2.後片付け
【水晶宮殿】クランメンバーのA級冒険者カインが、グレイグリズリーの死体を解体しているワルターに声をかける。
「騎士様方に手伝ってもらっちゃって、わりぃな」
「構わんよ。どうせ今は手が空いてる」
今ワルター以下ウルスラの随伴者五名は【水晶宮殿】クランハウスのロビーで、戦闘の後片づけを手伝っていた。
ワルターは帝国第三騎士団長という要職に在るのだが、役職に合わぬ現場作業をしている自分を少し面白がっていた。もっともそれを言うなら、特段役割も与えられずにウルスラに随伴していること自体が異例なのだが。
ワルターのその半分自嘲を含んだ言葉にカインが反応する。
「ん? あんたら今日この街についたばっかじゃねぇの?」
「それが、当初の目的は概ね解決済みだったらしい。お役御免、帰って良いと言われてな」
肩を竦めるワルターの言葉にカインが困惑する。騎士を派遣しておいて、もう用はないとは意味が分からない。人と金の無駄遣いだ。
「なんだよそれ……、ってか、あんた魔物の解体手慣れてんな」
「騎士団と言っても第三は国内治安、魔物討伐の仕事も多い。当然慣れてるさ」
「へぇ、第三か。弟が今年から従士になって第三に配属されたらしいんだよなぁ」
その苦々し気な声にワルターは違和感を覚える。身内が将来の騎士候補である従士になったという話で、なぜ苦々し気になるのか。
疑問が顔に出ているワルターに気づいて、カインが苦笑する。
「いや、弟と不仲ってわけじゃない。第三ってところが問題でな」
「……まぁ不人気だからな、うちは」
「違う違う、すまんそういう意味でもないんだ」
機嫌を損ねたかと慌てたカインが訂正する。
「騎士団長がくそ野郎なんで、弟を預けるのは業腹ってだけさ。いやすまん、あんたらの上司を悪く言うもんでもないな」
「……」
まさかその団長が目の前にいるとは思ってもみないカインは、さらに目の前の第三騎士団長をこき下ろす言葉を連ねる。
「でも、自分の領地もろくに管理できないくせに、コネで騎士団長に居座ってるのってどうなんだよ? あんたもこの街まで無駄足させられていい迷惑だろ?」
「……んー」
ワルターが居心地悪そうに咳払いをするのを、勘違いしたカインが我に返って慌てたように謝る。
「あ、いや、マジですまん。悪く言うもんじゃないって言っておきながら、言いたいだけ言っちまってるな。そりゃ反応に困るよな、ワハハ!」
近くで聞き耳を立てていた部下が、頭を抱えながらワルターの方にちらちら目線を送っているのが見える。部下の立場からすると黙っているわけにもいかないが、ワルターの性格を知るがゆえに、対処に困っているのだ。
それを手を上げて押し留め、ワルターは嫌々ながら自らネタ晴らしを決意する。一応立場のある自分に対する放言を座視するわけにもいかないのだ。とはいえ大事にするつもりもないのだが。
(最初に身分を明かすべきだったな)
失敗を悟るが後の祭りだ。
「すまん、私がその騎士団長なんだ」
「あん? 面白れぇ冗談だが、ちょっと洒落にならなくないか?」
貴族の詐称は重罪だ。役職の方だとしても、冗談としてはあまり質が良くない。少なくとも今日初めて会った相手にするものではない。
だがワルターの目を見て冗談ではないことを悟ったカインが真顔になる。
「……マジなのか?」
「ああ、マジだ。いや、咎めるつもりはない。今の話は聞かなかったことに……」
「……あぁ?」
途端にカインの目が据わる。
その豹変に驚いて、ワルターは尋ねる。
「……私と君は初対面だと思ったが」
「てめぇ、本当にヴィンタール伯爵なのか? なんでこんなところに居る」
「一言でいえば、宮仕え故ままならぬ身というところか」
要するに上役の命令だ。ワルターが遠い目になる。
その返答と表情にカインが難しい顔をして「あー」とか「うー」と唸りながら首をひねる。
元々カインは、ある事情によりヴィンタール伯爵という人物に悪印象を持っていたのだが、その人物が実際会ってみると随分気さくで、宮仕えの悲哀を味わっている苦労人っぽいという事実に困惑しているのだ。
「……あんた、想像と違うな。大分」
「私の方はそっちがどんな想像をしていたのか、容易に想像がつくがね」
苦笑するワルターを半眼で睨み返したカインは、頭をガシガシ掻きながらため息をつく。
「謝らねぇぞ。うちの実家や近所はそっちの管理不行き届きでえらい迷惑被ったんだ」
「君は騎士家の出身か? ならば謝るのはこちらの方なのだろうな」
「……爵位持ちが簡単に謝るなよ」
そう言うとカインはロビーから出て行く。気まずくなったというのもあるが、片付け以外にもやるべきことは多いのだ。
「団長、流石にどうかと思いますよ」
「まぁ今更さ」
カインを咎めなかったことについて部下が苦言を呈するが、ワルターはそれを流す。
そして片付けがひと段落したのを見て部下たちに告げる。
「よし、流石に最後まで付き合う必要はないだろう。そろそろ君らは宿に戻れ。今日明日は休息として、その後は帝都に帰還しろ」
「団長は如何するのですか?」
「女官長殿をひとり放って帰るわけにもいくまい」
ウルスラはフラム確保後にワルターらに帰還を言い渡していた。
彼女自身は一月程度滞在した後帰還するとのことだったが、その間や帰路の護衛なしとはいかない。たとえ彼女に必要がないとしても。
「それに、正直これで終わる気がしない。ただの勘だがな」
―――――
「……」
「……」
ローズが退室するのを止められなかったクロエとノイアは、気まずい空気の中で取り残される。
「クロエさん、何が問題か認識できていますか?」
「失敬な! 流石に分かってるよ。婚約がフラムの影響だとローズに思われちゃったこと、不信感を持たれちゃった、ってことだろう?」
「それもありますが、より重要なのはローズさんが『他人の力』で私たちに普通ではない婚約を強いてしまった、という自責の念を抱いてしまったことです」
「ん?」
いまいちよく分かっていなさそうなクロエに、ノイアはため息をつく。
「ローズさんは未だに成熟した男性としての意識が強いんです。一応言っておきますが、自分が男性だと思っているわけではなく、責任感などの意識の切り替えが出来ていないって意味です」
「ふむ」
「それがフラムちゃんの影響を受けていたとはいえ、若い女性の私とクロエさんに、重婚という異常な契約を強いてしまった。
それを止められなかったことで、自分自身に対する自信や責任感、信念と言ったものに大きな不信感を抱いてしまった……。
つまり、一言で言うと自信喪失です」
「重婚ってそこまで異常じゃないよね」
「そういう考えもありますが、今はそこは重要ではありません。ローズさんが自分自身のことを私たちと婚姻を結ぶのにふさわしくないと、そう思い込んでしまった可能性があるということです」
「ええ?」
「勿論、これは私の想像に過ぎませんから外れている可能性はありますが、先ほどのあの反応からしてそれほどズレているとは思いません」
「ふーむ」
年下であるノイアの言葉を言下に否定せず、素直に聞くのはクロエの美点だろう。
ただ、聞き側に回りすぎて少々頼りなさを感じるのはご愛敬だ。
「となれば私たちがすべきことも見えてきます」
「というと?」
「まず前提として重婚について、クロエさんはどう考えていますか?」
「んー、実はちょっと問題があるんだけど、まぁ何とかするよ。ノイアの方はどうなのさ」
「正直思うところが無いでもないです。そもそも我ながらなぜその発想に至ったのか……。やはりフラムちゃんの影響なのでしょうね。でも事ここに至っては今更です」
「だよね」
「ならば、私たちが一致して、私たち自身の意思として婚約の維持を望んで譲らなければ、ローズさんも納得して自ずと収まるべきところに収まります」
「おおー」
ノイアが自信ありげに断言して、クロエとしても同意、納得したのだが。
ふと、何か見落としがある気がするクロエだった。
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