23.ロランの鎧

「懐かしいわね」


 エリザベートはひとしきり過去を語り終えると、遠い目で微笑んで、そう締めくくる。

 その話を聞いていたのはクロエ、エリザベート、ローズ、ノイアの四名。

 一応エリザベートは過去を隠しているため、聞く人数を絞っていた。ノイアをこの場に加えた理由として三人の婚約の話をすると、エリザベートが呆れた顔でローズを睨むという一幕もあったのだが。

 ちなみにフラムのことは話がややこしくなるため、今は後回しにしている。


「なんか軽いなぁ。懐かしいと表現するにはちょっと内容が重すぎないかい?」

「なんで? 百五十年も前の話よ?」


 話の内容と当事者であった話し手の態度に落差にドン引きするクロエだが、当の本人は気にすることなく肩をすくめるだけだった。


「流石に当時の感情を引きずるには時が経ち過ぎたわ」

「なんとも……」


 そのエリザベートの態度に、クロエはうーんと首を傾げて目を瞑る。以前からエリザベートにはいささか酷薄の気があるとは思いつつも、そこまでとは思っていなかったのだ。


(いや、そもそも……それ自体がレオンとの事件が原因なのかも? そうだとしたら、あまり言えないな……。あ、そういえば)


 クロエは思い出す。エリザベートと子供の頃に会った時と、しばらく後に再会した時でその印象が大きく変わっていたことに。てっきり自分が子供だったせいで受ける印象が違ったのかと思っていたが、どうやら本当に性格が変わっていたようだ。


「ちょっと待ってください! ということは、エリザベートさんは『硝子瓶の聖女』サーリェ様ってことなんですか!?」

「そこ? 疑問に思うところは」


 ノイアが立ち上がりながら大声を出す。流石のエリザベートも少し呆れ気味だ。

 だがノイアとしては重大なことだった。

 『硝子瓶の聖女』サーリェと言えば、初代皇帝ロランを助け、その創業を支えた家臣・友人の一人として、広く人口に膾炙する歴史上の偉人だ。

 エルフ女王エーリカの妹にして、帝国史上最も有名な錬金術師であり、多くの人々を助け癒した聖女であり。百五十年ほど前に表舞台から姿を消し、以来行方不明とされている。

 ノイアの憧れとする歴史上の人物の一人なのである。


「でも、だって、伝記ではサーリェ様って、瓶底眼鏡をかけて、エルフなのにぼさぼさの髪を肩口で切り揃えて、エーリカ様やロラン陛下の背中に隠れておどおどしてたって」

「……人の黒歴史を掘り返さないでくれる?」


 ノイアの言葉によって精神に大ダメージを受けたエリザベートが頭を抱える。

 他人に対しては酷薄でも、自分の過去の汚点を抉られるのは厳しいらしい。

 ローズもその辺りには興味はあったのだが、今はそれどころではない。話を進めるべく話題を変える。


「クロエが会ったという真祖ペルペトゥアは、今の話に出てきたペルペトゥア――ペチュアと同一人物なのか?」

「どうかしら……、容貌の特徴を聞く限りではよく似ているようだけれど、騙っているという可能性もなくはないわね。けれど……」

「騙る意味もないか」


 それに頷きつつ、珍しくためらってから口を開く。


「彼女が真祖になった原因にも心当たりがあるわ」

「原因?」


 真祖がいかにして生まれるのか、それはいまだ未解明の謎とされる。もし解明されたとすれば、無数の有象無象が群がってくるであろう重大な情報だ。


「その言い方、まさか真祖がどうやって生まれるのか知っているのか?」

「……聞かない方が良いわよ。永遠の命が欲しいという愚か者は、いつの時代にもいるのだから。例え将来精神が磨滅するのだと知っても」


 エリザベートの言う通り、知っているというだけで付け狙われかねない危険な情報だ。


「今はそのペルペトゥアが、私の知るペルペトゥアである可能性が高いということを知っていれば良い。彼女には私を狙う動機がある。現在のレオン王国の政治問題を放り投げてでもね」

「動機……か」


 ペルペトゥアの複雑な生い立ちを考えれば、確かに動機はあるとは言える。

 だが、とローズは疑問に思う。それはエリザベートの話の中でのペルペトゥアの印象とは、大きなずれがあるように思えたのだ。

 大人たちの思惑に翻弄された彼女がそこまでレオン王家に義理立てするものだろうか。

 百五十年もの年月。

 歴史と言い換えても良いほどの長きに渡り、憎悪を持続させることができるほどに。



―――――



「戦いが避けられないのならば、日が暮れる前に打って出た方が良いでしょうね」

「吸血鬼症は夜間に力が強くなるというのは本当なのか」

「単純な話、視力が強化された結果、日中は日の光が眩しすぎるのよ」

「え、そういうことなの? 真実にはロマンの欠片もないなぁ」


 クロエは吸血鬼伝説の残念な真実を知って愕然とする。


「日の下で不利なのは間違いないのだから、馬鹿にできたものではないわよ」

「まぁ確かに」


 クロエが居れば人数の差は問題にならない。懸念があるとすれば……


「問題は魔導人形か」

「魔導人形?」


 ローズの言葉にエリザベートは訝し気に見返す。


「一昨日の夜にクランハウスを襲撃されたんだ」

「あ、そうそう、ここの防衛機構すり抜けられてね。ローズが危ない所だったんだよ」

「このクランハウスの防衛機構を破壊されたの?」

「いや、無反応。どうやったのか分からないけどすり抜けられたみたいで」

「はぁ!?」


 目を吊り上げてクロエを睨みつけるエリザベート。


「そんなわけないでしょ! 玄関の鍵を掛け忘れていたんじゃないの!?」


 どうやら彼女のプライドをいたく刺激したらしい。その激烈な反応に戸惑うクロエ。


「えっと、そう言われても事実だし……施錠したのは間違いないみたいだけど?」

「あり得ないわ。そもそもたかが人造ゴーレムごときが私の……」


 そこまで言って、不意に黙り込む。


「ちょっと待って、ローズが危なかった? たかが人造ゴーレム相手に?」

「ああ、あのまま戦っていたら死んでいた、という確信がある」

「は? あなたA級……昇格はまだか、でも実力的には十分。ギルド貢献次第でS級も視野に入るはず……それが負けを確信するほどの異常な戦闘力……クランハウスへ無害侵入……レオン……」


 ぶつぶつと呟きながら、自問し始めるエリザベート。

 思考に没頭すると周りが見えなくなる、彼女の悪い癖だ。幸いこの場に彼女のこの癖を気にする者はいないし、彼女の思考を待つ時間的余裕もある。


「思い出した」


 しばらく思考に没頭した後、そう言って顔を上げたエリザベートは、苦々し気に続ける。


「その人形、人間くらいの大きさで、鎧のような形状で、二足歩行で腕も二本、前後の区別がなかったでしょう?」

「知っているのか?」

「……ふぅ、ペルペトゥアが真祖になっている時点で気づくべきだったわね」


 自嘲気味に呟くが、彼女以外その繋がりが理解できない。


「百五十年前、私の研究所からレオン王国に持ち去られ、そのまま行方知れずになった物品がいくつかあってね」

「まさか」

「そのうちの一つが試作魔導人形『ロランの鎧』。初代皇帝――絶剣ロランの剣技を再現しようとして……、失敗した人造ゴーレムよ」

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