24.逆襲
「ロランの剣技を再現……?」
「えー、つまりエリザベートが犯人ってこと?」
「何失礼なこと言っているのよ。作ったのは私だけれど、ペルペトゥアか、その兄王か、その辺りが隠匿していたのよ、多分。
でも、血の方はまだしもよくあれを隠しおおせたわね……。それに起動まで……」
エリザベートが再び考え込みモードに入りかけたため、ローズが慌てて声をかける。
「その『ロランの鎧』の弱点を教えてくれないか」
「誰が作ったと思っているの? そんなものはないわ」
「そんな自信満々に……」
「強いて言うならば、所詮は人造ゴーレム。設計された性能以上の力は出せない、ってところかしらね。ローズ、あなたとの戦闘の様子を聞く限り問題なく勝てるわ」
「いや、さっきも言ったように負けを確信したんだが……」
「何を言っているやら」
やれやれと首を振るエリザベートの態度と確信を持った物言いに、ローズとしては困惑するしかない。
それを見てクロエが口を挟む。
「ローズは自信がないようだけど、私が居れば問題なくない? 前回も私が吹き飛ばしたら逃げたし」
自信満々と言う風だが、それに対してエリザベートは渋い表情をする。
「あなただと、十中に一つか二つくらい負ける可能性があるわね」
「はぁ!? なんで!?」
「相性もあるけど……、いえ、あえて言うならば経験不足ね。魔法が強すぎるのよ、あなたは。それが理由。とりあえずは」
「なにそれ……」
微妙に言葉を濁すエリザベートに納得いかないと不満げな顔をするクロエ。
ローズはエリザベートの言わんとすることの自分なりの解釈を試みる。
「……近接戦闘での生死を分けるような経験が不足しているとか、そういうことか?」
「大体そんな感じ。ロランの剣技の綽名、『絶剣』は有名だけど、もう一つあるのは知ってる?」
「聞いたことがあるぞ。『天衣無縫』だな」
「……それ、後世にそれっぽく書き換えられたものね。
当時の仲間はこう呼んでいたわ。『出たとこ勝負のロラン』あるいは『行き当たりばったりのロラン』って」
「なんだそれ」
「そのままよ。あの人、地頭は良いくせに戦いになると後先を考えずに突撃して、みんなでフォローする羽目になって……大変だったんだから」
「ロラン陛下のイメージが……」
ノイアが珍しく頭を抱えて浮かない顔をしている。どうやら彼女にとって初代皇帝ロランは憧れの存在だったらしい。
「剣術でも同じでね。型に囚われないと言えば聞こえはいいけど、その実態は本人の才能と動物的直感で、相手に力を出させずに一番弱い所を的確に突くという……」
「あー! それ以上イメージ壊さないでください!」
涙目で猛抗議するノイアに、流石のエリザベートもそれ以上のロラン下げは続けられず、言葉を止めて話題を変える。
「……戦闘スタイルは割とローズと似てると思うわよ」
「そうか?」
ローズとしては、歴史上の偉人と似ていると言われてもあまり実感は沸かない。
「そのロランの剣技を再現することを目指した『ロランの鎧』は、かなり変則的な戦術を取ってくるわ。特にクロエみたいな『強敵』にはね」
未だ納得いかなげなクロエが不満顔をするが口には出さない。
「ローズが相手なら……、逆に正当剣法かしら。一撃で死なない限り勝てるでしょう」
「その一撃が問題なんだが」
ローズの懸念の言葉に肩を竦めたエリザベートは、それ以上は不要と会話を一方的に打ち切る。
「もしクロエが対峙することになったら、あなたが守るのよ」
その謎の信頼に困惑するローズだった。
―――――
「本気で三人で行くのか?」
街の路地を縫うように進み、代官邸を指呼の間に望む位置まで接近したローズ、クロエ、エリザベートだったが、この期に及んでも自信が持てないローズは懸念を口にする。
クランハウスは破損した正面扉をエリザベートによって応急的に修復、再起動し、残りのメンバーで守りを固めている。
冒険者ギルドへの応援要請も検討されたが、この街の代官以下が敵に回っている可能性があり(自発的か否かは置くとして)、現状説明の困難さ、戦力を集める時間がかかること等が予想されたため、時間を惜しんで拙速を貴ぶ方向で取り止めとなった。
「外部戦力の引き込みができない以上、守りは万全を期したい。うちには非戦闘員もいるからね」
「それには同意するが」
「ラシェルの偵察結果によれば、代官邸の内部では戦闘準備を整えている気配はあるものの、すぐに打って出てくる様子ではないということだったけど、日が暮れるのを待ってるのかな?」
「そんなに吸血鬼が多いのか?」
「何とも言えないね」
真祖が控えている以上、吸血鬼と魅了下にある普通の人間、さらに元々レオン王国に属する人間が戦力として想定される。それに加え魔導人形が一体。さらに吸血鬼化した魔物をさらに用意している可能性がある。
ただ、過去に真祖が人類に戦争を仕掛けてきたとき、無秩序に増やした大量の吸血鬼がその戦力となったのに対し、ペルペトゥアは理性的であり、野放図に吸血鬼を増やしている様子はない。実際にクランハウスを襲撃してきた戦力は、人間十二名中、吸血鬼が一名で、それに加えて吸血鬼化した魔物一体だけだった。
結局、現時点で得られている情報では、最も警戒すべき吸血鬼の数は予測困難としか言いようがなかった。
「グダグダ言っても始まらないわ。行くわよ」
「正面から? 無茶苦茶だな」
「そうでもないわ」
やけに好戦的なエリザベートに疑念の視線を向けるが、本人はどこ吹く風。ローズの視線を受け流して、代官邸の高い塀を見つめる。
「かのロラン曰く『自分達が優勢で攻める側だと思っている奴らほど逆に攻められると脆い』だそうよ」
「ん……、一理あるが、むしろ優勢側は劣勢側の一発逆転狙いを警戒するものじゃないのか?」
「そうね『そうやって備えているまともな指揮官がいた場合は』……」
「いた場合は?」
エリザベートが意味深な笑みを浮かべる。
「『ケツまくって逃げろ』」
そう言うと言葉と裏腹に堂々と通りに歩み出て、その体から渦巻くような魔力を放出。
同時に懐から深い紫色のポーションを取り出し、堂に入ったフォームで塀に向けて投げつける。
そして素早い詠唱により準備していた魔術を完成させる。
「且は魔を払う銀の風――【セイクリッドガスト】!」
放物線を描いて飛んでいたポーションが、追い打ちされる形で魔法の暴風の直撃を受け瞬時に砕け散る。
ポーションの内容物が破裂するように飛び散り紫色の煙霧となる。それを取り込み紫色となった暴風が、代官邸の塀に衝突する。
瞬時に数え切れないほど多くの細かな穴が穿たれた塀は、そのまま暴風の圧力に抗うことも出来ず崩壊する。
その瓦礫の向こうに偶然居合わせた兵士が唖然としているのが見える。
「……ロラン帝を突撃馬鹿みたいに評してたけど、やってる事は同じじゃないか?」
「失礼ね。派手に爆破したりせず無駄な人死が出ないよう配慮しているでしょ」
「ってか、なんで対アンデッド魔法で塀が壊せるの?」
「魔属性付与のポーションで塀に魔属性を与えて、聖属性で浄化しただけよ」
「属性付与……それも無機物に魔属性……」
「考えるだけ無駄だよ、あれでも『聖女』と呼ばれるほどの大英雄だし。……私も行くか」
言いながらクロエは腰から『トリアコンター』を引き抜き、高速詠唱を開始する。
「□□□□□□□□!」
人には聞き取れないほどの異常な高速詠唱。
しかも、わずかにタイミングをずらして三十もの【リフレクトシールド】の詠唱を『ほぼ同時に平行詠唱』して、起動するクロエの固有魔術【水晶宮殿】だ。
トリアコンターに嵌め込まれた三十のミスリル製リングに次々と光が点る。
その全てが点灯したところで『トリアコンター』を前に突き出す。
「「「「【リフレクトシールド】」」」」
まるで三十人のクロエが唱和するかのように、【リフレクトシールド】の起動ワードが唱えられた後――
「――【クリスタルパレス】!」
最後にそれらを統括制御する三十一番目の術【クリスタルパレス】が起動される。
直後に黄金に輝く三十枚の盾が空中に浮かび出る。
「相変わらず何をやっているのか分からない」
「色々やってるんだよ、色々とね。コレがあると詠唱待機の工程が省略できて楽なんだよね」
世間ではマジックワンド『トリアコンター』こそが【水晶宮殿】の中核を成す魔導具と考えられているが、事実は全く異なる。
『トリアコンター』は【水晶宮殿】を構成する無数の工程の一つを担うに過ぎず……クロエがその気になれば、無くても良いものなのだ。世間の思い込みを意図的に放置することによる、一種の偽装である。
固有魔術【水晶宮殿】はクロエの才能のみによって実現される、模倣不可能な大魔術であり、その天才性の証明そのものであった。
「さあ、推していこうか」
走り出したクロエに先行して、『前衛』の十二枚の【リフレクトシールド】が横一列に並んだまま、塀の崩れた部分から飛び込んでいく。さらに『後衛』の十五枚が防御兼予備として、クロエの周囲で距離を空けて周回する。最後の三枚はクロエの至近距離で待機する最後の砦だ。
これが【水晶宮殿】の基本隊形である。
【リフレクトシールド】はその名の通り、物理、魔法、いずれの攻撃もはじき返す特性を持つ。そのため触れるだけで殴られたかのような衝撃を対象に与えることが出来る。これは常にシールドバッシュを繰り出しているようなものだ。
人間とは異なる位置から異なる速さ、挙動で繰り出されるシールドバッシュ。しかも当然ながら死傷を恐れることもない。その侵攻の前では、並の兵士は戦線を維持することすら敵わない。現に騒ぎを聞きつけて集まってきた兵士たちが成す術なく、次々と叩き伏せられている。
欠点は防御すればするほど、接触すればするほど、個々の盾が保有する魔力を消費して最終的には消滅してしまうことだろう。
【水晶宮殿】ではその欠点を前衛・後衛に分けることで軽減している。
十二枚の前衛のうち消耗、あるいは消滅に至ったものを十五枚の後衛により順次交代・補充し、術者であるクロエは後衛に回ってきた損耗分を修復・再生成するのである。
これにより、クロエの魔力が尽きるまで、半永久的に十二枚の【リフレクトシールド】が前線を維持し続け、かつ常時十数枚が術者の防御兼予備として保持される。
なお、これはあくまで基本であり、敵の戦力、状況に合わせて前線を担う盾の枚数を自在に変化させることも可能だ。
恐るべきはこの複雑な挙動をとる【リフレクトシールド】の群を、たった一人で自在に操るクロエであろう。並の術者では二枚を同時操作することすら困難なのだから。
「これ、やっぱり私はいらないんじゃないか?」
「一応この術の欠点として他の魔法が使えないってのがあるんだよね」
「そりゃ三十一も並列起動してればなぁ」
「万が一の時は頼りにしてるよ、婚約者殿」
「……そんなことがあるとも思えないがな」
婚約者殿などと言われてむず痒い気持ちになるが、そう言われるとローズとしても気合を入れざるを得ない。
だが、唯一の懸念点である魔導人形でもこれを突破できるとは到底思えない。最後まで仕事なしという結果が、ほぼほぼ見えているといえる。
「まぁ、何事もなく終わるに越したことはないか。……ところでエリザベートはどこに行った?」
「ベスは……まぁ、いつも通り頭を直撃かな」
「一人で行かせて大丈夫なのか?」
「大丈夫。あいつ私より強いし」
「……」
死屍累々、ただし一人も殺してはいない。
そんな代官邸の前庭の惨状を眺めたローズは「これより強い?」と半ば呆れ気味に、思考を放棄してクロエの護衛に専念することにした。
それが無駄になるという確信を深めつつ。
―――――
「奇襲を受けましたか」
部下の報告を受けペルペトゥアは軽く首を傾げる。
「ふむ。戦の素人が口を出すものではありませんね」
ペルペトゥアとしては、圧倒的戦力差から相手は守りに入り、自分たちが攻める側になると、ごく常識的に考えていた。それゆえに日が暮れてからの行動開始を指示していたのだが、それが完全に裏目に出た格好だ。
考えてみれば歴史上劣勢側が逆襲を試みたことなど枚挙に暇がない。その程度の知識はペルペトゥアにもあった。だが軍人ではない彼女にとって、それらは単なる歴史知識にすぎず、自らが当事者である現在の状況に当てはめる発想がなかった。現状を戦争と同一に扱えるという認識が、そもそもなかったのだ。
「この歳になっても学ぶものはありますね」
少し考える。
自分が戦闘の素人であることは明らかだ。そして、自らの影響下にある者は自分の言葉に意見を述べることはあっても、異を唱えることはない。
ゆえに指示を出せば出すほど、それと気付かずに墓穴を掘る可能性が高い。
口を出さずに専門家に任せるのがベターと結論できる。
「……ここしばらくなかったことですが、考えてみれば百年以上前はそれで各分野の専門家の考えを学んでいましたね。初心忘るべからずですか」
百数十年に渡って蓄積した経験。今更になって、そこにないものを新たに発見するとは。
かすかな自嘲、おかしみを感じる。
そして待機していた部下に各部隊長への命令を伝達させる。
「各々に任せます。最適と考える行動をとりなさい」
―――――
「フラム様ダメです! お外は危険です!」
クランハウス内で宙をふよふよと漂うフラム。それを、マリーが必死に押し留めようとするが、物理的な高度差によりうまくいかない。
「だいじょぶだいじょぶ。それよりフラムは見届けないと。それが義務? 欲望?」
「何言ってるのかわかりませんが、あとで叱られちゃいますよ!」
「明日は明日の風が吹く~」
「ああ~~」
マリーは自分でも届きそうなフラムの足を捕まえようとするが、フラムは器用にくるくると回転して躱してしまう。
幾人かのクランメンバーがその様子を眺めているが、誰も手を出そうとはしない。声をかけることもない。
彼女らの頭上を越え、即席バリケードをも超え、フラムは誰に阻まれることもなくクランハウスの外に飛び出す。
「はぁ、ま、いいか。……掃除しないと」
つい先ほどまで必死に追いすがっていたマリーまで、何事もなかったかのように別事に意識を向ける。
「ちょっと好みと違うけど、見届けないと~」
歌う様に呟きながら、一路代官邸へ向かうフラム。
宙を漂う彼女を誰も気にしない。気にすることが出来ない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます