4.スキャンダルは突然に

 ワルターによる事件の調査開始から五日が過ぎた。

 その間、五人掛かりで関係者への聞き取り、尋問、証拠整理などに追われ、睡眠時間も削っての作業となった。人の記憶情報は鮮度が命であり、時間が経てば経つほど不正確さが増していくものだからだ。

 ちなみに四人の部下の休暇、帝都への帰還は初日で取り消されている。


「これで各証言の大枠の突合せは大体終わりましたね」

「大きな矛盾はなし、黙秘を貫いている一部を除き概ね正直に証言しているように思われます」

「ふむ」


 聞き取りや尋問を対象者毎に個別に行い、それと同時並行でそれぞれの証言を整理。関係する証言を突合せして矛盾をチェック。齟齬があれば、証言者に再確認を行い……

 人手不足の中、わずか五日で事件の概要が固まってきた。それを元に中央に上げられるレベルの報告書がまとまったことに、ワルターは我が事ながら褒められても良いと思っていた。


「皆よくやってくれた。まぁ本番はこれからだがな」

「しかしこれは……、とても公表はできませんね」

「上の判断を仰ぎたいところだが……、一般向け表向きのストーリーをこちらでも考えておくべきだろうな」


 既に明らかになったことだけでもワルターの手に余る。


・帝国の有力諸侯であるレオン王国は百年以上にわたって真祖の魅了影響下にあった。

・その真祖は穏健派であり、これまで人類に敵対行動はとっていなかった。

・それが今になって過去の怨恨を晴らすため、オーディルで戦闘行動に至った。

・オーディル代官所は一時真祖に制圧され魅了影響下に置かれた。

・オーディルに吸血鬼化した魔物十数体を持ち込んだ。ただし大半は使用した痕跡なし。

・怨恨の対象は長らく行方不明とされていた聖女サーリェである。

・主犯の真祖は行方不明。ただし、レオン王国は既に魅了から解放されていると目される。

 等々。


 こんなものを何も考えずに公表すれば、国民の動揺はいかほどになることか。

 歴史上の真祖被害を考えれば、パニックの発生は容易に想像できる。

 関係者の賞罰も悩ましい。

 まずレオン王国。これは被害者であると同時に加害者でもある。事実、魅了から解放された後も真祖に心酔している者もいるのだ。彼らは尋問にも頑として応じていない。

 長らく真祖に支配されていた事実を考えれば、帝国政府の大規模な干渉は避けられない。今度こそ取り潰しかもしれない。王号の没収、分割解体程度なら十分にあり得る。


(まぁ、考えるのは俺ではないが)


 オーディル代官の処遇もだ。情状酌量の余地はあるが、罷免は避けられない。代わりとなる人選もまた悩ましい。


(いや、これはまだ軽い問題か)


 そして最も悩ましいのは事件を解決した被害者かつ功労者である【水晶宮殿】の扱いだ。

 幹部が外国人で、その王族で、帝国貴族でもあり、かつての英雄でもあり、高位の冒険者でもある。

 立場が複雑すぎて、一体どう扱えばいいのかさっぱり分からない。


(考えるのは俺ではない……よな?)


 普通に考えれば加害者であるレオン王国に賠償責任があるが、相手が相手だけに帝国政府としても何等か謝罪が必要だろう。ついでに真祖討伐(?)の褒賞も必要だ。また、討伐の過程でレオン王国や代官所の人員の被害を最小限に抑えたのは、国からも称賛されてしかるべきだ。

 常識的に考えて、現場の責任者に求める判断ではないが、本交渉の前の事前調停くらいのことは求められそうではあった。となれば、補償や褒賞についての叩き台くらいは提示する必要がある。


「頭が痛いな。とりあえず、こんなものを通信で送るわけにはいかん。バーツ、すまんが第一報を帝都へ運んでくれ」

「ですよねぇ……」

「今日はもう休んで良い。明日は朝から発ってもらう」

「了解しました」


 バーツが退出して他は作業を再開する。

 ワルターは腕を組んでじっと考え込む。


「結局のところ、聞かない方が良いでは済まないんじゃないか?」



―――――



「自己嫌悪が酷い」

「なら逃げなけりゃいいだろ」


 冒険者ギルドのロビーの片隅、打ち合わせ用の粗末な椅子と机に、ローズとカインが向かい合って座っていた。

 項垂れて憔悴している、最近【水晶宮殿】に加入した謎の黒髪エルフ――ローズと、それを見下ろす同じく【水晶宮殿】のA級冒険者――カインという構図に、周囲の冒険者は気のない振りをしつつ、興味津々で聞き耳を立てている。

 ウルスラの宣告以来、ローズは再びダンジョンに逃げていた。

 しびれを切らしたクロエに派遣されたカインが、冒険者ギルドに表れたローズを捕まえたのが今の状況である。


「いい加減話し合え。何があったのか知らねぇけどよ」


 カインもクロエとローズの関係をはっきりと聞いたわけではないのだが、空気は読める方だ。尊敬するクロエが気にしている相手ということで、複雑な気分になりつつも、骨を折ることには吝かではない。

 だがカインの気性としてこのようにうじうじしているのは、見ていてイラつくのだ。


「正直なところ、はっきりさせるのが怖い」

「ああん?」


 ゆえに声にその感情が乗るのも致し方なかった。


「自分で自分が分からない。どうしたいんだろう私は……」

「知るか! しょうもねぇこと言ってねぇで一旦クランに戻れ!」

「毎日戻ってる」

「顔を合わせるのを避けて閉じこもって、隙を見て抜け出してダンジョン通い。それってどうなのよ?」

「……」


 カインはイライラのあまり机に肘をついてそっぽを向く。

 そして向いた方に思いもよらぬ顔を発見して、驚愕のあまり立ち上がる。


「アベル!」

「えっ?」


 騎士らしき青年の後ろに従った、新品従士といった趣きの少年が、その声に反応してカインの方を見る。


「姉さま!」

「アベル!」

「姉さまぁー!!!」

「アベルゥー!!!」


 カインに向けて飛び込んでくる少年を、立ち上がって受け止め抱きしめるカイン。

 周囲の冒険者が唖然としてそれを見ている。


「どうしたんだ!? こんなところに!」

「任務です!」

「そうか!」


 あまり会話になってないが、カインは気にしていなかった。

 目を瞬かせてそれを見ていたローズはカインの経歴を思い出して、心当たりに気づく。


「ひょっとして弟さん?」

「おう! 弟のアベルだ!」

「アベルです! 初めまし……」


 そこまで言って絶句する。

 そこに座っていたのはアベルが今まで見たこともないような、黒髪の美少女エルフだったからだ。

 僅かに伏せられた目線。愁いを帯びたその雰囲気は強烈にアベルの庇護欲を刺激してくる。若く健康な男子のアベルの気にならないはずがない。


「じゅ、従士のアベルです! 本日はお日柄も良く!」

「あ、はい」


 慌てて立ち上がって、右手を胸にあてて軽くカーテシー風の礼をとる。ただし服装はいくらか女性らしくはあっても武装した冒険者のものであり、作法と全く合っていないのだが。


「カインさんの同僚、ローズと申します。カインさんには普段からお世話になっております。以後お見知りおきを」

「はい!」


 相手は下っ端の従士と言えど、一応は国に仕える軍人である。それも公務中らしい。平民としては敬意を払うべきだろうと、咄嗟に最近仕込まれたものが出た形だ。半ば反射的な挨拶だったが、しばらくクロエたちに仕込まれた成果として、一応形にはなっていた。

 その様子を横から見ていたカインが胡乱げな視線をローズに送る。


「アベル、そいつはやめとけ。売約済みだ。というかウジウジのウジ虫野郎だぞ」

「……」

「そんな、姉さまがご友人に向かってそんな汚い言葉を……」

「あ、いや、いいんだよ! こいつは友達じゃないし!」

「……地味に痛い。その言葉」


 ただでさえ落ち気味のローズの視線の向きが、カインのその言葉で真下に落ちる。

 そうこうするうちに、アベルが従っていた騎士が少女を連れて近づいてきた。騎士と少女。絵にはなるが、場所もあって違和感が強い。

 その騎士がアベルに声をかける。


「アベル。そちらのご婦人方は?」

「ユリウス先輩。こちらは姉のカインです。それと、姉の同僚の方、ローズさんです」

「これは奇遇ですね。初めまして、騎士ユリウスです。アベル君を預かっております。カインさんの英名は彼からもかねがね。お会いできて光栄です。ローズさんもよろしくお願い致します」


 カインは内心でその挨拶を模範的で無難と評しつつ、だがそもそもなぜ騎士が冒険者ギルドなどに? と疑問に思う。表面上はこちらも無難に挨拶を返しつつだ。

 その横で相手の名前に反応したローズが唖然とその騎士を見返していた。


「ユリウス……」

「?」


 不思議そうにするユリウスにローズは慌てて挨拶を返す。

 カイン、ローズと挨拶を交わしたユリウスは、アベルを手招いてなにやら小声で話し始める。

 その隙にカインが先ほどのローズの反応の理由を尋ねる。


「おい、知り合いか?」

「ああ」

「その割に初対面みたいな反応じゃね?」

「わた……じゃないロイズの甥だ」

「え、まじ?」


 アベルとの話が終わったのか、ユリウスが再びローズ達の方を向き、警戒を和らげるように微笑を浮かべながら話しかけてくる。


「カインさんはクラン【水晶宮殿】のメンバーと聞き及んでおります」

「ん? そうだけど?」

「まことに不躾なお願いで申し訳ないのですが、そちらに所属しているはずのロイズと言う者に繋ぎをとれないでしょうか? 実は私はロイズの甥でして、連絡を取りたかったのですが行方知れずとなっており、困っていたのです」

「ん? ロイズは引た」

「ああ!!! クロエが!! クランマスターが所在を知っているので」

「ああん? そうなのか?」


 強引に遮られて、カインが訝し気に眉を顰める。

 ローズとしてはそれどころではない。


「よろしければ取り次ぎましょう。ただ、一応用件をお聞きしても? 話せる範囲で構いませんので」

「そうですね。実は叔父の娘を預かってきまして」


 そう言うとユリウスは連れていた少女の背中を押して前に出す。

 十歳くらいの黒髪の少女が、ぼんやりした表情でローズを見つめ返す。


「…………は?」


 完全なる想定外にローズが固まる。

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