5.隠し子事変
【水晶宮殿】クランハウスの応接室。五人の男女がソファーに座っていく。
ローズ、クロエ、ノイアが並んで座り、その対面にユリウス、ユキだ。
ちなみにフラムはこの場には居ない。何かを察したようにそわそわしていたのだが、ユリウスが連れてきた子供の相手を任せると、意外と素直に応じて一緒に遊び始めてしまったのだ。精神年齢が近いのかもしれない。
(最近やけにこういう話し合いが多いなぁ)
クロエの隣でローズが現実逃避気味に天井を見上げている。
ローズの対面のユキは最初、なぜここに呼ばれたのか分からないと言いたげだったが、着座の直前に隣のユリウスに気づいて驚きの声を上げる。
「ユリウス! あんたなんでこんなところに? 仕事はどうしたのよ?」
「お久しぶりですね、ユキ叔母さん。騎士任官しての初任務中ですよ。ちょっとしたトラブルがありまして」
「叔母さんいうな。同い年でしょ」
「皆さんに僕らの関係を説明するのに必須じゃないですか?」
「ぐっ」
「それにしても口うるさいのは相変わらずですね。まるっきりご近所のおばさんですよ、それ」
「あんた、この……」
「あー、いいかな?」
身内の気安さで話し始めたユキとユリウスだったが、放っておくと話が進まないためクロエがそれを遮る。
「申し訳ありません!」
「申し訳ないです」
慌てて謝るユキとユリウスに苦笑を返して、クロエが話し始める。
「まず自己紹介を。私が【水晶宮殿】クランマスターのクロエだ。こっちがクランメンバーで冒険者のローズ、こっちは同じくメンバーで事務員のノイア、あと知ってると思うけどそっちがメンバーのユキだ」
「お初にお目にかかります。帝国騎士を拝命しておりますユリウス・ウェルズです。高名な冒険者であるクロエ殿や【水晶宮殿】の皆様とお会いできて光栄です」
それに頷きを返して、話を促す。
「それで、ロイズに用があるとか」
一応クロエはロイズへの用件、そのさわり部分は聞いている。それで一度大騒ぎしたので、今は冷静になっていた。
緊張をはらんだ空気に気づいているのかいないのか、ユリウスは特に躊躇することなくすぐさま本題に入る。
「はい、任務の道中でちょっとした縁があった女性から子供を預かりまして」
「うん」
「彼女――仮にAさんとしますが、そのAさんが言うには、その子供は彼女の知り合いのBさんとロイズ・ウェルズとの間の子だというのです」
「……」
「私もロイズに子供がいるなど初耳でしたので、たまたま知った名を騙って手に余った子供を押し付けようとしているのではないかと疑い……」
「ふむ」
「そのAさんに色々確認したのです。ですが、確かに身内で無ければ知らないようなことを知っており、これは本人に確認せざるを得ないと」
「いや、待って? そのAさんは別の女性Bさんとロイズとの子供だと言ってたんだよね? 他人のはずのAさんがロイズの事を知っているのはおかしくないかい?」
「それが、Bさんは既にお亡くなりになっており、今際の際に証拠になりそうなことをAさんに伝えていたそうです」
「……」
「それで、ロイズのプライベートでもありますし内容は伏せますが、まぁ八割か九割方は真実であろうと判断したわけです」
話し終えたユリウスは、顔面を蒼白にさせたローズが懸命に首を振り、その顔をクロエとノイアがガン見しているのを不思議そうに眺める。
「それでロイズは今どこに?」
「……」
「……」
「……」
クロエ、ローズ、ノイアが沈黙する。
その妙な雰囲気に首をひねりつつユリウスは言葉を待つ。
「あー、ローズ? これ本当?」
「ちがう! 私はそういう経験は一切ない!」
「確かに以前そんなこと言ってたよね。でも、例えばお酒飲んで酔いつぶれて……ってことは?」
「付き合いでもそこまで飲んだことはない!」
必死に否定するローズに対しノイアが考え込むようにして、ぼそりと呟く。
「……でも、それって全部ローズさんの自己申告ですよね」
「……!!」
その言葉に固まるクロエとローズ。
ローズは口をパクパクさせるだけで言葉が出ない様子だった。
話が見えないユリウスとユキは、その様子を困惑しながら見守る。とても割って入れる雰囲気ではないからだ。
それを見てクロエはコホンと咳払いして、二人にローズのことを説明することを決意する。
このような話を聞きながらも、クロエは自分自身で驚くほど冷静だった。あまりのことに感情がオーバーフローしているのかもしれない、と自己分析するほどに。
「この際だ。二人ともロイズの身内だし、本当のことを教えようと思う。今から私が言うことはすべて事実だ。そう思って聞いてもらいたい」
そうして『ロイズ』が『ローズ』になった経緯について説明を始める。
―――――
クロエの説明が終わり、場を沈黙が支配する。
「……」
「……」
ユリウスは相変わらずの微笑だが、心なしか顔がこわばっていた。
一方のユキは右手を額に当てて、頭痛でもしていそうな表情をしていた。
「ローズさんが、ロイズ兄さん……?」
「叔父さんじゃなくて叔母さん?」
ユキとユリウスが混乱気味で頭を整理している。
「ロイズ叔父とは四年前に一度会ったきりなのですが……、まさかこんなに変わり果ててしまうとは……」
「死んだみたいに言うな! って、あれ? と言うことは、私が妹ってことはもう知って?」
「ああ、妹がいるらしいとは聞いていたが、まさかユキだとは思ってなかったな」
苦笑いしながらのローズの言葉にユキが驚く。
「え!? なんで言ってくれなかったんですか!?」
「いや、色々タイミングがね?」
そのユキの追及に若干やましい所のあったローズは盛大に冷汗をかく。一か月以上前に妹の存在を知ったにもかかわらず、自分の事で一杯一杯になっていて探すのを忘れていた。そんなこと言えるはずもない。
だが、そのユキの言葉にクロエが首を傾げる。
「ん? でもユキ、そもそもロイズには黙っていてくれって言ってたじゃないか?」
「それは……、実家と縁を切ると啖呵を切って家出してきたのに、会ったこともない兄に頼るとか、最初から当てにしてたみたいで……」
「カッコ悪かったから?」
「う……、はい……」
自分の小さなプライドで妙なことを頼んでいた自覚があるのだろう。頬を染めて小さくなるユキを、皆生暖かく見守る。
「でも! こんな! なんかすごく大変な時に! 何も知らずにいたなんて……」
ユキの普段のクールな様子から一変した感情的な様子に、そんなに心配してくれるのかと、じーんとなるローズ。
「でも……、兄じゃなくて、姉……。姉……? うーん……」
しかし、何かユキの中で消化しきれないものがあるようで難しい顔になる。その様子に不穏さを感じ始めたローズに、特大のカウンターが入る。
「あ、それより、子供作っておきながら捨てるなんてどういうことですか!?」
「うえっ!?」
クロエがローズの話をしたために追及が途切れていたが、そもそもこの場の主題はそれだった。
ついにお互いを認識して実質的初顔合わせと相成った妹から、不意打ち気味に怒りと軽蔑の目を向けられ、ローズは激しく動揺する。
それをとりなすようにユリウスが割り込む。
「まぁまぁ、ロイズ叔父も良い大人だったわけで、男女間の話に外野から色々言うのもどうかと。
ただ、やはり子供の存在が明らかになった以上は、きっちり責任は取るべきかとは思いますが。あれ? でも今は……ふむ?」
「いや、だから違……」
「ローズさん」
しばらく黙っていたノイアから深刻な声色の言葉が発せられ、ビクッとするローズ。
「ノ、ノイア」
「すみません。信じてるんです。信じてますが……、ちょっと、時間をください」
ノイアはそう言うと応接室から出て行く。最後まで落ち着いた雰囲気を保っていたことが逆に怖さを感じる。
「ん? そういえば彼女は叔父、ではなくて叔母とはどのようなご関係で?」
クランの責任者であるクロエはともかく、無関係に見えるノイアが同席していたことに、今更ながら疑問を覚えるユリウス。
そのもっともな疑問にクロエは苦笑いを浮かべる。
なお、ローズはノイアの方に手を伸ばしたまま固まっていた。
「実はね、ローズは私とノイアの二人と婚約してるんだ。重婚と言うやつだね」
その言葉にユリウスが固まる。
そして……
「……最低」
ユキが汚いものを見る目でローズを見る。
「……ヒック」
その視線を受け、ローズはショックのあまりしゃっくりを上げた。
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