエが、次期女王?」


 あまりのことに思考が停止するローズ。

 確かに少し考えれば辿り着けたはずの結論。

 余りにも自分とは別世界過ぎて、思いつきもしなかった結果が今の自失に繋がる。


「いつになるかは分からないけれどね。女王となれば立場上、守護者としてその剣を振るうわけにもいかなくなる。ゆえに代行者が必要。となれば必然的に貴方でしょう。クロエは剣はあまり得意ではないし、丁度良いとも言えるわ」

「いや、しかし……、そもそも私なんかが王配になるのはまずいんじゃ?」

「何言ってるの?」


 エリザベートが怖い顔でローズを睨む。


「すでに婚約の契約書類は本国に送付済み。今更反故に出来ると思う? そんなことをしたら、あなたエーリカになます切りにされるわよ?」

「……」

「私がいない間に話を進めていた、あなたたち自身の責任ね」


 そうだったと冷や汗が背中を伝うローズ。

 知らない間に想像以上に後戻りできない所にまで進んでいたのだ。

 クロエに文句を言いたくなる気持ちが沸くが、エリザベートの言う通り、自分たちの共同での責任だ。クロエを非難する資格などないと自省する。


「それに、あなた今更クロエと別れられるの?」

「……」

「自分で無理だと思っていることを口に出したりしない事ね。言霊って思いの外怖いものよ」

「そうだな。……それで、『守護者』というのは?」

「古き盟約を受け継ぐ者。エルフ全部族の守護者にして、全人類の守護者。……と言うことになっているけれど、それほど大袈裟に考える必要はない。人の天敵が現れたならば、何を措いてもそれで斬りなさい。基本的にはそれだけよ。細かいことは追々ね」

「人の天敵……」


 人類四族の存続にかかわるような脅威となる存在を人の天敵と呼び習わす。

 悪龍ヴェスパ。

 嵐精カーチェルニー。

 他大陸の大古竜。

 そして吸血鬼の真祖。

 いずれも人間が個人で対抗できるようなものではないとされる。


「それって剣一本でなんとかなるものなのか? というか話が大きすぎて、頭に入ってこないんだが……」

「むしろその剣こそが最大の対抗手段なのよ。

 守護者とは私たちの一族が代々担っていた役割。まさかエーリカが女王などに祭り上げられるとは思ってもみなかったから、ややこしいことになって私なんかが代行者ということになっていたけど……。本来は私程度では有り得ないのよ。それと、あと一つ」


 聖女として名高いエリザベートで足りないというならば、自分なんかが足りるのか? ローズの疑問は尽きない。

 そうして呆然としているローズを見下ろし、エリザベートは勿体ぶるように間を空ける。


「これは個人的なアドバイス」

「アドバイス?」

「クロエは自らの立場に屈託がある。才能があるのにそれを十全に活かせていないのには理由がある。あなたは将来の配偶者としてそれを取り除かねばならない。さもなくば皆が不幸になりかねない」

「……」

「これは心の問題。私では手の出せない領域。あなたが何とかしなさい」


 そう言うと、出口を指さして工房からの退出を促した。

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