18.クランハウスの戦い(1)

 ルアールの目に、遠く【水晶宮殿】クランハウスの正面玄関が見える。通りに面した玄関は、普段昼間は開け放たれているはずだが、今その扉は閉じられ完全武装のメンバーが一名その前で立哨を行っている。


「どういうことだ、あからさまに警戒されているぞ? こちらの情報が漏れたのか?」

「それはないと思います。こちらもほとんど直前の指示でしたし……、ただ一昨晩何やらひと騒動あったそうで、その関係かもしれません」

「騒動とはなんだ」

「詳細は不明ですが……」


 ルアールが部下の指し示す先を見る。


「石畳が破壊されている?」


 遠目に都市の役人らしき人物がぷりぷりと怒鳴りながら地面を指さし、部下に指図しているのが見える。

 その足元には大きくえぐれた石畳。よく見ると何か所か同じように破壊された箇所が見える。そのうち一か所は丁度【水晶宮殿】クラウンハウスの正面だ。

 通常の社会活動で起きる破損とは考えにくい。真っ先に思い浮かぶのは魔法の着弾痕や重量武器を叩きつけたりといった、戦闘の痕跡と言う可能性だろう。

 役人が【水晶宮殿】の正面玄関前に立つメンバーに食って掛かっているのを見ると、その役人も第一容疑者として【水晶宮殿】を思い浮かべたのだろう。破損の位置関係から誰でもそう考える。

 【水晶宮殿】のメンバーが動じることなく静かに首を振っているのは否定の意思か。しばらくすると役人もあきらめて引き下がったようだった。


「タイミングの悪い」

「正面扉は閉鎖状態。籠城されれば突破はかなり難しいとのことです」

「一人だけ外に出ているようだが?」

「訪問者対応役でしょう。孤立しかねませんが白昼に襲撃があるとは考えていないのでは?」

「ふむ、ならばやりようによっては、向こうから扉を開けさせることはできるか」


 ルアールが希望が見えた表情をするが、部下の表情は暗い。


「しかし、我々は警戒されているはずです。あちらから見て我々とは無関係で、かつあちらにとっての重要人物、という都合の良い協力者が必要です。難しいのでは……」

「確かに短時間に仕込むのは難しいな。ふむ」


 しばし考え込んだルアールだったが、考えをまとめるとそのアイディアを口にする。


「では、こういうのはどうだ?」




 太陽が中天からわずかに傾き始めたころ、【水晶宮殿】クランハウス正面に身形の良い一騎の騎馬が近づいてきた。そのまま下馬すると立哨役のクランメンバー、ラシェルに話しかける。


「当方レオン王国従士のバシリオ・セラノと申す。【水晶宮殿】クランマスターのクロエ様、もしくは責任者の方にお目通り願いたいのだが」

「レオンの……? ですが、クロエは本日そちらとの会談に伺っているはずですが……」

「それは確かでしょうか? 実はクロエ様が会談にいらっしゃらず、連絡もないためどうしたものかと確認に伺った次第でして……」

「え!? 間違いなく今朝そちらへ伺うため出発しましたが」

「それは……」


 困惑する両者。

 クランハウスから代官邸は多少距離はあるが、迷うような道順ではない。到着してないとなれば、そもそも出立していないと考えるのが普通だ。セラノもそれを前提として確認を指示されて訪問したのだ。


「場所を間違えた? そんなはずは……、申し訳ないが留守役の責任者に取り次いでいただけないだろうか?」

「……」


 ラシェルは少し考える。このような話は明らかに彼女の手に余る。留守役の指揮官、すなわちローズに確認すべき案件だろう。


「少々お待ち頂きたい」


 セラノの了承を得て、玄関から既定の合図を出す。それに応じて内側から玄関が開錠され、わずかに開かれた扉越しで、しばしやり取りが行われる。


「どうぞお入りください」


 どう対応するにせよ玄関先でする話ではないため、セラノを招き入れることになり、扉が開かれる。

 セラノは馬の手綱をラシェル預けて玄関をくぐろうとする。

 丁度その時、その背後で通りかかった箱型の輸送馬車が急停止する。その物音に違和感を感じたセラノが振り返ると、その視線の先で長方形の輸送馬車の側面扉が勢いよく開放される。

 そしてそこから飛び出てくる巨大な影。


「な!?」

「グレイグリズリー!?」


 セラノと彼につられて振り向いたラシェルの目に映ったのは、巨大な灰色の熊。それが赤い眼を血走らせて、クランハウスの正面玄関に突撃してくるところだった。

 不意を突かれた二人は慌てて左右に分かれて、灰色熊の突進を避ける。

 灰色熊は二人に見向きもせず、正面玄関の両開きの扉、その閉められたままの片側を吹き飛ばしてクランハウス内に侵入する。


「キャー!」


 ラシェルとやり取りをしていて扉付近に立っていたクランメンバーが、運悪く吹き飛ばされた扉に巻き込まれ一緒にロビーの床を転がる。


「なんだ!?」

「敵襲!?」

「なんでこんなところに魔物が!?」

「え? 魔導人形じゃなくて?」

「慌てるな! 敵は一体だ!」


 本来、正面玄関は灰色熊だろうと魔導人形だろうと、容易には破壊できないよう各種魔術的防御機構が組み込まれていた。しかしそれは玄関扉を閉めて鍵を掛けた状態でのみ発動する仕組みになっている。さもなければ玄関開放時には必然的に建物の内側を向くことになる扉が、その防御機構の暴発によりクランハウス内部を破壊しかねないためだ。

 その仕組みの穴を突かれた形だが、白昼堂々【水晶宮殿】を正面から魔物が襲撃するなど想定する方が無理がある。そもそもとして、白昼ならば玄関の防御機構がなくとも問題ないのだ。

 なぜならば――


「しゃらくせぇ!」


 ――当然魔物に対応できる上級冒険者が常駐しているからだ。問題になるわけがない。

 騒ぎに気づいてラウンジからロビーに躍り出たカインが、長剣を抜き放ちざま、袈裟懸けに一閃する。

 一瞬、空振りしたかと勘違いしそうになるほど綺麗に長剣を振り抜いたカインだったが、その長剣を血振りすると床に一直線に血の跡がつく。

 灰色熊の首と左肩がずるりと胴体からずれて床に落ち、一瞬の間を空けて力を失った胴体も崩れ落ちる。


「おおー」

「流石カイン」


 遅れてロビーに出たローズが、指示を出す間もない一瞬の出来事だった。


「安心するな! 次が来るぞ! 倒れている者を奥へ運べ!」


 ローズの指示に従って、ユキとマリアが扉ごと吹き飛ばされ気を失っていたメンバーをラウンジに運ぶ。

 その作業中、正面玄関から入ってきた二人の人影にカインが反応する。


「わー! 待った! 私だって!」

「ひぃ!?」


 その人影、ラシェルとセラノの両名に剣を突きつけかけたカインだったが、一度引いた剣を改めてセラノに突きつける。

 ラシェルがほっとした顔で合流するのに対して、セラノはカインに向けられた殺気に唾を飲み込む。A級冒険者の殺気だ、みっともなく動揺しないだけでも大したものといえる。


「き、緊急事態につき保護を求める!」

「なぁにが保護だよ、お前らの仕業じゃないのか!?」


 突きつけた剣はそのまま、顎をしゃくってロビーに横たわる灰色熊の巨体を示す。


「誤解だ! 私は何も知らん!」


 だがセラノが必死に弁解する背後で、次々とクランハウスに武装兵が侵入してくる状況では全く説得力がない。


「ちっ」


 そのまま逃がす手も無いので、カインはセラノを引っ張り倒して他メンバーに任せる。


「よくやったセラノ」

「ルアール子爵様!? これは一体何事で!?」

「第一分隊整列!」


 床を引きずられながらも聞き覚えのある声に反応したセラノは、武装兵を率いてクランハウスのロビーに陣取るルアールを見て狼狽える。その様子は演技に見えない。

 しかしルアールはセラノの言葉を無視して、武装兵に指示を飛ばす。

 武装兵がタワーシールドを緊密に構え、ルアールの前で整列する。そして盾の間から両刃の剣を突き出す。


「制圧せよ! 抵抗する者は殺しても構わん! 第二分隊も急げ!」

「おお!」


 武装兵は防具として鉄兜とチェインメイルを着込み、タワーシールド――その名の通り塔を切り取ったような湾曲した長方形の大型盾――を構える。盾の主な素材は木製であるが、縁と中央の膨らみ部分が鉄で補強された頑丈なものだ。その武装兵五名が歩調と剣先とを合わせて前進してくる。

 彼らが前進してスペースを確保した後、さらに五名が侵入して同じような陣形を組む。明らかに訓練された兵の動きだった。

 セラノを除き、ルアール子爵とその周りを固める三名を合わせて十四名。それが侵入者の総数のようだった。


「そんな盾で俺の剣が防げるか!」


 その言葉と共にカインの剣が一閃する。武装兵はその斬撃に盾を合わせて、点ではなく面でその剣を受ける。大きな切れ込みこそ入ったものの、その傷は浅く盾の主要構造を破壊するには至らない。


「ちっ! この手応え、盾の裏になにか仕込んでやがる!」


 A級冒険者と言えば、戦場に立てば対人戦闘でも並の職業軍人ならば圧倒可能な戦闘力を有する。カインも当然その例に漏れず、複数の武装兵を相手に対峙する。

 今撃ち込んだ一撃も斬鉄の一撃であり、下手に受ければ盾くらいは破壊できる威力があった。それがうまく受けられたとはいえ、切れ込み程度の破損。カインは受けられた剣を伝わった衝撃から、石か何か硬度の高いものが仕込まれていると推測する。


「ちょ! 街中でなんでフル武装の兵士が攻めてくんのよ!」

「盾持ちかぁ、やり難いなぁ」


 ロビーに飛び出したものの、相手の武装に対応を迷ったメンバーたちが声を上げる。

 カイン以外のメンバーはB~C級だ。冒険者はダンジョンモンスターや地上の魔物相手が主と言うこともあり、武装面でも経験面でも、完全武装の人間相手は相性があまり良くない。突然の事態にも動揺せず戦闘態勢をとっているだけ上々と言える。

 一秒、ローズは考えをまとめてからメンバーに指示を飛ばす。


「カイン、マリア、正面から抑えてくれ」

「おう?」

「ほーい」


 この状況で、軽い返事と共に躊躇なく自分の横に並ぶマリアに、カインが「こいつ大丈夫か?」と疑念の目を向ける。

 しかしそれよりも問題がある。カインは視線を正面に戻して相手の陣形を確認する。灰色熊の死体を挟んで五名横列が二つ。そこそこの広さを持つロビーだがそれで一杯だ。


「向こうは十人だ。二人じゃ抑えきれねぇぞ」

「分かってる。魔術師は援護射撃。多少壊してもいいが燃やすなよ」

「えぇ、多少ってどれくらいだろ……」


 遅れてロビーに出てきた魔術師二名が、曖昧な指示に躊躇しつつも詠唱を開始する。

 それに気づいたルアールが指示を出す。


「時間を与えるな! 押し込め!」


 今【水晶宮殿】側でロビーにいるのは、近接職がカイン、ローズ、マリア、ユキ、ラシェルの五名。そのうち、武装や戦闘力で盾持ち兵に対応できそうなのはカイン、ローズ、マリアの三名くらいだろう。昏倒している一名とセラノの確保に一名とられているのが痛い。

 後方職二名の援護を受けても。十名の盾持ち兵相手は厳しいと言わざるを得ない。

 二階で休んでいる者が騒ぎに気づいて降りてこれば、人数的に多少マシになるが、あてにするには不確実過ぎる。

 カインはマリアと共に前進して、積極的な攻撃で相手の動きを牽制しつつも、戦況の厳しさに顔を顰めるのだった。


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