19.クランハウスの戦い(2)

(どうすんだローズ……)


 横目でちらりとローズの姿を見るが、彼女は気負うこともなくいつも通り小剣と短剣を両手に持ち、その場で軽く跳んで体を温めていた。

 と、その姿が掻き消える。


「は?」


 流石にA級冒険者ともなれば、ローズの姿を完全に見失うことはない。カインの目は、その場でしゃがんでから地を這うような姿勢で、真正面から敵方へ突っ込むローズの姿を捉える。


(うまい!)


 ロビーの中央は灰色熊の死体が鎮座している。それに遮られてルアールの位置からはローズの動きは見えない。左右の武装兵は見えていても反応できていない。

 ローズの狙いは明らかだ。灰色熊を飛び越えて敵指揮官の直撃、すなわち“斬首”作戦だ。


「む」


 ルアールから見ると、一瞬見失ったローズが灰色熊の死体の影から、突然飛び出てきたように見えた。

 だがルアールは真っ直ぐ自分へ突っ込んでくるローズに気づくと、慌てず一歩だけ下がり、周りを固める部下に対応を任せる。

 庇う様に前に出た一名が、腰の剣を抜くとあっさりとローズの小剣を受け止めてみせる。


「ちっ!」


 剣を打ち合った感触に、どうもかなりの手練れのようだとローズが舌打ちをする。

 すぐさま残りの一名が前に出て、残りの一名はルアールの傍で守備寄りに位置取りする。


(まずいな)


 奇襲に失敗した以上、この手練れと打ち合い続ければ残りの二名に囲まれて万事休すだ。ルアールは安全策なのか剣に自信が無いのか、後方に下がってすぐには手が出せない。最初の方針通りに強引にルアールを狙い続けるのは悪手だった。

 一方、狙われた方のルアールは相手を確かめるようにローズの顔を注視する。


「黒髪のエルフ。カミロ、この女だ」

「承知しました」


 カミロと呼ばれた副官が、目を見開くとその目が真っ赤に染まる。


「!?」


 相手の変化に戸惑っているローズに対して、カミロが袈裟懸けに斬りつける。剣の速さが先ほどより数段増していた。

 その剣を受け止め、半ば吹き飛ばされるように後方に飛ぶローズ。


「なに!?」


 だが驚いたのはカミロの方だった。打ち付けた剣の感触が想定外に軽かったのだ。

 ローズが飛ばされたのは第二分隊と呼ばれた右翼側の武装兵達の背後。それを見てカミロはローズが半ば自ら後ろに飛んだ事、そしてその狙いを悟る。


「後ろだ!」


 マリアとユキを相手に間合いを詰めつつあった第二分隊は、その警告に反応する前に一番右側の兵がローズに短剣で首の裏を刺される。

 さらに刺した短剣を抜く勢いそのままに、半ば回転するように二番目の兵の膝裏を小剣で薙ぎ払う。


「ぐわっ!」「ぎゃ!」


 瞬く間に二名が倒され、焦った三番目の兵が盾ごとローズの方を振り返る。


「馬鹿者!」


 当然ながらそれは正面のマリアに背を向けることであり、ただでさえ減った第二分隊をさらなる危険にさらす行為だった。振り返った兵にルアールの叱責が飛ぶがもう遅い。

 その時には既にローズは追いついてきたカミロと切り結びながらその場を離れており、完全に行動が空振りとなったその兵は、慌てて正面に向き直ろうとする。


「もらいぃ!」


 その隙を見逃すマリアではなく、背中を見せていた三番目の兵は脇腹をハルバードで貫かれる。

 四番目の兵がその攻撃を剣で防ごうとしたのだが、マリアの膂力によりあっさり弾かれ体勢が流れる。


「そこ!」


 ユキがハルバードを飛び越えて、体勢の崩れた四番目の兵に双剣で斬りかかる。

 咄嗟に引いた剣と盾で辛うじて受けたものの、焦りと動揺でユキに押される一方になる。

 こうなると最後の一番左の兵もマリアを相手に防戦一方となり、右翼側は数の優位、陣形の優位ともに崩れ去り、単純な個人戦闘力がモノをいう状況となる。

 かくしてローズの敵陣突入からわずか数秒で、敵右翼側については【水晶宮殿】側の勝利が時間の問題の状態となった。


―――――


「やるじゃん」


 一方それを横目で見ていたカインは、正面の敵左翼に対して意識を戻す。そして長剣を駆使して五対一という状況を膠着させ時間を稼ぐべく、片手持ちでリーチを稼ぎ、重く鋭い突きで相手を押し返す。危険を冒して敵の数を減らさずとも、いずれ自然と自陣営側の優勢に傾くみて守りに専念することにしたのだ。


「こっちも負けてられないね。そらそらぁ!!」


 間合いを詰められて押し囲まれればカインと言えど対処できない。ゆえに間断ない攻撃であえて盾を狙って相手を押し戻す。さらに隙あらば盾の隙間にも突きを入れ、相手に強引な押し込みをさせないよう、その行動と意思をコントロールする。

 ただし、流石に一人では手数、圧力とも足りないため、後衛の魔術師二人組がそれを支援する。


「アイス・ランス!」

「ふぁいあー!」

「ばっか! 屋内で火炎系使うんじゃねぇよ!」

「えー、多少壊してもいいって言ってたじゃん」

「燃えたらちょっとじゃ済まねぇだろうが! 常識で考えろ!」


 ……支援できているかは評価が分かれるところであった。


―――――


 その間、ローズはカミロの長剣による斬撃を避けながら、参戦したもう一人――こちらも赤目だ――との挟撃を避けるように絶え間なく位置を変える。そうしながらも、敵右翼側の戦況を観察する。


「どこを見ている!」

「……お前たち、吸血鬼症というやつか?」


 マリアとユキが危うげなく残り二名の武装兵を押し戻しつつあることを確認し、ローズは目の前の相手に視線を戻す。その相手の真っ赤な目が鈍く光り、ローズを睨み返す。

 ローズの持つエルフの鋭敏な魔力感覚は、その男の人ならざる異常な魔力の流れを捉えていた。


「これから死ぬ貴様には関係なかろう!」

「ふむ、殺されるつもりはないがな」


 カミロの言葉を半ば肯定と見做し、ローズはこの際とばかりに以前から不思議に思っていた疑問をぶつける。

 その間も自分に向かってくる二人の剣を躱し、打ち返し、両者の力を評価する。


(カミロとやらはともかく、もう一人は戦慣れしていないな)


 考えながらも言葉による攪乱を試みる。あまり期待せず、効果があれば儲けもの程度のものだが。


「ところで素朴な疑問なんだが、お前は真祖ではないのだろう? 吸血鬼症は徐々に自意識が失われると聞くが怖くはないのか?」

「はっ! 我が主にこの身をお捧げできるのだ。何を恐れることがあるか」


 吸血鬼症の罹患者は肉体の強靭化、不老化と引き換えに、数か月から数年で自意識を失い、自身を感染させた上位者の意のままに動く人形と化す。最終的に最上位者たる真祖を頂点とした傀儡の軍団の一員となるのだ。

 普通に考えれば自意識の消滅など死に等しい。自身を感染させた相手に憎悪を抱きこそすれ、忠誠を捧げるのは奇妙なことだった。例え真祖に魅了の力があろうとも。

 あるいはカミロの主人である、世に存在の知られていない真祖、おそらく人類に対して攻撃的な行動をとらず隠れ潜んでいる彼あるいは彼女が、カリスマ的な人物なのかもしれないが。

 実際にローズのみるところ、カミロの様子は真祖の能力として知られる洗脳や魅了の効果だけとは思えなかった。


(根拠のない直感だが……)

「ふむ、興味深いな」


 つい知的好奇心で、戦闘中らしからぬ思索にふけりそうになったローズは、首を振って意識を切り替える。


「いかんな、まじめに戦うか」

「舐めるな!」


 ひときわ大きく剣を振りかぶったカミロが、怒りの声を上げる。


「しかしなぁ」


 それを寸でのところで右に躱したローズ。カミロにはその瞬間ローズが消えたように見えた。


「!?」


 ほとんど同時にローズの背後から切り込んでいた味方の剣が、カミロの剣と交差し激しく衝突する。

 挑発的な会話で気を逸らして、互いの位置取りを調整した結果であるが、カミロがそれに気づくには遅すぎた。


「あっ!?」

「しまっ!」


 そして突然、衝撃と共にカミロの視界が上下に回転する。


「!?」


 床とその上に立つ人体の切断された首の断面が視界に飛び込み、一瞬で上方へ流れ去る。驚愕するルアールの顔、天井、壁、そして再び床。目まぐるしく切り替わる光景に、半ば恐慌して悲鳴を上げようとする。だが声が出ないことに気づく。

 まさか、と言う思考そのものが灰色に塗りつぶされていき、そのまま……


「カミロ!」

「……吸血鬼は脳と心臓を切り離さない限り死なないと聞く。すまんが今は手加減する余裕はない」


 味方との交錯で致命的な隙を晒したカミロの首を、すれ違いに斬り飛ばしたローズは、その勢いのままルアールの盾になったもう一人の喉に小剣を突き込んでその脊髄を断ち切り、驚愕して叫ぶルアールの首元に小剣を突きつける。

 その直後、背後でカミロの首が回転しながら床に落ち、それを失った体が力尽きたように崩れ落ちる。


「馬鹿な、カミロはS級とも立ち合える実力者だぞ?」

「そうなのか? 私程度にやられるのでは過大評価の気がするが」


 そのままルアールを盾にして、背後の一名の動きを目で止める。

 言葉にするまでもなく、目の前でカミロを含めた二名を瞬殺された以上、もはや動きようがなかった。


 抵抗を断念したルアールが降伏を決断、生き残りの武装兵も降伏したことで、クランハウスの戦いはひとまず終結する。

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