7.財布担当は自覚する
リナの滞在場所についてだが、女児をユリウスやアベルと同宿とするのは、同室にせよ別室にせよ問題があるとされた(主にユキが)ため、【水晶宮殿】で預かることとなった。
当初は客室にするか、リトルマリー、フラムと同室にするかで揉めた(主にリトルマリーが)のだが、結局はユキが自室で預かることとなった。
寝起きの場所はともかくとして、せめて責任者となることを申し出たローズであったが、ユキからは明らかに歓迎されていない。
「父親には任せられませんね」
「……」
頑ななユキの言葉にローズがショックを受けていると、ぼんやりとそのやり取りを見つめていたリナがピクリと反応する。
「父親?」
なぜかその瞳が悲しげに見えて、ローズは慌ててリナに尋ねる。
「父親は嫌か?」
「……うん」
何があったのかは分からないが、父親と言う単語にはあまり良い思い出がないらしい。母子家庭なりの苦労があったのだろうか。
「じゃあ、母親は」
「ちょっとローズさん!」
「あ」
反射的に出た言葉だったが、最近母親を亡くした子供にかける言葉ではない。ただでさえ暴落気味のユキのローズへの評価が、さらに急降下する音が聞こえる。
「えーと、私のことは姉と思ってくれ。ローズお姉ちゃんだ」
「……」
当然それも評価を下げる発言なのであるが、もはや何を言っても下がる状態なので、傷の浅い選択肢を選ぶしかない。
そもそもローズは自分がリナの親ではないことを確信しているので、父とも母とも自称し難いというのもある。
「ここでしばらく暮らしてもらうが、生活には不自由させないから安心してくれ」
「世話はこの人じゃなくて私がするから安心してね」
「フラムもー」
「わたくしもお世話させていただきます!」
リナを安心させるように笑みを向けるユキ。ローズへの冷たい視線とは百八十度真逆だった。そしてフラムとリトルマリーも世話を焼く気満々の様だった。フラムに出来ることがあるのか、ローズは若干疑問を持ちつつも口には出さない。
そしてユキがローズへ無言で手を差し出す。生活費を出せと言うことらしい。
(まぁいいんだけど)
懐の財布をそのまま差し出すと、中身の確認もせずに丸ごと奪い取って、早速必要なものを相談し始める三人。リナは基本的に頷くだけである。今日はもう遅いので、明日の朝一で調達を始めるようだった。
なおローズは蚊帳の外で、ちょっと寂しさを感じていた。
(これが世間の父親の気持ち……いや、違うか)
そもそも父親じゃないしと思いつつも、一周回ってちょっと面白味も感じ始めていたローズ。少し被虐趣味が入りつつあるのには本人も気付いていない。
「ローズちょっといいかい?」
そこにクロエの声がかかる。
場所を変えて階段下の廊下で立ち話をする。
「ごめんね、ユキへ話すタイミングが結局最悪になってしまったみたいだ」
「まぁ、仕方ないさ」
運が悪かったとしか言いようがない。そもそも数日前に妹であることを知ってからも、話しをするタイミングは何度かあったはずなのだ。色々あったとはいえ先延ばしにしたローズの自業自得ではある。
「リナの件もあるけど、重婚ってのがどうも納得いかないらしいね」
この国の庶民感覚としては、重婚には忌避感が強い者も多い。特に女性はそうだ。
「ユキの母親は後妻なんだが、二十八歳差で典型的な政略婚だったらしい。夫婦仲も微妙だったようだ。そのあたりのせいもあるのかもな」
ローズが家を出たときには既にローズの実母は亡くなっており、父親はやもめだったのだが、その後かなり若い後妻と再婚していた。ユキはその後妻が生んだ子供だった。
ユリウスによれば、ユキの潔癖症や男嫌い、さらには実家を出た理由も、その両親の夫婦仲が原因ではないかと言うことだった。一族相手には表面上は取り繕っていたようで、ユリウスも具体的な所は知らないようではあったが。
なお、ユリウスが手紙でユキの存在をローズに知らせていなかった理由については、濁されてしまったため不明である。あるいはユキから直接聞けということかもしれない。
「理屈で話しても逆効果だろうし、少し時間を置いた方が良いだろうね」
「ああ、そのつもりだ」
今は将来の関係に希望を託すしかないだろう。ローズはそう頭を切り替える。
少なくともリナが自分の子供ではないことが明らかになれば、ユキの心証も幾分ましになるはずだ。どうやって証明するのかが問題だが、とりあえずはユリウスの考えとやらに期待しておくことにする。
「こう言っちゃなんだが、クロエはやけに冷静だな」
「うん、我ながらね。ちょっと自分でもびっくりしてる」
そう指摘しながらも、普段と変わりのないクロエの態度にほっとするローズ。ユキ、ノイアに続いて、クロエにまで白い目で見られたらしばらく立ち直れない。
「とは言ってもやっぱり私もちょっと混乱している。ローズの言うことは信じているつもりだけど、ひょっとしたらって気持ちも打ち消し切れていないんだ」
「いいさ、仕方ない。潔白の証明も難しいしな」
「もし仮に本当だとしても、十年も前の話だろう? 当時赤の他人だった私が非難することじゃない。それも分かっているんだ」
「……」
「頭では分かってるけど割り切れないところがある。特に子供が絡んでくるとね」
「……」
「ごめん、自分の中でも纏まっていないことを、取り留めもなく喋ってる自覚はある。ローズも困るだろう。だけど、今の所これが私の正直な気持ちかな」
気のせいか、ローズにはクロエがいつもより少し大人びているように見えた。
「多分ノイアも同じ。頭では十分理解してると思う。だけど頭と心が一致してないんだろうね。彼女にも少し時間をあげて?」
「ああ、もちろんだ」
ローズが答えると、クロエは優しい笑みを浮かべる。
その笑顔を見てローズは自分の心が少し軽くなる気がした。
「ちなみに、みんなに疑われてるローズに優しくして、得点を稼ごうという下心もあったり?」
そう言いながらクロエは、わざとらしくニヤリと笑って見せる。
「それを自分で言うのか」
ローズが苦笑を返すと、今度こそ屈託ない笑顔で笑うクロエ。
(やっぱり顔が良いな……、って顔に惚れたみたいじゃないか……。いや、事実そうだった)
クロエの笑顔に一瞬見惚れそうになったローズ。だが、ちょっと自分が節操なしに思えてしまい、慌てて顔を引き締めて、コホンと咳をつく。未だに格好つけたい男心が残っているのだ。
だがその男心とは裏腹に、唐突に後悔の気持ちが沸き出てくる。以前「白紙を前提に」と口にしたことだ。
クロエと婚約を解消する? いや、どう考えても無理だ。そんなことになったら自分の心が張り裂けてしまう。
ならば早めにその発言を撤回しなければならない。
もちろんノイアとの婚約を含めて継続するのだ。こればかりは節操なしと言われても構わない。
(多分、大丈夫……まだ間に合うはず……)
ちょっと焦りつつも、今このタイミングで口にするのは躊躇われる。つい先ほどノイアとは時間を置くと言ったばかりなのだ。焦りながら激しく悩む。
そのローズの反応を不思議そうに首を傾げて見つめ返すクロエだが、ローズの内心には気づいていないようだった。
「あ、そうだ。伝えることがあるんだった。明日午後から、先の戦闘の褒賞授与式を行うので出席してくれ」
ローズは話題が切り替わったことを残念に思いつつも、悩みを先送り出来て少しホッとしてしまう。そんな自分にちょっと自己嫌悪を抱きつつも、表面上は何でもないように問い返す。
「ふぅん、このクランはそういうのもやるのか」
「今回は特にね。ちなみに君は身内枠なので褒賞なしだよ」
「みう……うん、それは、全然構わない。うん」
「あ、全くなしじゃなくて、一応内々のものを別途考えてるけど」
「ん? そんなの気にしなくても良いぞ?」
「そういうわけにもいかないよ。国からも何か褒賞がありそうだし、私個人としても助けられたからね。
ああ、あとベスがその後で何か渡すものがあるから、時間を空けておけって言ってたな」
「渡すもの?」
「詳しくは聞いてないんだけどね」
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