21.帰宅

「つまり、まとめるとこいつらはレオン王国の兵で、うちを襲撃してきた。街の衛兵はなぜか動かない。ってこと?」


 ローズは帰ってきたクロエ達に、武装解除して縄を打ってラウンジに放り込んでいるルアール達の前で状況を説明する。死亡したカミロ他数名の死体はロビーに安置し、負傷者は死なない程度までポーション等での治療済みだ。


「動かないというより、動けないみたいな感じだな。上役が行方不明とかで現場の人員が右往左往していたそうだ。一人状況を確認に来たが、報告に戻ってそれっきりだ」

「うーん」

「代官邸の状況が分からないが、そちらが無事とも思えなかったから奪還作戦を考えていたんだが……、まさか普通に戻ってくるとはな」

「こちらは普通に交渉して後日に本交渉って感じで円満に終わったけど……いや、交渉相手が円満じゃなかったな」

「交渉相手?」

「真祖だった」

「……こちらで倒した吸血鬼の親玉ってことか。……いや、真祖と交渉って意味が分からないんだが」

「まぁそこは追々ね」


 クロエがルアールの前に立つ。


「襲撃の目的は?」

「……」

「普通に聞いても無駄か」


 『普通』を意図的に強調したクロエの言葉の意図するところは明白だろう。だがルアールは動じない。


「どうも私を狙っていた節がある。戦闘中の事だが『黒髪のエルフ』『この女だ』と吸血鬼に私を狙うよう指示を出していた」

「なんでローズを?」

「分からん。だんまりだしな」


 クロエがおもむろにルアールの鳩尾に蹴りを入れる。


「ぐぉ!」


 ルアールの顔が苦痛にゆがむ。これまでの反応からルアールが吸血鬼症ではないことは明らかだった。吸血鬼症は身体能力の他、回復力、苦痛への耐性も格段に上がるため、蹴り程度では動じない。


「おい、一応こいつは貴族だろう」

「関係ないね。理由は知らないがローズを狙ったのなら殺されても仕方がない」


 クロエが彼女らしからぬ嫌な笑顔をルアールに向けて続ける。


「それに子爵と言っても帝国貴族じゃないんだろう? レオン王国の陪臣貴族が帝国直轄領で外国王族かつ帝国貴族の係累である私の住居を襲ったんだ。その場で処刑しても文句は言われない……いや、流石に無理か」

「無理ならやめとけ。……どうも最初から覚悟を決めていたようだしな」


 ルアールはクロエの言葉に動じることもなく無言を貫く。わざと徴発的な物言いをしたクロエの言葉も、その甲斐なくルアールからは何の反応も引きだせなかった。


「そもそもクロエは演技が下手だしな」

「えぇー、半分以上、いや七割くらいは本気だったんだけど」

「七割って……」


 さてどうするかと二人が頭を悩ませているとラウンジの入り口に、玄関バリケードで警戒しているはずのラシェルが顔を出す。


「クロエさん!」

「ん? 今度は何?」


 再襲撃ならラシェルが持ち場を離れるはずがない。それ以外の事態が発生したということだろう。


「……これは何事なの?」


 ラシェルの後ろから見知った顔が現れる。

 冒険者と言われても誰も信じないであろう豪奢な装い。

 金色の長髪を結い上げて余った先を肩に垂らし、形の良い両の耳の尖った先がそこから覗く。

 クロエとは別タイプの絶世の美女。


「エリザベート!」



―――――



「失敗しましたか」


 代官邸の薄暗い客間でペルペトゥアが嘆息する。

 ルアール達による襲撃が失敗して誰一人戻らなかったこと、【水晶宮殿】のクランハウス入口にバリケードが設けられ、厳戒態勢となっていることが報告されたのだ。


「本当にエリザベートが不在ならば、大した戦力は残っていないはず。それがカミロすら戻らぬとは。ならばあの時のエルフはやはり……。

 見積もりも甘すぎましたね。本懐を遂げることだけを考えるべきでしたか。

 あるいは、この期に及んで中途半端に国を残す可能性を追った自業自得か……。

 ……良いでしょう。総員での攻撃の準備を」

「よろしいのですか?」

「代官殿には今しばらく眠っていてもらいましょう。事が終わればきっと罷免されてしまうのでしょうね。おかわいそうに……」


 悲し気に顔を伏せるペルペトゥアだが、自らがその原因となることには何ら痛痒を感じていない。彼女にとって言葉も態度も半ば自動的なものだ。


「準備にはいかほどかかりますか?」

「一時間ほどもあれば」

「そう。ならば、どうせ待ち受けられているのです。この際日が暮れるのを待ちましょう」

「防備を固められるのでは?」

「構いません。どうせ手遅れです。逃げられぬよう見張りだけは確実を期すように」

「はっ」


 ペルペトゥアが閉め切られたカーテンを眺める。

 遮られた視線の先にはまだ高い日が照っており、日暮れまでは四時間ほどはあるだろう。


「どうして……なかったの……」

「は?」


 従者の反応で、ペルペトゥア積年の思いが知らず口をついていたことに気づく。


「……」


 困惑する従者を無視して、無言のまま背もたれに体重をかけ目を瞑る。

 長き時を経て感情など摩耗しつくしたはずの自分の中に、まだ熱らしきものが残っていたことに、少しだけ驚きながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る